4月8日
仕事の帰りに市ヶ谷フィッシュセンターに寄った。
「狭い寮の生活ではいい物があっても何も買えない」自分で自分に言い聞かせながらドアを開けた。水槽売場ではいつもの小型オールグラス水槽が目につく。「置くとこ無いぞ。買ったら古いのはどうするんだ?」思いながらも、もう少しで買いそうだった。思いとどまったのは、値段が付いてなかったから。商売はちょっとしたことでチャンスを逃す。
水草を見た。魚を見た。以前買ったビーシュリはその日はいないようだった。いつものように奥に歩いていく。おっ、東京サンショウウオの幼生だ。100円。一瞬、自宅のアクアテラが頭をよぎった。「虫取りしてくれる動物がいるといいかも。」言い訳はできた。一応ひとまわりしたが、気持ちは決まっていた。「このサンショウウオ下さい。もっと大きくなりますよね?」「ええ、これはまだ...」店員の女の子、バイトだろうか?が、笑いながら答える。「何匹?」。「全部」何も考えていなかった。
店員は、慣れた手つきでサンショウウオをビニール袋に移し、酸素でふくらませてゴムバンドで口を閉じ、様子を調べている。「そういえば、温度は?」私は、きかなくてはいけないことを次々思いつきはじめていた。彼女はこれには知識がないらしく、隣にいたもう一人の彼女より少し細身の女性店員に質問を繰り返した。その店員はすぐに「基本的には室温ということですが、夏はすずしく暗いところに置いたほうが...」、「じゃあ照明なんかないほうがいいですね?」「そうですね」。(こいつはよく知っているようだ...)
「他はいいですか?」「はい」(ケースがちらついたが、うちにはなんとなくたまったプラスティックの食品ケースがたくさんある。これ以上物を増やしたくない)「500円です」5匹だった。気合で買ったものの、よく考えると飼い方もよくわかっていない。オフィスに戻ってネットで調べることにした。
PCを開き、来ていた仕事のメールを処理してからGoogleで検索する。「とうきょうさんしょううお」あまり出ない。「東京山椒魚」なにもない。「東京サンショウウオ」やっと出てきた。次々チェック。結構育てている人がいる。東京サンショウウオという名前の割には名古屋にもいるらしい。BBSは会社のサーバーが禁止しているので見られないが、いくつか有用な情報があり、プリントする。他の社員に見られる前にアウトプットをしまった。18℃にコントロールしているという研究報告。18℃はつらいな。餌は、みんな活餌らしい。しまった、ショップで何を与えていたかきいておけばよかった。これ以上ネットの情報はいらなさそうなので、店に戻る。
さっきのよく知っていそうな方の店員が丁度いた。「あの、さっきここにあったサンショウウオを買ったんですが。」店員は、私の顔を覚えているようだった。ひげ面でいきなり5匹買っていく人も少なかろう。「餌は何をやってました?」。「ああ、うちは小型魚用の固形飼料です。」「それでいいんですか?」「ええ、赤虫なんかも食べますけれど、うちは...」「じゃあカラシン用でいいですね」私は、専門用語を ちらつかせて少しは知っているぞとアピールする。「安心しました。」彼女の笑顔をあとに、帰宅を急ぐ。
道すがら、ネットで調べた知識を反芻する。共食いをするらしい。家につくまで大丈夫か。小さいケースに一匹づつ入れるか。水は、ショップの水にうちの水槽の水を混ぜて徐々に変えていこう。どんなケースがあったっけ?
惣菜を買った丸いケースが引き出しに沢山あった。予定どおり一匹づつ入れる。餌をパラパラ、おっと入れすぎた。まあいいか。 あれ?ぜんぜん食べない。ホームページに出ていた「動くものには何でも食いつく」というのと話が違う。暗くすれば食べるのか?やっぱり、冷凍イトミミズくらい買えばよかったか。まあ、しばらく様子を見るか。判らなくなると超適当である。サンショウウオも買われて後悔しているかもしれない。
翌朝、みんな生きている。まずは一安心。別れがたいのを我慢して出勤。
その夜。食べたかな?おお、顆粒の餌がカビてみんな固まっている。悲しい。餌の量を減らそう。水換えを兼ねて餌の塊を捨てて、水槽の水を足す。餌を今日こそパラパラ。こんなもんかな、食えよ。ただ、昨日より少し大きくなっているような気がする。虫めがねで見ると、何と4匹には足がある。昨日は気がつかなかったが。更に、残りの一匹には、足がないのに手が生えている。蛙では、必ず足からと思ったが、こいつらは違うのか?それに、昨日より活発に動く。餌をパックリやらないかと見ているがそういう様子はないようだ。食え??。更に、先ほど足があると思ったやつらには、手もあるようだ。UPで見ていると、水底で体をくねらせながら歩くその様子は立派な「両生類」である。えらがまだついているくせに。お前ら、餌食ってるのか??
毎日、この質問を繰り返した。あまり、食っている気配はない。飯ストか?食わんなら殺してしまえサンショウウオ。いろんなメッセージが頭の中を飛び交う。
よし、よし、負けた。冷凍飼料を買いにいくことにした。ブライン、ミジンコ、赤ムシ、グルメなメニューの中から、迷った挙句ブラインにした。赤ムシは、大きすぎるような気がした。ミジンコは殻ばかりで栄養がないという記事をどこかで見た。
冷凍飼料というのを見たことがあるだろうか?丁度、医者が出してくれる錠剤のパッケージのように、沢山の凹みをつけたプラスティックに銀紙が張ってある。プラスティックの凹みと銀紙の間に、ブラインシュリンプの死骸の塊が入っているのである。もちろん、全体が冷凍されている。必要に応じて一つづつ開けて使用するという仕掛けである。食べてくれよ、何せ500円もかかったんだから。ポトン!ビクンとサンショウウオが動いた。食べたのか?よくわからない。別のに入れた。ビクンとまた飛び上がり、今度はあごをパクパクしている。食べている。皆にやる。皆、パクパクである。そうか、これが欲しかったのか?これからの面倒くささをしばし忘れて、サンショウウオの空腹をいたわる。いくら5匹でも、ブラインの一カケラは多すぎる。残りは、(もう考えてあったのだが)熱帯魚にやる。うちの熱帯魚は毎朝が餌の時間である。時ならぬ、しかもご馳走に、大喜びで食いついている。
数日が、マンネリの中に過ぎていった。
みんな、少しづつ育っているようである。一番大きい物は腹が太くなってきた。よく見ると、手足も少しづつ丈夫になっている。手足をつかって体を支え、首を持ち上げる。どうやらサンショウウオの変体の仕方は、蛙のように短時間にドラスティックに変体するわけではなく、幼生から成体の形に徐々に変わる「じわじわ」変体をするようだ。昆虫で言えばチョウチョ型でなく、バッタ型である。(脱皮はしない)
4月も後半。サンショウウオ達はなんとか育ってきた。自然保護団体の人にも申し訳がたつというものである。別の人に買われていたら今ごろお陀仏だったかもしれないよ。と思った。その時、はっと気がついた。もうすぐ連休だ。今年は7連休。7日間寮を空けることになる。毎日水を替えてやっとなんとか保っている水質は、7日も放って置いたらどうなるだろう。異臭を放つ白濁りの水の中で白い綿毛のようなカビに包まれて静かに浮かぶサンショウウオ達の姿が浮かんだ。
熱帯魚水槽に水の通る器を幾つも浮かべて、その中に入れようか。水槽の水は1週間の間に大分減る。浮かべた入れ物が途中で何かに引っかかって、水から離れてしまい、 干からびるかも。それとも、フィルタの邪魔になって水槽全体が一蓮托生になるとまずい。浮かす入れ物まで物色し始めたが思いとどまった。
水槽をもう一つセットすることだけは避けたかった。これ以上物を増やしたくなかったし、小さな水槽では、成体になれば使えなくなる。大体小さな水槽に5匹入れて1週間餌無しにしたら、共食いを始めてしまう。
毎朝、毎晩こいつらを見るとは考えた。時々、飼い始めたことを後悔した。
とりあえず、餌のことは天に任せよう。少し多めにブラインを与えてあとは我慢してもらう。自然界でもいつも餌があるわけでもなかろう。耐えるのだぞ。そう決めるとあとは、水質。
水が少ないから、すぐ腐る。沢山あればそれだけ長く保つだろう。浴槽に水を張って入れとくか。栓からの水漏れがあったらまた干物だ。
色々悩んだが最後はエイヤーだった。カップラーメンの器でいいや。水の量は何倍もあるはず。後は君たちの運だね。動物愛護の方達勘弁な。
部屋を出る朝、器を替え、いつもより丁寧に調節して餌をやっているとすぐ前にある竹炭濾材に気が付いた。以前、水槽が苔の巣と化したときに使った残りだ。これはいい、少し入れておけば水質維持の力はぐっと上がる。早速、小袋をはさみで切り開けて炭の切れ端をひとつまみづつ器に入れた。頑張れよ。部屋を出た。
いない間、何度もサンショウウオのことが頭に浮かんだ。
1週間後、帰ってきて部屋を開ける。変なにおいはしないな。おそるおそる近づいて器をのぞくと。なんと、大きくなっている。5匹の内3匹は、1.5倍の2~2.5cm位に育っている。他のもともと小さかった2匹は、あまり変わっていないようだ。しかし、皆元気そうに動いている。おなかすいたろう。急いで、ブラインをやる。いきなり食いつくかと思ったが、そうでもない。いつもと変わらない様子で、しばらくうろうろした後さりげない様子で一口食べた。実に、上品である。ガッツイタところはない。
こうして、6月になった。
5匹の大きさの差は益々開いている。大きい2匹は、もう3cm。中くらいの1匹は長さは同じくらいだが太さが半分位だ。残りの2匹は1.5cm。一時は、小さい2匹はだめかと思った。ブラインを食べなくなったのだ。食べなくても、こいつらは元気だった。少しでも環境をよくしようと、自宅の池で育っていたハイゴケを持ってきて入れた。ハイゴケには色々な物が付いていたらしく。サンショウウオの入れ物には、巻き貝やミジンコや小さな赤虫、蜘蛛まで現れてた。この蜘蛛については機会があればまた書くが、水にすむ蜘蛛のようだ。人工餌がいやなら、プランクトンでも食べてろ。やや、あきらめ気味に日がすぎた。その頃、あるサイトでレプトミンを食べるという記事を見た。冷蔵庫で赤い汁の垂れる様子にも少し辟易していたので、試しにと買ってきた。「亀の餌だから、食べるかもしれない。」
大きい2匹は、不思議なくらいすんなりと食べた。大きい口を空けてバクッと食いつく。かなり凶悪。しかし、他の3匹は、食べない。小さく砕いてやるがダメ。「やっぱりね。2匹生き残ればいいか。」あきらめがまた顔を出す。
これが続くとイライラしてくる。もう、胃腸が弱って食べられないのかなどど不吉な想像もするし、雑な水換えで洗面所にサンショウウオを流しそうになったり。
「ほら、食え」ある日、食べないチビの入れ物に浮かべたレプトミンをピンセットでつっついた。パクッ。うまく口に入らなかったが、間違いなく食いついた。
後は、辛抱強く餌のうごかしかたを色々工夫して、サンショウウオと協力して餌を口に入れることが出来るようになった。
魚向けの餌に比べ不思議とレプトミンはよく食べた。餓死の危機はなんとか脱することが出来た。
6月5日朝一匹が驚いてハイゴケに上った。しばらくしても水に戻らない。そういえば、今朝は食欲がなかった。虫めがねで見るとなんと、鰓がない。昨日はよく覚えていないが、一昨日はあったはずだ。上陸か。意外に早くそして意外に簡単に上陸は始まった。数日後には、やはり大きめの2匹目の鰓が縮小し始めた。上陸後の餌は準備できていない。また、餌戦争だ。
つづく