実は「ヌカ」というものをまったく知らなかった。それが米の精米によって生じる胚芽の粉であり、誰かが(鈴木梅太郎と言ったかな?)ビタミンB1を発見したというような知識レベルのものでしかない。実感としてどんなものなのか知らなかったのだ。どんな手触り?どんな臭い?「ぬかみそ」というから粘るのだろうか?まあ、普通に育った男なんてこんなものだろう。
「ぬか床を始める」と言った時、家族は猛反対だった。「くさい。絶対やだ!」・・・哲学が通用しない。しかし、哲学には犠牲が伴うのだ。勇んでスーパーに行く。調味料コーナーに「簡単ぬか床セット」なるものが売っている。もう完成したぬかみそが袋に入っている。昆布の味もついているらしい。あとは野菜を入れるだけだそうだ。「…これでは許せない。」哲学者が求めているものは「ただの粉」なのである。藤巻さんの本には、ぬか3キロのぬか床の説明があった。1キロの「米ぬか」を三袋買った。袋から出したぬかは、そうだな、粉と言うより小さい羽のように軽かった。「これがヌカかぁ。」うう…情けない。
塩の量はぬかの15%、つまり450グラムを12カップの水に入れ、暖めながら溶かす。最初だったから、真剣に量を測った。ちゃんと冷めるまで待った。短気でいいかげんな自分には辛い間合いだった。容器は、これまたスーパーで買ってきたポリバケツにした。安いし、取っ手が便利かな?とか思っただけだ。…後にこれで泣きを見る。
最初、ぬか床の中には発酵を促す菌がいない。これが増えない限り漬物は出来ない。だから、増えるまで待たなければいけない。よその家のぬか床から「たね」をもらってくればもちろん早いが、ここまで来たらすべてのプロセスを自分でやり遂げたいではないか。そういうわけで、くず野菜をぬか床に入れる。くず野菜といっても運良くあまりものがあったのではなく、わざわざ新品のキャベツを買って、仕込んだのである。くずではないのだ。全くゼロから始めて、発酵菌の数がいい具合になるまでには、二、三ヶ月はかかるといわれているが、たぶん一週間ぐらいで何とか漬け始められるようになるようだ。
「ぬか床は毎日掻き混ぜるべし。」修行である。少年の頃、永平寺の禅僧になりたかった。いや、まあ、多感な頃の話である。それはともかく、毎日蓋を開ける度に確実に発酵が進んでいることがわかる。それは「くさい」という先入観とは違い、非常にフルーティーな香りであった。そう、まるでりんご酢のような・・・。
最初は「きゅうり」と決めていた。よく洗ってから、きゅうりに塩を擦り込む。塩を擦り込まなくてもよいという人もいるだろうが、これは宗教的な儀式だから、やったほうがよいと思う。夏の発酵は早い。半日(12時間)では漬け過ぎらしい。その日の温度とぬか床のご機嫌によるが、多分6時間で私の好みに漬けあがるようだ。わくわくしながら待つ。
時間になった。ぬか床の蓋を開けると、発酵の香りが鼻腔を満たす。取り出したきゅうりを見て、家族が「ぬかみそはどうする?洗う?」と言う。ん?しまった!チェックしてなかった。洗ってはいけないような気もする。根拠はないが、哲学的にそうなのかも知れない。ぬかみそが手についているので家族に本を開いてもらう。「…きれいになってるな。」結局、口の中が粉っぽくなるという理由で洗うことにした。宗教的禁忌を犯してはいないだろうかとちょっと不安だった。
自分で包丁を入れる。ぬか漬のイメージ通りに斜めに切る。実は、大学時代にレストランの厨房でアルバイトをし、その生まれて初めての調理修行以来、ずっと料理に関心を持ってきたので包丁には自信がある。
食べてみる。パリッ。「・・・む!」衝撃が走った。むちゃくちゃうまいのである。「○バラ浅漬けの素」とか売っているが、けた違いである。月とすっぽんである。難しく言うと「月鼈雲泥天地の差」である。気に入ったのは子供たちであった。特に下の子は、口いっぱいにほおばって夢中で食べている。彼はこれ以来、すっかりきゅうりの漬物が好物となっている。しかも、ぬか漬と塩漬の味の違いが理解できている。ああ、実に哲学の申し子なのだ。
ぬか床生活は順調だった。冬の間はね…。
次の年の夏、一週間の合宿から戻った私はぬか床の蓋を開けてみた。「!!!うわ!」生き物が死ぬ時、死臭がするという。まさにそれだった。ポリバケツ全体が熱を発していた。油断があった。また一から始める羽目になった。ああ、ぬか床はなめちゃいかんのだ。
これも先人の知恵なのか、「ぬか床には陶器」なのだとつくずく思う。さて今、陶器の揺り籠の中で、発酵菌も家族と一緒に生活している。「おはよう!」と声を掛けてみる。返事は、まあ…ない。キュウリやニンジンの漬けあがりは、もはや文句のつけようがない(と思っている)。最後に残った課題は、「ナス」である。鉄分も加え(鉄の塊ね)、いろいろ工夫しているが、なかなか納得の行く色合い、そして味わいが出せないでいる。むむむ。が、なあに、人生は長い。いつか美味いナスのぬか漬が食べられるだろうとぬか床クンに期待している。そうだ、ここはやっぱり、モーツアルトでも聴かせないとダメかな?