天風師と私
    ここでは、私をはじめ天風先生の影響をうけた方の天風先生の哲学を通じて学んだこと、
    体験を重ねてつかんだ、天風先生のすばらしさを、掲載します。
片伯部考思さんの「天風師と私」(2002.9.5) 「天風師と私」と言う題で書かせて頂くのは、大変おこがましいのですが 折角の機会ですので、書かせて頂きます 私が、天風先生と出会ったのは、今思えば、有る手術がきっかけでした 平成元年、私は腕の手術をしました。自衛隊に、居たのですが、腕が痺れるので 自衛隊の委託医に腕を見てもらったのです、元々私の腕は、小さい時の怪我が原因で 曲がっていたのです、その腕を見て、先生は、これは、治るし、腕の曲がりも 良くなるよと、案外簡単に言ったので、曲がっている腕が嫌な事も有って、これまた 私も案外簡単にお願いした訳です。 しかし、手術は失敗でした、それは、はっきり判りました それから、私の人生が180度変わりました 私を全く変えたのは、手術後暫くしてから出た、首の痛みでした 痛いというのは適切では無いかも知れません。痛いというより 今まで経験した事が無いような何とも、言えない酷い痛みでした 気分は悪くなる、トイレは近くなる、首が痛くて眠れない、身体はだるい そして、そんな症状が、なんと、かなり長い間消えませんでした 周りの人が振り向く位、顔も変だったのです 腫れている、湿疹が顔中出ている、髪の毛は、薄くなる、脂汗は出る 近くを通った女子高生が何あの顔!という位、変な顔になっていました。 入院した時より、退院した時の方が悪くなっているのです。 嘘のようなほんとの話しです。 この時の、気持ちは、誰にも、分かち合えるものでは、有りませんでした 私は、長い間、この痛みと、一人で向き合わざるを得ませんでした 自衛隊では、それでも、普通に訓練に参加しました。 死にそうに為るまで頑張りましたね、滅多に無い経験だと思って! しかし、もうだめだと思って自衛隊辞めました。 辞めてから、暫くして、出会ったのが天風先生です。 有る本がきっかけでした。船井幸雄さんが、書いている人間の研究という本です 奇しくも、天風先生が、病んでから、もう少し人間の事を知りたいな〜 と言う同じ動機で手に取ったのが、人間の研究でした。 不思議ですね。私ももう少し人間の研究をしたいな〜〜と思って目に飛び込んで 来たのが、船井先生の人間の研究なんですから・・・・ そこに紹介していた中の一人が天風先生です それから、天風会に、電話して、本を買いテープを買いました 初めて、天風先生の声を聞いて、内容を聞いて、ほんとに、ほんとに 嬉しかったですね。 小さい子供が、安心して母親の懐で眠るように、私は、その日、テープを聞きながら 安心して、眠りに落ちました。今思えば、それは、私にとって、最大の 出会いに為りました。 今は、ほんとに出会えて、良かったです。今は、この道を唯唯進むだけです 天風会東京支部で受けた、2年間の、経験を自分の胸に秘め、世の為人の為に役立つ 人間に戻ろうと思います ありがとうございます
なにがあるかわからない時にこの北海道に生まれて(2002.5.21) 現代は激しい変化の時代ですね。そう言われ始めてからもう、何年もたっていますが、上へ上 への右肩上がりの変化の時代はもう終わりました。私の親の世代は右肩上がりの時代で仕事を してこれました。その時代の功績にぶら下がって生きている人がこのいつ何が起こるかわからな い時代で企業のトップにいる企業はこの変化を乗り越えるのは簡単ではないかもしれませんね。 「ああ、こんな時代になんで生まれてきたんだ。」「不況だから仕方がない。」と言っている人達は 人間に生まれてきたのに、もったいない生き方をしているなあ。と思う。天風先生の講演、杉山 先生の講演を聴くと本当にそう思う。せっかく何十億という生命の頂点人間に生まれたのに。 右肩上がりの成長時代じゃあないからこそ、人間に本来与えられている、心を鍛えて強く生きぬ かなくてはいけない。何もなくてあたりまえ、何かあっても誰かがカバーして助けてくれるという時 代はもう終わったのでしょう。今ほど天風先生の教えが必要とされている時代はないのじゃなか ろうか。私はそう思う。 なぜなら、厳しい時代に活きて生きぬくのに必要なのはお金ではなく、体力でもなく心の力だか らです。正確には意志の力ですね。私個人としては時代に関係無くいつの時代でも必要だと 感じますが、きっと必要としている人は多いと思うのです。 私が中学の時に体験した出来事を引用します。 私は、中学生の頃臆病なくせにわがままだったために、いじめられていたことがありました。 不良グループにやられても立ち向かっていけない自分がいました。「こんちくしょう。」自分の弱さ をどうにか、克服したい。私はそう思い、自分の体を鍛えることにしました。体が強くなれば心も 強くなるとでもおもっていたのでしょうかね。毎日朝起きて寝るまでの間体のいたる所に重りをつ けてすごしたのです。ずるがしこかったのか、筋肉トレーニングがイヤだったのです。でも半端じ ゃない、おもりです。両足に5kgづつ。両手に1.25kgづつ。背中に3kg。計15kgの重りを背負 って過ごしていいました。そして、ほぼ毎日スクワット500回。で、当時私の中で大ブレークしてい たUWFという、プロレス団体の真似事であるハイキックを室内の蛍光灯の紐をめがけて何十回も していました。そしたら、知らない間にクラスでももっとも力持ちになっていました。しかし、力持ち になっても、あいかわらず、いじめをうけていました。結局心が強くなかったんですね。キックのト レーニングが役に立ったのは1回きり。心をずたずたにされてからの逆襲での一度きり。とても 自分に合格点の出せるものじゃあなかったです。 そんないじめがなくなったのはいつのころだったか。私が体育館で友人とプロレスをしていました 。一番腕っ節の良い番長も相撲をしていました。そこで私達と番長がぶつかって、番長が「あや まれ」私は「何もお互いさまでないか」といつものように言ってしまいました。「なんだと。おめえや ろうってのか?」いつものわたしならここで引き下がるのですがその時は何故か「やんねえよ。何 の得もしねえじゃん」「け、おめえに俺がなぐれるのか」「殴れるよ。簡単だ。」「じゃあやれよ。」 「イヤだ。倍にして帰ってくるからな。しかもよってたかって殴られるのはいやだ」「なんもしねえよ 、殴れや。」と、番長は顔をだしてきました。私は考える暇も無く「わかった」といっておもいっきり ぶんなぐりました。番長はよろめいたあと、つかみかかってきてとっくみあいになりました。 そこで「もう、先生がくるぞ」と止めに入った番長グループの一味の一人に私はつかみかかって またそこでも暴れて先生が来ても暴れました。先生は私がいつもやられ役だったから、番長たち を責めていました。私はそのとき「なんだけんかしてる最中はいたくねえな」と思いました。 またなんかあったらけんかしてもいいなと。でも、もう番長グループとけんかすることはなく因縁を つけられることもなくなりました。おどしても通じないから相手にしないというふうに思われたので しょう。結果的にその時はきずかなかったけど、私のトレーニングではなく、勇気がいじめから 自分を救ったのです。体を鍛えても、運命をつかめない。大切なのは心なのだと思い返してあら ためておもいます。いじめられていたときの自分は誰かに助けをもとめていたのでしょう。それを 求めずに自分で番長に立ち向かったことで運命を拓いたといえると思います。 、会社が助けてくれる。友達が・・・とすがっていてはよくないですね。まずは己の力を十分にひ きだす。勇気を持って実行する。なにかあってあたりまえ、波乱に満ちてても良いでは ないですか。その分大きくなれますよ。そう私は思います。 心を強くするために、テープを聴いてみたいと言う方いたら、連絡待ってます。 そして、この北海道で天風先生の教えを再び盛り上げたい。私は自分自身がまだまだではあり ますが、たくさんの人に知ってもらいたいのは、天風先生は私達の祖父の時代(昭和初期)に 北海道で講演されたことがあるのです。それも、北海道に来る前に喀血して、喉にガンができ、 声がなくなったのです。そして医者が行けば死ぬといったにもかかわらず、いいや行くと北海道 に来て講演してくれたのです。講演途中で喀血して周囲の人にとめられるまで、いやとめられて も講演をやめることなかったのです。そして、お願いですからとめてくださいと会場の皆さんがい われたのです。そのガンも天風先生は結局なおしてしまったのですが。 そこまでして火を灯してくれたこの北の大地に天風会の支部がないのです。 私は私にできる方法で北海道で天風先生に少しでも興味を抱いてる方と話をしてみたい。 そう思っています。 最近杉山先生の講演テープ(日本経営合理化協会)を聴いています。とても聴きやすくためにな ります。天風先生杉山先生の教えを受けたものとして恥じぬようまた明日から頑張ります。 杉山先生にならい「やります、できます、がんばります」で。 私の目指すもの(2002.3.8) 天風先生は、本当に偉大な方だと思います。自分が苦しみ8年もさまよったすえに得た 悟りを、世の中の同じように迷っている人のため、生涯死ぬまで講演しつづけたので す。最初は20年も講演すれば、みんなわかってくれてすばらしい世の中になるだろう とおもっていたそうです。ところが、20年経ってもぜんぜん変わらない。そこで、 あと20年もすればと思ったそうですが、戦後になったら、ますます、わかってない人 が増えてしまったとのことでした。21世紀を迎えた今もその状況に変わりはないよ うようにみえます。 天風先生は本当に幸せに生活したいと思ってる人が本当に幸せになれる方法を説いて いたのですが、それを現実化できている人は極めて少ないのです。自分が幸せになれ るなんて考えたことのない人までいる。 私は、天風先生が目指した幸せな世界。そこを自分も夢として目指したい。 天風先生は、講演のテープの中で涙混じりに人間らしい人間のあふれた未来のことを 語っています。人に迷惑をかけないで自分の楽しいと思うことをできることの世界。 そして、みんなが許し合う世界。天風先生の家には争いが無いそうです。なぜか、天 風先生いわく「みなさんの家は善人ばかりだから、自分は悪くなくて悪いのは他の人 だとお互いが考える。 だから、争いが起こるのだ。」 よく、幼いころ、「ごめんですめば警察いらない」と責められました。これは逆の意 味でそのとおりなんでしょうけど・・・ 天風先生は、そのうち絶対お互いが幸せにいがみあわずにくらせる、そんな時代が来 る。といっておられます。その天風先生の夢を私達天風先生の教えを慕うものが継が ずにだれが継ぐのでしょう。 天風先生の哲学の中にはひょっとしたら、私達が間違って理解しているところもある かもしれないし、 今後も新たな発見 がたくさんでてくるでしょう。 私は天風先生の築いた哲学をまずしっかり習得し、自分が「晴れて好し、曇りても好 し」になり、天風先生の目指したものを私も目指してみたい。 天風先生は理想より実践という形で理想の部分があまり語られていなかったので、私 は天風先生の人生観を講演されているテープを聞いてものすごく心を打たれました。 できることを一生懸命やり、夢に向けて歩んでいきたい。そう、おもいます。


観念要素の更改と潜在意識についての雑感(2002.1.21) 天風先生は、夜は昼よりも余計消極的観念にとらわれてはいけないといいました。  インドにいるときに、天風先生の前で男が二人けんかをはじめたそうです。ところ が、夕方になり、もうすぐ夜になるという時間になると二人とも抱き合って仲直りし てしまったというのです。 ヨガでは夜は、悪魔が現れる時間だから消極的なことをしてはいけないというように 昔から伝わっているのです。 天風先生は講演の中でも夜は魂が神様の懐、言いかえれば宇宙霊の懐に帰る時間だか ら、寝際だけでなくできるだけ心にすばらしいイメージを連想させなさいといってお ります。 観念要素更改法につながっているこの方法は本当にすばらしい効果を持ちます。 私も毎日寝る前に楽しいことをなるだけ思い描くようにしております。とはいって も、思い描く前にすっと寝てしまうことが多いのですが・・・また、鏡を使っての自 己暗示の効果も実際にたしかめています。当初天風先生は信念とはなにかわからなく ても、鏡に向かって信念が強くなるといいつづけていれば、そのうち、ああこれが信 念かしらというものがおのずと現れるといっておられました。 私はそんなもんなのかなあとおもいながらも毎日天風手帳の中の付録の鏡におまえは 信念が強くなる。といいつづけました。 また、寝る前も起きた後も。するとどうでしょう、最近じゃああこれが信念なのかな と思えるものができてきました。 言葉で表現すると、心が折れなくなるとでもいいましょうか。 弱気になるということがなくなりました。  また、おなかがいたくていたくてたまらないときなんかでも おなかがいたくない、いたくないと何度もつぶやいていると自然といたくなくなって いくのです。自己暗示というのは本当にすごいなあと思うと同時に、社会生活におい て、暗示というのはいろんなところで働いているので知らないうちにそれらに感化さ れないようにしなくてはいけないとおもいました。  たとえば、普段tvで流れているいになにげない電気メーカーやパソコンメーカーの 広告。 気にしたことなどいちどもないのですが、いざそれらを買うというときにtvでたんに 聞いたことがあるというだけでそこの商品を信頼してしまっています。これなんかも 暗示の効果だとおもいます。 天風先生の教え通り暗示を自分に受け入れる受け入れないの分別をおこなっていかな いとなりません。 天風先生流にいうと「あなたがたは、口からいれるものは、あれはいい、あれはいや だと言うくせに,耳、目からはいるものについてはぜんぜん分別しない。」ですね。  私なりの,夜と昼の人間の意識に与える変化についてお話しようとおもいます。  昼人間は太陽光線の中からエネルギーをきっと受け入れているのだと私は、考えま す。まさに陽気といったものが経絡を通じて取り入れているのだと思います。 そして、それらは気分を明るくし人間を本来の生活に気の部分の必要なエネルギーを とりいれている。積極的な精神になるために必要なものが陽気なのでしょう。 そしてそれは夜になると太陽光線がなくなってしまうので、 人間は昼間注がれていた大気中に残っている陽気をとりいれているのではないかなと 思います。 だから、夜は消極的な精神になるのを極力防がなくては成らない。  また、夜は宇宙霊の懐にもどり、魂の洗浄を行う時間というのも本当だと思いま す。  言い方を変えると顕在意識を潜在意識の中にもどし、潜在意識と健在意識を同化さ せることにより、顕在意識の負担を軽減しまた、新たな1日を人間は生きている。人 間だけではありません。すべての動物はそうであろうとおもいます。  その働きにより人間は習慣として自分というものを作っていっているのです。  私は天風先生の教えでこの部分を読む前からきづいてはいたのですが、習慣は第2 の天性と天風先生はおっしゃいます。  第2どころか私はそれこそが人間の性格・能力を作っていく上で大事なものだと 思っております。習うという言葉は慣れるから きているのです。成れるも慣れるなのだとかんじています。 潜在意識の中に秘められた力、それを天風先生は潜勢力といいましたが、この発動 と、制御のために天風先生は長い年月を我々の為についやしてくれていたのです。  よって、寝る前にどういう心持を持つかはとても大事です。 私は幼少の頃寝る前に空想をして遊ぶ子供でした。 遊園地に言った夢。友達と遊んでいる夢、TVのキャラクターになって遊んでいる夢。 さまざまな夢を心の銀幕に描いてあそんだものです。そして、どんなときも自分中心 にえがいてしまっていました。TVのヒーロー物が放送されているときは自分がヒー ローになって敵をこてんぱんにする。プロレスが好きだったのでただ、こてんぱんに するのではなく、プロレス技でこてんぱんにしたりするのです。 そして、いつのまにかわがままになり、自分のわがままが原因で小学校時代にいじめ られたこともありました。 それでも、寝る前だけは楽しいことをイメージしていました。 「おまえはいつもニコニコしやがって腹が立つ」といじめられたりもしてましたね。 でも、こっちは夜楽しいことを考えて寝るから、いやなことを忘れちまう。だから、 また何日かたって、いじめられる。そんな感じだったようなきもします。ま、いじめ られていた原因はこっちに勇気がたりなかったというのが1番のげんいんですがね。 そうそう、いじめを通じて得た経験というのも結構大きくいじめるほうも悪いがいじ められるほうも勇気が足りない。というのが私の見解です。ま、これについては改め てそのうち書こうかと思います。  いつからですかね、寝る前にあまり空想をしなくなりました。  そして、天風先生の寝る前に楽しいことをイメージしよを見てすごく共感したので す。それをしないとしてるでは雲泥の差があるぞと。それからは成るべく楽しいこと をかんがえるようにしています。 ずっと、続けていてどのような点が実感できる部分としてかわったかといいますと、 物事にとらわれなくなり、めったなことじゃおどろかなくなりました。 いやなことを、次の日にもちこさなくなりましたし、これは暗示の効果でもあるので すが、積極的な心を保つことができるようになりました。  去年の年末に親知らずをぬいたのですが、虫歯になって腐ってて9つだかに砕いて 抜いて、しかも骨と癒着しててなんだかとっても大変なことになっていたみたいで す。でも、終わってみればなんだか珍しい体験ができて楽しかったかなと思ってしま う自分がいる。医者に「あなたの親知らずは横になってはえていましたし、大変なこ とになってたかもしれないですよ。」といわれても、びくともしない。 これからは気をつけようと思うけどそこに恐怖というものがでてこなくなったかなと ただ、気をつけないと楽観と積極は違うと天風先生もおっしゃっていますからね。 天風先生は麻酔なしで親知らずをぬいたみたいですね。痛いですよと医者が言っても 「そんなのは私の体だ、それとも君はそんなことをわざわざ言って人をこわがらせた いのかい?私なら大丈夫だ。ずっといたいわけでもあるまい。いいからやれ。」とい うようなことをいわれたみたいですね。さすがに麻酔は天風先生のようにかけないと まではいきません。あごがぬけるくらいなんかひっぱられてたらしいです。 医者が「大変だったでしょう」と言ってたけど、、私はぜんぜん何でもなかった。こう 口からでるところでした。 「バカこけ、天風哲学を実践してんだぜ。こっちにゃ、クンバハカがあらぁ。」と。 天風先生と知り合う前は本当に考えられないことです。 まだ、はじめて何年もたたない私でも言葉に表現できないところもたくさんあります が、すごく効果を実感しております。だから今後もずっと天風先生の教えの実践を続 けていきたいと思います。  

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