この旅行記は、日本の冬の寒さを避ける目的で、2010年1月の正月開けにマレーシア・マラッカに5泊、シンガポールに4泊の個人旅行を綴った旅の記録である。

1月15日(金)、成田空港9:15発キャセイ・パシフィック航空CX509およびCX721を利用し途中香港空港でトランジット後、マレーシア・クアラルンプール空港に19:00無事到着。今回はクアラルンプール市内には立ち寄らず、そのまま空港リムジン・タクシーで直接マラッカのホテル ホリデイ イン(Hotel Holiday Inn Melacca) に向かった。車は直ぐに高速道路に入り一路マラッカを目指す。道路は結構込み合っている。約2時間の長いドライブの後やっとホテルに到着した。
リムジン・タクシー代(プレミア): RM218.90 (約\6,000) 

このホテルは2007年10月にマラッカ海峡沿いに建てられた長方形のスッキリした建物である。フロント・ロビーは広々とし、とてもモダンな感じがした。我々の部屋は市街が見渡せる15階の角部屋であった。この日はもう暗いので街は見渡せなかったが、近くに高いビルが無いので遠くで輝くネオンや明かりを見ることが出来た。室内は広く新しさもありとても綺麗である。明日からの街歩きが楽しみだ。


翌朝はお天気が良い。カーテンを開けると、大きな窓からマラッカの街全体を一望できた。部屋の真下には車道があり(下写真)、東西に車が行きかっているが騒がしいことは無い。その奥の森の中に観光場所の中心となるオランダ広場や時計台、教会等が見渡せた。ホテルの東側は道を挟んでマコタ・ホテルが建ち、そこは毎日多くの観光バスが並んで停まっていた。写真の右のピンク色の建物はマコタ・パレード、その奥に見える丸い建物も共にショッピング・モールである。写真には写っていないが、その右にはカルフールがある。だから買物等にはとても便利な場所である。北側の奥にはホテル・エクアトリアル、そのズーッと奥には、日本人観光客の多くが宿泊するルネッサンス・ムラカ・ホテル等が小さく見える。

下の写真もホテルの窓から見える景色だが、ピンクの屋根の長い建物の列には、ホテル、食堂、商店等が入っているが、殆どの2階以上は庶民の住宅なのだろうか。


朝食はビュッフェ・スタイルである。時間が多少遅いためかレストランは余り混雑していない。料理は品数も多いし味も満足できる。6泊した内4回、朝起きてみると日本語の新聞を入れてくれたのも嬉しい気使いであった。テレビでNHKが見れるのも嬉しい。このホテルは未だ新しい為か、ビジネス・ユースのお客さんが多い為か団体客が殆ど入っていない。我々の様な個人旅行の者にはこれが嬉しい。

我々の部屋の反対側からは海が見える。しかし我々は、マラッカ海峡を行き来する船は見えるがそれ以外は退屈な景色であろう。ホテルの3階には海に面したプールがあり、ここから思う存分海を眺めることが出来るので、割増料金を払って海側の部屋を選ぶ必要はないと判断した。実際、数日ここで過すには、街を見渡せるシティ・ビューの部屋を選んで正解であった。

Hotel Holiday Inn Melacca
16日(土)からチェックアウトする20日(水)迄、ここマラッカの街をゆっくり見て回る。
物の本によると、マラッカは16世紀初めに香料等の貿易の独占を目論んだポルトガルに占領されたけど次第に衰退して行き、今度はオランダに占領されたそうです。その後20世紀初頭に今度はイギリスがマレー半島とボルネオ島北部を掌握し、英領マラヤとして植民地統治が行われたそうです。


セントポールの丘エリア

先ずは、マラッカ市街の真ん中を流れるマラッカ川を挟んで東側のポルトガル、オランダ時代の影響を強く受けた建物が並ぶ「セントポールの丘エリア」を散策する。
オランダ広場周辺

キリスト教会と時計台

Christ Church

マラッカ観光のスタート地点になるオランダ広場に行ってみる。特に週末には多くの観光客と観光バスがが集まっている。
オランダ広場を中心に、オランダ植民地時代に建てられた木造のピンク色壁に白の十字架が印象的なプロテスタント・キリスト教会。この建物の繋ぎあわせには釘を一本も使っていないそうである。
トライショー (自転車タクシー)

観光めぐりをゆっくり楽しむお客さん相手の自転車タクシーの「トライショー」が沢山並び観光客を呼び止める。夕方になると、この自転車全体にそれそれ色々沢山の電気を付けて走るので、見ているだけでもとても綺麗だ。観光案内をして貰いながら、古都マラッカを見て回るには丁度良い乗り物であろうが、車が行き交う所ではチョッと危険かな?。それに日本語で説明してくれなきゃ意味無いよ。
スタダイス
The Stadthuys

また、その隣に色を合わせてピンク色の時計台と噴水はイギリス・ビクトリア女王に捧げる為に建てられたものである。
同じくオランダ広場のキリスト教会の隣に並ぶ建物が、旧オランダ総督の住居で現在は歴史博物館として使われている「スタダイス」。マラッカ王朝時代から、ポルトガル、オランダ、イギリスの植民地時代、さらには日本軍の占領時代、そしてマレー連邦の独立までの歴史を展示紹介しています。
セントポールの丘

オランダ広場からントポールの丘に登り、マラッカ海峡を望む。写真左に建つのがHotel Holiday Inn Malacca。その向こうがマラッカ海峡である。
セントポール教会跡
St. Paul's Church

ントポールの丘に登ると、そこにポルトガル時代のセントポール教会跡がある。教会の前には布教に尽くしたフランシスコ・ザビエル像が立っている。教会の外壁と内部には当時のポルトガル人の墓石が残されていた。
セントポール教会跡を中から眺める。殆ど廃墟となったいる。
サンチャゴ砦
Porta de Santiago

ポルトガル時代の砦、「サンチャゴ砦」。マラッカのシンボルである。攻撃に備え作られたものだが、現在は石作りの門と大砲だけが残されていた。
セント・フランシスコ・ザビエル教会
St.Francis Xavier's Church

ザビエルの功績を讃えて建てられたフランシスコ・ザビエル教会である。
マラッカ・スルタン・パレス
Malacca Sultanate Palace


マラッカ王朝時代のスルタン(王)の王宮を再現して建てられた物で、現在は文化博物館として使われており、内部にはマラッカ王国時代の当時の様子や、マレーシア各州の民族衣装が展示されていた。
この建物の前には広くて美しい庭があり、色々な花が咲き乱れ、また良く手入れがなされていた。

チャイナタウン・エリア

続いて、マラッカ川を挟んで西側。マレー、中国、そしてインドの文化と大陸からやって来た中国人と地元の女性との混血子孫により生まれた「プラナカン文化」の影響を大きく受けた商店街を探索してみた。
先ずはジョンカー通りを歩いてみる。マラッカのメインストリートには各種ショップやアンティークショップ、カフェ、さらには中華レストランが所狭しと立ち並ぶ。
ジョンカー通りの一本北の通りは「ハーモニー・ストリート」と呼ばれ、イスラム、中国、ヒンドゥー寺院が仲良く立ち並んでいる。

チャイナタウンの裏側

ジョンカー通りを一筋入った通り、駐車する車が多くて建物が良く見えないが、どこの家も時代を超えて何となく懐かしい思いがする。
ナイト・マーケット
Night Market

毎土曜日の夜はジョンカー通りでナイトマーケットが開催される。電球(今は電球型蛍光灯が多い)の明かりが煌々と輝く中を、若者から年配の人から西洋人等が道路いっぱいに溢れている。雑貨、衣類、食べ物、古物から、こんな物まで売り物か思われる物まで店頭に並べてある。そんな中にテーブルを広げ、宴会からカラオケまで何でもありである。
スリ・ポヤタ・ヴィナヤガール・ムーティ寺院
Sri Poyyatha Vinayagar Moorthi Temple

マレーシア最古のヒンドゥー寺院である。
カンポン・クリン・モスク
Kampung Kling Mosque

マレーシア最古のモスクであり、スマトラ様式を取り入れた、白亜の尖った屋根とそばに建つ塔が特徴である。
チェン・フーテン(青雲亭)寺院
Cheng Hoon Teng Temple

マレーシア最古の中国寺院。中国南部の様式を取り入れ、屋根には陶磁で出来た繊細な中国の美しい動物や人の像の装飾が施されている。
香林寺
KUIL SHANG RING ZIE

香林寺は青雲亭の別館で阿弥陀仏をご本尊として祭ってあるそうです。
カンポン・フル・モスク 
Kampung Hulu Mosque

チャイナタウンからさらに北のムンシ・アブドゥラー通りに出る所にある、マレーシア最古のモスクのひとつ。
オランウータン・ハウス

建物にマレーシアのマスコットであるオランウータンの壁画を持つこの店、絵画やTシャツには、人権や自然保護をテーマにしたタイトルが絵に付けられている。店の名前にも付けられている。
マラッカ川沿いめぐり

商店街、寺院、モスク、教会を見て回った後は、マラッカ市街の真ん中を蛇の様に曲がりくねって流れる、マラッカ川沿いにある立派な遊歩道を歩いてみよう。途中一部で補修・拡張工事をしていたから、これからはもっと良くなる様だ。
 観光船が行き交ったいたよ


 ゆっくり落着ける景色だね。観光客が居ないのは勿体ないよ。 
 川をバックにCMフィルムの撮影やってたよ。街が世界遺産に登録さている為か、殆んどの建物の屋根や壁の色が桃茶色に統一されているのも凄いよね。

 遊歩道の途中には休憩所があって、年配のオジサン達が新聞読んだりしてたね。
 
マラッカからシンガポールへ

20日(水)朝、ホテルからタクシーでマラッカ・バス・ターミナルに行く。ここからマラッカーシンガポール・エクスプレス・バスでシンガポールへ移動した。バスの乗客はたったの7人。でも、運転手は2人だ。乗車後約2時間後に休憩を取り、再びバスはシンガポールに向けて走り出す。途中国境手前でマレーシア出国手続きを済ませ、再度バスに乗り、今度はシンガポール入国手続きをした後、バスは出発後約4時間後にシンガポール・ラベンダー・バス・ターミナルに到着した。

バス代:RM22.00 (約\1,200)
 Peninsular Excelsior Hotel
シンガポールでは、MRT City Hall駅の近くにあるペニンシュラー・エクセシオール・ホテルに今日から24日(日)迄4泊する。

 オーチッド通り
シンガポールの中心を走る賑やかの通りである。人も、車も、緑も一杯だ。でも、余り長くは居たくない場所でもある。
マー・ライオン
 シンガポール名物、マー・ライオン。左が現在の高さ37mもある。やっぱり観光客には人気があるようで、人だかりが凄い。

 25年前に見た以前の物は右の物。世界三大ガッカリ観光地!として評判が悪かったので作り変えたそうだ。実際の大きさは写真とは全く逆で、これを見る観光客は全く居なかった。
 ニュートン・サーカス 屋台が集まって出来たホーカーはローカル・フードが安く食べられる。スタッフの一人は「以前はとても賑わっていたが、色々トラブルがあり団体旅行客はあまり入らなくなったそうだ。でも最近は「明朗会計」をモットーに、元気を取り戻しつつある」そうだ
 シンガポールの摩天楼 雨後の竹の子の様に高さを競っている
フォート・カニング公園
 マレーの王によって築かれた要塞跡が現在公園になっている。園内は色々な種類の木岐や花が咲いている。イギリス統治の時代に軍司令部が置かれ、第二次世界大戦中は、日本軍の要塞として使われたそうだ。中心部分は立入り禁止であるが、それ以外の場所でも結構広く市民の憩いの場所である。 
中華街
 旧正月が間近の為、中華街辺りは綺麗に飾られてた。残念ながら雨降りの為人通りは少なめ。
 ティアン・ホッケン寺院 シンガポール最古の寺院で、中国からの移民たちが無事上陸したことを感謝して、海の女神、天后聖女が祀られている寺院。建築、内装、調度品すべてが派手で華やか。沢山の人達がお参りに訪れていたのが印象的中華街の真ん中にあった。
Mount Fabor Park

 シンガポールで最も古い公園の一つであるマウント・フェーバー・パーク。遊歩道を登って行くと、標高100mちょっとの頂上公園は望楼・展望台になっている。
 この公園は全体が三つのブロックに分かれており、写真のような橋で繋がっている。とても広いため全体を歩くのは大変である。
Mount Fabor Park

 公園頂上の南側にはシンガポール港、セントーサ島が見える。ケーブルカーで渡り、パノラマ・ビューを楽しめる様だか、当日は運休していた。

 北側はシンガポールの街や高層ビル群が見える。夜景が綺麗かもしれない。
リトゥル・インディア

 道の両側に衣料・食料・貴金属等を売る店が並んでいる。見ているだけでも楽しい通りだ。

 商店街の入口辺りにヒンドゥー寺院があった。週末の為か人通りが多い。道路での飾りや紅白の幕は旧正月が近いから? ヒンドゥー教も関係あるの?
シンガポールMRT    
市街地を走るMRTはとても便利である。券売機と改札機
は完全自動化されている。しかし問題がある。乗車券に当たるICカードは6X12cm程の(なぜこんなに横長で厚いのか)プラスティック製で中にICチップが埋め込まれている。これを駅の券売機で買時、1人に付き運賃+$1余分に支払う必要がある。ICカードは自動改札機にかざし通過する。そして目的地に到着時、自動改札機に再びかざし、カードを持ったまま通過する。改札を出た後、再び券売機のある所へ行き、ICカードを券売機に挿入して、

MRT地下駅
購入時に支払った$1の返金をして貰う。この時ガードを入れてから返金されるまでに約10秒も待たされる。しかも一枚ずつしか出来ないので2人以上の場合は、さらにイライラする。乗車券の購入時と返金時に2度も券売機を使う事になるから時間の無駄であり、混雑時には券売機の前には待ち行列が出来てしまうのだ。使用後ICカードは自動改札機に吸収されてしまう方法を採れば、保証金の$1を払う必要はないし、ガード使用後再び券売機を使う必要が無い。便利さを考慮して再考願いたい。
2010/01/15 〜 2010/01/25