祈りのページ

 

 

ここでは、主な各教派の『使徒信条』(使徒信経)と、『主の祈り』(主祷文)とを掲載します。

 

ちなみに、私としては、文語の場合、ルーテル教会で用いられている『教会讃美歌』初版

(1974/聖文舎発行)の邦訳が、文法的にも前後の言い回しの統一性においても

バランスがとれていて、公同の教会で用いるのに好ましい名訳だと感じます。

(あくまで文語の場合。) 

 以下で漢字の上にふりがな(ルビ)を付けていますが、

ウェブブラウザによっては、文字の上ではなく、ふりがなが(かっこ)として付く場合があります。

 

 

 

信仰(しんこう)告白(こくはく)

使徒(しと)信条(しんじょう)(ルーテル教会訳/文語)

 

われは天地(てんち)(つく)(ぬし)全能(ぜんのう)(ちち)なる(かみ)(しん)ず。

われはそのひとり()、われらの(しゅ)イエス・キリストを(しん)ず。

(しゅ)聖霊(せいれい)によりて宿(やど)り、おとめマリヤより()まれ、

ポンテオ・ピラトのもとに(くる)しみを()け、

十字架(じゅうじか)につけられ、()にて(ほうむ)られ、陰府(よみ)(くだ)り、

三日目(みっかめ)死人(しにん)のうちよりよみがえり、(てん)(のぼ)り、

全能(ぜんのう)(ちち)なる(かみ)(みぎ)()したまえり。

かしこより()たりたまいて、

()ける(ひと)()にたる(ひと)とを、さばきたまわん。

われは聖霊(せいれい)(しん)ず。

また(せい)なるキリスト教会(きょうかい)聖徒(せいと)(まじ)わり、

(つみ)のゆるし、からだのよみがえり、(かぎ)りなきいのちを(しん)ず。

アーメン。

 

{ポンテオ・ピラト}の箇所は{ポンティオ・ピラト}とも読むことが出来る。)

 

 

(しゅ)(いの)り>(ルーテル教会訳/文語)

 

(てん)にましますわれらの(ちち)よ、

(ねが)わくはみ()をあがめさせたまえ。

(くに)()たらせたまえ。

みこころの(てん)になるごとく、()にもなさせたまえ。

われらの()ごとのかてを、きょうも(あた)えたまえ。

われらに(つみ)(おか)すものをわれらがゆるすごとく、

われらの(つみ)をもゆるしたまえ。

われらを(こころ)みに()わせず、(あく)より(すく)()したまえ。

 (くに)(ちから)(さか)えとは、(かぎ)りなくなんじのものなればなり。

アーメン。

 

(「〜救い出し〜」の“出し”は、“だし”でも、“いだし”でもどちらでも読める。文元にはフリガナがない。)

 

 

使徒(しと)信条(しんじょう)(日本福音連盟ほか/文語)

 

(われ)天地(てんち)(つく)(ぬし)全能(ぜんのう)(ちち)なる(かみ)(しん)ず。

 (われ)はその(ひと)()(われ)らの(しゅ)、イエス・キリストを(しん)ず。

 (しゅ)聖霊(せいれい)によりてやどり、処女(おとめ)マリヤより(うま)れ、

ポンテオ・ピラトのもとに(くる)しみを()け、

十字架(じゅうじか)につけられ、()にて(ほうむ)られ、陰府(よみ)にくだり、

三日目(みっかめ)死人(しにん)のうちよりよみがえり、(てん)(のぼ)り、

全能(ぜんのう)(ちち)なる(かみ)(みぎ)()したまえり。

かしこより(きた)りて()ける(もの)()にたる(もの)とを(さば)きたまわん。

(われ)聖霊(せいれい)(しん)ず。(せい)なる(こう)(どう)教会(きょうかい)聖徒(せいと)(まじ)わり、

(つみ)(ゆる)し、身体(からだ)のよみがえり、永遠(とこしえ)生命(いのち)(しん)ず。

 アーメン。

 

(日本福音連盟発行『聖歌』および、『新聖歌』による。

日本基督教団系の使徒信条(文語)も冒頭の「教団信仰告白」を除けば、ほぼ同じ。)

 

 

(しゅ)(いの)り>(日本福音連盟ほか/文語)

 

天にまします我らの父よ。

 ねがわくは 御名をあがめさせたまえ。

 御国を来らせたまえ。

 御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ。

 我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。

 我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、

 我らの罪をもゆるしたまえ。

 我らをこころみにあわせず、

 悪より救いいだしたまえ。

 国とちからと栄えとは、

 限りなくなんじのものなればなり。

 アーメン。

 

(日本福音連盟発行『聖歌』および『新聖歌』による。日本基督教団の文語訳もほぼ同じ。)

 

 

<ニケア・コンスタンチノープル信条> (日本カトリック司教協議会認可/口語)

 

わたしは信じます。唯一の神、

全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、

すべてのものの造り主を。

わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。

主は神のひとり子、

すべてに先立って父より生まれ、

神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、

造られることなく生まれ、父と一体。

すべては主によって造られました。

主は、わたしたち人類のため、

わたしたちの救いのために天からくだり、

聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、

人となられました。

ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、

苦しみを受け、葬られ、

聖書にあるとおり三日目に復活し、

天に昇り、父の右の座に着いておられます。

主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。

その国は終わることがありません。

わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。

聖霊は、父と子から出て、

父と子とともに礼拝され、栄光を受け、

また預言者をとおして語られました。

わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。

罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、

死者の復活と来世のいのちを待ち望みます。アーメン。

 

(上文は、手元にあるカトリック教会認可、発行の現行の諸信条(口語)の文書に従ったものです。

 改行もなるべく発行されている文書の通り掲載してあります。

尚、上記の信条等は著作権物使用に当たっての条件を免除されている公文です。)

 

 

<使徒信条> (日本カトリック司教協議会認可/口語)

 

 −準備中―

(過去に掲載していた一部の信条と祈りについては以下。)

旧「祈りのページ」

 

 

-以下、掲載準備中-

 

<主の祈り> (カトリック/日本聖公会/日本キリスト教協議会共同訳/口語)

 

―準備中―

 

 

<アタナシウス信条>

 

 

<マリアへの祈り>

 

 

<栄頌>

 

 

<アウクスブルク信仰告白>

 

 

<準備中>

 

 

 

栄光は 父と子と聖霊に。

初めのように、今も、世々に限りなく  アーメン。

 

 

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 Last Update: 9/12 - 2010