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井戸茶碗  
1.井戸茶碗の特徴
井戸茶碗とは、高麗茶碗の一種で、高麗茶碗の中で最も珍重されたものです。李朝初期の16世紀以来朝鮮で日用雑器として作られたものが、室町末頃から日本に渡り、千利休の高弟山上宗二の『山上宗二記』に「一井戸茶碗是れ天下一の高麗茶碗 山上宗二見出して、名物二十、関白様に在り」とあるように、見い出されて、抹茶碗に見立てられたものです。大井戸、小井戸(古井戸)、青井戸、井戸脇などの種類に分類されます。素地は鉄分の多い赤褐色の土で、形は見込みが深い碗形で、やや厚手で、高台は大きく高く、手取りはざんぐりとしています。
また、井戸茶碗は、もともと白磁を夢見て作成されました。しかし、はるかに劣った技術であったので、粗末な陶器に終始し、そえがえもいわれぬ茫洋然(ぼうようぜん)とした風格になったのです。その美しさは朝鮮の人ではなく、日本の茶人の心を虜にし、柔らかさと井戸形と呼ばれる大らかな造形が天下人である豊臣秀吉の心を惹きつけたのです。
2.井戸茶碗の歴史
産地は、慶尚南道晋州周辺と言われています。不完全な窯による貫入や梅花皮が、茶人によって、寂の美として評価されました。井戸茶碗は、茶の湯の歴史が第二段階に入ったときににわかに登場した茶碗です。(第一段階は中国製のからもの茶碗)第二段階になって、茶人の視野は朝鮮半島にある高麗茶碗に向けられます。記録では大永年間(1520年代)のことで、千利休が生まれた1522年頃にあたります。井戸茶碗はそれから後50年に日本で認知されます。豊臣秀吉が井戸茶碗を推奨した天正十年(1582年)以降、茶の湯の主役となりました。一番人気であったのが大井戸茶碗であったそうです。
3.井戸茶碗の約束事(主に井戸茶碗にある特徴です。)
1.枇杷色の釉が高台まで全体にかかり土見ずになっている。(総釉)
2.茶だまりに、器を重ねて焼いた跡である目跡がある。
3.胴部に、井戸四段・五段などと呼ばれる轆轤目がある。
4.高台脇の釉薬が粒状に縮れて固まった梅花皮(カイラギ)がある。
5.高台脇を箆で削り取る脇取によって高台が竹の節に似ている竹節高台となっている。
6.高台内側の削り痕の中央部が突起をなしている兜巾がある。
※必ずしも上記の約束事を守らないと井戸茶碗ではないということはありません。
下の図は、高台周りの梅花皮写真です。
また中央部は突起をなした兜巾があるのがわかります。

下の図は、高台を横から見た写真で、竹の節のようになっています。

4.井戸茶碗という名前の由来
- 井戸氏(井戸若狭守覚弘)が所持していたからという説
- 井戸のように見込が深いからという説
- 産地が井戸地方(韋登)であったからという説
- 井戸の底から発掘されたという説
- 朝鮮語で衣土(=釉薬)と表したという説
- 天竺(インド=印度)から訛ったという説
5.井戸茶碗の種類
- 大井戸 ・・・大きく堂々としていて、高台も大きい。
- 古(小)井戸 ・・・小ぶりである。
- 青井戸 ・・・朝鮮産の井戸茶碗の一種で、総体が青い色調なのでこのように名付けられたもの。だがなかには部分的に赤みが出たり、青と赤の片身替になったものもある。この種の茶碗は景色が美しいのと、希少価値などによって、茶人の間で珍重されている。

窯変 萩井戸茶碗(青井戸)
平野 教道 作
6.天下三井戸
天下の大名物となった井戸茶碗として下記の三つの銘の井戸茶碗があります。
7.萩井戸茶碗の考察
いつの時代か分かりませんが、毛利藩のお殿様から井戸茶碗と同じものを作れという命令が出ました。そこで、井戸茶碗が使用するにつれて茶碗の釉調が変化するので、この茶碗と同じように使用するにつれて茶碗の釉調が変化するように土を選んで作陶してきたという話もあります。そのことからも、萩焼は高麗茶碗である井戸茶碗に現代で最も近い焼物であると言う事ができるのではないでしょうか。
昔、一井戸二楽三唐津という事から、いつしか一井戸⇒一萩⇒二萩となり、最近では、一楽二萩三唐津というようなったのではないかという説もあるぐらいです。

萩井戸茶碗(大井戸)
平野 教道 作
8.萩井戸茶碗の楽しみ
8−1.「貫入の変化」
新品の抹茶碗には、初めから貫入が入っているものもありますが、中には貫入が入っておらず、表面がツルッとしているものもたくさんあります。但し、貫入がないものでも、抹茶を点てるために熱いお湯を入れて使用していると次第に貫入が入ってきます。これは熱いお湯により茶碗が温められ、さらに使用後冷めることで、茶碗の釉薬(ガラス質の外面と内面)と陶土(釉薬に挟まれいる土)に温度差が微妙に生じるので、釉薬に亀裂が入るためと考えられます。
【ポイント】
陶土の方が温まりにくく、冷めにくいのですが、釉薬は温まりやすく、冷めやすいので、亀裂が釉薬側に入ると考えられます。(温度による釉薬と陶土の収縮率の相違による)

8−2.「釉調の変化」
だんだん使っていると貫入に茶渋が染み込んでいき、釉調が変わってきます。色が枇杷色からだんだん白くなったりしていきます。これを有名な「萩の七化け」といいます。萩焼を好む人は、これが好きであり、七化けという通り、使用すればするほど、色や景色が変わり愛着が湧いてくるのです。
8−3.「小さな穴の変化」
釉薬がだんだんと陶器に吸い付いてくるかのように張り付き、釉薬のしたの土がだんだんはっきりしてきます。そして、小さな穴(ピンホール)がポツポツ空いてきたり、高台付近の縮緬皺(ちりめんじわ)がはっきりでてきます。ピンホールが出てくるのは、推測ですが釉薬が少しずつお湯の熱等で溶けていき、陶土に張り付いていくからではないかと思われます。その際に、萩焼などの土はざっくりとしているので、釉薬と土の隙間に空気があるためにそこに釉薬が溶け込んだりするので、小さな穴があいていくのではないかと考えています。

9.高麗伝来の井戸茶碗
下記の茶碗は、伝来した高麗井戸茶碗です。
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