梅 干


 なぜ梅干だったのだろう?「何か生産的なことがしたい。」と非生産的な自分が強烈に思ったのだ。

 何も知らない自分は、最初に「梅干の本を買おう。」と思った。このへんが、先人の知恵の蓄積がない悲しい現代人なのだ。書店の料理本コーナーに勿論男性の姿はない。ちょっと立ちにくい場所だ。人目を気にしつつ手に取ったのは、藤巻あつこ著『漬けもの入門』(主婦と生活社)であった。私は良い本に対しては、勘が働くというか、どこのコーナーでも最初に手に取った本が、そのジャンルでは最もいい本であることが多いのだ。パラパラとページをめくってみた。巻頭に梅干があり、かなりのページを割いている。丁寧に梅干作りのプロセスを示してくれている。勘が当たった。やはりいい本だ。梅干のページの途中に、筆者の藤巻さんが満足そうに梅干を天日で干している写真があった。また、出来上がった梅干を手に、うれしそうに微笑んでいる写真もあった。梅干とはこんなに人間を喜ばせてくれるものなのか・・・。藤巻さんに望みを託した。

 梅の実を買う時期としては、もうぎりぎりの頃であった。しかし、焦って粗悪な実を購入したり、安易な方法に流れることだけは自分に戒めていた。だから、ちょっと高くても質のよい実を買おうと決めていた。そこで、デパ地下へ行った。野菜売り場の端に申しわけ程度に貧相な青梅の実があった。周囲の状況から察するに、どうやら梅酒用らしい。「探している梅の実は、こんなんじゃない!」腹立たしさとともにため息が出た。やっぱり梅干作りなんて流行らないのかなあ。現実は、こんなものなのか・・・。足取り重く食品売り場をうろつく。すると「梅干、梅酒においしい南高梅はいかがですかー。」おおっ。見ると、別の特設売り場でおばさんが梅の実を売っているではないか。近づいてみると、先程の貧相な青梅とは大違い。黄金に熟した大粒な実である。「おお、これだ!」思わず売り場のおばさんに「すごい梅ですねえ。」と声を掛けてしまった。おばさんいわく、「あたしもこの梅、使ってんのよ。ほかのじゃだめよ。」おばさん、あなたを信じよう。3キログラム買った。幼い頃、ねだってねだって、やっと買ってもらったおもちゃの包みを抱えて帰る時の、あんな子供の顔になっていたかも知れない。

 家に帰って、ごろごろと新聞紙の上に広げてみると、梅の実は信じられないような甘い芳香を放っていた。これがあのすっぱい梅干になるとは、俄かには信じがたいものがあった。どう見てもこれは甘い果実なのである。

   梅の実は台所で一晩水にさらす。これは絶対に必要な段階である。熟成は更に進み、芳香は濃密になる。この熟成作業は十分にした方が、梅酢の上がりが格段にいいようだ。「塩はこれかな?」塩の入った器のふたを開けて愕然とする。なんと、真っ白な精製塩なのだ。さらさらしている。…違う。私は近所のスーパーにサンダルで走り出していた。「自分の生きた証となるような悔いのない仕事がしたい。」かわいそうに、そんな悲壮な覚悟なのだ。梅干作りにおいて、塩は決定的な意味を持っている。天然塩に含まれているという「ミネラル」という魔法の成分が大事なのだ。ちなみにその正体については曖昧な理解のままだ。調味料売り場で、あまねく支持を受けている「伯方の塩」なる天然塩を手にする。「これだ!」ついでにワンカップ焼酎も買う。こいつは容器と梅の消毒の役目を果たすのだ。鼻息荒くレジで会計を済ませ、家に帰る。途中、たかだか塩で何でこんなに熱くなるのだろうと可笑しくなった。

 藤巻さんの本によれば、現代の市販の梅干は8%から10%程度の減塩梅干が主流であるが、梅本来の味わいを出すためには、やはり18%ぐらいは必要だと書いてある。別の本には、昔の梅干は「梅一升に塩二合」というようなことが書いてある。つまり20%だ。どうせなら、昔ながらのしょっぱい梅干が作りたい。口に含んでも顔の表情が変わらない梅干なんて、…やだ。梅の実は3キロ買ったから、塩は20%の600グラムでいこうと決めた。

 焼酎を梅の実にふりかけ、塩をまぶす。本来は光を遮る器の中に漬け込むのが、よいそうだ。ガラス瓶の中に入れるとどうしても梅酒を連想する。その思いを断ち切るように、どさどさと塩を投入する。どうだ、もう梅酒にはならないのだ。容器にかぶりつくように見ている子供らに「一晩経つとこの中にお水(梅酢)が溜まるんだよ。」と教えると「ふーん。」と目を皿のようにしてガラス瓶の中を眺め、ぴょんぴょん跳ねている。既に理科の実験の様相を呈してきている。

 梅の実の上には本来は重石を載せるのだが、瓶の口が狭く、それは無理だった。そこで小さなビニール袋に水を入れ、それを三つほど実に載せて重石の代わりにしていた。「うまくいくかな・・・。」一晩経った。いそいそと瓶の底を見る。「・・・!」もう5センチ程も「梅酢」が染み出ていた。藤巻さんの本の通りだった。その日から順調に梅酢の水位は上がり、予定通り一週間で梅の実が全て隠れる程にまで上がった。本当に理科の実験並みの驚きだった。素人にはガラス瓶もいいかも知れないと思った。

 梅酢が上がり切ったら、紫蘇(しそ)を入れなければならない。紫蘇を入れないやり方もあるらしいが、とにかく自分の頭の中にある梅干のイメージ通りに作りたかった。梅酢の量が落ち着いた所で、スーパーに紫蘇を買いに行く。3キロの梅に使うだけの量が欲しいと言って、勧められた枝つきの紫蘇の葉は「こんなに入るのかなあ。」と思うほどだった。枝から葉を取ってまずは塩で揉む。どす黒い液体が流れ出る。家の中は紫蘇の強烈な臭いで満たされた。「うわー、くさい。」と言って子供たちは逃げ回っている。揉んでいるうちに、紫蘇の体積は、びっくりするほど小さくなった。今度は逆に「足りないかな?」と思う。本を見て、勉強した通りに瓶の中の梅酢を掬って紫蘇に注ぐ。すると見る見る色が変わり、どす黒い葉は鮮やかな紅色になった。これまた理科の実験みたいに面白い。家族も「信じられない。」といった表情だ。紫蘇の葉は、瓶の中で黄色くなった梅の実をゆっくりと赤く染めていった。

 「梅雨」という言葉は言い得て妙だと思った。梅の実を漬け始めるのは入梅の頃、そして天日干しをするのは梅雨明けである。つまり、梅雨の期間だけ、梅は漬け込まれていることになるのだ。梅雨明けの数日間はまず雨が降らない。連続して天日に晒すことが必要な梅干には絶好の好天となる。「・・・しまった。ザルがない。」ううむ、しょうがない。ダンボール箱を切り裂いて即席のザルを作る。すっかり赤くなった梅の実をガラス瓶から取り出す。なるべく梅酢を垂らさないようにと思うのだが、ぽたぽたとダンボールの上には赤い斑点が増えていった。なんだかふにゃふにゃしてきた気もする。「食べてもいいの?」子供の気持ちはわかる。ぷりぷりしたスモモのようだ。臭いもあんまり梅干らしくない。ちょっとお菓子っぽい。

 梅の実は、とにかく太陽の当たるところに持って行こう。幸い我が家は玄関先に陽が当たる。真夏の到来を告げる強烈な陽射しだ。ジリジリと音を立てるかのように照りつける。ダンボールの水気があっと言う間に蒸発していくのがわかる。しばらくして様子を見に行くと、梅の実から立ち上る香りが違っていることに気づいた。「梅干のすっぱい香りだ!」梅の実は赤色を更に鮮やかにしていた。色は刻々と変化する。仕事柄、この頃は夏休みだから、ひがな一日、梅干の世話をして過ごす。二時間毎に実を裏返し、まんべんなく陽に晒す。香りはいよいよ「梅干」だ。驚いたことに、干すことによって実は柔らかくなる。紀州の南高梅がなぜありがたがられるかというと、ひとつは皮の薄さにあるのだ。

 家族に「かじってごらん。」と促す。「ううっ…、すっぱーい!」ははは、そうだ、それでいいのだ。梅干はそうでなくてはならないのだ。これは実に哲学が完成した瞬間だった。

 それから一年後、次の年の梅干が完成した折、去年漬けた梅干と味比べをしてみようということになった。驚くことなかれ。格段に美味くなっている。じつはこれも本の解説の通りなのだ。三年経つと最高の味わいなのだという。最初の梅干はその二年後にも食べてみた。「…なるほどなぁ。」遠くを見る。つくづく納得するものだった。今でも時々、梅干だけで白飯を食べてみる。ああ、先人の知恵は偉大だな、と思う。是非とも自ら漬けた三年物の梅干で白飯を食べて欲しい。人生の何分の一かの感動をお約束する。

 平成十五年は日照不足で梅干は酸っぱくならなかった。曇りじゃダメなのだ。梅干は直射日光なしにはすっぱくならないのである。これはとても大事なことだ。だからこそ、梅雨明けの一週間が勝負なのだ。こうして保存された梅干には、いつしか1センチ四方ほどの巨大な塩の結晶がついていたりする。これもまた見ものなのである。

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