丸山ワクチンに救われた少女

蘭
 この感動の物語は1998年のY新聞より引用しました。

 悪性のリンパ腫に侵された中国・新疆ウイグル自治区の少女、 チン・ブンティーちゃん(9)を救おうと、T市の会社員Qさん(52)が、 ガン治療用の丸山ワクチンを送り続けて5年が過ぎた。 ブンティーちゃんは一時「あと1年ぐらいの命」と医師から告げられていたが、 Qさんの支援などでどんどん回復。 二人のふれあいを知った地元テレビ局はドキュメンタリー番組を制作し、 昨年12月下旬に中国国内で放映した。

 二人が出会ったのは1992年9月、北京からウルムチに向かう列車の中だった。
 Qさんは働き過ぎなどが原因で85年に脳こうそくで倒れ、 左半身がマヒし、言葉と体の自由を失った。 長い闘病生活を経て、会社に復帰したものの、 「しばらく仕事を離れて旅に出よう」と決意。 ラクダでシルクロード800キロを踏破する旅に参加し、 出発地点の敦煌に向かう途中だった。
 北京での治療を終えて帰宅途中だったブンティーちゃんは、 左ほおに黒い放射線治療のあざが痛々しかった。 そばにいた母親が「この子はガンで長くない。何か治療方法はないでしょうか」 とQさんらに悩みを打ち明けたという。
 「自分も病気になり多くの人に支えられてきた。今度は恩返しする番」。 そうQさんは思った。
 薬品会社で営業活動をしていたQさんは早速、 北京にいるブンティーちゃんの担当医に丸山ワクチンを紹介。 一般に、このワクチンは医師の同意書がなければ入手出来ない。 そのためQさんはブンティーちゃんの担当医から同意書を取りつけ、 帰国後、日本医科大の故・丸山千里名誉教授に事情を説明した。
 4カ月分の丸山ワクチンを購入したQさんは、 東京在住の中国の人民日報記者などの協力を得て、 ウイグル自治区のブンティーちゃんの元へ薬を送り届けた。 さらにラクダの旅を企画し、一緒に旅をしたグループの「地球と話す会」 (本部・東京都K市)にブンティーちゃんを救う基金を開設した。
 Qさんは93年に再び訪中し、 基金で集った約60万円で購入した1年分のワクチンや体温計などを直接手渡した。 ブンティーちゃんは一時、やせ細って頭髪も抜け落ちたが、放射線のあざも消え、 見違えるように元気になっており、Qさんとの再会に感激したという。
 この活動を知った新疆ウイグル自治区のテレビ局から昨年の春、 「支援活動をドキュメンタリー番組にしたいので訪中してほしい」 とQさんに招待状が届いた。 昨年7月の訪中の際、Qさんとブンティーちゃんのふれあいの様子や、 家族との会話などを撮影。昨年12月下旬に中国で放映され、大きな反響を呼んだ。
 「ブンティーちゃんを見ていると人ごととは思えない。 中国ではワクチンの入手は難しく、今後も出来るかぎり支援を続けていきたい」 とQさんは話している。


丸山博士   丸山ワクチンで治療する病医院