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2010年9月12日 更新 いつも ご臨在くださる主に、 祈り、賛美しながら歩んで行こう。
<今週の聖書箇所> 徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。 すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、 「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。 そこで、イエスは次のたとえを話された。 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、 九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。 そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、 『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。 言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、 悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」 「あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、 ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。 そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、 『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。 言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」
求める人のこころにお入りになり、語ってくださる神の恵み。 9/12, サイト更新。 残暑厳しい中、秋の香りを感じ始める頃になりました。 生きているとは、どのような状態のことでしょうか? 生きる人にとって、それを特に実感するとき、信仰、希望、愛、また、好奇心、探究心があることが分かります。 人生は、好奇心に満ちあふれています。 人生の中で、「あの時、ああしなければ良かった…。」ということより、 「あの頃、ああしていれば良かった…。」ということのほうがずっと多いのではないでしょうか? もちろん、探求の中には良いことも良くないことも、また、危険なこともあるでしょう。 そのとき、神のみことばに耳を傾け、祈りつつ、秩序を持って主の望まれる道を歩みながら進みたいものです。 わたしたちには、“今も生き、働いておられる神のみ言葉”、聖書があります。 聖書によって、信仰により、恵みを頂きながら、 愛と希望と探求による好奇心に胸を躍らせようではありませんか。 今年は教会典礼暦C年、一年を通して福音箇所は「ルカによる福音書」が多く読まれます。 「ルカの福音書」は順序正しく、詳細で、わかりやすいですよね。 教会暦について少し、解説させて頂きます。 キリスト教では、福音書に基づき、主イエス・キリストの地上での生涯を毎年、一年間に当てはめますが、 一年間の出来事だけでなく、カトリック、ルーテル教会、聖公会などでは、古来より続く「聖書日課」があり、 「主日聖書日課」はA年、B年、C年と3年周期で進み、 「年間聖書日課」と「交読詩編」は第1年と第2年の2年周期で進みます。 礼拝では教会暦に沿った典礼聖歌や教会讃美歌とともに、その日の聖書日課の箇所を順に朗読されます。 勿論、牧師(あるいは神父/司祭)さんのお話もその日の聖書箇所の内容から説きあかされます。 公同の教会で用いられる聖書日課は、教派により時に章や節が異なっていても、類意内容の箇所を朗読します。 聖書を中心にした教会暦により、世界各地のキリスト教会で同じ聖書箇所が読まれるわけです。 9/12 - 2010, ホームページ更新
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