『周易』の解釈と占いの両立を試みた初めての書物。内編10巻・外編10巻。
本書は20巻という大著であり、新井白蛾(1715〜1792)の多くの著書の中でも最大のものである。18『易学小筌』に代表される白蛾の易占書は小本でかな書きという手軽さが読者獲得の大きなメリットとなっていた。しかし『古易断』は明らかに『周易』の解釈を優先しており、全文は訓点を施した漢文体で書かれている。「売卜者」と同列に扱われることを極度に嫌った白蛾が、儒者としての力量を示し、自らの立場を明確にしたいがために著したものと言えるだろう。
本書は、内編10巻が64卦の卦爻辞の解釈の内容であり、外編10巻が所謂十翼の解釈である。しかし、内編と外編は同時に出版されたわけではない。内編の版刻は、宝暦9年(1759)に完成したが、出版費用をめぐって版元と折り合いがつかなかったらしく、安永5年(1776)まで持ち越されてしまった旨が「例言」の最後に記されている。
一方、経解のみの外編は、白蛾の最晩年の寛政年間になって、門人が白蛾の寿命に間に合わせるようにして出版した。それというのも、最初に内編が出版された折、『周易折中』の模倣に過ぎないと酷評されたことから、白蛾自身が外編の出版を躊躇したのではないかと考えられる。鈴木由次郎氏も、その著書『易と人生−新井白蛾の生涯とその詩』の中で、白蛾の『周易』解釈には見るべきものはないと述べており、経典解釈という方面での評価は高いものではない。
では、占書としての『古易断』はどうであろうか。内編の64卦には、卦辞の解釈の後に、それぞれ「占」という項がある。他の本文同様漢文体である。ここには順不同で「婚姻」「日用細事」「妊身」「百事」といった10個程度の項目の吉凶が簡単に述べられている。例えば乾卦では「君子平。小人凶。大抵常人筮得此者、百事阻隔」となっている。白蛾の占書はどれも64卦の吉凶の項目に統一感がなく、合理的な観点から見ると利便性に欠けるものであるが、本書も例外ではない。つまり、調べたい内容が、卦によっては項目として書かれていないこともあるということだ。しかも、内編10巻の内、最初の2巻を除く8冊が64卦に充てられている状態のものを吉凶判断の占書として日常的に用いることは困難であったろう。しかし、民間の「売卜」よりももっと威儀を正した易占によって、儒教と易占の融合を目指そうとする白蛾の意志を示したものとも言えよう。
ただし、『古易断』の縮小版とも言える『古易断時言』(1771年)では、各卦の爻辞毎に「貴尊ノ事ニハ宜シキコトモ有レドモ常人不徳ノ人ニハ百事凶兆」(乾卦)といったかな書きの吉凶を示している。卦爻辞毎に吉凶を付す形式は、皮肉なことに、白蛾が強く非難していた中国の12『断易天機』と同様のものである。白蛾は略筮法の創始者といった呼ばれ方をするが、本書には具体的な占いの方法は掲載されていない。白蛾自身は占法には、あまり拘泥しなかったらしく、18『易学小筌』の冒頭にも、占法は何でもいいが吉凶の結果だけはこの書物に頼れと述べている。
『古易断』『古易断時言』は経典解釈と易占の両立という方向性を見出そうとした書物であろうが、略筮法・本筮法といった筮儀については述べておらず、易の実践という面では不十分であると言わざるを得ない。しかし、『周易』64卦の卦辞毎に吉凶を付す易書の形式は、井上鶴洲『周易翼伝』(1819年)、佐久間順正『易学諺解』(1855年)等に受け継がれて行くことになり、その影響の大きさは看過できないものである。
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