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ブダペストから南西へ汽車で2時間。ケストヘイに向かう。 (地図)
結構こみこみの列車。座席は、3人掛けベンチシートが向かい合って、6人のボックス席。指定席ではないので、乗り込むと席を確保するため必死の物色だ。 やっとのことで、ボックスに乗客が2人しかいないところを見つけて落ち着いた。
席のない人が、通路に溢れている。中にはシェパードの成犬を連れたカップルもいるし、若いセンスのいい女性や学生さんもいる。
あの犬も、ちゃんと切符を買って、乗っいてるらしい。外の景色も、バツグン。延々とバラトン湖沿いを走りつつけるのだが、ほとんどが別荘地というか、保養地なので、おしゃれで、高級な家が立ち並び、その奥がバラトン湖の湖岸という、絶好のロケーションなのだ。 そんな家や湖を眺めているだけで、長い汽車の旅も飽きがこない。 ただし、トイレはお奨めできません。というエミル君の言葉どおり、トイレは駅で済ませるべきだった。おまけに、流れる穴から、下の線路が丸見え。これには迫力?を感じた。 2004年10月23日 11時13分26秒 |
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ケストヘイについて、早速ハンガリー料理だ。家の近所のレストランに行く。これがまた本格的。しっかりとしたフルコースが食べられるレストランだ。ここ以外にも、住宅街のあちこちにレストランやファッションの店などなど点在していて、なかなかいい所だ。
よく考えると、ここは、リゾート地。各地からたくさんの人々が訪れるような、雰囲気がいっぱい。 ![]() 2004年10月23日 15時23分58秒 |
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海のないハンガリーでは、バラトン湖が、大地を支えている。細長い湖は、各地でその美しい安らぎを人々にあたえ、静かに育んでいる。
ここケストヘイは、首都ブダペストから一番遠いバラトン湖畔の町なのだが、人々は、その美しさを求めて、長い汽車の旅をする。
今は秋。湖畔に隣接する公園(Helikon Park)も、落ち葉でいっぱい。その落ち葉が層になって、踏みしめる脚に心地よい。 ここは、恋人たちにピッタリだ。 おしゃべりなハンガリー人も、ここでは静かに湖面をみつめ、愛の言葉をささやいているような光景が見える。 もう、夕闇がせまっていたので、こころの中で、夕日が沈まないようにと願っていた。無常にも、一瞬の間に、湖面に日は落ち、我々は闇の中に取り残されてしまった。外灯も少なめで、あくまで自然を大切にしている心遣いを感じる。 闇の中の1軒のお店は、ここを訪れた人たちで大賑わいだった。 お父さんの勧めで、ホットワインを飲んだ。 「うまい!!」 ワインを温めただけでなく、いろいろな香辛料が入っているらしい。日が暮れて、肌寒くなっていたので、ホットワインに、身も心も温まった。恋人達も、一つのカップで飲んでいた。 2004年10月23日 19時46分08秒 |
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ハンガリーに着いて、最初に感じたことは、みんな話し好き。そういえば、空港からのタクシーの中で、エミル君は、ずっと運転手さんと話しつづけていた。ケストヘイまでの汽車で、同席したおじさんと、お父さんは、話に夢中。どちらも、知り合いかと思うほど親しげに話していた。周りを見ても、みんな楽しそうに話し合っている。 ハンガリー訪問前に、読んだ本では、ハンガリー人は、寡黙で、じっと我々を見つめているそうだったが、そんな様子はどこにもなかった。このことは、この先の旅行中、何回も経験した。 我々に対しても、やさしく挨拶してくれたり、エミル家のお客だとわかると、遠くからでも、手を振って挨拶してくれた。 あの本が書かれた時代から時がたって、民主化の波は、人々の本来の姿を、確実に取り戻してきていることを、実感した。
後日行った温泉湖の更衣室でも、1人で着替えていると、若者達が、「貴方は、韓国人か」と英語で聞いてきた。「いや、日本人だ」と答えると、今度は、日本の何処から来たのかと聞くのだ。 「大阪から」と言えば、「私は、東京と北海道しか知らない。」という。 私が、大阪の場所を身振りで教えていると、人々が集まってきて、また別の人が「俺は、沖縄は知っているが、大阪は知らない。」という。 大賑わいの話の輪ができた。流暢な英語だったので、後で彼らはハンガリー人かと聞いたぐらいだ。こうやって、ハンガリーの人々の話好きは広がっていくのかなと思った。 ただ、他の場所では、英語はほとんど通じなかった。しかも、こちらはハンガリー語がさっぱりわからない。もっぱら身振り手振りのコミュニケーションになった。 2004年10月23日 22時27分57秒 |
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