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過去に漫画クラブと漫画クラブ以外にブログなどで書き連ねた「放言」を集めてみました。
的外れのことを書いていたり、予想や妄想が当たってしまったりと、まさに放言ですが、その時代を振り返るのも面白いかと思い、ここに再録することにしました。

−2004年−


日    付 初期掲載
2004.1.3 「エノラ・ゲイの展示説明に原爆被害を加えろという要求」

第2次世界大戦で広島に原子爆弾を落としたB29爆撃機エノラ・ゲイがワシントンのスミソニアン博物館に昨年から展示された。
日本だけではなくアメリカでも物議をかもして一度は展示が延期になったりもしたが、結局展示されることになった。
純粋に航空技術的な面から見れば、レシプロエンジン(ピストンエンジン)の大型機としての頂点に位置するだけの性能を持つ航空機であり、スミソニアン航空博物館の展示物としてふさわしかったし、その機体(エノラ・ゲイ)についての歴史的な意味においても記念物として残しておくべきものだと思う。
たとえ原爆投下についての資料を同時に展示しなくとも、原爆投下の歴史的事実の遺物として保存して置くべきだろう。
もし、原爆投下が文書や写真でしか伝え残されることがないとすれば、いつかは他の歴史上の悲惨な出来事(大量虐殺)の中に埋もれてしまうだろう。
アウシュビッツの施設が歴史的保存物となっているように、実物が現存してこそ伝えられる事実があるのだ。
展示物の解説に原爆の残虐性を加えるべきかどうかは、後世の人間が判断すればいい、、、少なくとも我々の親や我々の世代が原爆投下の事実を正しく認識していれば。

漫画クラブのコラム
2004.1.10 「福祉予算の減額とイラクの復興資金拠出」

2004年度の日本の国家予算から福祉で減額される金額よりもイラクの復興資金に拠出する資金の方がはるかに高いと指摘する意見を見る機会があった。 
理屈の上ではイラク復興がいかに日本と世界のために重要かということはいくらでも正当化もできるだろう。 
しかし、現実に国家からの福祉を頼りにして生活を立てている人々に、「あなた達より世界の平和に貢献することの方が日本とって重要だ」と面と向かっていうだけの勇気があるだろうか。 
そういう意味で政治家や評論家は、卑怯者でなければやっていけないだろう。 
たしかに彼らは卑怯者だ。

漫画クラブのコラム
2004.1.11 「イラク復興への拠出金」

今の日本にほんとうに外国のために5000億もの金を拠出するゆとりがあるのでしょうか?
日本の社会保障制度はもう崩壊寸前で、負担率は引き上げ保障は切り下げるという行き当たりばったりの改訂を、この先何回も繰り返していくだろうということは明らかで、国民の未来の生活も保障できない国がその国民から収奪した税金と赤字国債の中から、大金を貢がなければならないアメリカという国に反感を抱かずにはいられません。
もう敗戦から59年もたつのだし、そろそろ日本を占領するのはやめて欲しい。日本の政府も国民を日本が独立国家であるなどとだますのはもうやめて欲しい。
国民一人当たり5,000円をアメリカのイラク支配に寄付するわけです。年に1回回ってくる町内会の赤十字募金だって1世帯300円なのに、、、

漫画クラブの不定期日記
2004.1.16 「何が誇りで、何が恥か」

イラクへの自衛隊派遣についてなにかというと「国際協調」とか「国際貢献」とか言うやからがいる。 
まるで軍隊を他国に派遣しないことが恥であることのように言う。 
では、言おう。 
もう60年近く、日本は(演習中の事故は別として)軍隊が他国民を殺戮してはいない。 
これを誇りに思わないようなやつは非国民だ。

漫画クラブのコラム
2004.1.19 「高くなる税金を内税表示の強制でごまかそうとする政府」

4月から消費税を小売価格に含めて表示すること(消費税の総額表示)が義務付けられている。
なぜかマスコミがあまり採り上げないので一般国民は関心がないようなのだが、けっこう大きな問題を抱えている。
ひとつひとつの商品ごとに消費税込みで小売価格を表示されるとなると、今の流通業界で一般に使われているレジのほとんどは、買い上げ金額の合計を計算してから消費税を加算するようになっている(つまり外税式だ)から、そのままでは使えなくなる。
これは消費税の計算は1取引ごとに行うことになっていたからだ。
消費税が総額表示されるということは内税式になるということで、1取引ごとに計算すればよい筈の消費税を1品ごとに計算しろという意味になる。
これは流通業者にとっても、消費者にとってもコンピュータの2000年問題並みの大問題で、企業から見れば取引を管理するコンピュータシステムも商品の価格表示も一斉に切り替えなければならないという大負担になるのだ。
税の計算方法が変わるなどという大問題が、これほどひそやかに決定されてしまったとは、まったく日本人はなんとマヌケでお人好しの国民なのか。
江戸時代の百姓や明治時代の農民が塗炭の思いで年貢や租税を納めていたのに比べると、やはり今の日本は生きることが楽になりすぎてしまったのだろうか。

漫画クラブのコラム
2004.1.23 「憲法を変えるのなら」

自衛隊の存在は違憲です。
だから、憲法を改正しなければいけない、というのは短絡的過ぎてついていけません。
国政選挙で1票の格差が5倍でも違憲ではないという司法の判断が出ています。
では国民の国政参画についての憲法の規定も変えなければなりません。
1票が1人分の地域と1/5人分の地域があることを規定する憲法を制定しましょう。自衛隊を国軍に制定するとともに。

漫画クラブの不定期日記
2004.1.24 「姑息な法改正が悪徳業者を生む」

消費税の総額表示義務付けを前に心配していたことが現実に起こっている。 
某大手ホームセンターがメーカーに店頭在庫商品の値札の張替え作業を要求している。
いったんメーカーから仕入れたからには自社の資産であり、その小売価格を決定するのも、どのように表示するかも小売業者の責任において行われるべきであるにもかかわらず、こうした要求をするのは明らかに法で禁じられている「優越的地位の濫用」にあたる。
かくして納税者の目をくらまそうという為政者の姑息な法改正によって社会的な不正義がますますはびこる温床が作られていく。
これでは第2、第3の「雪印」が出てきても不思議はない。

漫画クラブのコラム
2004.1.31 「開発の費用は企業だが、成果は自分のものという論理」

青色LEDの特許権についての訴訟で200億円の対価を要求した発明者の元技術者が企業に勝った。 
もちろんこれで決着がつくわけがなく、最高裁まで争われるだろうということは想像がつく。
しかしこの前の日立の訴訟でも企業側は敗訴したばかりで今回の判決だから、おかげで産業界は恐々としている。
リスクは企業が負いながら利益は発明者が応分の分け前に預かるという、しろうとが首をひねりたくなるような偏利的な話なのだが、これで日本の技術発展が促進されるのならしょうがないだろう。
企業側がこうした結果を恐れて技術者を契約で縛り上げようとすれば、逆に技術者は海外に流出していくだろう。
いずれにしても今回の結果は日本の産業技術と教育の将来にどんな影響を与えることになるのかおおきな問題提起になっている。

漫画クラブのコラム
2004.2.11 「命令された側のほうは必死」

TVニュースで見たイラクに派遣される自衛隊員にアラブ風の口ひげが目立つのは、イスラムの風習に従うことで現地の民に親しみを持たせようとしているのか、それとも少しでもアラブ人らしく見せかけることで身の安全を図っているのか、どちらかわからない。
どちらにせよ彼らの方が命令した連中よりは、自分に与えられた命令について真剣に考えているということだろう。

漫画クラブのコラム
2004.2.14 「日本陸連の面目」

先日の東京国際マラソンでサラリーマンランナーが日本人トップになり、オリンピック代表候補になった。
プロ化すればもっと強くなるとか選手生命が終わった後の人生のためのプロ化とか、なんでもかんでもトップアスリートはプロ化するのが良いみたいな時代になったけれど、そういった風潮をあざ笑うかのような結果はやはり愉快だ。

漫画クラブのコラム
2004.2.24 「エイズ訴訟の結末の一部が意味するもの」

エイズ訴訟の被告の安部元帝京医大副学長の公判が停止、事実上無罪放免となった。
以前から問題になっていたのだが心神喪失状態にある人間に刑事責任を問うことができないというのはどう考えてもおかしい。
責任が発生したのは犯罪を犯した時点にあるので、現在の被告の状況は関係ない。
もしそうでないというのならば、他の刑罰の基本にある発生主義ともいうべき発生時点の法に照らして処断することも否定されるべきだろう。
こんなバカなことが認められるのならば、罪を犯した人間がその後に痴呆か精神異常を装うか、さもなくば薬物などで自ら痴呆になれば刑罰を免れることができるではないか。
「そんなことは絶対にない」と誰か言い切れるものなら、その根拠をぜひ聴いてみたい。

漫画クラブのコラム
2004.2.28 「麻原に死刑判決」

昨日、オームの麻原に死刑判決が下りました。
まあ当然と言うべきなのですが、決まってこういう時に「加害者を死刑にしたからといって被害者やその家族の傷が癒されるわけではない」とか「死んだ人間が帰ってくるわけではない」というコメントを寄せる人がいます。
そういう人はまったく反対の考えの人もいるということを承知の上で言っているのでしょうか?
むしろ多くの場合肉親を殺された人は「犯人に死刑を科さなければ死んだ人間は浮かばれない」「死刑でなければ自分の心の傷が癒えない」とコメントしているのに。
安直なヒューマニズムのためにどれだけの人が傷つけられているのか、前者はわかっているのでしょうか?そういうコメントをたやすく載せる新聞もどうかと思うのですが。
そういえば、アーレフに改名したとはいえオームの連中は今でも布教活動を続けているのは実にけしからんと思います。

漫画クラブの不定期日記
2004.2.28 「日中・日韓関係の悪化に火をつけたライオン丸」

小泉純一郎が「靖国参拝は続ける」と言明している。
また韓国中国から四の五の言ってくることだろう。
日本という国はいまだに戦前の歴史を総括していないのだから、この問題は永遠に続くように思える。
そもそも日韓・日中の正しい歴史認識以前に日本の初等〜中等教育の中で現代史がなおざりにされていること自体が問題だ。
特に高等学校教育の中で大学受験のための授業に偏重するあまり20世紀以降の日本史については端折ってしまう学校が多くて、今の若者の多くは20世紀に日本という国がどういうことをしてきたのか、教科書に書いてある筈のことさえほとんど知らないようだ。
日本とアジア諸国との過去自体を知らなければ、日本の歴史を否定も肯定もできるわけがない。

漫画クラブのコラム
2004.3.6 「昔の悪事を反省しているようでは成功者にはなれっこないか?」

昔はワルだったけど今はマジメになったという人は多い。昔ワルだったから今の自分があるという知名人もいる。
更生ということ自体は否定する気はない。
しかしワルだった人のおかげで登校拒否になってしまった人もいる。ワルのおかげで人間を信じられなくなった人もいる。
ワルが立派な人間になったからといって、ワルに狂わされた人々の人生が修正されるわけではない。
時が過ぎて立派な人物になったワルがそのことに思いを馳せることはあるのだろうか?

漫画クラブのコラム
2004.3.13 「誰から誰を守る国民保護法?」

国民保護法とか言うわけのわからん法律ができた。
「おくに」なんぞにわが身を守っていただきたくないものだ。
「国民を守る」などと偉そうなことを言う前に恥ずかしい過去を清算するとか、赤字国債を減らすとか、破廉恥な国会議員や役人の首を切るとか、もっとやるべきことがあるだろう。
江戸時代の目明しじゃあるまいし、ヤクザが十手を持って「守ってやるぜ」などと凄んで見せても、誰が「ハイありがとうございます」と言えるものか。

漫画クラブのコラム
2004.3.20 「報道機関に正義なし」

週刊文春の出版禁止処分についてだが、政治家の娘が結婚したとか離婚したとかいうことがいったい何の公共性があり、プライバシー保護に優先するだけの理由があったと言うのだろう。
田中一族の後継者がらみの報道だから公共性があると言い逃れているようだが、万一仮に田中真紀子の娘が議員などに立候補することを表明しているとしても、結婚したとか離婚したということが、社会的な必然性を持って公にされるだけの根拠とはなりえない。
報道機関が個人の家庭的な背景を持ってその人物が議員にふさわしいか否かを報ずるとなれば、これはまさしく偏向報道と言うべきものであり、自ら報道の自由の保障を否定するものでしかない。
他者の自由と権利を否定するものに自らの自由と権利を主張する資格がないことは自明の理だ。
報道機関といってもしょせんは私企業であり、企業として自らが販売する商品(報道記事)に対しての責任がある。
報道の自由を楯として販売商品の責任を取ろうとしないような企業に社会的な存在の資格はない。
この問題に右翼も左翼も革新も保守も主義も思想もへったくれもない。「人の尊厳」を犯さないことが自由と権利の担保である筈だ。

漫画クラブのコラム
2004.3.21 「週刊文春の言う報道の自由とは?」

数年前、会社の中で消費者からのクレームの応対を担当する部下を持つ時期がありました。
その担当者が不在のときは直接消費者のクレームの電話の応対をしたことも何度かありました。
時として身勝手な消費者の言い分に腹を立てながらなだめすかすこともありましたが、やはりそういう時期は企業の社会的責任というものを強く意識せざるを得ません。
企業は製造販売した商品に対しての責任をどこまでも負わなければなりません。PL法によって強く法的にも規程されてもいます。
それに比べて新聞・出版・放送企業はまったくやりたい放題、やったもの勝ちとしか言いようがありません。
「報道の自由」などと口にするのもおこがましいと思います。

漫画クラブの不定期日記
2004.3.27 「報道の自由を悪用する週刊文春」

さらに文春批判を続けます。
報道の自由と言う権利は、報道の矛先が強者に対して向けられているときのみ主張するべきものではないでしょうか?
今回の事件の当事者は元大臣の国会議員の長女というだけであって、週刊文春という全国的なメディアに比べれば社会的には弱者と見るのが当然でしょう。
文春は田中真紀子が標的であったから、みたいな言い訳をしていますが、そうならばますます田中真紀子自身についての記事を書くべきであって、その家族を攻撃材料とするのは批難されてしかるべきです。
もっと呆れるのは、そういう記事を本が発禁になったから、かえって読みたいと思って週刊文春を買いまわるような大衆が大勢いたことで、これでは健全なジャーナリズムがこの国に育たなくても無理はないと思うのです。

漫画クラブの不定期日記
2004.3.27 「スペインで起きたテロが示したもの」

スペインは国民の反対を押し切って国がアメリカのイラク侵略の一翼を担った結果、多数の(軍人ではない)市民の犠牲を招いた。
恐らく結果的にそのテロによってスペインの政権が交代したことに対して、アメリカや日本の一部の政治家やジャーナリストはテロリストに屈服しテロを助長するものであるとして批難の声を発している。
ということは、民衆は国がやったことについての責任が自らの命が奪われる結果となっても甘んじて受けろと言うことか。
であるとすれば、国政選挙の投票とはまさに命懸けの行為だ。
いったい投票者たちはそこまでの覚悟をしているのだろうか。
民主主義とは民衆に対して国の行為の結果に関しての無限責任を強いるものなのか。
もしそうならば、1票の重みはもっと厳密に規定され、選挙区の在り方も選挙の在り方も変革されなければならない。
ルーズな規定で選ばれた政治家がテロの犠牲という形で選挙民に投票の責任を負わせることを許してよい筈がない。

漫画クラブのコラム
2004.4.3 「ナチスとヒットラーが台頭した歴史の教訓を無視する都教委」

都立高の卒業式で国歌斉唱が行われて出席者たちが起立して唄ったかどうか、都教委は監視と統制を強めている。
今の都知事が慎太郎だからそういうことがあったとしても何の不思議もないが、今の時代になぜ一般世間がこうしたことを許しているのだろう?
太平洋戦争以前の日本がおかれていた状況に比べて、今の日本がかくも性急に右傾化しなければならない理由とはいったいなんだろう?
ヒットラーが台頭したドイツには第1次大戦の敗戦によって科せられた莫大な賠償金と、戦後の復興を帳消しにする勢いの世界恐慌という事情があって、産業資本家たちがむしろヒットラーによる独裁国家成立を期待したという事情があった。
ヒットラーとナチズムを台頭させたのは民衆と産業資本家だった。
ではいったい日本の右傾化を助長させているのは誰だろう?

漫画クラブのコラム
2004.4.10 「画期的な靖国参拝違憲判決」

福岡地裁が小泉首相の靖国参拝は違憲であると断定した。
今までこの手の訴訟の大半が憲法判断に及ぶことなく門前払いにしてきたことを思えば、画期的な判断と言わなければならない。
だが画期的というにはあまりにも当然のことすぎて、これまで憲法判断を回避してきた司法のあり方に改めて疑問を感じずにはいられない。
もちろん今までの裁判での憲法判断回避を一方的に責めることはできない。
なぜなら右翼、国粋主義者たちの脅迫的行動は時には現役の閣僚の刺傷、ジャーナリストの殺傷に及んできたのだから、自分自身はともかく家族や親しい人たちをも犠牲にしかねないような司法判断を一裁判官が下すことは常識的に見ても困難だ。
それを思えば福岡地裁の亀山裁判長の勇敢さには敬意を払うほかはない。
それに引き換え屁理屈の上に屁理屈を重ねて恥じない小泉の言動はあまりにも卑怯卑劣としか言いようがない。
靖国参拝が自らの信念に恥じるところがなければ、中国韓国のトップに直接自説を披瀝すればよいのに、とは誰もが思うことではないだろうか。

漫画クラブのコラム
2004.4.17 「選手としての魅力と引退後は別」

長島元巨人監督が脳梗塞で倒れて大騒ぎになり、オリンピックの日本代表野球チームの監督をどうするこうするとやかましい。
それもこれも長嶋茂雄が今もってミスタープロ野球としてのカリスマ的人気があるからだろう。
個人的な話だが、昔の私は長島ファンであって巨人ファンではなく野球ファンでもなかった。
だから長島が現役を引退してからの野球は私の中で他のスポーツに優越するものではなくなった。
長島あっての巨人であり、プロ野球だった。だから長島が倒れたことで、大騒ぎになったことは理解できる。
同時に現役でない長島に対して何の幻影も抱いていない私にはバカバカしい空騒ぎにも見えるのだ。

漫画クラブのコラム
2004.4.20 「国際社会の評価という怪しげなしろもの」

自衛隊のイラクへの派遣について「国際社会への貢献云々」を弁じる政治家その他大勢がいた。
かと思えばイラクの人質事件に関連したコメントで「国際社会の笑いもの」とか言うコメントもあった。
ところでつい先日のフランスのル・モンド紙ではイラクで人質になった日本人たちを好意的に報じる一方、政府や一部の保守的マスコミの態度をこきおろしているらしい。
さてここで改めて聞いてみたい。
「国際社会」とはいったい何をさして言うのだろう。
「うそつき」の称号を「国際社会」とやらをありがたがる人たちに冠してあげようと思う。

漫画クラブのコラム
2004.4.24 「見苦しい言い訳の年金不払いスキャンダル」

現職の閣僚が3人も国民年金を不払いだったことが明らかになった。
日本国民の義務として定められていることを第1級の公僕である大臣が守っていなかったのに、いったいどうして国民に義務を果たさせることができるだろうか。
それ以上にこの程度のことを「うっかり忘れ」たり「うっかり勘違いし」たりする程度の知能水準の低い馬の骨が国政を担当するとは、日本はなんと恐ろしい国かと言わなければならない。

漫画クラブのコラム
2004.5.1 「『よく知らないけれど』反対とか賛成とか言うのが庶民の常識」

朝日新聞の世論調査によれば改憲賛成の国民が50%以上いるらしいが、いったいこの中の何%の人が日本国憲法全文を読んだことがあるのだろう?
最近の選挙の結果といい、イラクの人質事件に対する反応といい、日本国民は信頼できない。(と言う自分自身も日本人なのだが)

漫画クラブのコラム
2004.5.8 「日本国憲法が保守層に嫌われるわけ」

前回日本人の何%が日本国憲法全文を読んだことがあるのだろうか、みたいなことを書いた手前、改めて自分でも読み直してみた。
いろいろな考え方はあるだろうが、この憲法は間違いなく(市民革命というプロセスを経て市民の権利が王権=国家に優先する原則を勝ち取った)民主主義憲法の流れを汲んだものに違いない。
市民革命を経ないで確立した市民革命思想の憲法だから、革命嫌いの連中がよろしく思わないはずがない。

漫画クラブのコラム
2004.5.14 「小泉の北朝鮮再訪で拉致被害者帰国問題は決着か?」

今頃になって小泉がまた北朝鮮に行くそうだが、それならなぜもっと前に行かなかったのだ。
膠着状況を築き上げた後で、自分が乗り込んで万事解決したように世間に思わせたいための演出なのか。
人心操作しか頭にないこの男がそんな風に考えたとしたとしても別に不思議はないのだが、まさかそこまでひどくはないだろう。
もしそうだったら、人非人ではないか。

漫画クラブのコラム
2004.5.15 「年金などいらないから払わなかったというだけのこと?」

慎太郎もやっぱり国民年金未納期間があったそうだ。
さすがに謝罪の弁を述べたようだが、「制度が悪い」とひとこと付け足すのだけは忘れなかった。
他のバカどももそうなのだが、長年政権党に籍を置いていながら、いまさら国の制度が悪いなどとよく言えたものだ。
そんな制度を放置されてきた責任が自分たちにないとでも思っているのか。まったく呆れた無責任さとしか言いようがない。
こんな連中に国政や都政をゆだねていれば、この国が悪くならないはずがない。

漫画クラブのコラム
2004.5.22 「ヤクザの犯罪と一般の犯罪を同列に扱っていいのか?」

前科2犯の暴力団員が出所まもなく銃を持って立てこもったあげくに女と自殺するという事件が起きている。しかも前科というのが同じような事件を起こしていたのだからなんともやりきれない。
覚醒剤や麻薬に関わる犯罪の刑罰も、ヤクザに対する刑罰の適用も甘すぎるとしか言いようがない。
刑罰を重くすることが犯罪の防止に役立たないという理屈もあるのかもしれないが、軽すぎる刑罰は犯罪者の再犯を促すばかりだということも、もっと重く見る必要があるのではないだろうか。
それに暴力団・ヤクザという法外に生きる者たちが公然と存在することを、何百年も放置していいのか。それが法治国家としてまともな姿なのか。
よく考えれば、日本の政治家の多くはヤクザそのものかヤクザまがいかヤクザの友人たちなのだから、この国にそんなことを期待してもだめか。

漫画クラブのコラム
2004.5.29 「重い自由と軽い自由」

イラクでフリージャーナリスト2人が銃撃されて死亡した。
報道の自由と一口に言うが、自由とは命がけのことなのだということがわかる。
これに比べると、雑誌を売らんがために有名人のスキャンダルや事件の周辺者のプライバシーを暴き立てて、司法に訴えられるとすぐに報道の自由を盾にする連中のいう自由とは、なんと軽い自由なのだろう。

漫画クラブのコラム
2004.6.5 「三菱自動車の企業体質は?」

三菱自動車・三菱ふそうの欠陥隠しがぼろぼろと明るみに出た。
どのような企業倫理の下に彼らがそのようなことをやっていたのかは知らないが、少なくともこの企業に自動車を作って売る資格はない。
自動車は基本的に危険な道具なのだ。だからこそ自動車を運転するには国が与える免許を必要とする。
まして大型自動車の危険性となれば小型自動車とは比較にならないことぐらい大型車の起こした事故の被害の甚大さを見ればわかりきったことだ。
ただでも危険な道具であるのに、それに製品上の欠陥があると知りながらその事実を隠し通すという心理は尋常の人間のものではない。
まさに人非人でなければ、冷血でなければできない所業と言うべきだろう。
三菱自動車・三菱ふそうも欠陥商品を製造販売した企業のひとつという程度の認識は間違っている。
彼らは危険物を安全と偽って売った反社会的集団なのだ。反国家的と言ってもいいだろう。

漫画クラブのコラム
2004.6.12 「民間と官僚の個人の責任の違い」

前回、人非人とまで罵った企業の元責任者が逮捕された。
わたし個人も私企業で働く身であるから、彼らに全くの同情なしというわけではないが、彼らの企業人としての価値観のいたらなさについては、全く弁護の余地がない。
だが、私企業の経営者はこのような身勝手な判断があったか否かを問わず結果責任を個人として負わされるのに対して、国や自治体の要職にあるものが結果責任を問われることがないのは、著しく不公平だと言うことも同時に指摘しておく必要があるだろう。
官僚や議員たちは法的な不正を行わない限り、職務上の行為の結果責任を個人的に訴追されることから免れている。
そのような連中を卑しい職業の人間だと見なすのは当然と言わねばならない。(昔の侍のように切腹して責任を取れとまでは言わないが、、、)

漫画クラブのコラム
2004.6.19 「変なマナーが定着する時代」

最近は同じ会社内でも、昼間社員同士で顔をあわせたときに「おつかれさま」という挨拶をするようになった。
こんな変なマナーは自分の会社だけかと思っていたらそうではないらしい。
わたしが社会人になった頃にはビジネスマンの心得を書いた本にも、日中の社内での挨拶は「立ち止まって会釈するか、または目礼する」とあったし、実際その頃は社内で日中「おつかれさま」などと言われたことはなかった。
1970年代に日本の高度成長時代が終わり石油ショックなどの多難な時代の荒波をくぐるようになった頃から、社員にやたら元気よく大声で挨拶させる新興企業や成り上がり企業が目立つようになったが、初めの内は異端だったそのような習慣が一般化したようだ。
しかし「おつかれさま」というのは仕事が終わって帰る人に対してのねぎらいの言葉としての別れの挨拶のはずだ。
言葉に込められた思いや心配りをそっちのけにして、とにかく挨拶さえすればいいというのはマナーのはき違えとしか言いようがない。
というより、マナーあっての挨拶なのに価値観が逆転している。
小泉の意味不明で声ばかり大きい国会答弁とか戦前の思想統制を思い出させる日の丸君が代の強要と一脈通じるものがあって、この国の将来を恐ろしいものに感じさせる。

漫画クラブのコラム
2004.6.26 「国会で開き直った小泉傲慢首相」

昨年の今頃は、アメリカのイラク侵略について「大義なき戦争」と批判し自衛隊の派兵に反対する人たちを、大バカ扱いする論調が強かった。
さて今はどうだろう。
アメリカ国内の世論調査でさえブッシュの戦争を否定する率のほうが高くなった。
何をか言わんやだ、小泉ごときが。

漫画クラブのコラム
2004.6.30 「被統治国家日本」

最近わたしは1954年にサンフランシスコ条約で日本が独立を取り戻したというのは虚構であって、今でも日本はアメリカに統治されているという確信のようなものを強くしているのですが、在日アメリカ人が同じ考えをテレビで発言していたことを知り、別にわたし一人がおかしな考えを持っているのではないと安心しました。
アメリカ政府が統治しているのか、所謂WASPなどの影の権力がそうしているのかまではわかりません。
しかし日本の現代政治史と対米関係を俯瞰してみると、日本の総理大臣という存在はほとんどアメリカの総督でしかないということがよくわかります。
特に小泉を見ると全く総督であることを隠そうともしていない感があります。そう考えると今度の参議院選挙で自民党が負けたらアメリカがどう出るかちょっと恐いような気がします。

漫画クラブの不定期日記
2004.7.2 「子供も大人もイジメが無くならない国」

あいかわらず学校におけるイジメがなくならないし、イジメに起因する少年犯罪も絶えない。
学校どころか大人の社会にもイジメが散乱している。
これはいったいどこに原因があるのだろう。日教組が教育をダメにしたからという意見もあるがこれはどう見ても無理がある。
もしそうなら日教組が弱体化して、もはや教職員の大半が加盟しない今の時代にイジメが減らないのはどうしたわけだ?
イジメはむしろ個々の教師よりも学校や教育行政当局が組織的に隠蔽したことから深刻化して来たことは多くの事例からも明らかだ。
原因はむしろ今の日本社会の旧弊的な問題隠蔽体質にこそ有る。

漫画クラブのコラム
2004.7.3 「選挙」

国政選挙でも地方選挙でもそうなのですが、自分の支持しない候補や政党が勝つのは仕方がないことだとしても、投票率が低いときはなんともやりきれない気分になります。
得票数が有権者の3割にも満たない立候補者が国民・市民の代表者になってしまうのですから。
今回もそんな結果にならなければいいのですが。

漫画クラブの不定期日記
2004.7.10 「プロ野球選手はオーナーの使用人か?」

プロ野球近鉄・オリックス合併問題報道で、プロ野球選手会長の古田が「オーナーたちと話し合いたい」と発言したことに対し、読売巨人軍のナベツネオーナーは「無礼なことを言うな。分をわきまえないといかん。たかが選手が。」と一蹴したと朝日新聞が報じていた。
今の日本プロ野球には別にたいして興味もないし、朝日新聞のことだから面白おかしくなるように書いたのだろうけれど、それにしてもこの言葉はひどい。
ナベツネはしょせん巨人軍のオーナーにすぎないのだから、他球団の契約選手に対しては雇用関係も何にもないわけなのに、あたかもプロ野球選手全体を自分の使用人であるかのように言い捨ててしまった。
こんな非常識な人間に業界を牛耳られていれば、そりゃ巨人軍以外の球団は赤字にもなるだろう。
全国の志のある球児たちはプロ選手になりたいのなら、こんな日本球界は見捨ててメジャーリーグを目指すべきだ。
日本のプロ野球はせいぜい日頃のうさはらしに球場のスタンドでバカ騒ぎをしたい連中のために存在するのがお似合いだ。

漫画クラブのコラム
2004.7.11 「選挙2」

投票に行かない理由としてよく「何も変わらない」からというのがあります。
今の時代がそれなりに良くも悪くもなくて、しかも何も変わらないのならそれでもいいのですが、ほんとうに何も変わらないから投票しなくていいのでしょうか?
変わらないどころか、年金問題をはじめとして日本の政治がどんどん悪く変わっていることがわかっていなくてはならないのに、、、

漫画クラブの不定期日記
2004.7.18 「基地被害地域を国民から孤立させるのが国のやり方」

世界的なアメリカ軍の再編成の一環として厚木基地の岩国基地への移転統合を考えているという。
実現すれば、米海軍の空母が寄港するたびに厚木基地でやっている艦載機の「タッチ&ゴー」訓練で神奈川県央の住民が悩まされることはなくなるかも知れない。
当然岩国市と山口県は反対している。
しかし艦載機の訓練や空母の寄港に反対してもこの問題は解決しない。日本のどこかが反対し、どこかは喜ぶだけだ。
それでいて、日本国民の大半はこうした悩みとは無縁の地域に住んでいるから、この問題の本質について深く考えようとはしない。
従軍慰安婦問題や朝鮮人強制徴用問題と同じで、「同胞」とか「愛国」とか言っても自身に直接かかわりがなければ、しょせん「他人事」「よその話」でしかないのだ。
最近自民党を中心に声高に騒がれている「愛国心教育」という言葉のなんと空ろなことか。

漫画クラブのコラム
2004.7.19 「不公平選挙」

日本の国政選挙の制度が不公平にできているのは今に始まったことではありませんが、今回参議院選挙の結果でもあいかわらずで、うんざりしてしまいます。
選挙区による1票の較差の大きさは是正されないままだし、小選挙区と比例代表制の分け方次第で政党別の得票数と獲得議席数の関係などどうにでも操作できてしまうような選挙区割りは歴史に出てくる「ゲリマンダー」の再現を思わせるし。
総じて言えるのはより勢力の弱い政党ほど損をするようにできているということです。
なんだか日本の民主主義とは「寄らば大樹の陰」主義のようです。

漫画クラブの不定期日記
2004.7.24 「公正取引委員会はもっと存在意義を発揮させろ」

スーパーのユニーが公正取引委員会から「優越的地位の濫用」の嫌疑で立ち入り検査を受けた。
新規開店や改装オープンのときに納入業者に人員派遣を強要したからなのだそうだ。
何をいまさらと呆れてしまう。ユニーだけではなく大手の流通業者なら、ごく当たり前にやっていることではないか。
マツモトキヨシやサンドラッグやコクミンといったドラッグチェーンは、これよりもっとひどいことを納入業者に強要しているではないか。
薄利多売を大いにやる一方で、月末の棚卸、売り場の配置換え、配達商品の開梱と陳列、店舗改装や新店の店舗施工の費用と、あれもこれも納品業者に押し付けることで利益を捻出し、市場を席巻して弱小小売業者を淘汰せしめているではないか。
これほどの不正義・悪行を放置しておいて、今さらユニー程度の中堅スーパーを摘発するとはなんだ。
一罰百戒としてやるのなら、真っ先にマツキヨあたりを立ち入り検査するべきではないか。

漫画クラブのコラム
2004.7.31 「再犯罪者の横行の背景は刑罰の不備」

先日の事件で女性をクルマで撥ねて拉致暴行しようとし殺害に及んだ犯人というのは、以前にも女性暴行の罪で刑務所に入っていたそうだ。
再犯性のある犯罪、たとえば性犯罪や麻薬犯罪に対して日本の刑罰は軽すぎる。
つい最近も刑罰の軽さが犯罪者の再犯を促すと書いたばかりだったのに、その記憶も薄れないうちにまた同じような例が起きた。
ツー・ストライク・アウト制、つまり同類の犯罪を2回やったら極刑(死刑もしくは特赦・仮釈放なしの終身刑)の導入も必要なのではないだろうか?

漫画クラブのコラム
2004.7.31 「いまだなくならない悪しき服装慣習」

このクソ暑い季節にネクタイにスーツを着て仕事をしたがるサラリーマンのおかげで、ビルも電車も過剰冷房。
エネルギー浪費の象徴とも言える日本のドブネズミ姿サラリーマンは本物のドブネズミより始末が悪い。

漫画クラブのコラム
2004.8.7 「警察の体質はお役人」

2家族7人が一夜にして惨殺されるという凶悪事件が起きた。問題はその後の警察の態度だ。 
犯人は凶暴な性格で周囲の人がそれまでに警察に何度か相談に行っていたのに、地元警察は相談などなかったとプレスにコメントし、すぐに撤回したということだ。 
この事件の前にも交番に助けを求めて逃げ込んだ男性を暴力団員が引きずり出して暴行した事件で、警察官がウソの報告をして世間に暴露されるなどという不祥事が起きたばかりだった。 
警察も日本的なお役人体質の組織だ。こずるくて姑息な連中が国民の安全を預かっている。そこまではまだ我慢しよう。しょせん役人なのだから。 
我慢できないのは、すぐばれるような嘘をつく幼児並みの知能水準だ。 
ずるくて姑息なやつでも人命がかかっている仕事のときぐらいちゃんとできれば、まだ救いがあるけれど、幼児並みの知能を持った連中にいったい何を期待できるというのだろう。

漫画クラブのコラム
2004.8.8 「他人の批判だけはするというのが人の常」

中国で開催されていたサッカーのアジアカップで日本の試合が反日感情の捌け口になってしまった。
だからといって日本人には「スポーツに政治を持ち込むな」という批判をする資格はない。
1980年のモスクワオリンピックをアメリカに追随して政治的理由でボイコットしたのは他ならぬ日本なのだから。
ついでに言うなら、実はそんな反日感情が根強く残っている国に、脳天気に観光に行って散財することなど、この際やめた方がいいだろう。
まして売るやつがいるからといって中国に買春旅行するなどもってのほかだ。

漫画クラブのコラム
2004.8.12 「ブッシュのポチと呼ばれて」

話題のブッシュ批判映画「華氏911」の試写会に招待されたのを断った理由を、「政治的に偏った映画は見ない」と小泉ヘリクツ首相が語ったそうだ。
自分の目で確かめもしないことのほうがよっぽど偏向していると言うべきだろうが、まあブッシュに忠誠を示したい忠犬首相としては当然なのかもしれない。

漫画クラブのコラム
2004.8.21 「戦争責任は外国に対してだけのことか?」

日本政府は国の内外からいかなる訴えがあろうと非難があろうと、太平洋戦争の責任の清算が済んだことにしている。
中国や韓国の反日感情がその点に由来しているのに、まったく省みることがないだけでなく、日本軍の犠牲になった自国民に対しても清算が済んだ気になっている。
沖縄戦では住民に集団自決を強要したり、米軍の協力者・スパイと疑われた住民を虐殺したが、戦争が終わった後、政府は知らん顔をしている。
国が守るべき民衆を国が殺したのだ。
そんな国が愛国心を持たせる教育をしようとは何をかいわんやだ。まず過去の戦争犯罪を清算することが先だろう。

漫画クラブのコラム
2004.8.24 「読売巨人軍という球団の体質というだけで済むのか?」

巨人軍が現金を明大の一場投手に渡していたというのには驚いた。 
ドラフト制を都合の良いように変えて、巨額の裏金でプロ野球各球団の経営圧迫を招いて、今回の1リーグ移行騒動を起こすことになった元凶である巨人軍で発覚した不祥事に「いい気味だ」と思った人は多いだろう。
だが巨人軍のプロ野球専制支配を崩せるせっかくの好機なのに、陰で同類のことをやっている球団ばかりなのだろうか、プロ野球界の内部からこの問題を追及する声が聞こえてこないのは残念だ。
やはり日本的ムラ社会の典型だからか。

漫画クラブのコラム
2004.8.26 「住民の反対を押し切るのがこの国の体質」

諫早湾干拓工事の差し止め申し立てで佐賀地裁が漁民側の主張を認めた。 
今回は実に稀有な例だが、これまで公共工事がらみの訴訟ではいつも被害者側が不利で、まれに勝訴という形になっても工事が完成してしまった後で、被害者にほんのわずかな賠償金を認める程度が関の山だった。 
いかなる問題があろうと強引に工事を完成させてしまい、被害者に泣き寝入りさせるのは国や公共団体の常套手段だ。 
力づくで民衆を虐げるような国を、いったいどうして愛することができるのだろう。 
愛国心という言葉のなんとそらぞらしいことよ。

漫画クラブのコラム
2004.8.28 「反日と日本観光が両立する中国という国」

ちょっと前のアジアカップサッカーで中国人の反日感情が改めて露骨になったが、不思議なことがある。
中国からの観光客の多さである。最近では東京の観光スポットによっては日本語よりも中国語の方が多く飛び交っていることも珍しくはない。
日本観光(ショッピング)を楽しむ中国人とサッカーの試合で日本選手に罵声を浴びせる中国人と何がどう違うのだろう?
高度成長の中国でも失業率は高く、所得格差が広がっていると言うがそれだけで説明のつくものだろうか?
もっとも不思議なのは明治神宮を訪れる中国人の多さである。
歴史的に見れば明治天皇を大元帥と仰ぐ日本が日清戦争で清国を破ったことが清国の決定的な崩壊を招き、その後満州・台湾を日本に奪われるという事態に至った。
その明治天皇が祭られている明治神宮を訪れるのはなぜだろう?それともあの人たちは台湾人だけなのだろうか?

漫画クラブのコラム
2004.9.4 「実態を無視して安保論議」

テレビ朝日「朝まで生テレビ」の9月4日深夜の放送、「日米同盟は本当に必要か」というタイトルに興味を持って見たのだが失望してしまった。
結局発言者の大半は「まず日米同盟ありき」で話しているのだ。
安保体制が日本の防衛に役立っているというのは過去の話で、いまやアメリカの国防に一方的に奉仕するだけというのが実態なのに、あれでも有識者たちなのか。
売国思想をテレビ放送で撒き散らすだけの有識者や国会議員など必要ない。

漫画クラブのコラム
2004.9.11 「イスラム過激派の暴走はいつまで続く?」

ロシアの次はジャカルタでイスラム教徒過激派によるものと思われる爆弾テロ。
東西冷戦が終わってやってきたのはイスラム対覇権主義国家との熱い戦い。これをなんと呼んだらいいのだろう。
イラクやアフガンに限れば米回熱戦とでも言えばいいのだろうが、アメリカとその同盟国に限らず起きているのだから、イスラム戦争とでも呼んだほうがいいのだろうか。
アメリカでは戦争ではなくテロリストとの戦いと言う向きもあるようだが、いまやテロリスト達とイスラム社会と区別することなどできないのだから、やはり反テロの戦いと言うよりイスラムとの戦いと定義付けた方がよさそうだ。
無論イスラムの人々の全てが闘いに参加しているという意味ではなく、アメリカやロシアなどが敵にしている人々のほとんどがイスラム過激派であるというのに過ぎないのだから、このような決め付け方は多くのイスラムの人々には迷惑なことかもしれない。

漫画クラブのコラム
2004.9.12 「とかく陰謀の好きなアメリカという国」

9.11同時多発テロの疑惑についてのテレビ番組があった。
あの番組を見てブッシュが怪しいとかアメリカ政府の陰謀だとか信じるほど単純ではないけれど、どう考えてもおかしい事実がいくつもあることは間違いない。
ケネディ大統領暗殺事件のときでもそうだったが、アメリカという国はいつも疑惑を抱えたときに真実を明らかにしたことはない。

漫画クラブのコラム
2004.9.15 「強盗集団・窃盗集団の事件が多発」

不法入国の(中国人と思われる)外国人の犯罪の勢いが止まらない。もはや一般人の日常生活にまでその脅威が及んでいる。
中国政府が彼らの出国を本気で取り締まるつもりなどないことは間違いないだろう。
それより問題なのは、これほどまで不法入国者によって治安が脅かされているというのに、国が本腰を入れて対策を立てようとしていないことだ。
不審船の取締りを行うべき海上保安庁の艦船の充実は海上自衛隊より優先されるべきではないのか?
中国出航の貨物船の接岸検査体制は十分なのか?
交番に立つ警官はなぜ昔より減ってしまったのか?
国民の身近な脅威を取り除くことより、遠くの国際紛争の方がそれほど重要なのか、わが国の政府には。

漫画クラブのコラム
2004.9.18 「日本のプロ野球がいよいよスト突入」

ここまでこじれた原因はプロ野球機構のというより日本のプロ野球経営者の前近代性にあるのだが、彼らに自浄作用は全く期待できない。
一場投手現金授受事件から見ても、彼らがプロ野球というスポーツビジネスを健全に成り立たせるつもりがないことは明白だ。
いっそプロ野球選手会そのものがプロ野球機構と縁を切って、来年から自主興行を打てばいいと思う。
チーム編成、試合場の確保、試合日程、スポンサー獲得、テレビ放映権交渉と、何から何まで全部、強力なエージェントにアウトソーシングしてしまえば、できないことはないだろう。
もっとも、そこまでするほどの勇気は選手会にはないだろうが。

漫画クラブのコラム
2004.9.23 「既得権を爪の先ほども譲ろうとしない米軍」

横浜市内の米軍施設を日本に返還することと引き換えに、池子地区の米軍住宅を増設することが決まった。
返還施設の総面積は376ヘクタールだが、それでもいまだに米軍が横浜市内を占拠し続けている面積の7割だそうだ。
しかし沖縄の米軍施設に比べたらほんのわずかな土地と引き換えに、米軍住宅の増設という米軍の日本占拠を恒久化する事実の積み重ねが、冷然と進められてしまうことに怒りを禁じえない。
何度でも言うがこの国はいまでもアメリカの占領下にある。政治的にも物理的にもだ。

漫画クラブのコラム
2004.9.25 「常任理事国入りより先にやるべきことがある」

なぜか急に、小泉首相が国連安全保障理事会の常任理事国になることに積極的になった。
まあ例によって国民にはっきり説明できない裏事情があるのだろうが、マスコミは常任理事国入りの良し悪しだけを論じている。
しかし本当の問題は190ヶ国以上も加盟している国連で、最重要課題についてたったの5ヶ国が拒否権を持っているということの異常性にあるのではないか。
日本がやるべきことはこの5ヶ国の拒否権規定を抹消することではないのか。
今の中国、ロシア、アメリカにそのような特権をゆだねていて良いのか。
ゆがんだ国際関係を是認するだけでしかない日本の常任理事国入り希望。

漫画クラブのコラム
2004.9.30 「娯楽スポーツの王者ではなくなったプロ野球」

夕食をとりながらテレビのスイッチを入れればすぐ見ることができる日本のプロ野球よりも、リアルタイムで見ることのできないイチローがメジャーリーグ新記録となる258安打を打つかどうか、ゴジラ松井が30本塁打を打てるかどうかの方がはるかに気になったのはとても皮肉なことだ。
彼らが日本のプロ野球界を捨てたのは正解だった。
今のプロ野球界には夢がなさ過ぎる。

漫画クラブのコラム
2004.10.2 「公立学校の校長裁量権は万能か?」

つい先日、最高裁で9年越しの訴訟の決着がつけられた。
群馬県の県立高校の生徒会誌に教員が寄稿した原稿を学校長が掲載禁止にしたことは校長裁量権の範囲であって合憲というものだった。
原稿の内容が県立高校の会誌にふさわしくないと判断して掲載禁止にしたこと自体は、県立高校の校長なのだから公務員としては当然の行為だっただろう。
生徒会誌と言っても発行人は学校長であることが普通でもあるし。
だが、その生徒会誌を発行する費用は誰が負担していたのだろうか。学校が100%負担していたのだろうか、そこのところがわからない。
生徒(の保護者)が負担していたのであれば、その原稿を掲載するか否かの決定は生徒会が最終的に下すべきものだろう。
学校長と言えども生徒会の全てが支配下にあると思うのは大きな間違いだ。何かと言えば法だの公だのを持ち出すのは、ほんとうの大人がやるべきことではない。

漫画クラブのコラム
2004.10.3 「自分では交渉できないく内弁慶首相」

小泉”放言”首相が「沖縄以外も少しは『自分たちも(基地を)持ってもいい』という責任ある対応をしてもらいたい」と発言。
「責任は日本全体にあるのだから、どこに代替基地を求めても文句を言うな」というわけだ。
自分自身の無責任さを棚に上げてこんなことを言っても誰が聴く耳を持つと言うのだろう。

漫画クラブのコラム
2004.10.9 「バブルの張本人たち」

UFJ銀行がとうとう刑事告発され、家宅捜査を受ける羽目になった。
金融庁の検査をごまかそうとしたことと言い、裁判沙汰にまでなった東京三菱銀行と三井住友グループとの二股交渉と言い、UFJフィナンシャルグループには倫理とか信義とかいったものがあるのかを疑わざるを得ない。 
「信用」あってこその銀行業のはずなのに、信義も契約も守れないとは。
こんな企業体質だから莫大な不良債権を作って国に尻拭いをさせようとしたりするのだろう。
もっとも、程度の差こそあれ日本の大手銀行の企業としてのモラルはしょせん似たり寄ったりだろう。
なんと言っても日本をバブル景気に引きずり込んだ張本人たちなのだから、あんな連中はそもそも信用できない。

漫画クラブのコラム
2004.10.11 「カタカナ語の好きなオヤジ連中」

外来語のわかりやすい言い換えを国立国語研究所が発表。
今回で3回目になるそうだ。
このカタカナ外来語だが、とにかく新語が多すぎる。
そもそも行政や財界のトップにいる人間が「コンプライアンス」だの「ガバナンス」だの「アカウンタビリティー」だのとカタカナ英語を好んで使いたがるのが問題。
伝統を壊すのが若者たちとは限らず、オヤジたちのほうがむしろ社会的な影響が大きいという一つの実例だ。

漫画クラブのコラム
2004.10.14 「零落するべくして零落したダイエー」

ダイエーの経営再建をめぐるどたばた騒ぎの責任の一端は経済産業省にある、みたいなことを某新聞が書いているが、いくら規模が大きいとは言えしょせん私企業がやった経営のしくじりについて、官に責任を求めるのは無理な話だ。
かつての銀行業界のように官による規制と保護でとことん縛られてきたわけではない。
私企業の破綻の責任はあくまでも経営者にあると考えるのが自然だ。マスコミはなんでも官を批判すればいいというものではない。
官の指導に期待していながら「民間の力による再生を」求めるというダイエー首脳の考えがそもそも矛盾していたことをもっと突くべきだ。
これに比べれば経団連の奥田会長が「カネを借りて期限がきたら返すべきだ。〜企業倫理に欠けている」と突き放したコメントを出していたのは当然だ。

漫画クラブのコラム
2004.10.16 「最高裁が守るのは国民じゃなくて法律」

水俣病関西訴訟の最高裁判決で国と県の行政責任がようやく認められた。
発病が公式に認められてから48年、提訴以来22年もかかっての話だ。
原告の患者45人の内15人が既に亡くなっている。
国が国民を守ってくれるなどということが幻想に過ぎないことがよくわかる。

漫画クラブのコラム
2004.10.21 「異常気象はこれからも続く?」

今年は実に台風の来襲が多く、洪水・地滑りが多発している。
これほど災害が頻発する背景の一つに荒れた山、治水力のなくなったダムといった問題があることは、たびたび識者から指摘されている。
木炭が日常的生活から姿を消し、安い輸入材に押されてコスト的にも引き合わなくなって、間伐材の利用価値が低下し山林が荒れている。
そのまた背景には熱帯雨林の伐採による外国材の輸入があり、そのもう一つの結果として熱帯雨林の消滅による空気中の炭酸ガス量の増加と地球の温暖化がある。
温暖化と近年の地球規模の異常気象との因果関係はあると考えるのが当然だろう。
今年、台風が多いのも異常気象の一環だとすれば、日本の山が荒れることは二重の意味でこの国の人々を苦しめていることになる。
なんともやりきれないような、切ない話だ。

漫画クラブのコラム
2004.10.25 「懲りないプロ球団経営者と社会人としての自覚のない野球選手」

(元)明大野球部の一場投手に裏金を渡していたのが巨人軍だけではなく横浜、阪神もやっていたことが明るみに出て、オーナーたちが辞任に追い込まれた。
巨人軍の件が発覚したときのプロ野球機構のデタラメな対応とプロ野球界を支配している拝金主義とが浮き彫りにされたわけだ。
だが一場投手も、もはやプロ野球選手になる資格はないと断じるべきだろう。20歳以上の立派な成人である。協定違反の行為であることも知らなかったわけではない。まして巨人軍の件が発覚したときに他の球団からも金を受け取っていたことについて口をつぐんでいたとなると、「ばれなければいい」と思っていたとしか考えられない。
スポーツファンがなにより選手に期待しているものはフェアプレーである。いやフェアプレーよりも勝利のみを期待するような人間をスポーツファンと呼ぶことはできない。
将来の社会を担う子供たちがフェアではないスポーツを当然のこととして受け取るような事があって良いわけがない。
一場投手はその点でプロスポーツ選手として失格だ。

漫画クラブのコラム
2004.10.30 「ソニー神話は崩壊した」

9月中間期決算でソニーは映画部門だけが前年同期に対して営業増益だったと発表した。テレビでもオーディオでも他メーカーの後塵を拝しては、独自技術を標榜して技術のソニーといわれた面影はもうない。
かつての家庭用VTRのβ規格での敗北にも懲りず、フラッシュメモリーではメモリースティックという互換性のない規格を出してパソコンのI/O規格を徒(いたずら)に増やし、パソコンの音楽ファイルでもATRAC3という互換性のない規格を携帯オーディオと楽曲のネット販売に持ち込んでWMAやmp3規格と対抗して劣勢に陥った挙句、アップルの i Podに圧倒されている。
次世代DVDではDVDフォーラムのメンバーでありながら既存のDVDと互換性のないブルーレイディスクを先行発売して、DVDーHD陣営と対立し、現在のDVD規格の乱立状態を次世代でも再現しようとしている。
使ってみて分かるのだが、ソニー製品は機械としての信頼性も低いし、使い勝手も決して良くないし、ブランドだけで売っている商品に過ぎない。
日本の高度成長のシンボルとして世界に君臨したソニーブランドだが、消費者の視点を忘れた独りよがりの企業姿勢ではいつか凋落を招く。

漫画クラブのコラム
2004.11.2 「災害多発と無責任なマスコミのおかげで小泉政権は安泰」

小泉という男はどこまでツイているのだろう。
国際的に何の評価も与えられない自衛隊のイラク派遣、沖縄米軍ヘリ墜落事件に見る日本の主権の不在、アメリカの都合だけで語られる極東米軍再編問題、ほとんど実体のない構造改革、庶民の共感を得られない郵政民営化、一向に解決の糸口も見えない北朝鮮との関係、偏執的とさえ言える「靖国狂い」のために尖閣列島など山積する問題がありながら首脳会談を拒否されている対中関係。
よくもまあこれほど問題を抱えていながら国民から指弾されることも呆れられることもないものだ。
それと言うのもいまどきの新聞・テレビが政府の飼い犬とも手先ともお先棒担ぎとも呼べるような状態になってしまったせいもあるのだが、今年の日本が呆れるしかないほど次から次へと災害に襲われて、トップニュースに政治問題が取り上げられることがほとんど無いことによるところが大きい。
いや災害だけではない。
今やこの国のマスコミは政治的な問題以外の事件をトップニュースに上げることに血道をあげている。
プロ野球再編問題もイチローのMLB安打記録も、いったい大新聞が一面トップを飾るほどのニュースなのか。
小泉はたしかにツイている男だ。
だがツキを与えているのは自然災害ではなく、この国の腐りきったマスコミと事実に無関心な国民なのだ。

漫画クラブのコラム
2004.11.7 「肺ガンで死ぬ人が減るのは国にとって迷惑だから?」

JTがタバコを吸うと健康を害するという警告文を、これまでよりも大きく具体的にパッケージ上に表示すると発表した。
他の先進国に比べれば何十年も遅れてようやく本来あるべき姿になった。
当然のことが行われるようになるまで、こんなにも時間がかかるというのが、この国の伝統だ。
先進国の多くでは既にタバコの広告を厳しく規制しているが、日本はようやく自主規制という段階だ。
厚生労働省は今までいったい何をしていたのだろう?いやなぜ何もしなかったのだろう。
エイズ訴訟でもそうだったが、この国の役人たちは国民の命を糧に企業が利益を上げることをひたすら擁護し続けている。
国民の命を守らない国に税金を徴収されることを収奪と呼ばずになんと呼べばいいのだ。

漫画クラブのコラム
2004.11.7 「バカブッシュ」

バカブッシュがめでたく当選しました。
日本に比べればはるかに健全な民主主義体制の国と思えるアメリカの国民の過半数が、他の大半の先進国がダメと烙印を押したバカブッシュを再選したのです。
ではアメリカ人の過半数はバカなのでしょうか?
もしそうならバカブッシュの忠犬である小泉首相を支持し続けている日本人も、やっぱりバカなのでしょうか?
それともそんな連想をする私自身がバカなのでしょうか?

漫画クラブの不定期日記
2004.11.9 「歴史は繰り返す」

ファルージャへの掃討作戦が始まった。
ファルージャに生活基盤を持つアラブ人は何万人もいる。
そうした人々の生活基盤を根こそぎ奪い取るような戦闘の当事者の大半は、ファルージャの人々から見ればよそ者たちだ。
歴史の中では珍しいことではない。日本もかつてその当事者だった。日露戦争の戦場はどこにあって誰が戦闘していたのか、思い出す必要がある。
203高地で日露双方に多大な死傷者を生んだ。だがその203高地とはいったい誰の土地だったのだ。
そこで行われた戦闘はいったいどこの誰のために行われたものだったのだ。

漫画クラブのコラム
2004.11.13 「無能な経営者から誠実さを除いたら何が残る?」

何度も同じ話題を取り上げたくはない。
だがUFJ銀行の元副頭取が逮捕となると取り上げざるを得ないだろう。
官憲を欺き、連携を図るはずの相手企業をも欺いたこの企業は、いったい何かに対して、誰かに対しての誠実さというものがあるのだろうか?
仮にそのような事実(誠実さ)があるとしても信じられない。そのような企業が存続しうること自体が信じられない。
UFJも三菱自動車(三菱ふそう)もコクドも読売新聞も、企業として信用できる何か一点でも、どこかにあるのかさえ疑わしめるような事件を起こしている。
再建のために国(国民)の助けを受けていながら、国をも欺こうとしたUFJの罪は他の企業にもましてそれだけ大きい。

漫画クラブのコラム
2004.11.15 「中国じゃあるまいし、、、」

新潟県・中越地震で途絶した国道17号線の迂回路を作るために、自宅の取り壊し要請に応じた老夫婦の話が美談としてニュースになった。
美談であることに異存はない。
しかし公共のために私(し)を犠牲にすることを仰々しく美談にすることには、いささかの抵抗がある。
有事法制を当然のこととしようというのと同じ文脈がたどれるからだ。
都教委はボランティアを「奉仕」と呼び変えて公立校の教科単位に加えることを検討していると聞く。
ここにも同じ文脈がたどれる。行き着くところがどうなるのか展望が見えないまま、民衆はマスコミとお上に誘導されていく。

漫画クラブのコラム
2004.11.17 「トマホーク巡航ミサイルの爆撃目標のでたらめさを隠蔽して」

アメリカのラムズフェルド国防長官が、民間人を無差別に殺傷するテロを許すことはできない、みたいなことを言った。
まあ、アメリカという国の一般的な考え方だと受け取れなくはない。
しかし民衆をテロリストと一緒くたにして殺傷しているのは当のアメリカではないか。
テロリストが奪ったイラクの民衆の生命財産と、アメリカが奪ったそれといったいどちらが多いのだろう。
その程度のことはアメリカに正義があるからどうでもいいとでも言うのだろうか。

漫画クラブのコラム
2004.11.17 「女性天皇案への反発」

自民党憲法調査会の憲法改正草案大綱の素案なるものをまとめたそうです。
そこには天皇について「皇位は世襲で男女を問わず皇統に属する者が継承する」として女性天皇を容認しているそうです。
まあこんなこと今どきの常識的な考え方に過ぎないでしょうが、この程度のことでさえ、自民党の内部から恐らく猛烈な反発があるでしょう。
ましてがりがりの皇道主義者だったらどうでしょう。
これは面白いことになりそうです。

漫画クラブの不定期日記
2004.11.20 「敗戦時に不都合な書類は片っ端から焼き捨てておいて、証拠があるのかと開き直る図々しさよ」

拉致問題に対する北朝鮮の不誠実さを責める資格が日本国民にあるのだろうか? 
第2次大戦中、朝鮮人を朝鮮半島から日本国内に大量に強制徴用した罪、官民が一体となって朝鮮女性を従軍慰安婦にした罪と北朝鮮の拉致犯罪とどこがどう違うと言うのだ。 
その時代、朝鮮人は日本国籍を持っていたから、と言うのなら一方で戦争が終わったとたんに、国家が過去に国民としていた人々に対して行ったあらゆる行為が免責になるというのもおかしな話ではないか。 
どう考えてもおかしいだろう。免責を決定した当事者の中に朝鮮人は入っていなかったのだから。 
北朝鮮の拉致問題についての調査がデタラメだと言うのなら、強制徴用、従軍慰安婦の資料と証言を全て開示してみせろ、と言いたい。 
まさに天に唾する行為をやっているとしか評しようがないのは日本人の一人として実に情けない。

漫画クラブのコラム
2004.11.23 「パパブッシュ時代の湾岸戦争の報道に懲りたアメリカ軍」

イラク戦争は相変わらずいっこうに終息しそうにない。
ジャーナリストが自由に取材できないという制限はあるものの、それにしても今イラクで行われている戦闘の実態が詳細に報道されないのはなぜか。
抵抗勢力の出自も、使用している兵器についてもほとんど報道されていないのはなぜか。
アメリカ軍を苦しめている抵抗勢力の武器や補給物資はいったいどこから来ているのか?
そうしたことをあからさまに日本の国民に知られたくない、知らせては困る連中がいるのだろう。
戦争を抑止するための国防という発想自体が、実はもっとも平和を妨げているのだという実態を知られたくない連中が、この国のマスコミをたくみに押さえつけているのだろう。

漫画クラブのコラム
2004.11.25 「ほめて育てるだけでよい子ができるのか?」

最近は自分の子どもを殴ったりたたいたりして育てる親が少なくなった。
(半面虐待する親は増えている。ただ虐待と子どもの成長のための体罰とは全く本質的に違う)
親が子どもを殴らなくなって、子どもが親に乱暴を働く事件は多くなった。
子どもが大きくなって所謂「家庭内暴力」となり、つい最近も2件立て続けに息子が両親を殺すという事件まで起きた。
子の家庭内暴力と親が子どもを殴って育てなくなったこととの因果関係を立証しようとすることなど、今さらなんの意味もないと思う。
しかし子どもを殴るには勇気も意気地も必要だ。
今の子どもを持つ親たちには勇気や意気地がどれだけあるのだろう?
子どもを大切にし守るという意味を間違えてはいないだろうか?

漫画クラブのコラム
2004.11.27 「裁判官だって自分の身が大事」

11月25日の千葉地裁の判決によれば、小泉首相の靖国参拝は職務行為であると認定しているそうだ。
しかし憲法判断には踏み込まず、原告が要求していた慰謝料請求も退けられた。
慰謝料請求が退けられたのは当然だとして、法律的に公務員は国家賠償上の責任は負われないとの理由で、小泉が所謂「公式参拝」をやったことについて、何のお咎めなしという千葉地裁の判断はどうだろう。
これでは議員や閣僚が職務上でやったとことならば、憲法違反だろうが法令違反だろうがなんだろうが責任は問われないというお墨付きを与えているようなものではないか。
クソ裁判官たちは民主主義国家の基盤である三権分立を自ら狭義に解釈して骨抜きにしている。
それでも日本国民なのか。

漫画クラブのコラム
2004.12.1 「東京弁ってなに?」

東京育ちである私はテレビや新聞で「東京弁」という言葉を見聞きすると違和感を覚える。
おそらくそれは京都育ち、大阪育ちの人たちが自分たちの言葉を「関西弁」とひとくくりにされることと変わらない違和感だろう。
お国言葉には県や地方でひとくくりにはできない違いがあるのであって、それを「なんとか弁」と一緒くたにすること自体が乱暴な話だ。
「東京弁」などというものはない。
元もと江戸時代に全国の武士と町人が寄せ集まり、それ以前はズーズー弁でしゃべっていた江戸の地で、お互いのお国言葉でしゃべっていたら話が通じないので、分かりやすく会話するために成立したのが、江戸の社会の言葉だったはずだ。
だから300年の歴史の中で醸成された「江戸言葉」ならばある。また「下町言葉」とか「山の手言葉」というものはある。あるにはあるのだが絶えることない非東京人の流入によって滅びつつあるし、東京人であってもそれらの使い分けのできる人たちは少なくなっている。
非東京人には「標準語」を東京弁だと勘違いしてそう呼ぶのを好まず「共通語」などと意味不明な呼び方をしている人も多いのだが、全国共通で使われている言葉であっても時代とともに変化しているのだから、変化していると規定するためにも「標準」という考え方は必要なのだ。
だからたとえば私が話す言葉を「東京弁ですね」などと言われたら、私は「いや標準語です」と反論するだろう。

漫画クラブのコラム
2004.12.4 「法律では強要していないはずだった君が代と日の丸」

東京都の教職員109人がシンタローと都教育長を「脅迫罪」「強要罪」「公務員職権濫用罪」で12/1に東京地検に告訴した。
都立校の式典での「日の丸」「君が代」強要問題で、一方的に公的抑圧を受けていたことに対して、とうとう法的に反撃してきたことになる。
やや遅きに失した感がないでもないが、一応良くやったと言いたい。
なぜなら、このまま都教委の暴走を放置しておけば、いずれは指導に従わない生徒の処罰にまで進む恐れがあり、公教育によって個人の思想・信条の自由が侵されるのが目に見えているからだ。
また東京都をモデルにして全国で教育委員会が復古主義に突き進むことも恐れられる。
恐らく全国から、また公的団体からも、右翼団体からも、この109人に対し有形無形のいやがらせや圧力が数限りなく浴びせられることになるだろうし、マスコミはそれらと同調することはあっても、そのような暴力から109人を守ることはまずないだろう。
その意味で109人の勇気をたたえたい。
彼らに比べれば、権力の盾に隠れて無責任な放言を繰り返して恥じることのないシンタローのなんと卑怯極まりないことか。

漫画クラブのコラム
2004.12.7 「ゆとり教育の裏に何がひそんでいたのか」

OECDが昨年実施した41カ国・地域の15歳児を対象とした知識・技能の応用力を見るテストで、日本が3年前のランクより低下したと新聞が報じていた。
中山文部科学省大臣は早速、学力低下の歯止めの教育の必要を強調していた。
それでなくとも「ゆとり教育」による学力低下を問題にする声は年々強まっている。
しかし今の日本の初等中等教育でほんとうに憂うべきは学力よりも、青少年の道徳・社会常識・人格の低下の方だろう。
今の小中学校では授業中に生徒が席を離れてうろつくのが当たり前と言われている。
つまり学力すなわち学校教育以前に家庭での教育にこそ、今の日本の問題があると言うべきだろう。
学力低下の方を問題にしたがるのは、結局そっちの方が金になるからだ。
「学力、学力」と念仏のように唱えていれば、受験産業も営利目的の私立学校も天下り先を必要としている文科官僚も家庭教師や塾の講師もみんな儲かるが、「家庭のしつけ」などと今の時代に唱えても誰も金儲けはできない。
それだけの問題なのだが、根の深い問題でもある。

漫画クラブのコラム
2004.12.8 「猿芝居の日朝両政府」

北朝鮮が拉致被害者の横田めぐみさんの遺骨として提供してきたものは別人のものであると、DNA鑑定の結果が出た。
予想どおりの結果に過ぎないのだが、興味深いのは横田めぐみさんの両親の反応だ。
TVニュースでは当然のように北朝鮮の不誠実なやり方を口を極めてののしって、経済制裁の緩和を絶対に許すべきではないと言っていた。
しかし、もしその遺骨とやらが本物だという鑑定結果が出ていたとしたら、やっぱり「娘は北朝鮮に殺された」として絶対に許せないとコメントしていたのではなかろうか。
その程度の違いはおおかたの日本人も同じ感情を抱くだろうという範囲に過ぎないし、今回の北朝鮮の提出した資料を持ち帰った政府関係者の予想の範囲だっただろう。
政府も北朝鮮の不誠実をなじるコメントを出してはいるが、これは一種の演技で、はじめっから北朝鮮のようなアウトロウ国家に爪の垢ほどの誠意も期待などしていなかったはずだし、もしそうでないとしたらわが国の外交担当者はよっぽどのアホウとしか言いようがない。

2004.12.9 「大日本帝国は日本本来の国の姿だったのか?」

「自虐的歴史観を改めよ」などというバカものが大手をふって歩いている。
第2次大戦までの日本(の軍部を中心とした連中)がやった犯罪行為を記すことのどこがいったい自虐だというのだ。
日本人が自分たちの先達のしたことを批判することが自虐的だとでも言いたいのか。
そもそも明治維新から第2次大戦の敗戦にいたるまでの日本を動かしていたのは、日本の歴史や人民全体から見れば異端の連中ではないか。
彼らの指導した「大日本帝国」など今のわれわれにとって「自」であるものか。
薩長連合が明治期に確立した天皇制度も天皇中心の国家体制も、実はヤマト以来の伝統的な日本からはかけ離れたものであって、プロシアやロシアから輸入してきたものに過ぎないではないか。
「大日本帝国」が日本という国の本来の姿だとでも思っているのか。
まったくバカとしか言いようのない非国民が「この国の歴史を正す」などとよく言うわ。

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2004.12.11 「大多数の安心と少数の犠牲と」

東京では数十年前に作られた道路計画が実にゆっくりと、しかし時としてそこに住んでいる都民にとっては急激に進められている。
関東大震災や太平洋戦争の戦火を経て防災の見地から単なる交通施設としてではないものとして、広い道路が必要とされている。
近年忘れる暇もなくやってくる大地震、中でも阪神淡路大震災での大火災は東京都の道路計画の進捗の必要を実感させる。
しかし長年同じ地に生活の基盤を置いている人々にとっては、道路計画こそが自分たちにとっての災難でしかない場合が多い。
大多数の人の安心と便利は少数の犠牲との引き換えであることはいつの時代でも変わらない。しかしこうしたジレンマをいったいどれだけの日本人が感じているのだろう。

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2004.12.15 「慎太郎にとっての名誉とは?」

石原都知事がTBSを名誉毀損で告訴したとかするとか。
「政治家にとり言葉は命」であるのに、その言葉をTV局が意図的に編集してありもしなかった発言を捏造したということらしい。
シンタローがもしほんとうに「政治家にとり言葉は命」と思っているのだったら、もっと自身の発言を慎んでもらいたいものだ。
これまでシンタローの無知無思慮による発言で(たとえばほんの一例だが横田基地の民用問題で)どれだけ多くの人々が傷つき不快を覚えたことか、本人は分かっているのか。
分かっていなかったのならばまだ救いがあるが、シンタローはその程度のことは十分認識した上で(つまり自分の意にそぐわないものは取るに足らない存在と決めつけた上で)言っているのだろう。
もしそんなことさえ区別できずに「政治家にとり言葉は命」だなどと口にしているとしたら、よほどのアホウとしか言いようがない。

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2004.12.18 「恐い時代になってきた」

防衛庁官舎のビラ入れ事件訴訟で東京地裁は無罪判決を出した。警察・検察側はもともと判例上も憲法上も無罪判決が出ることぐらい予想していただろう。
そんなことより彼らの目的が自衛隊派遣反対の市民運動の弾圧にあったことは疑う余地がない。
無警告の逮捕とそれに続く75日間の勾留は一般の市民運動家を脅迫し、萎縮させるには十分だった。
しょせん官憲は権力者たちのイヌにすぎないのだが、最近は戦前並みにかなり獰猛なイヌになってきたというべきだろう。

漫画クラブのコラム
2004.12.22 「宮家がいつか全部絶えてなくなったら」

今年は皇室の話題がニュースになることが多い。
つい最近は高松宮妃が亡くなって高松宮家が絶えることになった。
今の皇室には未婚の男子がいないから、このままいけば宮家は遠からず全て絶えることに成る。
皇太子の例の問題発言の背景にも、男子が生まれていないことがあるだろうとは誰でも想像することに違いない。
女帝やむなしという声も起こるわけである。
しかしここで一つの疑問がある。
もし女帝を制度化する場合、宮家はどうなるのだろう?
今の制度では皇室の男子が結婚すると皇太子以外の長子は宮家を相続し、二子以下は新宮家を創設することになっているようだが、女子は結婚すると皇籍を離脱するようになっている。
だが、これは皇室の男子には皇位継承権が規定されているからの話で、もし女子にも皇位継承権が規定されるようになったら、宮家の創設あるいは相続はどのように規定されるのだろう?
率直に言って皇位継承権の下位にある人たちが、いつまでも宮家を創設したり相続したりするのは税金の無駄遣いだ。
女帝論議の中には宮家問題もぜひ含まれて欲しいものだ。

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2004.12.25 「とことん反政府運動を弾圧したいらしいこの国」

予想どおりと言うべきだろう。
防衛庁官舎反戦ビラまき訴訟の無罪判決に対して検察側は控訴した。
逃亡や証拠隠滅の恐れもないのに逮捕し75日間も拘留しただけでも、もう十分に国家に逆らうとどんなひどい目に遭うか脅迫したと思うのだが、彼らの執拗さはそんななまやさしいものではないらしい。
どうやら日本は旧ソ連時代の共産主義国家なみになってきたようだ。
そこまでしてこの国が国民の思想統制をやろうとしている魂胆はどこにあるのだろう。
とことん膨らんだ財政赤字に象徴されるこの国の古代ローマ的指導者たちはいつか大規模増税か福祉の切捨てで徹底的に国民につけを払わせることになるだろう。
そのときの準備を着々と進めているのだろうか。
国民全てが国のいかなる強要に対しても従順であるようにするための準備を。

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2004.12.27 「北朝鮮の対応は想定の範囲内」

拉致問題について北朝鮮の提出した資料は予想どおりデタラメなものだった。
日本政府にとっては、これは一つの手順というか段取りのようなものに過ぎないだろう。
政府が北朝鮮からまともな対応が得られることを期待していたとは、とても考えられない。
デタラメな資料に怒るのは政府ではなく国民である。
世論は北朝鮮に対する経済制裁を必然とするだろう。
政府が期待していたのはまさにそこにあるのだろう。
韓国も中国もアメリカでさえも6ヶ国協議によって北朝鮮の核武装を外交問題として解決しようとしている。外交で解決できるわけがない。
北朝鮮が核武装、国際的孤立化に突き進む理由が北朝鮮を取り囲む国際関係などにあるのではなく、個人的独裁体制国家の維持にあるのだから、外交で解決できるわけがないのだ。
拉致問題を解決するための外交協議など何の効果もないことは、もう十分に分かった。
次に分かるのは経済制裁でさえも拉致問題の解決には役立たないという現実だろう。
最も期待できるのは北朝鮮の内部崩壊だろう。
かつての東ヨーロッパ共産体制の崩壊のような内部崩壊を起こさせるには、北朝鮮の黒幕である中国の外交を封じるしかないだろうが、はたしてどこの国が今の中国の外交力を封じることができるだろうか?

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