宮沢賢治「なめとこ山の熊」小論
今井洋一
一 小十郎はなぜ熊を撃つのか
小十郎は腕利きの猟師である。彼が「ぴったり落ち着いて樹をたてにして立ちながら熊の月の輪をめがけてズドンとやる」と、「森までががあっと叫んで」、熊は「どたっと倒れ赤黒い血をどくどく吐き鼻をくんくん鳴らして死んでしまう」のだ。しかし、小十郎は決して、山猫軒に迷い込んだ二人の若い紳士のように「早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ」とか「鹿の黄色な横っ腹なんぞに、二三発お見舞まうしたら、ずゐぶん痛快だらうねえ」とか思って鉄砲を手にしているわけではない。彼は、飽くまでも「仕方なしに」熊を撃っているのである。時には「何か栗かしだのみでも食ってゐてそれで死ぬならおれも死んでもいゝやうな気がするよ」と、「因果」な商売から足を洗いたいと考えるのだ。
では、なぜ小十郎は熊を撃つのだろうか。それが分かれば、「なめとこ山の熊」の授業はほぼ成功である。とは言っても、「小十郎は貧乏だから」などというのは答えになっていない。確かに、作品中に「ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰も相手にしねえ」と書かれてはいるが、それは小十郎が熊を殺すことの本質的な理由ではないのである。賢治の作品を教材として扱うとき、しばしばこういったところで躓いて、非常に浅い読みになっていることがあるように思う。
さて、小十郎がなぜ熊を撃つかということであるが、あんまり一ぺんに云ってしまって悪いけれども、それは需要があるからだ。需要があるからこそ、供給する者が必要なのである。ここでは、小十郎が貧しいということなど問題ではない。もし小十郎が畑を持っていれば、代わりに小太郎だか小次郎だかが熊を殺すだけのことだ。つまり、「なめとこ山の熊」は小十郎という一個人の〈業〉を描いた作品ではないのである。このことは、小十郎という供給者に対して需要者が誰かということを考えてみれば、もっとはっきりと分かるだろう。小十郎に熊を撃たせているのは誰だろうか。言うまでもなく、熊の皮と胆とを二円で買い叩く荒物屋の主人であり、その二円をあてにして家で待っている七人家内であり、荒物屋の客であり、そして、小十郎が熊を殺すことによって自らは手を汚さずに済んでいる多くの人々である。小十郎は、これら全ての人間の〈業〉を一身に背負わされる、十字架にかけられたキリストのような存在なのである。
二 小十郎とは誰か
「鹿踊りのはじまり」において、嘉十が「ホウ、やれ、やれい。」と叫ぶことは、「じぶんと鹿とのちがひを忘れ」ることに他ならない。いくらフィクションだと言っても、賢治は人間と動物との違いを無視したりはしないのである。そして、「なめとこ山の熊」にもやはり、小十郎が熊の親子に遭遇して「風があっちへ行くな行くなと思ひながら」その場を立ち去るというエピソードが描かれている。それは、小十郎が自分と熊との「違い」を弁えていることの証左であるようにも見えるだろう。しかし、「なめとこ山の熊」の中で小十郎と熊との「違い」が描かれるのは、この場面だけなのである。他のところでは、小十郎と熊とは会話を交わし、互いに強い愛情、信頼感で結ばれている。嘉十は鹿に何の危害も加えないにもかかわらず、鹿と会話を交わすことはできない。それなのに、小十郎は熊に鉄砲を向けながら、熊と理解し合うのである。この小十郎とは、いったい何者なのだろうか。
その答えは、小十郎の名前に隠されている。彼の姓は「淵沢」なのだ。それは、もちろん淵沢川を意味するのだろう。ここで作品の冒頭部分を思い出してみれば、小十郎の正体は明らかである。
なめとこ山の熊のことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山から出て来る。(中略)山のなかごろにおおきな洞穴ががらんとあいている。そこから淵沢川がいきなり三百尺ぐらゐの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。
淵沢川は、すなわち小十郎は、「なめとこ山から出て来」た者なのである。彼は、この作品のタイトルどおり、「なめとこ山の熊」だったのだ。なめとこ山(熊の世界)から「三百尺ぐらゐ」落ちて来て、「胴は小さな臼ぐらゐはあったし掌は北島の毘沙門さんの病気をなほすための手形ぐらゐ大きく厚かった」という、まるで熊のような体格をもつ「すがめの赭黒いごりごりしたおやじ」になったのが、小十郎なのである。だからこそ小十郎は、なめとこ山を「自分の座敷の中を歩いてゐるといふ風でゆっくりのっしのっしとやって行く」し、「なめとこ山あたりの熊は小十郎を好き」なのだろう。この作品は、一般的な異種交流譚ではない。キリストが神の子である人間ならば、小十郎は熊の子である人間なのだ。
三 小十郎の死の意味
賢治の童話は、主人公もしくはそれに準ずる者の死を物語のクライマックスとすることが少なくない。そして、それらの作品に描かれる死は、いくつかのパターンに分類することが可能である。さて、その中で「なめとこ山の熊」の位置付けを考えてみると、小十郎の死は一応、「よだかの星」や「二十六夜」に描かれたそれと同じ型のものであると考えられる。私は以前、このグループの作品を〈悲〉の思想を表現するものとして捉えたことがあるが、賢治研究者の耳に馴染んだ言葉を使えば、宿業、生存罪からの脱却という言葉で括ってもよいだろう。(ただ、その際に注意しなければならないのは、その宿業、生存罪が小十郎、よだか、そして穂吉の個人的なものではないということだ。「なめとこ山の熊」については先に述べたが、彼らは他の全ての者の宿業、生存罪をも一身に引き受けて死んでゆくのである。)
しかし、「なめとこ山の熊」と他の二作品との間には大きな違いがある。そのことに気付くためには、まず、それぞれの作品の結末に注目してみればよい。よだかはカシオピア座の隣で輝く星になり、穂吉は二十六夜の月と共に現れた捨身菩薩に連れられてゆく。それに対して、小十郎は天に昇らないのだ。「なめとこ山の熊」の最後の場面には、次のように書かれている。
その栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らに黒い大きなものがたくさん環になって集って各々黒い影を置き回々教徒の祈るときのやうにじっと雪にひれふしたまゝいつまでもいつまでもじっと動かなかった。そしてその雪と月のあかりで見るといちばん高いとこに小十郎の死骸が半分座ったやうになって置かれてゐた。
小十郎は天に昇ることなく、「死骸」のままなのである。しかし、だからと言って小十郎に奇跡的な救いが訪れなかったと考えるのは早計だ。この場面の描かれ方は「よだかの星」や「二十六夜」に少しも劣らない美しさであるし、小十郎の顔には、よだかや穂吉と同じ種類の安らかな笑みが浮かんでいたのである。では、なぜ小十郎は天に昇らなかったのか。答えは簡単である。小十郎にとっては「黒い大きなものがたくさん環になって」迎えてくれるなめとこ山こそが、昇るべき天だったのだ。
ここにおいて、小十郎の死と、よだかや穂吉の死との本当の違いが明らかになる。それは、よだかや穂吉にとっての天が〈行く〉ところであったのに対して、小十郎にとっての天は〈帰る〉ところであったということだ。キリストがゴルゴダの丘で刑死してから三日目に復活して天に帰ったように、小十郎も「三日目の晩」に天に帰ったのである。
四 「なめとこ山の熊」の主題
「なめとこ山の熊」について、私は三つのことを述べた。念のため、ここで簡単に整理しておこう。
1 小十郎の〈業〉は彼個人のものではなく、全ての人間のものである。
2 小十郎は本来、人間世界よりもむしろ熊の世界の存在である。
3 小十郎にとっての天は熊の世界であり、彼はそこへ〈帰った〉のである。
以上のことは、いずれも作品を叮嚀に読めば容易に分かることであり、同時に作品を理解する上で欠くことのできないポイントになることであるように思う。
では、これらのことから、どのような作品の主題が浮かび上がってくるのか。それは読者によって違うだろう。いや、単に違うと言ってしまっては誤解されるおそれがある。私は、いま流行りの「生徒の自由な読み」とか「文学作品の精緻な読みの克服」とかいった奇怪な主張を認めるものではない。私が言いたいのは、賢治の作品は、その読者がどれだけその作品を必要としているかによって読みの深さが変わってくるということである。だから、ここで私が書く「なめとこ山の熊」の主題は、この作品を必要としない人には何のことだか分からないかもしれない。そして、私以上にこの作品を必要としている人は、私には捉えきれない、もっと深い真実をこの作品の中に見出しているだろう。とにかく、私は自分に書けるだけのことを書いてみることにする。
私はかつて「よだかの星」を論じた際、大智度論巻二十七の「大慈、與一切衆生楽、大悲、抜一切衆生苦」という言葉を引いて、「グスコーブドリの伝記」的な死に方が〈慈〉の思想を表し、「よだかの星」は〈悲〉の思想を表していると述べた。そして、往生論註巻上の「慈悲に三縁あり、一には衆生縁、是れ小悲なり、二には法縁、是れ中悲なり、三には無縁、是れ大悲なり」という言葉を紹介して、よだかの死を次のように分析した。
よだかは言うまでもなくただの鳥であり、凡夫である。本来ならば衆生縁しか実践できないはずだ。だが、よだかはいつも「ああ、つらい、つらい。」と考えていた。ここで「悲のブラックホール効果」とでも言うべき現象が起こったのである。ブラックホールは周知のとおり、一定の空間内に余りにも大きな質量が集まることによってできるものである。「よだかの星」の場合、よだかという小さな空間に余りにも大きな「つらさ」が集まり、そのためによだかは、悲のブラックホールとなってしまったのだ。そして、よだかは羽虫や甲虫やその他あらゆるものの悲しみを感じ、大悲を実践せざるを得なくなってしまったのである。しかし、大悲とは本来、諸仏や大乗の菩薩のものであり、一羽のよだかに耐えられるものではない。その結果、よだかは死ぬことになるのである。
地上の凡夫であるよだかが、同じ地上に生きる者たちの〈悲〉を一人で引き受け(換言すれば、〈悲〉の原因となっている地上の者たちの〈業〉を一人で引き受け)、それに押しつぶされて死んでしまう。「よだかの星」は、そういう悲痛な物語であった。しかし、それは地上の者による〈業〉の、地上の者による贖罪である。その大業を死を以てなしたからこそ、よだかは星になることを許されたのである。
ところが、「なめとこ山の熊」では状況が異なっている。本章のはじめに挙げた「2」、「3」の論を総合して考えると、この作品では、殺すもの(小十郎)と殺されるもの(熊)とが共に天の存在なのである。「なめとこ山の熊」は、そもそも天に存在すべき者であった小十郎が、地上に下りて同じく天の存在である熊を殺し、そして、その熊に殺されることによって天に帰る物語なのだ。小十郎が「おれも死んでもいゝやうな気がするよ」と言うと、熊は「おまへの家の前でちゃんと死んでゐてやるから」と答える。熊が「おまへを殺すつもりはなかった」と言うと、小十郎は「熊ども、ゆるせよ」と詫びる。「なめとこ山の熊」は、天の者同士のこのような関係によってのみ成り立っているのである。そこには地上の者の痛みが全くない。そんなものが「よだかの星」と同じ浄罪だと言うのならば、それは地上の人間にとって都合のよすぎる話ではないか。
「なめとこ山の熊」では、地上の者の浄罪はまだ終わっていない。私は「1」として「小十郎の〈業〉は彼個人のものではなく、全ての人間のものである。」と述べたが、小十郎は天の者なのだから、彼には人間の〈業〉はない。その小十郎が人間の代わりに罪を贖うことはできないだろう。小十郎は、人間の〈業〉を代表する存在ではなく、人間の〈業〉を目に見えるところに引きずり出す存在だったのだ。小十郎が熊の親子を見つけた時、「風があっちへ行くな行くなと思」ったのはなぜだろうか。彼の匂いが熊のもとに届くことを心配したからか。そうではない。「なめとこ山あたりの熊は小十郎を好き」なのだから。小十郎が虞れたのは、鉄砲に込められた人間の〈業〉の匂いが幸せそうな熊を辛い気持ちにさせることだ。小十郎は地上の者の〈業〉を背負うようにして死んだが、それは人間に対して示された浄罪の「モデル」でしかない。人間の〈業〉は、鉄砲と共にまだ地上に残されているのである。
繰り返すが、地上の者の浄罪はまだ終わっていない。そのことは、物語の語り手が荒物屋の主人を徹底的に批判している場面にも強く表れている。賢治はこのエピソードを置く場所に迷ったようだが、これを削除することは考えなかっただろう。なぜなら、この部分はテーマのズレでも何でもなく、「なめとこ山の熊」の主題を考える上で非常に重要なものだからだ。「二十六夜」の中の「なれども他人は恨むものではないぞよ。みな自らがもとなのじゃ。恨みの心は修羅となる。かけても他人は恨むでない。」という梟の坊さんの言葉を記憶している者にとって、この箇所は衝撃的である。私はここに「お前たちの〈業〉は、まだ消えていないぞ」という激しい怒りの声を聞く。
本稿では、小十郎を常にキリストと重ね合わせてきた。ところで、キリストは人間の罪を贖うために死んだとも言われているが、実はそうではなく、人間に改悔を迫るために死んだのではないだろうか。小十郎も、同じである。
五 星について
「よだかの星」や「二十六夜」にしても、よだかや穂吉が死んだからといって、地上の者の罪が全て消えるはずはないのだが、「なめとこ山の熊」はそれにもまして厳しい作品である。しかし、賢治は人間を救いようのないものとして見下しているわけではないだろう。怒りがあるということは希望があるということであるし、賢治も人間である以上、人間に見切りをつけることはできない。もし彼が絶望し諦めてしまったのであれば、彼はもう作品を書かないはずである。では、賢治はどこに希望を求めたのだろうか。私は、「なめとこ山の熊」の中に出てくる星に、賢治の目指したものが隠されているように思う。それが何かまだはっきりと分からないのだが、とりあえず気付いたことだけを資料として紹介し、本稿の締め括りにしたい。
「なめとこ山の熊」には「胃」「すばる」「参の星」という三種類の星が登場するが、これらの星について、原子朗『宮沢賢治語彙辞典』(東京書籍 一九八九年)には次のように書かれている。
[胃]
胃宿。こきえぼし。星座二十八宿の一。おひつじ座の東部三十五番星付近。天の五穀をつかさどる星座で、片仮名で表記されると外国語にも見えるが、日本読みで「穀家」が「こきえ」になったものと思われる。
[すばる]
プレアデス。昂(二十八宿の一)。庚申。おうし座の散開星団M45。距離四一〇光年で、約一三〇の星の集団。誕生したばかりの高温の青い星で構成され、母体となったガスが残存している。「すばる」は和名で「統まる」(統一される)からの転化。晩秋の南天で輝くことから農作やいか釣りと結びつくことが多い。
[参]
オリオン座のベルトにあたる三つ星のこと。星座の二十八宿の一つ、辰(さそり座三星)と呼応する。中国では参と辰は仲の悪い兄弟にたとえられた。日本ではこの三つ星と、大星雲を含む小三つ星を結んで「唐鋤星」と呼んだり、さらにη星を加えて「さかます星」と呼ぶことがある。
今日でもよく知られており、賢治の詩にもしばしば見られる「昂」だけならともかく、「胃」「参」といった分かりにくい名前を用いて二十八宿にこだわったのには、何か意味があるのではないだろうか。そこで『大漢和辞典』を引いてみると、二十八宿は七宿ずつに分けられ、それぞれに東西南北の方位が与えられていることが分かる。そして、胃宿と昂宿、及び参宿は、いずれも西を指しているのである。さて、西と言えば、賢治の作品にはすぐに思い出されるものがいくつかある。
鹿は(中略)かゞやく夕日の流れをみだしてはるかにはるかに遁げて行き、そのとほつたあとのすすきは静かな湖の水脈のやうにいつまでもぎらぎら光つて居りました。
そこで嘉十はちよつとにが笑ひをしながら、泥のついて穴のあいた手拭をひろつてじぶんもまた西の方へあるきはじめたのです。(「鹿踊りのはじまり」)
烏の大尉は、けれども、すぐに自分の営舎に帰らないで、ひとり、西のはうのさいかちの木に行きました。
雲はうす黒く、たゞ西の山のうへだけ濁つた水色の天の淵がのぞいて底光りしてゐます。そこで烏仲間でマシリイと呼ぶ銀の一つ星がひらめきはじめました。(「烏の北斗七星」)
天の川の西の岸に、すぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子といふ双子のお星さまの住んでゐる小さな水精のお宮です。(「双子の星」)
賢治の作品には他の方位も出てくるので、西が必ずしも賢治にとって特別なものであったとは言い切れない。しかし、これらの作品における西は、全て希望の方向、美しい方向として描かれているようだ。なお、高橋康雄は「鹿踊りのはじまり」の西について、日蓮の言葉を紹介し、「『東漸』してきた仏教がいよいよ『西漸』するという『はじまり』である。」(『〈注文の多い料理店〉伝』春秋社 一九九六年)と述べている。確か賢治自身も、経済的な余裕があれば中国やインドに行って法華経を広めたいというようなことを言っていたので、これは当たっているかもしれない。但し、「なめとこ山の熊」で厳しく改悔を迫られた人間には、法華経を「教える」などおこがましい。この作品が示す西はむしろ、法華経の説かれた霊鷲山に向かい「学ぶ」ことを求めているのではないだろうか。また、胃宿が「コキヱ」と読まれることに従って考えると、胃宿、昂宿、参宿は全て農耕に関わりのある星である。「なめとこ山の熊」は賢治が羅須地人協会を設立した翌年の作品であると推定されるが、賢治はそのことも意識していたのではないかと思われる。
もう一つ、星に関することを付け加えておこう。私は胃宿、昂宿、参宿を一まとめにして考えた。それらの星が現れる場面での小十郎の心が共通していることから、まとめてしまっても構わないと考えたためである。しかし、作品の中では、胃宿は昂宿や参宿と別のところに書かれている。そのことを意識するならば、今度はラストシーンの昂宿と参宿にのみ目を向け、「君はプレヤデスの鎖を結び、オリオンの結びを解きうるか。」という「ヨブ記」(引用は関根正雄訳『旧約聖書 ヨブ記』岩波文庫 一九七一年)の影響も考えられる。それをどう理解するかは「銀河鉄道の夜」第三次稿の「おまへはあのプレシオスの鎖をとかなければならない。」という言葉(この言葉は「ヨブ記」自体の思想と正反対であるように私には思われる)も踏まえて考えなければならないので難しいが、何か宗教的な理想の方向が示されているのだろう。
ここで述べた星の問題などは、授業の中で生徒に考えさせるべきものではない。ただ、賢治の作品にはこのような謎が多く隠されており、その謎を解くことは、重箱の隅をつつくようなお遊びではなく、賢治の文学の核心に迫るヒントになる。授業でも、教える側がこのような問題について少し研究しておき、それを答えの出ないままにでも生徒に話して聞かせられれば、下手な作家紹介に時間をかけるよりは意味のあることなのではないだろうか。
本稿は、高等学校の国語科授業における「なめとこ山の熊」の指導についての提言として書かれたものであり、『臨床教育研究 1998年度』(宮城教育大学大学院修士課程臨床教育研究グループ)に掲載された。

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