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研究日誌

送金
現金書留で斯道文庫に複写料金を送金。さあ、10冊目の内容はどうかな?
2008年6月14日 (土)

梅干
6月6日に梅干を仕込んだ。それが研究か?と言われると弱いが、梅干を作るのは哲学だと思っているので、一応報告まで。
2008年6月12日 (木)

複写完成
斯道文庫から葉書。複写が終了したので、現金書留で代金を送るか、自分で受け取りに来るかしてください、とのことである。B5サイズ一枚で130円とのこと。
2008年6月12日 (木)

天霊
久しぶりに霊通章を眺める。確かに5巻目の項目には命期の記述が多い。恐らく三個の秘伝はすべて入っていると考えていいだろう。数字について詳細な例示がある。江戸前期という時期において重要な著作だ。
2008年6月2日 (月)

伝授式
ふと同僚と話していて、三個の伝授の話題になった。すると同僚が「易の伝授式の写本を二冊持っている」という。何でそんなもん持っているんだ?とにかく借りてみることにする。
2008年5月25日 (日)

追加
 斯道文庫からTELがあり、複写願を受理しましたとのお知らせをいただく。まったく考えていなかったのだが、咄嗟に「10冊目の複写追加をお願いします」と言ってしまった。すると、両足院からの許可にはその辺の制限はないから大丈夫だとのこと。ファックスでその旨送ってほしいということで、早速文書を作成して送信。来月に話し合いがもたれるそうだ。ふーう、よかったぁ。
2008年5月13日 (火)

複写許可願
 建仁寺両足院から頂いた資料複写許可書と複写願を斯道文庫に郵送する。きっと「表紙と裏表紙はどうしますか?」と電話が来ることだろう。要りません。複写願の必要事項はもっと書き込みたかったが、あまり領域を超えて書き込むのも品がないと思い、半端な書き方になってしまった。記入欄ちょっと狭いです。
2008年5月8日 (木)

ご返信
 両足院のご住職から複写許可のご返信を頂く。筆文字で書かれた雅なご署名であった。御礼の手紙を書こう。ワープロでなく、手書きの手紙で。下手な字だけど万年筆で。事務的な書面の往復で終わるのは寂しいじゃないか。そういうのがにじみ出ているお手紙だった。これも何かの縁だろう。あと何人と関わって生きることができるか。うむ、仏縁ですな。
2008年4月25日 (金)

複写箇所
 えーっと、八冊目が周易命期略秘伝だけど、十冊目に卜筮元亀が入っているんだったかな?あの時、見るの忘れた。どっかに目録なかったかなあ。
2008年4月20日 (日)

複写許可願
 建仁寺両足院への複写許可願を今日封入する。しかし、投函するのを忘れた。とりあえず明日だ。
2008年4月16日 (水)

大須の火珠林
 蓬左文庫本と酒井家文庫本の火珠林は本当に同じような本文の特徴があり、同系のものを写したものだということがわかる。ただ、所々に異同があり、それも腑に落ちない不一致だったのである。それは、妙に字体の似たものどうしなのに微妙に一致していないという違和感である。
 ところが大須本を見てわかった。蓬左・酒井に異同のある個所の文字は、大須の版本の時点でも妙な文字になっている。おそらく元の版本の文字が判読不能な個所で混乱が生じていたのだ。だから、厳密な異同校訂を行えば、チェック箇所は夥しい数に上る。どうも大須本は宋版の気がしない。明の万暦頃のものじゃないのか?
2008年4月4日 (金)

律呂七均
 『周易命期略秘伝』には「律呂七均」の法というのが項目として立てられている。これは古い音階の語彙でもあるのだが、この場合は算数の領域である。
 1627年の吉田光由『塵劫記』序に「既にまた、律呂七均の法を起(た)てて、宮数は八十一に法(のっと)り、商数(じょうすう)は七十二に法り、角数は六十四に法り、徴(ち)数は五十四に法り、羽数は四十八に法り、変宮の数は四十二に法り、変徴の数は五十六に法り、」とあるのが分かりやすい。
 『周易命期略秘伝』はやっぱり理論書である。だから、これをもとにして占書が作られた、あるいは別に占書は存在していた・・・とか。あー、別系統があったんだな。理論書の写本系統と、占書の系統は別にして探した方がいいんだな。後々一緒になるんだ。たぶん。
2008年4月4日 (金)

易抄
両足院本「百納(衲)襖」を見る限り、清家文庫本(京都大)の「易抄」という名称の方が簡潔で正確だと思った。「百納(衲)襖」は雅びだが、内容がちっともわからないではないか。いずれにしても、中世における易の幅広さを物語る一級資料だと思う。易の膨らみこそが自分の研究テーマである。
2008年4月2日 (水)

周易命期略秘伝
 慶応のマイクロを見る限り、江戸時代の大小暦・古暦とは別物である。命期経とも直結しない。略秘伝の多くは「律呂・七均」の説明に費やされていた。末尾には「周易命期運数事」という計算例が列挙されているが、吉凶のタネ本にはならない理論書である。ちょっと予想と外れている。ラインがつながらない。仕切り直しだな…。
2008年4月2日 (水)

完全装備
久しぶりに完全装備で閲覧。マスクと白手袋である。マスクも最近は花粉症用の薄いものが多く、果たして湿気防止に役立つのか疑問だが、お作法と思って装着。白手袋は薬局・化粧品屋で売っている。
2008年4月2日 (水)

大須本の暦部分については、今までに見たことがない。つまり明版とは違う可能性もあると思い始めた。やはり宋版としておく方が妥当なのか。
2008年4月2日 (水)

火珠林
 本日、名古屋市中区の真福寺・大須文庫を訪ねる。閲覧資料は「宋刊本・紹聖新添周易神煞暦」である。自分の得た印象を述べておく。
 資料は明らかに二種類の刊本を混合したものであり、ひとつは間違いなく「火珠林」刊本の断簡である。
 もうひとつが「紹聖新添周易神煞暦」であることも確認した。が、匡郭内の寸法が互いに違うなどの点から見て、二種類の別の刊本を張り合わせたものであると思った。「紹聖」という宋代の年号が冠せられているが、宋版であるという明確な印象は持たなかった。何歩か譲って、そこが宋版だとしても「火珠林」部分がそれと同じ時代のものかどうかは全くわからない。宋版であるという積極的な根拠は見出せなかった。かえって、これまで数多く見てきた明版(閔版)の不鮮明な印刷を思わせるものである。
 名古屋市蓬左文庫本・小浜市酒井家文庫本「火珠林」はどちらも同じ系統の「火珠林」の本文であることが文字の異動から察せられる。が、大須本は明らかに違う文字が用いられており、別の系統の版本であると断言して良い。
 もう少し焦点を絞ってみると、「火珠林」に関しては、蓬左文庫本・酒井家文庫本とは違う系統だが、本文の構成についてはほとんど同じものが別に存在していたことは確実だということだ。
2008年4月1日 (火)

三田
 朝から激しい雨。S文庫は午前から開いているが、名刺を取りに本務校へ行く。机上を片づけると、あっという間に午後。昼過ぎに三田。ごった返してる。旧図書館の赤レンガが美しい。丁寧な挨拶を交わした後、マイクロフィルムを渡される。リーダーの使い方でしばらくかかる。内容については別に書くが、結論から述べるとすれば、「百納(ママ)襖」は23冊分の途方もない分量の写本だということである。マイクロフィルムも三本あった。
問題の「周易命期略秘伝」はマイクロの2本目冒頭、第8冊目がそれに当たる。命期だけを問題にするなら、他の巻は必要なかろう。ただ、朱子の易をテーマにする人は一通り見る必要があろう。複写許可は自分で両足院に出す。その後、慶応で業者に複写を依頼する。複写の方式を変えるそうだが、まだ正式に会議を経ていないので、だいぶ時間がかかるそうだ。ま、いいだろう。命期は大変多くの占法を含んでいる。蓄積の厚さ、時間の経過を感じさせる「ホンモノ」である。近世に残されたのは、ほんの一部分かも知れない。
2008年3月31日 (月)

閲覧許可
 どうもO文庫から返事が来ない。予定日も近くなってきたので、電話を入れてみた。すると、どうやら私からの書類を紛失したらしく、もう一度書名をFAXで送ってくれという。あわてて携帯で検索し、大体の書名を書いてFAXした。翌日、資料はありますから閲覧できますというお返事をいただく。さあ、S文庫、O文庫の連続閲覧は、どうなる!
2008年3月28日 (金)

研究会
道教文化研究会3月例会のご案内

日時:2006年3月29日(土)14:00〜18:00
場所:早稲田大学戸山(文学部)キャンパス、プレハブ校舎2階第2会議室
(戸山キャンパスの入り口すぐ、スロープの右に建っているプレハブ校舎の2階です。スロープを上る必要はございませんのでご注意ください。)

発表:
山下一夫氏「済公と一休−−『本朝酔菩提』を中心に」
森由利亜氏「『道蔵輯要』と全真教」
2008年3月22日 (土)

小説家
 小説家・青山智樹氏は、昔、同僚として働いた仲間である。

 http://www.din.or.jp/~aoyama/

青山氏の日記を拝読すると、ものを生み出す苦しみとは凄まじいものだと痛感させられる。やっぱり、原稿一枚いくらで生きるプロとは恐ろしい世界だ。でも、ぜひとも頑張って欲しい。応援しています。
2008年3月22日 (土)

そう言えば
 斯道文庫に行ったことはある。平澤隋貞の『卜筮経験』を見に行った。これは素性のいい版本だった。斯道文庫は赤レンガの古い図書館の建物をそのまま使っている。いつまでも残してほしい歴史遺産である。
 曾祖父(浅川捨八)はかつて(明治時代)一年間だけ慶応義塾にいた。当時の成績表が今でも「福沢諭吉センター」に残されている。クラスの昇降のための熾烈な成績レースがあったことが見てとれる。ものすごく英語をやらされたらしい。頑張った末に挫折して帰郷したようだ。まさか曾孫に成績表を見られるとは思ってもいなかったろう。
2008年3月20日 (木)

閲覧日
斯道文庫は第一希望日に決まり。マイクロの複写には両足院の許可が必要だとのこと。
2008年3月19日 (水)

投函
閲覧希望書を投函。京都大はも少し先。慶應義塾のマイクロ見てから。慶應の次の日に大須の予定。マイクロ読めるか、がんばろう!大須は蓬左の複写と比較の予定。その場でガンガンコピーに書き込む。二日続けて雨だったら断念。大須には鍋の店があるようだ。
2008年3月17日 (月)

大小暦
大小は恣意的なものなのか。普通の暦のように決まっているわけではないのか。
2008年3月16日 (日)

閲覧許可願
斯道文庫、大須文庫に閲覧許可願を書く。プリンターがないので自分にメール添付で。
2008年3月16日 (日)

執筆
 発表原稿の執筆のため、論文コピーを持ち歩き。デジカメにも活躍してもらわなければ。京都大学に複写依頼の電話すべし。慶應にも。とにかく見なきゃだめだ。
2008年2月28日 (木)

からくり
 富岡主税の引用する『河洛理数』は朝鮮写本が国会にある。まったくの易書である。これは古い。例えば「震為雷」を「重震雷」というように、卦の重複を「重」で表記しているのは中世の易書に見える特色である。あるいは「からくり」の語はここから出ているのか?いずれにしても、全く新しい易の文面であった。本日は、山本書店、国会図書館に寄る。
2008年2月27日 (水)

古暦訂正
 「中孚」の件は、毎月ではなく、毎日に充てるようだ。ええっと、最大380爻にもなるのかい?これはこれで参った!
2008年2月19日 (火)

一年間
 一年前は科研報告書の原稿を纏めていた。断易のメカニズムに初めて深入りした。今年は古暦と命期経を結びつけようとしている。来年は何をしているのだろう。
 大それたことだが、論文集の出版を検討している。勿論、前田繁樹さんのような立派な論文集は力量的に無理だが、これまでの研究の歩みと愉快な日々を形にして、ふたりの子供たちに見てもらいたい。父とはどんな人間だったのかを知っていて欲しい。巻頭には、メッセージを添えるつもりでいる。
2008年2月18日 (月)

易緯
 富岡主税は書名を引用しているので助かる。古暦の占法の淵源のひとつは『易緯稽覧図』であると明言している。ええっ!ってことは中国の占法ってことかい!中世の僧侶が考案したもんじゃないの?とほほ、わかんねー。
2008年2月18日 (月)

古暦の難解
 生まれ月を爻に配する時、始まりは必ず「中孚」の初爻から数え始める。なんだそりゃ。12ケ月しかないんだから次の卦まで行ったらお終いじゃん。「中孚」から始める意味なんかあるのかよと思いきや、これも伝授のひとつらしい。わかんねー。
2008年2月18日 (月)

書籍への愛情
 虫損が気になって分解してしまった古暦大全を同僚が修復してくれた。それも一丁一丁裏に半紙を挟み込んだ上、表紙と同じ色の糸で綴じてくれている。言うまでもなく挿紙の半紙はきれいに大きさを切り揃えてある。これなら虫損を気にせず読めるし、次の世代にまで本を伝えることができるだろう。それにしても、なんという書籍への愛情だろうか。
2008年2月18日 (月)

古暦式
 12爻を12月に配する順番は、対角線の交互という難解なものだ。理屈があるのかどうかわからないが、事実はそうだ。だが、誤植めいた記述もあり、さらに比較が必要か?
 1700年ごろにあんなに騒がれていた「三箇の秘伝」がなぜぷっつりと途切れるのだろう。やはり周易の昇格と関係するか?しかし時代が合うか?
2008年2月17日 (日)

研究会
 今年の秋までに研究会で発表しておきたい。来年は学会だ。そのためにはとにかく資料を見ておくことだ。大須の書類も揃えなければならない。こうやってプレッシャーをかけなければ前へ進めない奴。でも楽しめ。
2008年2月17日 (日)

論文発見
 国会で検索したら、「周易秘抄について」鈴木博(滋賀大学教育学部紀要21号、1971年)を見つけた。大阪府立図書館にある写本について、国語学的に研究したものだ。豊臣政権時代の文献とされているようだ。「講抄」と呼ばれるタイプらしい。解釈のことだろう。京都大学本『周易抄』と同系と述べられている。
2008年2月14日 (木)

大日本史料
 国会図書館へ大日本史料のコピーに行く。第8編の38冊目224ページに『周易命期略秘伝』あり。文章量は掌で隠れるくらい。延徳二年(1490)の記述。パッと見、「大小暦」である。「巽・兌」とあり、やはり隣り合った易卦である。ほぼ間違いなく近世「古暦」の淵源と考えていいだろう。
 ただし気になるのは「大東急記念文庫蔵」と書いてあることだ。確か、史料編纂所のHPでは足利文庫の本みたいなこと書いてあったのに。こっちの勘違いか?
 さて、この辺まで来たが、どうなのだろう?暦研究の方面では、こんなことは周知のことなのだろうか?もうだれか言ってることかな?
2008年2月14日 (木)

八卦との関わり
 八卦(はっけ)占法には複数の方法があることは既に論考で発表したが、疑問点は残っている。それはレギュラーと二軍の存在というか、あまり用いられない占法も版本に採られていることだった。しかし、そうした中でも一覧表形式のものは、長い時代を経ている、よく練られた結果なのではないかと思っていた。つまり、近世になって二軍に落ちた占法は、中世の命期占の名残なのではないかということだ。それは例えば、「旺・相・休・囚・死」や「十二運」といったものだ。ただし、これらは中世以前の絡み合った糸からもたらされたものかもしれず、中古の資料に及ぶ可能性がある。
2008年2月13日 (水)

修復
 虫損の激しい版本を見ていて、これは助けにゃいかんと補修を思い立って、版本を分解してみたものの、裏張りのやり方がわからない。糊の付け方も知らない。しかし、虫のフンのようなものがパラパラ出てきたから少しは助けてやれたかな。アハハハ、なんて。分解した版本どうしよ?すいません富岡主税さん。
2008年2月13日 (水)

ご学友
 宮崎和廣学兄・中澤伸弘学兄とご一緒。柴又でお茶を御馳走になった後、本八幡の古本屋を訪問。後に一献。一同酩酊。愉快愉快。両兄、ありがとう。
2008年2月10日 (日)

拝見
 上野国立博物館の近衛家コレクションを拝見。道長の御堂関白記など見どころ満載の展示だった。古典籍に触れて久しぶりに興奮。売店で根付を三個購入。かわいい。たまらんよ。その後、法隆寺館の金銅仏を拝見。7世紀の仏像は実にかわいい。いとおしい。138番さんに心奪われました。
2008年2月10日 (日)

大日本史料
「周易命期略秘伝」が入ってるらしい。国会図書館にある。

請求記号 GB22-7
タイトル 大日本史料. 第8編之38
責任表示 東京大学史料編纂所編纂
出版地 〔東京〕
出版者 東京大学史料編纂所
出版年 2001.3
出版地 〔東京〕
出版者 東京大学出版会 (発売)
形態 419p ; 22cm
各巻タイトル 後土御門天皇. 延徳2年8月-同年閏8月
ISBN 4-13-090388-8
入手条件・定価 7600円
全国書誌番号 20199313
団体・会議名標目 東京大学史料編纂所 ‖トウキョウ ダイガク シリョウ ヘンサンジョ
普通件名 日本 -- 歴史 -- 史料 ‖ニホン -- レキシ -- シリョウ
NDLC GB22
NDC(9) 210.088
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000003023113
2008年2月9日 (土)

中国事情
 まだ丹念に調べたわけではないが、正史芸文志あるいは逸文資料や引用文献に命期経がないということなのだろうか?見在書目録にはあっても中国側に記録がないというケースなのか。
 「命期経」と「周易命期経」は違うものと考えていたが、同じものなのだろうか?同じものだとしたら、最初から暦式の占法とセットだったんじゃないだろうか?筮竹も銭投げも用いず、生年に暦をあてはめるだけの占法が中世末期まで主流となり、断易の移入後、緩やかに衰退したのではないか。
2008年2月9日 (土)

関係
 原論文に引用された『周易命期略秘伝』中の具体的な易卦を見る限り、「A之B」と示される部分は周易の卦序の隣り合ったもの同士になっている。二例あって二例ともそうなっている。これは後の古暦の易卦の順番に相当する。ということは、古暦には命期経の機能が盛り込まれているということではないのか?国会本の『周易大命期経』と『周易命期略秘伝』はやや性格が違うのではないかと考えている。とにかく『周易命期略秘伝』を見ないことには始まらない。
 中世の易占資料で「A之B」の部分が隣り合った卦である資料は、古暦式の方法と考えて良いのではないだろうか?
2008年2月9日 (土)

春節
 意を決して横浜中華街へ奔る。何と!休んでいる店などは全くなく、全店フルオープンである。予定通りというわけでもないが、「明蘭餐庁」で夕食。ああ、イカのミルク炒めが最高だ。酔った勢いで、お店との「えにし」を語ったら、杏仁豆腐をおまけしてくれた。うれしい。そして懐かしい。夕方から中華学校の生徒たちによる獅子舞チームが各店舗を訪問する。お店の看板の高い所にはご祝儀が吊るしてあり、獅子が背伸びしてそれを取ると盛大な拍手が沸く。太鼓や鉦が鳴り響き、激しく爆竹が炸裂する。おかげでコートが火薬臭い。関羽帝廟でお参りする。中国風の長い5本の線香とお札を買い、関羽像に拝礼する。道教学会の会員のくせに参拝の礼が下手である。とはいえ、思い出に残る初めての春節となった。
2008年2月7日 (木)

中国
 中国での命期の資料はなぜヒットしない!検索が悪いのか?中国関係が全然出ない。ぶー。
2008年2月6日 (水)

天文学的に
 国立天文台が暦のコレクションを持っている。
http://www.nao.ac.jp/koyomi/
三鷹にあるのだ。

http://library.nao.ac.jp/kichou/kichousyo.html
これの「(重訂)古暦便覧備考 刊1 96-97 苗村丈伯, 元禄5年, 28宿星図あり(2 部あり)」というのが、富岡主税本のパクリなのだ。パクリとしては国会本の元禄12年伊丹屋版より早い。ああ、苗村丈伯じゃなくて富岡主税の本なのに・・・。
2008年2月6日 (水)

内閣文庫・古暦
 内閣文庫蔵本は、天文元年(1532)から元和三年(1617)までの暦の版本である。中世生まれの人のための暦だな。内閣文庫の方は写真版の作成が進んでいるらしく、原本を出してはくれなかった。
 確認したかったのは易卦が入っているかどうか、である。入っていた。一年に二卦ずつ、十二爻が印刷されているが、何か変だ。おや?八卦の表示がすべて陰爻だ。彫工が陰陽の区別に気づかなかったのか、テキトーな仕事なのか?稚拙な感じが原初的でいい。いずれにしても古暦は江戸初期にはすでに易卦と結びついていたと言えよう。ただし、命期との結び付きは認められない。いわゆる「大小暦」という大の月、小の月の一覧が中心と考えられる。あー、中世資料が見たい。
2008年2月6日 (水)

雪の日
 今日は雪になるとは知らなかった。雪の日は内閣文庫に行くことにしている。いや、そんなジンクスみたいなものはない。
 ふと「周易抄」を検索すると二件ヒット。どちらも著者は「宗趙」とある。誰だろう?借り出してみると、ひとつは版本で漢字カナのゾ体の周易の解釈本。易の本文はなく、解釈のみを納める読みやすい本だった。版心には「周易抄」とあるが、序文などはなく、著者名もない。はて、「宗趙」の名はどこにある?
 もう一つの方は写本。題箋に「周易題説」とあり、各冊末丁には「羅山先生周易題説」とある。確かに一か所だけ「周易抄」という書き方をしているが、書名はどう見ても「周易題説」だな。序・跋なし。数名の異なった筆跡が認められる。はて、「宗趙」の名はどこにある?これはどう見ても「羅山」の周易講義録じゃないのか?おーい、わからんぞぉ。
2008年2月6日 (水)

テキスト上限
 命期経のテキストを辿ったとして、上限となるのは京都大学の清家文庫資料までだろうか?大須文庫の資料はまだ不明だが、年代特定は難しかろう。やはり上限は今のところ1500年ということか。やはり鈴木由次郎先生はここにも立っておられたなぁ。たった一行の文章だが、ものすごいインパクトを残せるものなのだと思う。いろんなものが見えますよ。同じ道を志したことを誇りに思います。方向性は間違ってはいませんよね。
2008年2月5日 (火)

のだめ
 「のだめカンタービレ」という漫画がある。音楽大学生たちの青春群像であり、音楽サクセスストリーである。この中でたびたびコンクールが登場し、若い才能が開花していく様子がたまらない。自分たちが実現できなかった若いチャレンジが眩しい。オーケストラの舞台という華やかな世界を支える地味な日常がやけにおかしい。学問もそうなんだろうな。がんがん論文を書いたり、学会でがなったりする時もある。一方で、全く無収穫の一週間があったり、打ち込んだ原稿を保存しないで消してしまい、現実逃避することもある。でも、のだめに出てくる登場人物たちのようにチャレンジによって成長していく人間でありたい。そういう勇気をいつももらうのだ。
2008年2月4日 (月)

旧正月
 今年は2月7日が旧正月である。横浜中華街では盛大な祝いをする。お店は基本的に休むらしい。地元の人が自分たちのためにだけ料理をするのだろう。本当の中華の世界が広がるはずだ。どうもこれが面白いらしいのだが、まだ行ったことがない。今年は行ってみようかな。
 中華街で昔から好きなのは「明蘭餐庁」(ミンランサンチン)。小さい店だが、味が好みにぴったりだった。ここもしばらく行ってないな。http://r.tabelog.com/kanagawa/rstdtl/14000480/
2008年2月1日 (金)

占筮法
 桃源瑞仙らの時代、1500年頃の占筮法は何だったのだろう?銭投げか?筮竹の十八変本筮法か?筮竹なんか本当にあったのか?これは地域や流派による違いなどもあるから、一概には言えないことであるが、ポイントだけは掴んでおきたい問題だ。
 大きな声では言えないが、本当は占筮なんかしてなかったんじゃないかと思っている。どういうことかというと、例えばある占いの依頼をされたとする。占者は実は最初から答えを用意しておき、それにあたる「周易」の適当な辞句を選んでいたのではないかということだ。毛利氏の萩築城の占いなどはその最たるものではないか。どうも話の辻褄が合いすぎている。まあ、これは職業的な占いの場合であり、個人の場合は何らかの占筮は行ったと考えた方がよかろう。
 足利だって、命期算や古暦占(新造語だ)の時代・断易の時代・周易の時代があったのだと思う。その順序や区分を考えるのが今のお仕事だ。
2008年2月1日 (金)

五類
 断易では六爻にいわゆる六親五類(父母・子孫・妻財・官鬼・兄弟)を配する占法がある。「六親五類」という表記が多く、定着しているように思うが、富岡主税『古暦便覧大全』には「六神五類」ではなく「五類神」であるという旨の記述がある。六神と六親の表記の差は気になるが、「五類神」という名称は初めて見た。本来、六神は青竜・朱雀・白虎・玄武・騰蛇・勾陳であり、六神を配する占法は別にある。だから五つなのになぜ「六親五類」なのかは気になっていたところだ。今後は富岡主税に敬意を表して「五類神」の用語を注釈付きで用いることにしよう。
2008年1月30日 (水)

桃源瑞仙年譜
 kyamさんに紹介していただいた今泉淑夫先生の『桃源瑞仙年譜』を読んだ。年譜とあるが詳細な資料集であった。500年前の人物の毎日の行状がほぼ手に取るようにわかる。注釈による資料考証も凄い。中世研究の密度に圧倒された。今日はその感動を肴に酒を飲むことにする。いい酒になりそうだ。感謝です。
2008年1月30日 (水)

周易大命期経(国会)
 六十四卦のすべてについて、さらに各爻について、何歳で厄とか、何歳で死すとか書いてある救いのない本だった。確かに売れただろうが不吉な本だ。発禁になってないのかな?
 貞享の改暦は暦ブームというか、占いブームに火をつけたみたいだ。序文のようなものがなく、背景についてはわからなかった。占法はなかったので、古暦によって卦を得ていたということかな。
2008年1月30日 (水)

パクリ
 びっくりした!富岡主税の『古暦便覧大全』(大成は誤り)をすっかりパクっている本が国会図書館にあった。しかも大全から数年しか経ってないのに。大坂の書肆は版の横取りが多いようなことを聞いていたが、まさかこんなにあからさまとは驚いた。でもこれで『古暦便覧大全』をすべて見たのと同じことだ。使える。
2008年1月30日 (水)

国会本
国会図書館蔵書

書誌情報 和古書・漢籍(1/1件目)

請求記号 211-418
タイトル 周易大命期経
出版地 [京都]
出版者 小林半兵衛
出版年 貞享4
形態 3冊 ; 23cm
装丁 和装
非統制件名 占卜
書誌ID 000007296092
2008年1月29日 (火)

移動
 中世の人々の移動の活発さに驚く。足利や鎌倉、京都や近江、それから越前。次々に自分の置き場所を探していく。エネルギッシュで凄いな。気のせいか、移動の末、越前で亡くなる人が多いような。やっぱりいい所なのかも。
2008年1月28日 (月)

国会図書館のサービス
 知らなかった(汗)。国会図書館で論文雑誌を複写する時は、借り出してから、複写コーナーに持って行ってた。それがなんと、借り出さなくても複写申込ができたのだ。郵便発送もできるなんて。クリックする前に画面をよく見るもんだな。こういうサービスがあれば、地方の人は本当に助かるだろう。いやいやこれで、待ち時間がうんと楽になる。3Fの食堂のナポリタンがゆっくり食べられるというものだ。
2008年1月28日 (月)

平泉論文
国会図書館の検索

記事情報 雑誌記事索引(22/26件目)

論題 越前国一乗ヶ谷版の医書と一栢老人
著者 平泉 洸

請求記号 Z22-514
雑誌名 藝林
出版者・編者 藝林会
巻号・年月日 11(2) [1960.04]
ページ ????

ISSN 0433-2547
キーワード 歴史
雑誌記事ID 299995800
2008年1月28日 (月)

果たして易か
 命期経から派生した幾つかの資料を見る必要がある。『命期経』と『周易命期経』は立場が違うものだろう。すると『周易命期経』は易なのだ。これまで「易」の概念を広げる必要について、あちこちで述べてきたつもりだが、『周易命期経』は単独でも易であると思うし、さらに古暦と結びついた後でも易なのだろう。
2008年1月28日 (月)