飛行機のイデア−稲垣足穂


                 今井洋一


 稲垣足穂は、おそらく日本文学史上もっとも飛行機を愛した作家である。飛びはしなかったものの、一九一九年には自らエルブリッジ40馬力エンジン装備の複葉機を製作してプロペラを廻しているというのだから驚いてしまう。そんな彼にとって、飛行機とはいったい何だったのだろうか。

私に云わせると、ライト兄弟から十年間、第一次大戦直前までが飛行機の「花」であった。すなわちアンリ・ルソーの風景画に見られるような飛行機飛行船の時代である。これ以後、エアロノートは夢と精神性を見失い、ひたすら破局への漸近線上を驀進する一介の機械に成り下がってしまったようである。(註1)

 足穂は飛行機に関する作品を多く著しているが、それらは全て最初期の飛行機を扱ったものだ。ライト兄弟の飛行機が進歩し、発展したものであるところの戦闘機や旅客機は、足穂には何ら魅力を感じさせない。と言うよりも足穂は、そういった今日の文明の利器に対して嫌悪の感情をあらわにする。足穂はジェット機の翼について、こう言っている。

 あの「矢形」が曲者だ。これはもう鳥でなくて、アクマの尻尾に似ている。鳥類ですら彼女らの負傷は接地接木の時に起っているというのに、音速的スピードで平衡を保っている数十噸の矢が、接地間ぎわに失速的状態に陥ることは即ち粉砕爆発である。首尾よく滑走路に車輪をつけてパラシュートを引き、逆噴をやったところで、いったん道を逸れたなら、これも昔日のプロペラ機が鶏小屋にぶつかったどころの騒ぎではない! 自称航空評論家連が末葉についてどんなお喋りを重ねようと、「矢形」にたよっている限りいつかは「あッしまった!」である。あらゆる文明の利器は、その概念の性質として「あッしまった!」を宿命的に背負わされている。(註2)

 しかし、足穂は安全第一主義でこういうことを言っているわけではない。一九一三年、武石浩玻が京阪神間都市連絡飛行を試み墜落死するが、この事件は足穂少年に大きな影響を与え、それ以来、足穂は飛行家になり墜落死することを夢見るようになった。足穂にとって飛行機は「墜落に裏打ちされた飛行機」(註3)でなければならないのである。では、なぜ足穂はジェット機の墜落を「あッしまった!」と言うのだろうか。単に、昔はよかったという懐古主義なのだろうか。そうではない。ここでは、「文明の利器は、その概念の性質として」という言葉に注目しなければならないだろう。ジェット機は、物や人を目的地まで安全に運んでこそ、存在の意義があるのだ。それに対して、足穂の愛した初期の飛行機は「概念」が異なっている。
 足穂に愛された初期の飛行機は、よく墜落した。もちろん、飛行家が墜落死を夢見てわざと墜落した、などというわけではない。機首が浮き上がってしまったり、発動機が突然止まったり、いやでも墜落したのである。そんな飛行機に物や人を運ばせられようはずがない。飛行機は実利的な道具ではなかった。では、飛行機は何のために飛んだのか。答えは明らかである。飛ぶために飛んだのだ。実利的な意味を持たず、ただ飛ぶためだけに飛行家は操縦桿を握る。これが重要なのである。
 飛行機への想いを、エッセイではなく優れた物語に仕立てたのが「滑走機」(註4)や「おくれわらび」(註5)であろう。「滑走機」では、主人公トンミイが飛行機を作って乗り込むが、それは「子供たち頬っぺたを芝にくっつけてみなければわからぬ」ほどにしか浮き上がらず、心配して見守っていた牧師さまも「これはしゃれた野菊刈りじゃわい」と安心する。また、「おくれわらび」の主人公R氏は可哀想に、せっかく作ったグライダーに一度も乗れなかった。R氏は騙されて、グライダーは祭りの山車にされてしまったのである。どちらの飛行機も、墜落すらできなかった。しかし、足穂にとっては、それは少しも悲しむべきことではない。それどころか、彼は「飛行機というのは、もしそれが飛んだならば只それだけのものになってしまいます。」(註6)と言う。
 さて、普通の人から見れば、飛行機は飛んではじめて存在の意味がある。飛ばなかったらそれこそ「只それだけのもの」だ。しかし、そのような考えに対して、ここで太宰治の文章を紹介してみよう。太宰は、僕の知る限りでは足穂以外に飛ばない飛行機ということを言った唯一の文学者で、「走ラヌ名馬」(註7)の中に飽食暖衣ノアゲクノ果ニ咲イタ花、コノ花ビラハ煮テモ食ヘナイ、飛バナイ飛行機、走ラヌ名馬」と書いている。そして、この「走ラヌ名馬」には次のような一節があるのである。

千代紙貼リマゼ、キレイナ小箱、コレ、何スルノ? ナンニモシナイ、コレダケノモノ、キレイデショ?

 「キレイナ小箱」に対して、「コレ、何スルノ?」と問うことは無意味である。「キレイナ小箱」は何の役に立つ必要もない。いや、何の役にも立ってはいけないのである。なぜなら、何の役にも立たない「コレダケノモノ」であることによってこそ、「キレイナ小箱」は「キレイ」であるという唯一の存在価値を最大限に発揮するからだ。
 飛行機も、「キレイナ小箱」と同じである。但し、飛行機において「キレイ」に相当するのは、飛ぶことではない。足穂は子どもの頃、模型飛行機を作って遊んでいたが、それは友達の作る「フライングモデル」ではなく、決して飛ぶことのない「スケールモデル」だった。

 友だちのあいだでは、糸ゴムを動力にする模型飛行機が流行していましたが、私はそのことにあまり気を惹かれていませんでした。なるほどおもちゃ飛行機は、失敗成功とりまぜてそれぞれに面白い空中の運動を見せますが、しかし、ブレリオだのファルマンだのが持っている気分とはまるッきり違うのです。で、同じヒゴ竹や削いだ木やアルミのチューブを手にしても、私にはそれらの結合からどうして実物飛行機の感じが出されるか? ということだけが考えられました。(註8)

 飛ぶということに関しては、「フライングモデル」の方が実物に近い。だが、足穂の求めた「ブレリオだのファルマンだのが持っている気分」「実物飛行機の感じ」が「フライングモデル」に求められるはずはなかった。何故なら、飛行機の存在価値の根拠(足穂が言う飛行機の「気分」「感じ」)は、飛ぶことにはないからである。飛ぶという結果はどうでもよいことだ。大切なのは、飛びたいという願い、意志だけなのである。そして、この意志は、飛べない飛行機や墜落死した飛行家の骸の上にこそ現れる「イデア」に他ならない。



(1)「二十世紀の『箒の柄』−飛行者の倫理について」。「作家」(一九
 六六年五月号)に発表。引用は多留保集2『プロペラを廻すまで』(潮出
 版 一九七四年)より。
(2)註1に同じ。
(3)「彌勒」の中の言葉。引用は『稻垣足穗大全4』(現代思潮社 一九
 七〇年)より。なお、小山書店版(一九四六年)ではこの部分が「未来派
 は、『我等は絶間のない飛行家の死を讃美する』と云つてゐる。それはル
 イ・ブレリオが『進歩にはなほ骸が必要だ』と云つた意味に繋がつてゐる
 のか。さうであるまい。それ自身として好ましい、と云ふのだ。」となっ
 ている。
(4)「文藝時代」(一九二六年一一月号)。
(5)「作家』(一九六〇年六月)。
(6)「機械と物理学」。「the high school life」(一九六九年一〇月一
 五日)に発表。引用は多留保集2『プロペラを廻すまで』より。
(7)「工業大學藏前新聞」(一九三六年七月二五日)に発表。引用は、
 『太宰治全集』第十巻(筑摩書房 一九五六年)より。
(8)「四季」(一九三四年三月)に発表。引用は『稻垣足穗大全1』(現
 代思潮社 一九六九年より。




(トップページに戻る)