江戸時代前半期に流行した「八卦占法」による吉凶判断の書。8巻。それまでの図表を中心とした折本『八卦本』の解説書として成立した「八卦○○抄」(以下「八卦抄」と略す)の類としては最初期のものである。彦根城博物館琴堂文庫蔵
八卦占法は、近世初頭までに真言・天台の両宗派の中で培われた仏教的要素を含んだ独特な占法である。本書は刊記に「承応元壬辰暦極月吉日/高野山往生院」とあり、承応元年(1652)に真言宗の高野山で著されたものである。折本の『八卦本』は最初の成立段階で、すでに複数の八卦占法を包含しているが、該書は単一の占法のみを収録していることから、真言宗系の八卦占法の原形を留めるものと考えられる。
巻頭の内題には「八卦抄」とあるが、琴堂文庫所蔵本は題箋の『八卦秘伝抄』を書名としており、本稿もこれに従う。本文は、一見すると純然たる漢文体かと見紛うほど漢字の使用頻度が高いが、かなもわずかに用いられている。巻毎の丁数は、一巻から順に17、17、11、13、12、13丁となるが、巻7は4丁、巻8はたった2丁となっている。しかし、これは落丁ではない。八卦抄は、『周易』のように64卦が個別の占辞をもっているわけではなく、占いの結果は最終的には「八つの文字」という8項目の分類にしかならない。つまり、上卦と下卦の関係による結果は、A+B=Cでもあり、B+A=Cでもあって、共通項のある卦では、同じ項目にたどり着くということになる。こうした理由から、同じ結果になるものを「同前」と記述を省略したために起こった丁数の不揃いである。
八卦占法では64卦の構成は『周易』と異なり、「離中之離」「離中之坤」…と、共通する上卦毎に離坤兌乾坎艮震巽の順にまとめ、六十四卦とする形式である。1670年代以降にはそれぞれの卦群を離中断・坤皆断・兌上断・乾皆連・坎中連・艮上連・震下連・巽下断という名称でまとめるようになるが『八卦秘伝抄』では、(離は該当なし)・坤地皆断卦・兌澤風月卦・乾天水君卦・坎水中滿卦・皆滿出姓之卦・震木雷電之卦・雨龍海河之卦と呼称しており、本書の大きな特徴となっている。
本書には、各卦に待人・病人・失物の即時占がある。八卦占法の代表的な占法は「借途(しゃくど)法」である。「借途法」には「借途法圖」を用いる。「借途法図」とは八卦の円陣に、離(上男)・坤(陰女)・兌(下男)・乾(中女)・坎(上女)・艮(陽男)・震(下女)・巽(中男)と記された図であり、既に『八卦本』に見えている。図の下には「男ヱ順ト逆、女ト順ヱ逆。」「初八越四十一躍、四十八越八十一躍、八十八越百一躍。幾度如此也。」という語句が添えられている。
借途法では、まず占いの対象となる人物の年齢が、上元・中元・下元のいずれに属するのかを確認する所から始まる。これによって八卦のどの位置から年齢を数え始めるかが決まるのである。年齢の数え始めの位置については、上元の男は離、中元の男は巽、下元の男は兌、上元の女は坎、中元の女は乾、下元の女は震から、それぞれ年齢を数え始めることになる。巡る方向には決まりがある。子寅辰午申戌年生まれの男は右回りに数える。これをヱ順(恵順)と言う。丑卯巳未酉亥年生まれの男は左回りに数える。これをト逆(登逆)と言う。一方、丑卯巳未酉亥年生まれの女はヱ順に、子寅辰午申戌年生まれの女はト逆に数え、男女は逆に巡ることになる。
また、この数え順には飛び越しと重複の箇所がある。例えば、上段・子年生まれの42歳の男であるとすると、離から1歳と数え始め、ヱ順で震を7歳とするまでは問題ない。ここで、次の巽が8歳となるはずだが、巽を飛び越えて離を8歳と数えることになる。これが「初八越」である。2巡目の9歳以降は飛び越しはなく、40歳までは離坤兌乾坎艮震巽の順番通りであるが、今度は40歳に当たる離を重複して数え、41歳も離で数えてしまう。これが「四十一躍」である。そして42歳は坤の卦ということになる。同様な操作を「四十八越八十一躍、八十八越百一躍」と行なうことになる。このようにして得られた坤卦を「当卦」という。「当卦」は加齢とともに変わることになる。
八卦占法では、上元・中元・下元の概念が重要となる。すなわち、甲子の年から癸亥までの60年間をひとつの「元」とし、上元・中元・下元の180年で一巡とする考えである。江戸時代にかかってくるのは、永禄7年(1564)から元和9年(1623)が上元、寛永元年(1624)から天和3年(1683)が中元、貞享元年(1684)から寛保3年(1743)が下元となる。但し、八卦抄の占法詳解では、引用文のように「上段・中段・下段」と言い換えられていることが多い。
次に「目録算」である。目録というのは数字の操作である。借途法で得た「當卦」は、乾1・兌2・離3・震4・巽5・坎6・艮7・坤8に換算する。また、これから占おうとする内容にも数字が設定されている。見物(2)、聞事(8)、得物(2)、待人(3)、恠事(6)、失物(7)、願(4)、行先(5)、沙汰侘言(2)、夢(2)である。そして、時刻も数字に改める。子(6)・丑寅(7)・卯(4)・辰巳(5)・午(3)・未申(8)・酉(2)・戌亥(1)となり、これも乾1・兌2・離3・震4・巽5・坎6・艮7・坤8という対応になっている。
例えば、当卦が「坎」の人が、「辰」の時に「失物」を占おうとすると、「辰」の5、「失物」の7を合計して12となる。これを「八払い」つまり8で割ると残数は4である。4は「震」に当り、「福徳」が配されている。最後に「福徳」の「失物」の項目にある吉凶判断を参照することになる。八卦占法では「当卦」の離坤兌乾坎艮震巽を上卦と考え、残数の下卦に相当する離坤兌乾坎艮震巽を重ねて64卦とするが、同時に遊年・遊魂・天医・絶命・絶体・禍害・生家・福徳の「八つの文字」を当て嵌める。それぞれの対応については以下の通りである。縦軸の上卦が「坎」、横軸の下卦が「震」の対応では「福徳」になっていることがわかる。
離 坤 兌 乾 坎 艮 震 巽
離 遊年・遊魂・天医・絶命・絶体・禍害・生家・福徳
坤 遊魂・遊年・福徳・絶体・絶命・生家・禍害・天医
兌 天医・福徳・遊年・生家・禍害・絶体・絶命・遊魂
乾 絶命・絶体・生家・遊年・遊魂・福徳・天医・禍害
坎 絶体・絶命・禍害・遊魂・遊年・天医・福徳・生家
艮 禍害・生家・絶体・福徳・天医・遊年・遊魂・絶命
震 生家・禍害・絶命・天医・福徳・遊魂・遊年・絶体
巽 福徳・天医・遊魂・禍害・生家・絶命・絶体・遊年
つまり、『八卦秘伝抄』では上卦としての当卦は同じでも、待人・病・失物と占う内容が違うと、それぞれ数字の扱いが変わるので、異なった下卦となるわけである。だから、「待人」では「離中之離卦」の卦であっても、「病」では「離中之坤卦」になったり、「失物」では「離中之兌卦」になったりするのである。この形式の八卦の書物では、性質上、巻数が多くなるデメリットがあり、同形式を完全に継承したものは、わずかに『古今八卦大全』と『八卦目録決定集』の2種類のみとなっている。
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