4『京氏易伝』京房著
   

 

   漢代に成立し、後世への影響が非常に大きかった象数易の書物。3巻。
 著者の京房(BC77〜BC37)は、6『焦氏易林』の焦贛(延寿)の弟子であり、災異・占候に詳しかったとされる。『漢書』藝文志や『隋書』経籍志には京房の名を冠した書名が複数見えるがすでに佚書となっており、現在まで伝わっているものは、『宋書』藝文志に見える「京房易伝算法一巻、易伝三巻」の「易伝」のみである。しかし、これも京房の後学が師説を述べて京房の名を冠したものと考えられている。版本としては、万暦20年(1592)の38種本『漢魏叢書』の他、『津逮秘書』『四部叢刊』等に収められているものがある。
 漢代の孟喜から焦贛へと伝えられた占候易の大成者が京房であるとされている。占候易とは陰陽の消長によって推移する24気・72候といったものによって災異(天災や人災)を占い、為政者の得失を判断するものである。その基礎となるのが卦気説である。
 占候易の基礎となるのが卦気説である。卦気説とは六十四卦の内、坎・離・震・兌を冬至・夏至・春分・秋分に配当し、残り60卦を360日に配当する。すると一卦あたりは6日7分となり、一爻が一日にあたるという考え方である。また、64卦は十干十二支と結びつき、12月・24気・72候といった暦に対応する。
 『京房易伝』の上・中巻は、乾・震・坎・艮・巽・離・坤・兌の八純卦を八宮に分け、八純卦にはそれぞれの七変卦を示し、世応・飛伏・遊魂・帰魂の諸例を註する。下巻は聖人の作易、揲蓍、納甲、二十四気の配卦、天地人鬼の易、父母・兄弟・妻子・官鬼、竜徳・虎刑・天官・地官と、五行生死といった内容である。
 本書に於いて初めて現れ、その後に大きく発展した概念および理論の枠組として以下のようなものがある。
 まずは八卦と五行の相生相剋の結びつきという点である。すなわち、乾兌は金、離は火、震巽は木、坎は水、艮坤は土に対応し、それぞれ生尅の関係がある。「生」では金生水・水生木・木生火・火生土・土生金、「尅」では金尅木・木尅土・土尅水・水尅火・火尅金となる。
 また、「六親」という概念があり、子孫・妻財・父母・兄弟・官鬼の五種を六爻の五行に配することを言う。水は子孫・木は妻財・土は父母・金は兄弟・火は官鬼と対応する。
 さらに、「納甲」という重要な概念も本書から始まるとされる。納甲とは納甲子とも言い、60甲子を八卦に納めることである。干支を6爻に配し、更に五行を加えると、乾の卦では初爻が甲子(水)、2爻が甲寅(木)、3爻が甲辰(土)、4爻が壬午(火)、5爻が壬申(金)、上爻が壬戌(土)となる。
 以上の考えをまとめて『京氏易伝』乾宮の首卦「水、位に配するを福徳と為す。木、金郷に入り宝貝に居る。土、内象に臨むを父母と為す」を読み解くと、乾卦は金なので金生水で初爻を子孫(福徳)とし、金尅木で2爻を財貨(宝貝)とし、土生金で3爻を父母とする。吉凶判断では、子孫繁栄し、財貨に富み、父母安泰といった内容になるであろう。
 また「世応」という考えがある。これは八宮を構成する理論でもある。八宮というのは、例えば「乾」の初爻が陰に転じて「姤」、次の2爻が陰に転じて「遁」……といった変爻の法則性によってそれぞれ成立していることがわかる。この変爻の位置を一世・二世・三世・四世・五世・遊魂・帰魂と称して卦を配しているのである。すなわち乾宮では一世姤・二世遁・三世否・四世観・五世剥・遊魂晋・帰魂大有となる。こうした変爻の場所(姤なら初爻)がそれぞれの卦の「世爻」になる。
 「世爻」には対応する「応爻」があり、初爻と4爻、2爻と5爻、3爻と上爻がそれぞれ世応の関係となる。八宮の首卦は上爻を世爻とするから3爻が応爻、一世卦は初爻を世爻とするから4爻が応爻となる。
 なぜこの点が重要なのかというと、世爻・応爻には更にそれぞれ「飛伏」という関係が生じるからである。八宮のそれぞれを「飛」とし、三つの「伏」の卦が対応する。乾宮ならば巽・艮・坤の三つと成っている。具体的には、首卦には坤、一世姤には巽、二世遁には艮・三世否には坤、四世観には巽、五世剥には艮、遊魂晋には艮、帰魂大有には坤が対応する。厳密には一つ一つの爻についての飛伏が存在し、その生尅関係の全てを検討して吉凶が判断されるのであろうが、明版断易書『断易天機』をみると、世爻の飛伏のみが明示されており、実践的な作法としては世爻のみで済ませていたようだ。飛伏については、「飛生伏吉」「伏生飛泄気」「飛克伏凶」「伏克飛無気」といった用語によって吉凶判断を行っていたことがわかる。
 京房の理論は、鄭玄や虞翻等によって更に発展した後、占法としても様々な工夫が加えられていったものと考えられる。そして、明代になって断易テキストという形で流布し、江戸時代の日本にも舶載されて、日本の易占事情に大きな影響を与えることになったと考えられる。
  『四庫全書総目』子部・術数類二『京氏易傳』に「蓋後來錢卜之法、實出於此。故項安世謂以京房考之、世所傳火珠林卽其遺法。」とあり、擲銭法と京房の易を関連づける考えを示しているが、その考証の先駆として項安世(1129〜1208)を挙げている。項安世には『易玩辞』の著作があり、実際に当時の『火珠林』テキストを目にしていたと思われる時代の人物が京房の易と『火珠林』を結びつけているということは術数研究史の上では注目すべきことであろう。

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