ナイショ話

このコーナーは、昔のオレに起こった、なんとも不思議な思い出話を語ってみようかと・・・。
読んでくれる方は、お酒を片手に、楽しく笑って貰えれば・・・と、そこんとこ夜露死苦!

オレが、釣りにハマったキッカケ
オレは、港区の竹芝に生まれ育ったんで、海が近かった。
とはいえ、泳げる海じゃなくて、あるのは埠頭。
その時代、シャブの取引をヤクザが行っていた場所として、刑事ドラマなんかで盛んに使われた場所でもある。
西部警察という刑事ドラマが、一大センセーショナルを起こしてた時代で、
その撮影に、オレの住んでる竹芝の近所でもあった芝浦が、チョイチョイ使われていたり、
同じ学校に通ってる子の親が経営してる喫茶店が、撮影で使われたりしてた。
そんな西部警察の、本署からメンバーが出てくる撮影シーンに使われた建物の近くに、
運河に架かる橋があるのだよ。
その橋の上から、水面を見てみると・・・、何か魚がキラキラしまくってる。
それが、いつ、どんな時に、その橋に行ってもキラキラしてるもんだから、捕まえたい衝動に駆られる・・・。
だが、橋桁から水面まで、8m位あっただろうか?
けっこうな距離があるのだから、網ですくうのは不可能。
となれば、釣るしかない・・・。
オレは、その時(10歳位)でも、それなりに釣りの経験はあった。
おふくろの田舎の青森の川で、鮒釣りをした経験もあったし、海でハゼ釣りをした経験もあった。 
なので、家に釣具がある事は承知済み。
エサさえ買ってくれば、なんとかなりそうだ・・・。
そんな想いから、まずは、釣具屋へ。
当時、ゴカイ300円、青イソメ500円、ジャリメ700円、岩イソメ800円というお値段。
ビンボーな小学生には、ゴカイ以外の選択肢はありえん状態だった。
そんなゴカイを、早速針に付け、橋の上から仕掛け投入・・・。
すると・・・!!!
そっこーで、バイト!
掛かると、とんでもなく引く!!!
何コレ!!!
コレが・・・、釣り???
今まで釣ったことがあった鮒やハゼとは、ケタが違う・・・。
なんだこりゃ???
そんな強烈な引きの正体は、50cm超えのボラ!
初めて釣った巨大魚に、感動しまくりだったけど、その後も、ほぼ入れ食い!
ただ、8mの橋の上から釣ってるもんだから、水面から抜き上げて、橋の上まで来る途中に、
重さに耐えかね、ラインブレイクしまくる!
結局、持ってきてた針が無くなってしまい、釣りを止めることになるのだけど、
それまでに上げたボラは、10匹を超えていた・・・。
その達成感たるや、ハンパ無かったねぇ。
小学生が、自分で考えた釣り方だけで、50cmを超える巨大魚を10匹以上釣り上げる。
当然、当時はキャッチ&リリースが、まだまだ浸透してない時代だったから、釣った魚は喰うのが当たり前。
なので、釣り上げた喜びだけじゃなくて、自慢出来る喜びも凄まじいモノだった。
それも、初めてのおつかい・・・じゃなくて、一人釣行での成果だからね。
大興奮だったし、釣りって最高!!!って思った。
でも、50cmオーバーの巨大魚10匹以上・・・って、どうする???
なにがなんでも、全部を持ち帰らなきゃ、この偉大さが伝わらん。
1匹だけ持って帰って、10匹釣ったと言っても、誰も信じちゃくれないからね。
なので、近所のおっちゃんに貰ったゴミ袋に詰め、このボラ全てを持ち帰った・・・。
もちろん、家じゃヒーロー!
もはや、オレは釣りの天才と称されるほどだった・・・。
だが、こんな巨大魚は大量にイラン・・・ということで、近所の食堂のおばちゃんに、1匹を残して全部あげた。
我が家では、1匹だけ調理。
どう喰ったら美味いのかワカランから、ウチのばあさんに任せてみると、半身塩焼き、半身煮付け。
出来上がったのを喰ってみると・・・!!!
悶絶、ヘドロ臭ーい!!!!!
なんじゃこりゃ?????
コレは・・・、喰っちゃアカン!
人間様が、食べるもんじゃない!
いや、猫だって、こんな魚喰わないぞ・・・。
1980年代の昭和の川は、汚染にまみれてる・・・。
その汚染した川の、底のヘドロごとボラはエサを喰う・・・。
なので、ボラがとんでもなく臭い・・・。
焼こうが煮ようが・・・、どうにもならん!
コレは、喰ってはアカン魚じゃ!
とにかく、後にも先にも、これほどヘドロ臭い魚を喰ったことは無い・・・。
ピータンが、稀に、こういう味する時がある・・・ね。
腐ってたんだろうなぁ・・・。
とにかく、酷かった。
母ちゃんにも、二度と持って帰って来るな!と、強く言われたもんだったね。
ちなみに、近所の食堂では、刺身で振舞ったという話を聞いたのだが・・・、マジか?
あのヘドロ臭漂う昭和の汚染された川育ちのボラを、刺身で喰うなんて・・・、マジでイカレテルぞ。
あの時代って・・・、そういうのアリだったのかなぁ?
でも、とにかく、巨大ボラの釣り味は最高。
その後も通い続け、巨大ボラ釣りを楽しんだもんだった。
時に、シーバスがルアーで釣れなかった悔しさを癒すために、エサ買ってきてボラ釣って納得したり。
バスフィッシングで主流のベイトタックルを買ったから、ついつい使ってみたくて、ボラ釣りに導入したら、
水面から8m上の橋に上げるまでの重さに耐えられず、竿が折れてしまい激ショックだったり・・・。
そんな色んなボラ釣りの思い出が、オレの釣りのルーツなのだと思う。
だからこそオレは、ルアー釣りだけに特化することなく、釣りキチ三平の様に、色んな釣りを、色んな場所で堪能することが、
人生の目標でもあり、ライフワークでもあるのだと思う。
これからも、色んな釣り方で、色んな魚達に出会いたいね。
待ってろよ!魚達!!!

オレが釣った、最高サイズの獲物・・・
小4の時だったかなぁ・・・。
芝浦埠頭で、一人で釣りをしてた時、事件は起こった!
その時は、サビキでイワシを狙ってたのだけど、
良く釣れる場所を求めて移動しながら釣りをしてた。
ちょっと仕掛けを落としてみて、釣れなければ、もうちょっと先へ・・・みたいな感じね。
移動手段は、チャリ。
埠頭までチャリで来ているのだから、まあ当たり前。
ただ、その日は風がハンパ無かった・・・。
当然、釣りは埠頭の淵でやる。
となれば、即移動出来るように、チャリも淵に停める・・・。
そうすると、どうなるか・・・?
そう、強風によって、チャリがぁぁぁぁぁぁぁ!
ピューっと風が吹き・・・、ガタガタガタガタ・・・、ドボン!!!
何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイぃぃ!!!!!
振り返るとチャリは・・・、無い!
水面に・・・チャリ!
チャーリーじゃない・・・、チャリの方。
意外な程、ゆっくり沈んでいく・・・。
マジか・・・。
飛び込めば、沈むのを食い止められるんじゃねぇーか?
そんな想いがたぎる・・・。
小4にして、なんとかこの事態を食い止めたい!
でも、ヤバイのがすぐに理解できる・・・。
埠頭は、足場が高い。
仮に、沈むのを食い止められても、チャリだけじゃなくて、チャーリーだけでも埠頭を登ることが出来ない。
はしごなんて、かけてないからね。
海面から5m位上にある埠頭に、どうやって登るんじゃ。
しかも、チャリを担いで・・・。
そんなん、無理っしょ。
そうこうしているうちに、チャリは見えなくなっていった・・・。
どうする???
小4にして、一家の宝を水没させてしまった事が、とんでもない事件の犯人となってしまった感で一杯!
だけど、どうするもこうするも・・・、なんも出来ねぇー!
トボトボ歩いて帰る以外、どうしようもない・・・。
家に着くと、幸いなことに、誰もいない。
疲れ果てたオレは、ベッドの隅っこで、いつの間にやらzzz
数時間後、家中大騒ぎに!
「チャーリー帰ってない!」
「チャリも帰ってない!」
「どうした???どうなった???」
「事故か???」
もう、大騒動。
そんな中、姉がベッドでアンモナイトと化してたオレを発掘する・・・。
もちろん、オレは、号泣。
どうすることも出来なかったのが、すんごく悔しかったのだよ。
だが、オヤジが、妙なことを言い始める。
「落とした場所、覚えているか?」
埠頭には、船を係留する係船柱というのがあって、それに番号が振ってあったのだよ。
オレは、釣れる場所を探す目的で釣りしてたから、分かりやすいように係船柱の前で釣りしてたから、
チャリが水没したドンピシャの位置を把握してる。
するとオヤジが、「深さは?」
それも、当時ダイワのコンピューターリールを使っていたんで、水深40mということまで把握。
この時ほど、最先端のコンピューターリールを買って良かった・・・と、思ったことは無い。
すると翌朝、AM6:00頃叩き起こされ、「行くぞ!」と。
オヤジは、投げ竿に、ステンレス製のチェーンを用意。
チェーンの先には、フック型の金具を取り付けている。
当時、オレの家は、半分住処で半分オヤジの会社だった。
オヤジの会社は、今オレが本業で取り扱ってるのと同じ金属部品を販売してたので、
50mのステンレスチェーンやフック型の金具が会社に置いてあった。
いや・・・だからって・・・、どうすんの???
まさか、釣り上げる気か???
確かに、当時チャリンコは高級品。
現代の様に、1万円以下で買える様な代物じゃ無かった。
我が家にあったのも、家族で乗り回してる1台だけだった。
いや・・・だからって・・・、釣り上げるか?
っていうか、そもそも釣り上げられるのか???
そんなオレの心配をよそに、いざ芝浦埠頭へ!
まず、オヤジは、投げ竿にナス型重りを搭載し、オレが示したチャリンコ水没スポットを探ってみる。
水深40mもあると、着底までの間に流されてる可能性もあるんで、まずは、ドコに水没してるかを探る。
すると、それほど流されてない位置で、重りが引っ掛かる。
そこへ、フックを搭載したチェーンを投下!
水深40mもあると、そう簡単には引っ掛からなかったけど、突如、ガッチリキャッチ!
そこで、オヤジにオレと弟の3人で、えっちらおっちら引き揚げる・・・。
が、しかし・・・、想像以上に重い。
ちょっと油断すると、ズルズル引っ張られ、コッチが落ちそうになる位・・・。
どうする?
そんな時、偶然釣り来てたのは同じ学校に通う仲間。
たまたま2人釣りに来てたから、事情を説明し、引き上げ要員へ。
子供2人とはいえ、やっぱし頭数が増えると威力倍増!
重いが、チャリは上がってくるようになった。
だが・・・!!!
水面まで来て、引き上げようとした瞬間、とんでもない負荷がかかる!
水面から空中に出すことによって、急にとんでもない重さになることにみんなビックリ!
その衝撃で、フックが外れてしまい、またもや海底へ・・・。
マージーかーよー・・・。
でも、コレで、救出できる確信を得た。
もう一度、投げ竿で落ちた位置を特定し、フック付きチェーンを投下。
引っ掛かったなら、もう一度引き上げる。
今回は、水面から引き揚げる時、最大限の注意を払う。
さっきは、フックがスポークの位置に引っ掛かっていた為、水面から引き上げた時の重さに負け、
外れてしまった様だが、今回はハンドルにフックが引っ掛かってる。
コレだと、スポークの様に弱くは無いから、重さに負けることは無い。
でも、空中に上げた時の負荷は、ホントにハンパ無い。
こんなにも重くなるのか?っていう位だったけど、ついに・・・、
チャリは、なんとか上がった!
よっしゃー!!!!!
昨日の絶望感がウソの様な、ハンパじゃない達成感だ!
みんな同じ気持ちで、やんややんやの大騒ぎ!
しっかし、水深40mの海底から、チャリを釣り上げるかね?
そのジャンキーな発想と行動力は、オレの人生に多大な影響をもたらす事なった気がするよ・・・。

ザリガニは臭い・・・
木の枝に、糸を垂らし、その先にスルメイカをつけて、ザリガニを釣る・・・。
そういう体験を、イマドキの子はやったことあるのかね?
昭和の子供達は、男の子なら、皆やったことがあるはず。
それほど、簡単に仕掛けを作れるし、水辺は、大都会東京でも、それなりにあった。
だが、先の仕掛けでは、釣り上げるのは難しかったりもする。
子供は、なかなか待つ事が出来ないんで、ハサミでイカをつかんだ時点で上げてしまい、
途中で、ザリガニは落ちちゃう事が多いのさ。
そういう時、網でフォローすれば、確実なキャッチが出来る。
オレは、ザリガニ釣りも好きだったので、けっこう各地でやってた。
そんな時、大田区の野鳥公園へ始めて行った。
ここには、ブラックバスが居るという評判を聞きつけ、港区からわざわざチャリンコで遠征してきたのだった。
なぜなら、ルアーフィッシングが大好きだというのに、当時東京にはバスフィールドが奥多摩湖しか無かった。
港区から奥多摩湖まで、電車を乗り継いでバスに乗って、片道3時間以上!
そんな場所へも、1度は行ってみたが、ポイントも知らんから、なんも釣れずに、駅前でコーンラーメン喰って帰ってきた。
つまりは、当時のオレにとって、ブラックバスは憧れの魚でもあった。
まあ、東急の屋上の釣り堀で、エサで釣った事はあったけどね。
ルアーじゃ、釣ったこと無いっす!
日々、ルアーでシーバスを狙える環境下に居たんで、シーバスはラパラで釣ってたけど、バスは釣った事が無かった・・・。
そんな時、野鳥公園にバスが居ると聞いたなら、行くっきゃないっしょ。
その時の為に、ありとあらゆるルアーを買い揃えていた。
ドリンカー、リブンシケーダー、ピコスラッシャー、シャドラップ、フィンガーマレット、コネリー、バスハンターなどなど、
普段のシーバスフィッシングじゃ、使った事が無かったルアーを存分に楽しめる!
それだけでも、すんごく楽しみだった・・・。
ところが、現地に着くとビックリなのは、異様に浅い・・・。
池の奥だと、それなりの深さもあるのかもしれないが、当時のタックルで飛ばせる飛距離は、せいぜい30m位。
その位置だと、水深1mも無い。
だもんで、ほとんどのルアーが、底のヘドロみたいのを掻き回すだけとなる。
なので、必然的にトップウォータープラグを投げる事になってしまうのだが、
まあ・・・、釣れない。
釣れる気配どころか、生体反応すら無い。
そうなると、子供は飽きてしまうのさ・・・。
ふっと、何か生命が居るのか・・・?と、そんな疑問を解決したくなり、たまたま持ってたよっちゃんイカを、テキサスリグに・・・。
すると・・・!
ものの数分で、アタリがある!
それほど遠くにキャストしてなかったんで、寄せて、水面から出す前に、網ですくってみると、アメのザリガニGET!
おおぅ、やっぱ、ベイトとなるべき生命体はいるのだね。
というワケで、バス釣り再開・・・せずに、ザリを近場でも狙ってみる。
すると、即バイト!
マジっすか!
上げて、すぐ近くにイカを落としても、また即バイト!
マジ???
そうなると、本格的捕獲モード突入で、バケツ一杯のザリ公を、1時間程度でGET!
ザリガニって、こんなに居るモノなの???
それほど、驚愕だった。
そんなバケツ一杯のザリガニは、当然お持ち帰り。
小学生の漁獲量を超越してたからね、そりゃあ、自慢しまくりたいじゃん。
ところが・・・、家までの道中は、けっこうな距離。
大田区〜港区って、けっこう遠かったのだよ。
しかも、バケツパンパンのザリガニを、カゴに入れての移動だからね。
帰ってくるなり、けっこう疲れ果て、飯喰って風呂入って、バッタンキュー・・・。
翌朝・・・、何やら異臭が。
それどころか、数匹のザリ公が、室内を徘徊中・・・。
アカーン!
昨日、バケツ一杯のザリ、そのまんまにしちゃってた!
つまり、上に居たザリは、バケツを飛び出し徘徊中。
下に居たザリは、圧迫死しており、異臭を放ってる!
その数が、ハンパねー!
異臭も、ハンパねー!
マジか・・・。
当時は、ザリガニが喰えるってことも知らんから、どうするぅ?
まあ、喰えると知っても、ヘドロの池で育った野鳥公園のザリは、臭いに決まっとる。
その証拠に、今メッチャ臭い・・・。
この悪臭は、子供ながらに耐えられん程。
う〜ん・・・、オレの無責任さが生んだ事態とはいえ、これほどの破壊力とは!
とにかく、生きてるザリは、なんとしても飼うぜ。
お亡くなりになってしまったザリは、生ゴミっす・・・。
飼ってたクサガメにあげてみたけど、喰わなかった・・・。
まあ、丸ごとあげちゃってたからね。
ちゃんと、解体して、身だけをあげれば、食べたかもしれんよなぁ・・・。
でも、異臭がスゴかった・・・。
しばらく、不意に漂う異臭に、頭がおかしくなりそうな程、強烈だった。
ザリは、いっぱい捕獲しても、必要数だけ持って帰るべしだね。
まあ、今は、特定外来生物法が出来、移植が禁止されたりもしてるから、持ち運びには注意が必要。
日本で捕獲出来るザリガニは、99%以上の確率で、アメリカザリガニだと思う。
それって、色んな意味で、スゴイことだね。
それなのに、ブラックほど悪者的な扱いにならないのは、不思議なもんだ・・・。

昆虫採集
オレは、ガキの頃、ファーブルさん並みに、昆虫が好きだった。
まあ、昆虫に限らず、魚類も、甲殻類も大好きだったがね。
そんなワケで、昆虫を採るのは、日常茶飯事。
そんで、それを飼うのも、楽しみではあった。
が、しかーし、ネット全盛の現代と違い、昭和の時代は、その虫の飼育方法を調べるだけでも大変。
カブトムシの様な人気モノは、需要が多いから、飼育アイテムも豊富にあったけど、
他の虫に関しては、なんもワカラン。
だもんで、セミもトンボも、採ってきては、虫かごに放置で、翌日合掌・・・、みたいな。
そういう無駄をなくす為に!
というよりも、夏休み中の宿題の一環で、標本を作ってみたい!
なぜなら、夏休み中に訪れていた、母ちゃんの田舎の弘前には、色んな虫がいた。
特に、りんごの木の中には、カミキリムシが豊富に居て、ちょっと木の幹に穴があれば、
その周辺をコンコンすると、「アレ?」みたいに出てきて、簡単に捕まえられるもんだった。
セミは、大量に居たなぁ・・・。
だが、その90%がアブラゼミ。
残りの10%はミンミンゼミで、他のセミは捕まえた事が無い。
それほど、弘前のセミってのは、極端な生態系だったね。
まあ、お盆時にMAX20日位しか毎年居なかったから、他の時期だと違うのかもしれんけど。
トンボは、やっぱし赤とんぼが豊富。
だが、岩木山へ行った時、駐車場でオニヤンマを発見!!!
東京の子供にとって、日本最大サイズとも言われてたトンボとの遭遇は、大感動なんてもんじゃない!
ホントに・・・、いたんだ!が、まず最初のホンネの感想。
絶対に、捕獲したい!!!
だが、ヤツらは、網を伸ばし切っても、届かない位置を飛んでいる。
それでも、長く待っていれば、稀に低空に来る事もある。
そこを狙って、ジャンピングキャッチすれば、採れないワケじゃない。
そりゃあ、もう、夢中に!
見知らぬおっちゃんからも、
「がんばれー!」と言われる程、超追っかけまわして、ついに捕獲!!!
もうもうもうもう・・・・、メチャクチャすげー!!!!!
オニヤンマ、かっちょよすぎ!
っていうか、色合いが、スゴイ・・・。
スズメバチにも通づる様な・・・、黄色と黒のストライプに、なんといっても独特の昆虫感漂う「艶」。
コレが、もう、ズキューン!とクル。
その後、頑張った結果、3匹のオニヤンマを捕獲。
しかも、1匹は、妙にデカかった・・・。
コレは、ぜひとも、標本に加えたい。
というワケで、ウチのオヤジが、田舎にあった昆虫標本を作る様のキットらしきモノを使い、
注射器で、何かをオニヤンマに注入・・・。
もちろん・・・、合掌。
こんな最高な昆虫に出会えると、標本はスゴイものにしたい!と、子供ながらに思うモノ。
翌日から、超気合い入れて虫採りの日々。
東京まで帰る道中では、夜の全SA・PAに寄って、全部の街灯の下をチェック。
それだけで、カブトムシと、クワガタと、ガムシが、いっぱい捕れた。
これで、スゴイ標本が出来る!!!
そう、信じていた・・・。
ところが・・・、いざ東京で、標本作りを始めてみたら、青森で捕獲してきた虫達が・・・!!!
粉々に・・・。
ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・どゆこと?????
え〜!!!
オニヤンマは???
あの、幻のオニヤンマは???
3匹いた・・・、中でも1匹は、超巨大!
それが・・・、みんな粉々。
マージーかーよー!
どうやら、青森でオヤジが注射した液体に問題があったみたい。
防腐剤が入ってなかったのか?
それとも、輸送に問題があったのか?
まあ、ワカランけど、青森で採った虫は壊滅!
ただ、帰りの道中で採ってきた、カブトやクワガタは、生きたままだったので無事。
でも、コイツらは、出来る事なら飼育して、もし死んでしまったなら、標本にしたい。
というワケで、標本は一から出直し!
早速日曜日には、オヤジと芝公園へ訪れ、昆虫採集。
オヤジが、ガキの能力じゃ信じられん程の、巧みな技と捕獲能力を発揮し、多量のセミが捕獲完了。
驚くことに、弘前には、アブラゼミとミンミンゼミしかいなかったというのに、大都会東京には、
その2種の他に、クマゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシが居た。
あれほど、自然に溢れた弘前には2種しか居ないのに、ほぼアスファルトだらけの東京に、
どうして弘前以上の種類のセミが居るのか?
子供心に、不思議がいっぱいだった。
そんなワケで、結局、昆虫標本は、「青森の珍しい昆虫」から、
「東京で採れる昆虫」に変わってしまったのだけど、それはそれで、すんごくイイ経験になったね。
こういう体験が、オレの日本全国あっちこっちへ行きたい原動力になっている気がする。
ご当地をえぐる・・・という行為に、釣具やご当地モノだけじゃなくて、昆虫や魚類も入っているのさ。

水カマキリ大パニック!
オレがガキの頃、夏休みには決まって、母ちゃんの田舎の弘前へ行ってた。
夏休みの、大半は弘前に居たんじゃないかな?
日中は、連日、虫捕り、魚捕り、魚釣り、といった、捕獲活動に時間を費やしたもんだった。
田舎は、リンゴ農園だったんで、広大な自然の中で、やりたい放題だったのだよ。
そんな中、田植えをしてない水田で、膝まで埋まりながら、泥まみれで遊んでいると、水カマキリを発見!
その姿は、ホントにカマキリ。
カマで生物を捕え、尖ったお口でチュウチュウする。
お尻に長い管があって、その先っちょを水面から出して呼吸するので、水中に居られる。
そんなん、東京じゃ見たこと無いっすよぉぉぉぉぉ!!!
大感動で、捕獲!
意外と、簡単に捕まえる事が出来た。
というワケで、水カマキリ捕獲に、急遽スイッチオン!
すると、意外な程いる!
なんで、今まで気付かなかったのだろう???
結局、1日中捕り続け、30匹位は捕まえたんじゃないかな?
それから数日後、東京へ帰るのだが、行きは寝台列車の「あけぼの」、
帰りは、お盆休みで遅れてやってきた「オヤジの車」で帰るのが定番。
当時は、東北自動車道がまだ青森まで出来てない時代で、今年は仙台まで一般道、
次の年は、盛岡まで一般道・・・といった感じで、なかなか弘前までは開通しなかったなぁ・・・。
首都高速とも繋がって無かったもんなぁ・・・。
そんな体験が、オレの「一般道での旅が好き」なルーツかもしれないね。
というワケで、車で帰るとなると、電車じゃ持って帰れないモノだって、持って帰れる。
かつては、喫茶店を経営してる母ちゃんの弟から、テーブルゲーム筐体のギャラクシアンを貰い、
乗用車の後部座席に詰め込んで、弟はその筐体のすき間で体を曲げながら、
長時間の弘前〜東京間を耐える・・・といったこともあった。
そんなオレの足元には、バケツに蓋代わりの穴を開けたラップをされた状態で、大量の水カマキリをお持ち帰り!
そりゃあ、多感な小学生だもの、東京へ持って帰って、みんなに自慢したいじゃん。
例年は、昆虫や魚を持ち帰る事が多かったけど、この年だけは、大量の水カマキリだった・・・。
青森を出発すると、高速がちゃんと通ってない時代は、東京まで13時間とかかかってたね。
だもんで、青森を夕方に出発しても、着くのは翌朝。
ヘロヘロだったけど、子供はへっちゃらなもんさ。
すぐに水カマキリ自慢・・・とイキたいとこだが、やっぱし到着日は、色々と忙しくもあって、約束するに止まる。
そして翌朝・・・。
家中が、大パニックぅぅぅ!!!
水カマキリが・・・、減ってる!
なぜ???Why???
すると・・・、思わぬところにいる!
和式の便器の中に、数匹・・・。
そう、コイツらは、飛ぶ!
しかも、本家カマキリには無い程、まるでトンボか?というほど、バタバタ飛ぶ!
しかーし、便所じゃ、すでにBIGなモノを垂れ流し済み。
だもんで、BIGなモノと一緒に流され、強制的に下水処理場暮らしを強いられるヤツもいた・・・。
他にも、桶だったり、水槽だったり、家中の水があるところに、水カマキリ!
もちろん、家から飛び出て行ったのもいたみたいで、30匹以上いたはずのバケツにゃ、2匹しかいなーい!
大ショックぅぅぅ!
ダチへの自慢も、水カマキリがスゴイってことよりも、大パニックの爆笑ネタに変わってもうた・・・。
青森からドナドナされてきた水カマキリだが、大都会東京で羽ばたいて元気に生き抜いていることでしょう。

カメ殺しの姉
我が家は、けっこうカメ好きで、ちょいちょい飼ってる。
今は、ロシア陸ガメの「カメ夫」が健在だね。
さかのぼると、オレが小学生低学年の頃、竹芝桟橋でサビキ釣りをしてた時、
一緒に釣行してたヤツが、外道として「クサガメ」を釣り上げたのがキッカケ。
海で、底層を釣るサビキ釣りで、なぜ?淡水性のカメが釣れたのか?
まあ、水面にいたのを引っ掛けだけなんだけど、海に居たのは不思議だね。
それを飼い始めたのが、我が家のカメデビュー。
最初は、小さいケースに入れてた気がするけど、あまりにも動き回る為、
キッチンのシンクで放し飼い・・・。
当時の我が家のシンクは、小さい家の割に妙にデカく、カメ大喜び!
エサは、婆さんが、料理で出た余りモノやったり、塩分取り過ぎだろ!と思われる「しらす干し」をあげたりしてた。
そんなシンクで育つ事数年・・・、姉が当時の小学校の教師から、いらぬ情報を仕入れてきた!
「カメは、冬眠させてやらなきゃアカン・・・」
マジっすか!
オレは、小学生ながらに、もう数年シンクで過ごして、ふつーに越冬してるんですけどぉ・・・と思ったが、
姉にとっては、先生に言われた事が「絶対に正しい!!!」状態。
さらに、近所の金魚屋にまで行って聞いてくると、わらの中で寝かせてやると良い・・・と。
ホントなのか???
というわけで、ケースにわらを敷き詰め、その中にカメ投入・・・。
数日は、バタバタしていたが、観念して眠りにzzz
確かに、眼を閉じて、ちょっと気持ちよさそうにも見える・・・。
姉も得意げに、「ちゃんと、やってあげるべき事をやってあげないから、育たないのだ!」と。
そして春・・・。
ボチボチ、カメを起こすべきなんじゃないかと、ケースを見てみると!!!!!
カメの・・・、中身が無ーい!
乾燥して・・・ミイラになっとる。
甲羅だけは、そのまんま・・・。
マジか・・・。
もちろん、姉に非難轟々!!!
姉は、逆ギレし、金魚屋に問い詰めてみると・・・、
「家庭で飼ってる場合は、温かい環境だから、冬眠させなくて大丈夫ですよ・・・」って、
オマエ、そんなん、先に言えー!!!
もうすでに、我が家のクサガメは、ミイラじゃ!
・・・超ショック!!!
そして、オレが姉の詐欺にあってしまったが為に・・・、クサガメよ、スマンちょだ。

だが、コレで、懲りないのが、我が家の姉。
その後も、ベランダでミドリガメ(正式名称:ミシシッピアカミミガメ)を飼っていた時、
高校デビューを果たし、男にディスコに狂い、すっかりカメを飼っていることすら忘れ遊び呆け、
結果、ミドリガメもミイラに!
しかも、3匹!
もう、オマエは、二度とカメを飼うな!

その後、姉は結婚出来、ダンナの仕事の関係で、一時期三重県に住んでいた時、
近所の川で子供が見つけた「イシガメ」を、また懲りずに飼育し始めた。
そして!!!
今度は、踏んづけて、甲羅を割る!
もち、わざとじゃなく、事故的なモノだが、とことん、カメを痛ぶるヤツだ・・・。
でも、そのカメは、一応、まだ生きてはいる・・・。
甲羅も、修復されてくるもんなんだね。
今度こそは、ミイラにせず、大事に育てろやー!

知らない道を走ってみたい
この好奇心が、オレの「えぐり旅」のルーツとも言えるんじゃないかな?
物心ついた頃から、この気持ちが強く、それを実行に移したのは、小学生の頃。
もちろん、機動力はチャリ。
オレは、港区の竹芝に住んでいながら、その行動範囲は、
昔バスが釣れる野池があった大田区の野鳥公園から、日本橋の東急まで、
けっこうな広範囲を駆けずり回ってた。
その行動範囲よりも、もっと遠くへ・・・ってことをやり始めたのが、4〜5年生の頃・・・だったかな?
知らない道を走っても、最後はUターンすれば戻って来れる・・・、その自信から、アッチコッチへ行ってた。
道中で知らない釣具屋に入り、当時のオレが珍品に感じた「PICOスラッシャー」をえぐったりしてたね。
そんな楽しい遊びを、一人でやってちゃ、もったいない。
というワケで、同級生の一人を巻きこんでみる。
そいつは、人がキャストしてる後ろへ回り込み、頭にルアーが刺さる・・・という、うかつな子だが、
運動神経はそれほど悪いワケじゃなく、頭も優秀な方。
まあ、ガキの頃、そんな事まで考えて付き合ってないから、その日遊んでたヤツを、単に道連れにしただけだと思う。
目指したのは、銀座から右側ゾーン。
銀座の北へ行っても、山手線の延長な気がしたんで、築地から奥へどんどん行けば、ドコに行くのか?
なんとなく、晴海とかへ行けるのが分かっていたから、新たなシーバス釣りのポイント開拓も出来れば・・・、みたいな気持ちもあったような?
んで、江東区へ突入し、色々走り回ってみるも、特に目新しい発見は無い・・・。
そこで、オレの第2の好奇心が発動し始める。
当時映画や、漫画のメカドックで、「キャノンボール」というのが流行ってた・・・気がする。
キャノンボールとは、スタートとゴールが決まっていて、あとは、どんな道を走ってもOK
早く着いた人が勝ち、という単純ルール。
本家はアメリカ横断だが、メカドックは九十九里〜江ノ島、オレ達は、江東区からオレんちまで!
というワケで、見知らぬ江東区の交差点で、左右に分かれ、いざスタート!
オレは、こういうの大好きなだけに、大得意。
まあ、東京タワーという、巨大な目印があるからね。
そこを目指せば、自然と知ってる道に出る。
というワケで、順調にご帰宅完了。
着いた瞬間は、「よっしゃー!オレの勝ちだぁぁぁぁぁ!!!」って感じだったけど、
待てども待てども、別れたダチは帰ってこない・・・。
はて・・・?
もしや、オレんちゴールを、自分ちと勘違いしたのかな?
じゃあ、しゃーないやね。
オレも帰って、飯喰って寝るとすんべ。
その夜・・・。
22:00を過ぎた頃・・・だっただろうか?
我が家の電話が鳴る。
かけてきたのは、別れたダチの親。
電話に出たオレの母ちゃんは、ひたすら謝り続ける・・・。
・・・?
何事?
電話を切った母ちゃんは、「オマエ、なにしてんねん!」
聞くと、ダチは、延々数時間・・・6時間以上かな?さまよい続けていたと。
それでも家には着けず、夜の水道橋で、当時そんな時間に小学生が、
泣きながら自転車を漕いでる事など無かったから、警察によって保護。
パトカーで、家にまで連れて来て貰えたのだと・・・。
おおっ、パトカー乗れてラッキーじゃん!
西部警察好きな小学生にとっては、憧れのマシーンだからね・・・って、そんな方向音痴あるか?
道を人に聞くなり、どうにも、ならんかったのか?
まあ、色々とオレ的に思うところはあっても、一番の悪はオレ!
当然、こっぴどく叱られたし、そのダチは、二度とオレとは遊ばぬ様、親からクギを刺されたらしい。
まあ、ガキは、そんなの守らんがね。
それでも、他人の親に、その子と遊んじゃダメ・・・とまで言われるとは、オレもなかなかだね。
もちろん、知らない道へ行く遊びは、その後も続行されたけど、キャノンボールは封印となってしまったなぁ・・・。
メカドック版の九十九里〜江ノ島キャノンボールも、アクアラインが出来た現代じゃ、面白味が無いだろうね。

シャブ
オレがガキの頃、メインフィールドとしてシーバス釣りをしていたのが、東京都港区にある「日の出桟橋」。
現代は、水上バスの発着場にもなっているが、昔は貨物船が来る程度だった。
そんな桟橋の端っこには、交番があった。
その交番の先が水門になっていて、そこいら辺が、何度かシーバスを釣り上げてる、オレのお気に入りスポットだった。
そんなスポットは、干潮になるとけっこう干上がって、ゴロタ岩みたいのが、むき出しとなる。
潮を見てから釣りに来るのが当たり前だったんで、干潮は避けていたのだけど、
その前週に、ラパラのCD−7で、短時間で5匹を仕留めるという、滅多にない出来事に遭遇したもんだから、
もはや、潮なんて関係なく、居られるだけの時間、フィールドに居たいという気持ちで、その場に来てた。
干潮しきった状態を見た事は無かったから、せっかくなんで色々と散策していたら、銀色の袋を見つけてしまう・・・。
味噌でいったら、500g位のサイズかなぁ?
持ち上げてみると、中身は「粉」っぽい。
もちろん、未開封・・・。
どうする???
そりゃあ、好奇心旺盛な子供だもの、開けちゃうよねぇ。
すると、期待通りの白い粉・・・。
当時、西部警察大好きだったから、即「シャブだ!」と妄想。
そういえば、TVでは、舐めて確認してたなぁ・・・。
というワケで、一口ペロっと・・・。
う〜ん・・・、なんか酸っぱい。
シャブの味なんて知らんのに、舐めて分かるワケ無いか・・・。
じゃあ、どうする???
幸いな事に、すぐそこに交番がある。
届けるべき・・・だよなぁ。
というワケで、「スンマセン、そこで白い粉見っけました・・・」
すると、TVでもシャブの取引に利用されるのは、埠頭。
そんな場所で出た白い粉、交番も一気にヒートアップ!
在中の警官が、奥からも登場し、総勢4名が、てんやわんやの大騒ぎ。
水で溶いてみて、「なんだか粘るぞ!」
「鑑識を呼べー!!!」みたいな。
そりゃあ、もう、交番中大騒ぎ!
オレも、調書的なモノから、発見場所案内まで、色々やって、数時間後。
もはや、調べは任せるだけとなっていたので、釣りを再開してたオレの元に、一人の警官が・・・。
いやぁ・・・、アレは、写真を感光するのに使う液を粉状にしたものだったよ・・・と。
それは、ガッカリなのか、よかったなのか・・・?
ガキながらに判断に困るけど、おまわりの表情はガッカリじゃね?
やっぱ、ヒマしてる桟橋のおまわりにも、刺激が必要だったんだね。
ハンパねー盛り上がりぶりだったから、シャブじゃないと分かった時は、交番中が大ショックだったんだろうなぁ・・・。
しっかし、桟橋、白い粉・・・なのに、シャブじゃない!
そんなオチ、あってエエのか?

パイ毛事件
またもや、姉と弟話になるのだけど・・・、
姉が、小6の頃かなぁ?
たのきんトリオってのが大ブームで、姉も当然それに乗っかった。
マッチの大ファンとなり、ファンクラブに入る入らないで、止められた父親と大号泣しながら大ゲンカした程。
当時、我が家は、6畳の部屋で子供3人すし詰め状態。
その6畳の部屋が、壁だけじゃなく、天井まで、マッチのポスターで埋め尽くされた・・・。
そんな兄弟3人は、メッチャ仲良し・・・じゃなくて、ケンカの毎日!
まあ、小学生の兄弟&姉なんて、そんなもんすよ。
当然、年長が強く、オレ、弟が負かされる日々なワケなんだけど、そんな中、弟は仕返しの秘策を炸裂させた。
当時の姉の命・・・といっても過言じゃない、部屋中に貼り尽くされた「マッチのポスター」
そのポスターの中に、マッチ上半身裸のがあったのだよ。
そこに、まさかの、マッキーで、パイ毛書き足し!!!
姑息過ぎる!
あまりの姑息な手段に、姉はすぐに気付かず・・・。
お互いほとぼりが冷めた頃、姉が気付き、超ブチ切れて、大号泣しながらの大暴れ!
弟も、まさか泣くとまでは思ってなかったらしく、悪い事したなぁ・・・とは思いつつも、
ボッコボコにされ、むしろ、パイ毛をもっと書きまくってやる!みたいな。
そんな楽しい兄弟なので、今でも仲良くやってまーす。

泥棒騒動
オレには、姉と弟がいるのだけど、オレに似てアホ・・・というか、色々とやらかしてくれる。
姉が高校生で、弟は小学生の頃・・・かな?
姉が帰宅すると、誰もいないはずの家の中から、不審な物音がする・・・。
人前だと、やたらと気の強い姉なのだが、実はチビリで、夜中のトイレにゃ1人で行けない程、臆病。
だもんで、その不審な物音に、超チビリモード全開!
どうする???
ちょっとパニック気味になったのか、警察TELするんじゃなく、お向かいの質屋に掛け込む・・・。
「ウチに泥棒がいまーす!!!助けてぇぇぇぇぇ!!!」
そんな、ただならぬ状況に、質屋のお母さんと息子がバットを持って、姉と共に突入!
物音がした2階のふすまを開けてみると・・・!!!
そこに居たのは、弟・・・。
がちょーん!
オマエ、何してんねん!
いやぁ・・・、脅かしてやろうかと思って・・・みたいな。
ふー・・・やれやれだぜぃ。
みんなが、一安心。
すると、質屋のお母さんが、ウチの姉に、
「今、いくつなの?
 彼氏いるの?」と。
「はっ???」
そう、質屋の息子は、40オーバーにして独身。
「出会いが無いからぁ・・・」という理由を前面に出してきているが、めっちゃブサイク!
オタク臭、プンプンですからぁ!
そんなのと、まさかの「結婚しよう〜、ボクと〜、ボクとぉ〜!」
そうなったなら、それはそれでオモロかった様な気もするよ・・・。

ブラック放流
1980年代、日本橋の東急の屋上には、プチ遊園地的な施設があって、
その中に釣り堀があった。
子供向けの金魚釣りと、大人向けのダイナミックバージョンがあった。
ダイナミックは、時に巨大な鯉が掛かる凄まじいモノだったけど、
釣り上げない限りお持ち帰り不可能で、貸出竿は、竹竿で、ハリスも道糸も細く、
針も、鮒用の小型なモノだったので、釣り上げるなんて事は不可能。
決まって、ラインブレイクか、針が折れてしまうモノだった。
一度、水面までよせた魚を、手ですくって上げた事があるけど、「それは不正だ!」とされ、
その巨大魚は、釣り堀へリリースされてしまった。
まあ、結局は、掛けて引き味だけ楽しめる・・・みたいな釣り堀だったのだが、
突如、その釣り堀に「ブラックバス」が、放たれた。
当然、現代の様に、違法行為とはならない時代のお話。
アサガオ市の夜店じゃ、ブラックバスやブルーギルの稚魚が売られたりもしてたからね。
おおらかな時代だったのだよ。
そんな釣り堀で釣れるブラックバスは、30cmにも満たないサイズばかりなので、釣り上げる事が可能。
当然、お持ち帰りしたのだが、当時我が家にあった水槽は、30cm級。
現代と違って、水槽も高額なアイテムだったので、それ以上巨大なモノは買えないし、
買えても置き場が無かった。
となると、当然、ブラック・・・どうする?
どっかにゲリラ放流?
ふつーの人なら、そういう選択肢もあるかもしれんが、オレは飼いたいのだよ。
となると、どこで?
こんなモノが飼える、水槽・・・って考えちゃうと、そんなモノは無理。
だが、池・・・と考えれば、小学校にあるじゃん!
というワケで、小学校へ。
平日登校後に放流だと、色々と面倒がありそうだったので、
休日に校庭解放していたから、そん時に小学校へ同伴出勤。
伸び伸び泳げる場所で、大きくなれよぉ。

数日後、にわかに学校がザワつき始める・・・。
「池に得体のしれない巨大魚が居る・・・」
「その巨大魚が、校長の育ててた金魚を、全て食べ尽くしてしまった・・・」
「どうして、そんな魚がいるんだ???」

当時、オレの担任だった先生は、「ハギワラ」という名で、
頭のてっぺんがカッパ状態になっているのを、バーコードにして隠す手法を取り入れていたが、
当然、オレが名付けたニックネームは「ハゲワラ」。
まあ、オレは愛を込めて、「ハゲちゃん」と呼んでいたがね。
ハゲちゃんとオレは、妙にウマが合う・・・というのか、ライバルだったのか?
授業でサッカーをやってる時も、ドリブル練習で、ハゲちゃんが障害物的な存在となり、
みんなが順に抜いていくのだけど、当然ガチで止めにくる。
オレは、それなりにサッカーが出来るガキだったので、体操得意でサッカー苦手なハゲちゃんとは、
大人と子供とはいえ、雲泥の差があり、抜くのは簡単な事だった。
だが、生徒全員順にやっていくので、抜かれたら抜かれっぱなしのはずなのに、
オレだけは追っかけまわして、何が何でも取ったる!みたいな。
そんな勝負を、毎回やってたね。
お得意の体操やってる時には、逆に、前転とバック転の見本を延々やらされ、
疲れてくると、ついつい手だけじゃなくて頭も使う様になってしまい、
翌日とんでもないムチ打ち状態にさせられる・・・みたいな。
そういう関係の担任だった。
そのハゲちゃんが、この騒動を生徒全員に発表した時には、
「学校の池に、ブラックバスを放った者がいます。
 池の金魚が、みんな食べられてしまいました」と言った後、
オレの目の前に来て、
「誰が、そういう事をするんだろうねぇー」と、まるでオレを犯人かの様に言うので、オレは、
「不思議な事もあるもんだねぇ」と。
まあ、すでにオレが放ってる事は、学校中にバレバレだったからね。
ハゲちゃんにも伝わっていたのだろうけど、結局、おとがめ無し。
校長にだけは、話が伝わんない様に、ハゲちゃんが手を打ってくれたのか、
校長が嫌われ者だったのか、真相はワカランけど、おとがめ無しだった、オモロかったね。
ハゲちゃんは、色々とオレの事が心配だったのか、小学校の時の担任だったのに、
ちゅーぼーの卒業式にも来てくれた。
ハゲには、磨きがかかってたね。
イイ奴だったなぁ。
ちなみに、バス君は、長生き出来ずに、オレが小学校卒業する前には死んでまった。
確か、死体処理は、ハゲちゃんに命ぜられて、オレがやった様な気がする・・・。
当時、バスは最強魚・・・みたいなイメージを子供ながらに持ってただけに、
意外とヤワなんだなぁ・・・なんて思った出来事だったね。
今考えると、バスの釣り堀があって、お持ち帰り出来るなんて信じがたいし、
それを学校の池に放って、その問題がチャラになるなんて・・・、ありえんよね。
色んな意味で、楽しくて、おおらかな時代だったんだよなぁ。

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