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この旅行記は、2014年5月26日(月)から6月12日(木)まで16泊18日で、オーストリア航空を使い成田空港からオーストリアのウイーンに行き、そこからオーストリア鉄道でインスブルックへ。そこで一週間過ごし、そこからオーストリア鉄道およびドイツ鉄道に乗り継ぎ、国境を越えミュンヘン近郊の小さな町でさらに一週間過ごし、再び国境を越えてオーストリアのウイーンを経由して、出発点の成田空港に戻った旅の記録である。道中の主な交通機関として鉄道を使うため、事前に「オーストリア・レイルウエイ・パス(5日間)」を用意した。ドイツ国内では便利で割引がある「2人用バイエルン・チケット(Bayern
Ticket)」と、必要に応じ「パートナー・デイ・チッケット(Partner
Day
Ticket)」を購入し利用した。またこの間はいつもの様にレンタル・アパートとペンションに宿泊し、出来るだ地元の食材を使った自炊生活をモットーとした。では、絵日記風に日を追って旅を紹介しよう。
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5月26日(月)
成田空港を11:20発ウイーン行きオーストリ航空OS052に搭乗し、ほぼ定刻の16:00にウイーン空港に到着した。空港からはリムジンバスでウイーン西駅に行き、事前に予約しておいた駅から近めの、「ペンション・ヒュンフハウス(Pension
Funfhaus)に辿り着いた。このペンションは駅から歩いて約10分と近いのだがチョット分かりづらい所にあった。家族経営のこのペンションは広い中庭を挟んで「コ」の字型に客室棟が建っており、建物も庭もとても綺麗であった。 部屋は広く明るく、かつ静かだったし、無駄な家具等は一切置いてない。トイレと洗面台付きシャワー室とが別部屋に分かれているのが我々日本人には有難かった。旅の中継点としては朝食付きでこの値段はお勧めである。
部屋に荷物を置いて、ペンションを出て今夜の夕食と明日から使う「鉄道パス」を有効にしてもらうためにウイーン西駅に向かう。3階建ての駅は広いし色々な店が入っているので便利である。この季節のヨーロッパは夜9〜10時頃まで明るいが、明日からの移動の備え今夜は早めにお休みだ
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| ペンション・ヒュンフハウス |
ウイーン西駅前通り |
駅前通り路面電車 |
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| ウイーン西駅構内 |
ウイーン西駅前広場 |
ペンション・ヒュンフハウス広い室内 |
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5月27日(火)
時差の影響か、朝日が窓から充分入るので、朝早くから目が覚める。部屋は道路に面しているが、とても静かである。朝食のため食堂へ行く。既に中国語を喋る3人連れが食事をしている。食事の内容は固いパン2つとジャムがテーブルに事前に用意されている。係りのおばちゃんが「コーヒーor紅茶?」を訊いてくる。パンが美味しい。普通のホテルなどに比べると確かに質素であるが、我々にとって朝食はこれで十分である。おばちゃんに「ダンケ!」と言って食堂を出る。
出発の準備をして駅に向かう。列車の出発時間までには早すぎるのは承知だが、初日から失敗は許されない。今日の最終目的地はインスブルックである。ウイーン西駅から特急列車RJ862(Railway Jet)で先ずは途中駅クーフシュタイン(Kufstein)を目指す。
クーフシュタイン駅のコインロッカーに旅行カバンを預け街を散策するのだが、あいにくの雨である。雨合羽を着て駅を出る。駅前のイン川を渡ると、この町のシンボルである城塞が見えてくる。橋を渡り右に曲がり川岸に平行にレーマーホフ通りを散策する。この通り沿いに並ぶ家の壁いっぱいに絵が描かれている。雨が激しいため写真を撮るのも大変だ。本来ならもっと賑わっているはずだが、この雨では観光客もあまり訪れないのだろう。
城塞のある高台まで上がってみた。城塞に入る入場券売り場があり、城塞に上がるパノラマバーン(Panoramabahn)と言うケーブルカー乗り場があるが、お天気のためか誰もいないし、ケーブルカーも動いていない。次の列車の時間まで街をもっと散策したいのだが、この雨ではその気になれない。スーパーマーケットのような建物をブラブラして時間を潰す。
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| 聳え立つ城塞 |
レーマーホフ通り |
壁画等で飾られたレーマーホフ通り |
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| ひと気の少ないレーマーホフ通り |
城塞に上がるパノラマバーン |
雨が激しい中央通り |
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特急列車IC(Inter City)でインスブルック中央駅を経由して、今日から一週間過ごすアパートへの最寄り駅インスブルック・ヘッティング(Innsbruck
Hotting)で下車する。ここからアパートまで徒歩で約20分。マンションタイプのアパートの一階の部屋が宿泊先である。アパートのオーナーさん自身は仕事で居なかったが、我々の部屋の隣に住むオーナーの母親が、部屋の案内など暖かく迎えてくれる。部屋はリビングルーム、ベッドルーム、ダイニング・キッチン およびバスタブ付バスルームに分かれ明るく広い。家具類、洗濯機、食器洗い機、TV等何でも揃っている。ただ折角のキャビネット等の物を入れる家具の殆どがオーナーさんの所有物で一杯なので不便である。ベランダの先には広い庭があり、ベランダのテーブルで食事もできそうだ。庭の向こうにインスブルック市街へ行くバスが頻繁に通っている。 その通りの向こうにはイン川が流れている。その向こうには山々が聳えているので、交通もロケーションも最高である。
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| インスブルック・宿泊先アパートハウス |
リビングルーム |
ベッドルーム |
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| ダイニング・キッチン |
広い庭のあるベランダ |
アパート前からの景色 |
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5月28日(水)
インスブルック初日の今日は、我々の宿泊するアパート近辺からインスブルックの新市街までを歩いて探索する。イン川を渡り、急な坂道を登りアルプス動物園の方へ歩いてみる。この辺は高台になっていてペンションやホテル等が立ち並ぶ。眼下を見れば、インスブルックの市街が広がり、その向こうには雄大な山並みが続く。ケーブルカーが見えてくる。このケーブルカーとロープウエイを乗り継いでハーフェレカーの山に登る事ができる。景色を楽しんだ後再びイン川沿いに降りてくる。そこにケーブルカー乗り場のフンガーブルクがあった。川沿いの小道にあるベンチに座り景色を眺めていると、疲れも忘れて心が落ち着く。
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| アパートから市内中心への道 |
山を望むインスブルック旧市街 |
旧市街を登る小道 |
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| ペンション等が建ち並ぶ |
ハーフェレカーの山に登るケーブルカー |
イン川沿いの小道 |
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| ケーブルカー乗り場のフンガーブルク |
街中から山々を望むと |
初日の夕食 |
ベランダでお茶を |
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午後からはアパートの周りを探索しながら、インスブルック空港へ行くことにした。アパートから空港までは歩いて行ける距離にあるのだ。アパートから川沿いにウオーキング・コースがある。そこから北へ上がるとそこはもう空港の敷地である。今回はこの空港のお世話にならなかったが、見学の為空港ビルに入ってみた。こじんまりした空港だが、一応国際空港でもある。普通の旅客機は少ない様だが、グライダーのような個人の所有物と思われる小さい飛行機が時々山肌の辺りを旋回していた。
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| インスブルック空港への道を歩く |
インスブルック空港前広場 |
空港近くは住宅地と聳える山並み |
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5月29日(木)
「オーストリア鉄道パス」を使い最寄りのインスブルック・ヘッティング(Innsbruck
Hotting)駅から、インスブルックに近いリゾート地、ゼーフェルト(Seefeld
in
Tirol)を観光する。電車はイン川沿いに山肌をぐんぐん登って行きゼーフェルト駅に到着する。この辺はもう既にドイツとの国境に近いのである。駅前から西へ延びるバーンホフ通りを歩いて行くと、山小屋風の家々が並び、それぞれのバルコニーには花を飾り、壁には色々な壁画が描かれている。広場の先に教区教会の高い尖塔が見える。ペンションやゲストハウスが軒を並べる。この町は高級リゾートである。それらの建物の向こうには雪を被った連山が見える。南の方に下って行くと、そこにはこの土地の名前の様に湖(See)がある。この湖は観光化されていないためか特に見るものはない。ドイツ人老夫婦が声を掛けてくる。「どこから来たの?(ドイツ語)」。「ジャパン」と答えたが、分かってくれなかったようだ。「ヤーパン」と言い直す。おばちゃんはビックリして、おじちゃんに「日本から来たんだって!(ドイツ語)」と伝えている。「私達はドイツから来たのよ(ドイツ語)」と言ってたと思う。我々はさらに周辺を歩き回る。山肌にケーブルカーあるいはゴンドラリフトのロープがあるのが見える。線路を越えて反対側の町へ出ると、こちら側にも沢山の立派なホテルやペンションなどが建ち並んでいた。徐々に観光客も増えてきだした。駅に向かい次の目的地を目指す。
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| ゼーフェルトの町 |
壁画の美しいペンションorゲストハウス |
ゼーフェルトの町の広場 |
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| 水飲み場 |
湖への小道 |
駅の反対側にもペンションが建ち並ぶ |
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ゼーフェルト駅からインスブルック中央駅を経由して特急列車RJでイン川に沿って西へ向かいザンクト・アントンへ行く。ここを訪れる理由はチロル地方では最高級のゲレンデがあり、冬のシーズンには大変賑わうスキー場なのだそうだ。実はここへ来た理由は「過去へのリベンジ」なのである(後述)。駅前から川を渡り、アールベルクト通りを川沿いを歩いてみた。景色はとても良いのだが、こんな有名なリゾート地にも拘らず人っ子一人見当たらないし、車もほとんど通らない。仕方がないので、もう一段上の町のメインストリートであるドルフ通りを再び町の中心地を探しながら駅の方へ歩いてみる。ホテル、レストラン、カフェやスポーツショップ等があるが、全てが閉鎖状態である。救われたのは2〜3組の旅行者らしき人達が見えた事である。町全体が潰れたの?後で分かったのだが、どうもこの日は「休日or祭日」だった様だ。休日だったらなお更観光客が多いんじゃないの?これは日本人的考え方?
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| ザンクト・アントンの町 |
景色は良いのだが無人の町 |
山を望む無人の町 |
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「鉄道パス」を有効に使うため、この日の最後はオーストリア最西端の町、ブレゲンツまで行ってみた。この町はオーストリア、ドイツ、スイスの3カ国が国境を接するライン川流域で最大の面積を誇るボーデン湖畔にある。電車を降りて駅前を湖に向かってしばらく歩くと、湖上オペラ会場の舞台が見えてきた湖上に設けられた舞台(Seebuhne)
の客席7000席の会場で開催される『ブレゲンツ音楽祭』では「ボーデン湖の湖上にステージが設置され、独特な雰囲気の中での公演が楽しめる。今年2014年の公演は、アマデウス・フォン・モーツアルトの最高傑作『魔笛』。7月24日の初演を皮切りに、8月24日まで、月曜日以外ほぼ毎日公演がある。」のだそうだ(後で知ったのだが)。
会場を離れ、湖にそって歩いてみた。平日にも拘らず、湖上からの風に吹かれて多くの人達が歩いている。
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| ボーデン湖の湖上オペラ会場 |
モーツアルトの最高傑作『魔笛』 |
ボーデン湖と湖畔 |
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| ボーデン湖畔を散策 |
いつの間にか人通りが多くなってた |
ボーデン湖遊覧船 |
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5月30日(金)
今日は我々にとって休息の日。アパートの周りをブラブラしたり、川の対岸にも足を延ばしたりしていたが、いつの間にかインスブルックの新市街まで歩いて来てしまった様だ。
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| インスブルックの新市街 |
昼食時の歩行者天国 |
夕飯はマカロニで、野菜たっぷり |
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5月31日(土)
今日も「鉄道パス」を使いオーストリアで一番美しい村と言われているアルプバッハ(Alpbach)ヘ行く。ブリックスレッグ駅前の通りからポストバスに乗り約30分、バスは立ち並ぶ家の間を縫うように登って行く。標高1000mにあるアルプバッハは「オーストリアで一番美しい村」と言われているし、さらに「ヨーロッパで一番美しい花の村」にも選ばれたことがあるそうだ(「地球の歩き方」より)。全ての家がシャーレ―・タイプの木造建築で、どの家のベランダにも花が飾られている。村からさらに奥のなだらかな山並みにも同様のタイプの家が点在しているのを眺める事ができる。
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| アルプバッハの町中心 |
シャーレ―・タイプの家のベランダにも花 |
アルプバッハの町の教会 |
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| ペンションのベランダにも花 |
町から山裾の景色 |
アルプバッハの町 |
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アルプバッハを見学後まだ時間があるし、鉄道パスも有効利用したいので、インスブルック中央駅からイン川に沿って西へ進み、夕方のランディックの町を散策してみた。ここへの訪問は2度目である。駅から前回とは反対側に行くことにする。この辺りは特に目立った建物や場所なかったが、道路沿いから眺める遠くの山肌は非常に緩やかで、教会を中心に所々に家がしているのが見える。
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| 高台からランディックの駅を見下ろす |
道路沿いから眺める遠くの山肌 |
駅前に戻ってくる |
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6月1日(日)
今日は日曜日お天気が良い。しかし、遠出しても日本と違い店が開いていなかったり、交通機関が減便になっているので、人々で賑わうインスブルックの街の中心へ行って楽しむ事にした。歩行者天国になっているマリアテレジア通りは、この街一番の大通り。休日の為人手も多い。オープン・レストランも一杯だ。あちらこちらで路上パフォーマンスをやっている。ヘルツォ−ク・フリードリッヒ通りの突き当りはインスブルックのシンボルとなっている「黄金の小屋根」近くに人が集まり写真を撮っている。そこを右に曲がり石作のアーケードの先の出店ではお土産売り場が立ち並ぶ。その奥が白亜の王宮である。
静けさを求めて南に下りラントハウス広場(Landhausplatz)に行ってみた。緑の多い綺麗な公園だ。芝生でのんびり寛ぐ家族、巨大なチェス盤で真剣に遊ぶお年寄り等など、のどかなで良い休日となった。
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| 昼時のマルアテレジア通り |
あちらこちらでパフォーマンス |
賑わうヘルツォ−ク・フリードリッヒ通り |
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| 黄金の小屋根前に来た |
土産売り場が立ち並ぶ |
ラントハウス広場 |
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| 白亜の王宮前広場 |
巨大なチェス盤で楽しむ大人達 |
ラントハウス広場 |
6月2日(月)
路面電車・路線バスが24時間乗り放題の「24h-Ticket」を買い、インスブルックの街の南900mの丘に広がるイグルス(Igls)の村へ行ってみた。1976年の冬季オリンピックのボブスレーの会場になったことから、今でも有名である。本来ならここの登山口からパッチャーコーフェル・ロープウエイ(Patsherkofelbahn)に乗って頂上を目指したかったのだが、残念ながら6月6日までは冬季の為、ロープウエイが運休しているそうなので、イグルスの街を散策するだけにした。口コミ情報では、「イグルスまではバスでも路面電車でも行けるが、路面電車の方が遠回りになるが景色は抜群」なのだそうで、我々もイグルスまでは先ずは路面電車に乗り中央駅近くから路面電車に乗り、終点バージセル(Bergisel)で乗換、別の路面電車でイグルスまで行く事になる。ところがイグルス行き路面電車は定刻になっても来ない代わりにバスが来て客待ちしている。運転手さんに聞いたら今は変更になってバスしか手段がないらしい。我々だけを乗せてバスは急坂をどんどん登ってゆく。途中で西洋人夫婦が乗っただけで、そのまま終点イグルスバス停に到着する。確かにロープウエイは動いていない。バスに同乗した夫婦はロープウエイが運休しているのを知らなかったようだ。券売所まで上がって行ったが残念そうに戻って来て、我々に告げた、「ロープウエイ動いてないよ。」 動いていないのを承知で来た我々は返事に困った。運休承知でここまで来る我々の方がおかしいのかも?イグルスの村を散策する。パッチャーコーフェルの山頂に行けなかったけれど、イグルスの村自身もこじんまりした綺麗な村だ。 |
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| 路面電車の終点バージセル駅 |
1976年冬季オリンピックのスキージャンプ台跡 |
バスを待つ間にバージセルを散策 |
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| バージセルの町を上から眺める |
ヴィルテン教会 |
教会の内部 |
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| バスでイグルスに到着、人気なし |
運休中のロープウエイ |
本来はこの上を通るのだが |
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| イグルスの村を歩いてみた |
イグルスの村のカッフェ |
のどかなイグルスの村 |
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| イグルスの村 |
イグルスの村の片隅で |
どこの家の庭にも花が咲いている |
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(追 記)
2005年4月 我々はオーストリア・インスブルックを鉄道で回わる旅をしていた。インスブルックに宿泊している間にハイキングを楽しむ為に冬場はスキー場で有名なザンクト・アントンに行く事にした。朝ホテルを出てインスブルックの駅に行った。ここから西のスイス方面のブレゲンツを目指す列車に乗って行く筈だった。ところが駅に着くと何やらアナウンスしている。ドイツ語次は英語で喋っている。良く聞いていると、何々「スイス方面行き列車は事故の為途中の駅までしか行かない。そこから先は振替バスに乗り換えとなっています。」だと?「今日に限ってトラブルなんて・・・。」仕方が無い、列車を待つが時間を過ぎても一向に列車はホームに入って来ない。ホームは次第に混雑してくる。遅れてやっと特急列車が入ってくる。我々も何とか座席を確保。でも直ぐにこの列車の終着駅にランディックに近づく。女の車掌さんが検札をかねて回って来た。我々の鉄道パスを見ながら話し出した。「この列車は次の駅で停車する。そこからは振替バスに乗り換えること。列車を降りたら左の方(Left)に並んでいるバスに乗りなさい。」外国人である我々に親切に説明してくれた。「OK,
Thank
you.」と答えた。間もなく列車はランディック駅に到着する。乗客は一斉にホームに降り立つ。ホームの反対側には進行方向に向かって10台以上のバスが並んで待っている。我々は言われた通り左に行こうとするが殆ど全ての乗客が右側進行方向に流れて行く。左に行く人なんか一人もいない様だった。不安になる。「確かLeftと聞いたが、俺の英語のヒアリングは問題ありか?仕方なく俺達も人々の流れに従って右の方(Right)へ歩いて行く。バスの行き先表示を見るが、どのバスもオーストリアとスイスの国境にある「ブレゲンツ(Bregenz)」と書いてある。「これで良いのだろう。」我々はバスの座席を確保する。バスは発車すると間もなく高速道路に入って益々スピードを上げる。でも何となく心配だ。目的駅ザンクト・アントン(St.
Anton)に近付いてもバスは高速道路を降りないのだ。暫くすると道路脇に「St.
Anton」の標識が見え、ザンクト・アントンの街が高速道路沿いに見えるけどバスは平気で走って行く。「エエー!このバスは急行なんだ。だから車掌さんは進行方向左側に並んだ鈍行バスを指示してくれたんだ。」時既に遅し。「次のバス停は何処だろう?このままスイスとの国境駅、ブレゲンツ迄ノンストップ?今日は列車事故だから、そこからそのまま折り返しても、今日中には我々の宿泊しているインスブルックのホテルまで帰れないのでは?」 不安は頂点に達する。だが、既に諦めていた頃、幸運にもバスは途中の駅に立ち寄ってくれた。ホッとしてバスを降りる。そこから今度は反対方向行きバスを見付け、それに乗って、その日中に無事インスブルックへ帰ることが出来た。でも本来の目的駅ザンクト・アントンには行く事が出来なかったよ。だから今回リベンジに及んだが、今回も本来の観光が出来なかったよ。悔しい!
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