プロローグ

2012
16日(火)よりマレーシア・マラッカに3泊、その後は9()からはクアラルンプールに戻り、1週間のアパート生活を年長組み夫婦が経験してみた旅の記録である。

自慢じゃないけど(と言いながら自慢しているが)、実はマレーシアへの旅行はジョホールバル1回(これだけは団体ツアー)、ペナン島2回、ランカウイ島1回、マラッカ2回、そしてクアラルンプールが3回で合計すると9度目となる。寒くなる日本を離れ「避寒」を目的に今回の季節を選んだのだが、蒸し暑いマレーシアの生活も結構大変でした。今回の旅行記は観光案内中心ではなく、旅行中に起きた個人旅行だから経験できた色々なエピソードを中心に書いてみました。また、今回の旅で経験し感じた事も付け加えてみました。


エピソード-: バジェット・タクシーの功罪

11月611:30成田発JL723便でクアラルンプール空港に18:30着。空港からは前回同様空港タクシーでマラッカのホテルに直行した。前回と違うのは前回はプレミアム(高級)・タクシーを利用したが、今回はバジェット(節約)・タクシーとなった。その理由?それは空港のタクシー券売窓口のお姉さんが乗車人数と荷物の数と、加えて我々二人の様相を見て判断してくれたのだ。有りがたい事である。タクシー券を持ってタクシー乗り場に行く。係りのお兄さんが我々の切符を持って行列を作って客待ちしているタクシーの運転手に指示する。最初の運ちゃんは明らかに乗車拒否をしている。仕方なくお兄さんは次の運ちゃんに交渉するが、これもハッキリ拒否している。我々が思うに、「マラッカまでの長距離は割が良いんじゃないの?」。でも近場のクアラルンプールまでの近場の客を沢山乗せた方が儲かるみたいだ。話を戻して、お兄さんは仕方なく最初に尋ねたインド人系の年老いた運ちゃんの所に戻り無理やり交渉を収めた様だ。俺はタクシー券を運ちゃんに渡しながら、「Jonker Boutique Hotel, Melakaまで」と英語で伝える。運ちゃんは愛想良く分かった合図を返してくれた。怒ってはいない様だ。やっとの事でマラッカに向けてタクシーを飛ばす。ところがこの運ちゃんがとても安全運転なのか100-110km制限の高速道路を80km/h以上決して出す事はなかった。他の大型トラック、バス、軽乗用車でさえもがどんどん抜いて行く。我々にとっては安全運転は助かるが限度がある。だから客席の俺の右足は常に無意識にアクセルを踏んでいる体制にある。マラッカに入り高速道路を出る。運ちゃんはおもむろに「ホテルの名前は何だっけ?」と尋ねる。続けて今度は「地図を持っていないか?」運ちゃんの態度が何となく怪しい。続いて考えながらガソリンスタンドに入るが給油はせずに車を停める。しかし考えた挙句LPGガス給油所に車を移動し給油を依頼した。道を聞く様子はない。車はゆっくり発進するがヨタヨタだ。次のスタンドに立ち寄り今度は給油する人に道を尋ねているようだ。車に戻った運ちゃんに「道は分かった?」と英語で聞くと、「Yes, no problem.」と進行方向を指し発進。我々は2年ほど前にマラッカに来ているのでホテルの位置関係は良く分かっているが、高速道路からの道は分からない。今度は駐車場の中に車を停めて管理人らしき人に道を尋ねているようだ。その後も迷いながらもやっとの事で我々の知っている川沿いのマラッカ中心部に到着した。ここからは我々も自身があるので運ちゃんに指示をするし、運ちゃんも我々の指示待ちだ。しかし道が突然一方通行になり仕方なく遠回りをする羽目となり、位置関係が分からなくなる。前方5m先に微かに “Jonker Boutique Hotel”のネオンが見えた。「あのホテルだよー。」と運ちゃんに告げるが一方通行で車で行けない。我々は「ここから歩くから良いですよ。」と告げても、運ちゃんは何を思ったのか急に車を何回も切り返し遂にバックで突進した。「運転手のおっちゃん、ありがとう。でも、初めからホテルの位置を全く知らなかったんだろ?」車のスピードの鈍さと無駄走りで予定より一時間以上遅れてホテルに着いたよ。タクシーは定額制だったから我々は揉めずに済んだけど、これがバジェット・タクシーの功罪。こんなの堪忍してくれー

成田発JAL723 朱色の建物が並ぶオランダ広場 セント・ポール教会からマラッカ海峡を
ジョンカー通りに建つ洋風建物 ジョンカー通り ホテルの裏のクブ通り


エピソード
-2: マラッカの「慕情」?


前回マラッカを訪問したのは約3年前である。今回宿泊のJonker Boutique Hotel(ジョンカー・バティック・ホテル)には3泊する。部屋は2階(日本式には3階)のツインベッドの部屋である。最近リフォームされたのか全てがとても綺麗である。昔のオランダ、ポルトガルさらには中国の影響を受けた壁のデザイン、家具、窓枠の形式全てが、昔懐かしいジェニファ・ジョーンズ主演の映画、「慕情」で映し出された香港の街並みに建つ家々を思い出させる。きっと西洋人が好みそうな雰囲気をあちらこちらに感じる。事実、アジア人の宿泊客は我々だけだった様だし、西洋人の宿泊客の出入りの多いホテルであった。部屋数の少ないホテルなので、フロントのスタッフ達が気軽に声を掛けてくれるし親切だったよ。ただエレベーターがないので3階にもかかわらず急で狭い階段が我々には毎日の出入りには辛い物があった。夜も遅いので初日の夕食はこのホテルの直ぐ前の地元民の多くが利用するであろう中華食堂を利用した。チョッと汚くも感じさせた店だが注文したチャーハンも焼きそばも量も十分、味も絶品だったにも拘らず、中国茶を含めても二人合わせてRM10(日本円に換算すると約300円)。部屋は通りの裏側なので、殆ど物音がしない。風呂に入ってゆっくりしてから就寝とする。明日からが楽しみだ。

Jonker Boutique Hotel ホテルの寝室 ホテルの部屋
ホテルのフロント・ロビー ジョンカー通り出口 ジョンカー通り入口


エピソード
-3: 一期一会

2日目水曜日は前回2年前に訪れた時の復習として街の観光の中心街まで歩いてみる。以前と余り変わっていない様だが、大きなスーパーマーケット等の立ち並ぶエリアには今迄にも増して大きなスパーやデパートの様な建物が随分増えた様だが、印象としては観光客は逆に減ったのかな。日中の暑さを避け夕食を取るため再びホテル前からジョンカー・ストリートを歩きレストランを探す。ところが夕食時にも拘らず食堂・レストランが殆ど閉店状態。やっと見付けた中華レストランに入り注文に入る。メニューに写真もあるので助かるが、もう一つ量が分からない。店員のお姉ちゃんと片言英語と日本語でやっと折り合いを付ける。そこへ近くのテーブルから突如若き女性が声を掛けて来る。「日本の方ですか?私は一人なので、ご一緒させて頂いて宜しいでしょうか。」我々も夫婦二人だけ、勿論悪い訳がない。名前は聞かなかったので、マラッカで出会った女性だから仮に「M子さん(写真)」としておこう。M子さんは東京からシンガポールを経由して今日マラッカに着いたと言う。彼女に限らず最近の女性は活発だ。一人旅行も平気で出来るんだものね。M子さんは明日はマラッカを観光し、翌日には再びシンガポールへ戻ると言う。我々との歳の差も気にせず話が弾み、遂には閉店最後の「変な外人客」と成ってしまった。M子さんとここで別れを告げそれぞれのホテルへ戻って行った。旅特有の「一期一会」の思い出となる筈だ。

我々も翌日は朝からホテルから川沿いの美しい景色を見ながら散歩を続けることにした。前回来た時もこの川沿いをのんびり散歩したのが気に入り、今回もこのコースを選んでみた。川の水はそれ程綺麗ではないが、蛇の様にクニャクニャした川に歩道が付き、そこにはそれぞれ違った橋が掛かり、花や緑がとても綺麗である。今回はこの散歩コースも「うん」と延長され、「途中からは川に沿ってモノレールの線路が作られていたし、モノレールの対岸には屋根がエンジ色に統一された家や分譲マンション的建物が建ち並んでいた。モノレールが完成すればきっと素晴らしい観光コースの一つとなろう。」と期待したいところですが、マラッカのニュースが伝える所によると、「マラッカのモノレールは1590万リンギット(約5億6千万円)の工費で2010年10月から運行開始した1.6kmの中国製モノレール路線で、これまで21回も故障が続出したことで批判を浴びていた。この中国製モノレールは今回から途中で停止してしまった際の乗客救助用の装置を装備しました。乗客が非常はしごを降りる必要はなくなった。これまでモノレール運行とメンテナンスのマニュアルは中国語でかかれていたが、マレーシア語と英語に翻訳しました。マラッカ州政府の肝いりで開通したのでしょうが、どうみても慎重に導入したモノレール路線とは言い難い印象です。それにしてもマレーシアのマスコミは中国に遠慮する姿勢が顕著なので、この中国製モノレールへの批判を極めて抑えがちです。」だそうだ。何人乗りのモノレールか知らないけれど、写真の通り素人の我々の眼にもレールを支える柱の太さを見るだけで、「いつ倒れてもおかしくない」遊園地にある電車にしか感じられなかった。現在は運休していたが、中国の高速鉄道と同じで、例え再開されても賢い皆さんは絶対に乗ってはいけませんよ。

川沿い散策を終えて再び中心街に向かう途中で、再び昨日のM子さんに出会う事になる。教訓、旅は必ずしも「一期一会」では無いのかな。お互いのこれからの旅にエールを送り再び別れを告げた。

マラッカ川沿い マラッカ川沿い マラッカ川沿い
マンゴー買いました 一個約90円 M子さん(掲載本人承諾済み) マラッカ川に架かる橋
マラッカ川に架かる橋 モノレールの細ーい柱 営業停止中のモノレール


エピソード
-4: 信用できない中華レストラン

3日目の昼食に別の中華レストランに入る。白人客が多い様に見受けられる。メニューの写真を見て注文する。ライスとおかずとお飾り風キュウリとトマトのスライスが一つの四角い皿に載った物だ。注文してから随分時間が掛かる。そんなに手の込んだ料理は頼んでいないのに・・・。我々の後から来た西洋人女性の方が先に運ばれて来る。こんな時は誰でもチョッと「ムッ」とするものだ。「まあ、それも有りなん。」我慢我慢。

さらに時間が過ぎてから我々にもやっと運ばれて来た。「でも、待てよ。」さっきメニューの写真を見て注文した物と随分違う。おかずは茶碗に入れたスープ状の物が丸皿に載っている。さらに言えば、キュウリだけでトマトが無い。一緒なのはライスが白い事だけだ。随分待たされた挙句の果てがこれである。少々苛立ちも隠せず、メニューを持って来て比べてみる。「これは間違えなく他の人が注文した物だろう。」店員さんを呼んでメニューを見せながら事情を説明する。店員はこれが同じ物だと主張する。「茶碗のスープはご飯に掛けて食べる」のだと言う。メニューのは、そんなに汁沢(しるだく)ではない」こちらもさらにこれは別物だと主張すると、店員は「チョッと待て」と別の店員を呼びに行く。別の店員が来ても同じ物だと主張する。我ながら驚く事に、こう言う時はいつも以上に英語力が発揮できる。それは他の西洋人のお客さんにも聞いてもらいたいからだ。遂に店員はその料理を持ち帰り、間もなくして別な物(同じ物を入れ替えただけかもしれないが)持って来る。確かに皿の形も変わりメニューの写真と一緒だ。トマトも付いている。それ以上はもうどうでも良い。どうせ二度とここには来ないから。実は我々より前に来ていた西洋人の客にも、他の人の料理が運ばれて来てクレームしたのを見た後だったのだ。「全く違う物を持って来るなら、メニューに写真を載せるな!!」こんな時、あなたならどうしますか?

マラッカ川沿い歩道 マラッカ川 マラッカ名物自家製饅頭でお茶を
緑豊かな川沿いの歩道 川沿いにあった民宿 川沿いに建つマンション群



エピソード-5: 思い違いの代償

4日目からはクアラルンプール(以下KLと呼ぶ)に移動することになる。前回のKLへの訪問は丁度10年前である。タクシーでマラッカ・セントラル・バス・ターミナル (Melaca Sentral Bus Terminal= MSBT) へ行き、そこから高速バスでKLに行く。KLで宿泊予定のアパートのオーナーから「プドゥ・セントラル・バス・ターミナル(Pudu Sentral Bus Terminal= PSBT)」行きバスに乗り終点まで行けばアパートまで徒歩で10分程だ。」と知らされ、我々はこの方法で行く事にしていた。Pudu Sentral Bus Terminalはかつて我々がKLを訪れた頃は”Puduraya”と呼ばれていたし、インターネットでも確認していたので間違えないと確信していた。MSBTに到着後すぐに10:00am発のバス券を買い出発を待つ。ターミナル内は大変混雑している。10:00am発のバスが指定位置に入場してくる。行き先を見ると確かに、”Kuala Lumpur → Putrajaya”と書いてある。運転手に行き先を確認して乗車した。約2時間後バスはKL-TBS/BTSに到着した。殆どの乗客はここで下車し、バスは我々ともう一人の女性だけとなった。バスはKL-TBS/BTSを出発し最終目的地を目指す。我々の予測ではほぼ10-20分後には最終目的地に着くと予測していたのだが、バスは再び高速道路に入っていったのである。我々の不安はいっそう高まる。嫌な予感が過ぎる。待てよ、このバスの終点は“Putrajaya プトラジャヤ”、我々の目的とするバス停は”Puduraya プドゥラヤ”。良く似た名前だったので間違えちゃた。全く違ってた。「アアー、神様。我らを救い給え。」バスは目的地をどんどん離れて行き、やっとの事で終点”Putrajaya”に到着。実はこの辺りは最近開発され、マレーシア首都機能移転都市として発展が期待されている所なのでした。今回の旅行中の観光地として“Putrajaya プトラジャヤ”を入れていたのだが、こんなに早くにこんな形で行くとは情けない限りである。バスを降りたがどうやって本来行くべきアパートに行けば良いのかサッパリ分からない。バスの運転手に事情を話すと、びっくりはすれども慌てるばかり。余りに親切に色々尋ねてくれるので、我々をタクシーで行くことを決定し、その旨運転手さんに相談する。タクシー・チケット売り場に案内され、タクシー乗車券を買う。何、RM54.80(約¥1,650)だって!!。タクシー乗り場に並ぶタクシーの運ちゃんの中にKLに詳しいと言う人がいたので彼のタクシーに乗せてもらう。タクシーは再び高速道路に入って行く。タクシーの運ちゃんに我々の今回の失敗談と本来行きたいアパートの場所を書いた地図を渡すと、彼はその辺に行った事があるから心配するなと言ってくれた。「思い違いの代償」はとても高いものに付いたが、やっと安心して目的のアパートに向かうことが出来るよ。でも、前回の様に道も知らないのに知ってると言い、最終的にはあちらこちらに引きずり回されたら大変だ。「マア、良いか。この運ちゃんにお任せだ。」ホッとした我々もタクシーの運ちゃんとも親しくなり話が弾む。KLの中心街に入るに従い徐々に大渋滞となってゆく。本来ならもうアパートに着きゆっくりしている所なのに。
この運ちゃんは本当に道を知ってたし、目的地の前まで運んでくれたよ。

KL行きバス・チケット売り場 マラッカ・セントラル・バス・ターミナル バス・ターミナル内のお店
KL行き"Transnasional"バス 走行中運転手と喋る同僚、危ないよ バス・ターミナル近辺


エピソード
-6: 一週間のアパート生活

では、今回約一週間宿泊予定のアパートに話題を変えよう。

最近の我々の海外旅行の宿泊先はホテルではなく、出来るだけ現地の生活が少しでも味わえるアパートやペンション、あるいはB&Bにしている。今回宿泊のアパートはKLの中心街に位置する20階建の高層マンションの14階の部屋である。現地のオーナーさんがこの部屋を購入し、長期宿泊の旅行者に貸し与えているものである。部屋には当然キッチンと用品、ダブルベッド、シャワー室、ソファー、大型液晶TV,インターネット回線、エアコン、洗濯機、電子レンジ等など必要最低限の設備が揃ったスタジオタイプである。マンションは入口に守衛室、屋上にプールとジム設備、部屋のロックシステムも厳しい管理となっていた。オーナーさんの下でスタッフとして働くAnitaオバサンとそのスタッフのお姉さん達(フィリピン人だそうだ)が、勿論毎日の朝食のデリバリーと部屋の掃除をしてくれるのが嬉しい。毎朝8時頃にスタッフの女性が毎日違った料理(インド料理、中華料理、マレー料理等など)とスイカ、マンゴー、パインアップル等のデザートを部屋にデリバリーしてくれる。だから我々はジュースやお湯を沸かして好きな飲み物を準備するだけで良いのだ。部屋は綺麗に掃除されており、南東向きで窓からはKL市街で有名なブキット・ビンタンの食堂街とショッピング・モール、今若者に人気のあるベルジャヤ・タイムズ・スクエア、ツインタワー等の高層ビルが一望できる。ただ残念なのは、今の季節マレーシア西側は雨季であり、殆ど毎日夕方辺りから雷混じりの夕立が襲うのである。つまり外に夕食に出ようとすると雨降りとなる。しかし日中は暑い真夏が続いているのである。寒い日本の今の季節を思うと、贅沢は言っていられないのだが。

KLの我の宿泊アパート ダブルベッド、チョッと狭いな! リビングは広いよ
キッチンとテーブル 部屋の窓からLRT駅が見える 屋上にあるプール
ある日の朝食、ロティーと果物 翌日の朝食、焼そば、焼き飯とスイカ ビンタン通りでの夕食


エピソード
-7: クアラルンプール市街巡り

朝食後はほぼ毎日LRT(軽量軌道車),モノレールに乗ってあちらこちら廻ってみた。定番の観光コースの見学内容は、この旅行記を読んでくれている人達には興味がわかないと思うので、ここでは写真だけにして詳しい解説は割愛させてもらう。ここで取り上げたいのは我々が10年前に訪れた時のKLとの良い面、悪い面の比較である。あくまでも私見である事を事前に断っておく。10年前に訪れた時はSwiss Garden Hotelに宿泊した。そして今回のアパートはそのホテルの直ぐ後ろに新しく建ったビルなので、昔との比較がし易い。先ず気が付くのがかつてはホテルの周りには高いビルが全くなかった、だからホテルの窓からは殆ど360度遠くまで見渡すことが出来たが、今回はそのホテルさえも高層化され飛び抜けているのは勿論、周りには高層のホテル、マンション、コンドミニアム等などが所狭しと建ち並んでしまった。ところがその合間には以前にも見た平屋あるいは2階建の失礼ながら雨漏りのしそうな落ちぶれた長屋が、依然として所狭しと存在しているのである。

一方道路はと言うと、全て車優先が当たり前、所構わず不法駐車、無闇に警笛を鳴らし他の車や歩行者を脅迫する。信号が赤になっても、歩行者の渡る横断歩道を当たり前に通り過ぎて行く車やオートバイ。ただ変わったのは以前に比べ殆どの車が最新の高級乗用車や、思いっきり派手に塗り上げた新型の大型バスが行き交う様になった事、でも運転手のマナーは最低。また昔からある道路の歩道は相変わらずブロックは壊れ凸凹状態。さらにSwiss Garden Hotel前のプドゥ通りを渡って有名なアロー食堂街へ行くのに、この通りは車の混雑が酷く常に渋滞した状態であったが、この状態は今回も全く変わっていない。我々歩行者にとって一番困るのは、この通りを渡るのに横断歩道も信号もない事であった。今回KLを訪問する頃にはきっと改善されているだろうと期待していたが、10年経った今でも横断歩道も交通信号も何もない、歩行者は渋滞で滞っている車の間を縫う様にして渡り切らねばならない、危険極まりない状態が続いている事であった。我々がKLを訪問したこの時期学校がちょうど学年末だったそうで、毎日街は若者で溢れ返っていた。その若者衣装が昔と違い、どこかの国の新宿、渋谷・原宿辺りの若者の恰好と全く同じなのには我々世代には驚かされる。

おなじみツイン・タワー ツインタワー前の噴水池 マスジッド国立モスク
モノレールが入駅 賑わうブキット・ビンタン通り KLセントラルへ
KLモノレール プドラヤ・バス・ターミナル 新装なったバス・ターミナル内
市内フリーバス内(ピンクバス) ベルジャヤ・タイムズ・スクエア ムルデカ・スクエア
インド人街だったかな LRTがすれ違う駅前 KLスカイ・スクレーパー


エピソード
-8: バトゥー・ケイブ(洞窟)を再訪

バトゥー洞窟はヒンドゥー教の聖地である。前回ここを訪れた時には交通の便が悪く、仕方なく現地のツアーに参加して見学したが、今回はこの洞窟の入口までLRTが行く様になっていたのが有り難い。駅前近くから272段の急な階段を上がると、そこには大鍾乳洞があり、あちらこちらにヒンドゥーの神様や聖者像が祀られている。他の洞窟に比べるとこの洞窟内の天井は高いが奥行きは殆ど無い。見学無料と言うのも有り難い事である。以前に比べて平日にも拘らず見学者は多いし、殆どが海外からの(特に中国からの)観光客である。一見の価値はあるが、我々無宗教者にとってはそれ以上の物ではない。
  

新しいKTMバトゥー・ケイブ駅 バトゥー・ケイブ入口 バトゥー・ケイブ前広場
バトゥー・ケイブ階段 急な階段を必死で上る 階段を上り詰めると
洞窟内天井は高い、更に階段 洞窟中央天井から光が漏れる ヒンドゥー教の神々


エピソード
9: 地元民の朝食風景を垣間見る

KL6日目の朝食前に突然朝食を運んでくれているスタッフAnitaから「アパートの女オーナーから朝食の招待がある。」との連絡が入る。実はこの日は朝から、前述の通り、マラッカからKLに来るバスの降り場を間違えて行ってしまったPutrajayaプトラジャヤへのリベンジとして、ここに見学に行く予定をしていたのだが、折角の誘いを断るのも失礼なので、この招待を受けることにした。朝9時アパートの近くにある女オーナーの事務所で待ち合わせる。彼女の車に乗り込んだのは良いが、車のエンジンはプツンとも言わない。バッテリー上がりである。でも彼女は殆ど慌てない。仕方なく別の車に乗り換え出発だ。オーナー(名前は Christina多分ニックネームであろう )からの誘いとあり我々も少々緊張する。「朝から何が食べられるのかな?」十分ほどで到着したのは、現地住民が朝食を摂るために多く集まる屋外中華食堂である。広い庭にテーブルが沢山並んでおり、現地人と思われる多くの人々がそれぞれのテーブルを囲み賑わっている。我々日本人にはチョッと入り辛い場所である。混雑の中をChristinaはドンドン進んで行き我々はそれについて行く。食堂の係りの案内で未だ食事をする客の居るテーブルを相席で陣取る。食事中の女性は慌てて食べ尽くしテーブルを離れる。Christinaは料理の名前を挙げながら注文を決めて行く。我々は殆ど内容も分からず頷いてOKサインを送る。テーブルに並んだのは、焼きビーフン風皿、お椀に入った汁入り麺、デカイ春巻き一本、コーヒーと紅茶をミックスし非常に甘くした地元民で人気らしい飲み物。Christinaが食べるよう薦める。でも彼女は箸を付けない。決して不味くは無いが普通の食べ物である。我々の食事中も Christinaは慌ただしく席を立ったり携帯電話を掛けたりしているが、合間を縫って我々は彼女と話を進める。 Christina3代前が中国広東(?)からKLに移住したそうだ。彼女のご主人も中国人で家では中国語で会話するが、仕事場ではマレー語と英語を使うそうだ。このオーナーさん達は我々の宿泊するアパートの他に近辺に4つの貸アパートを持っているそうだ。また彼女はフロリストで事務所で花屋を開いており電話注文を中心に切り花を売っているそうだ。「いつも忙しそうですね。」と尋ねると、「忙しいのが一番良い。」と誇らしげに言っていました。その後会話をしながら、彼女は自分用に別の麺類を注文し食べていたのが、我々には理解できなかった。

食後はこの屋外食堂の近くにある野菜・果物等の屋外マーケットを案内してくれた。広いマーケットの中には大量で多種類の野菜・果物等などが並んでいたが、その中には日本では見た事の無い物が沢山並んでいるのにも驚きであった。Christinaが色々な果物を買って行くのに釣られて、我々もランプータン似の果物(名前は忘れたが)を買って帰った。我々個人では中々経験の出来ない「食事ツアー」であった。マーケット見学後Christinaは我々をアパートまで送ってくれたが、既に外は非常に暑くなっており、それが我々を Putrajayaプトラジャヤに行くのを妨げた。明日の晩にはKLを出発して日本へ帰るので、KLセントラル駅に行きの準備をする事にした。

混みあう屋外地元中華食堂 これ注文してくれました アパートのオーナー(中央)と我々
屋外大中華市場 各種果物と野菜が所狭しと並ぶ この果物買って見ました

エピソード
10: KL最終日

11月16日、今晩22:50、KLIA発JL724便で日本へ帰る。本来は今晩もう1泊して翌日チェックアウトするのだが、帰国便が夜中になるので帰国日を1日早め、時間までゆっくりアパートで休んだ後に空港に向かう予定にしていた。朝食後Anitaが帰りの交通の件とチェックアウトの件を話す為に我々の部屋を訪れてくれた。我々のプランではアパートから最寄のモノレール駅まで歩きそこからモノレールでKLセントラル駅に行き、そこから空港に行くのに最も便利なKLIA Expressに乗り換え空港に行く予定だったが、Anitaの勧めでアパートから空港までタクシーを使う事にした。チョッと高いが、空港まで乗り換えもあるし重い荷物もあるし、午後は必ずと言って良いほど雨が降るので、この方法が結局ベストであった。タクシーで空港まで約1時間、良く喋る運転手さんと話しながら暗い高速道路を飛ばして無事空港に到着。明日の朝は成田空港だ。マレーシアでの結構長い10日間だったが、良い経験と楽しいふれあいの旅でした。暑いマレーシアも嫌ですが、寒い日本はもっと嫌ですね。

タワーが聳える夜景 裏から見た我々のアパート・ビル 夜のKL国際空港内
常に大渋滞の道路 高層ビルと対照的な古い家屋 高層ビルの間に埋もれた家屋
昼間のKL摩天楼 ビルの間をLRTの線路が走る 右のSwiss Garden Hotelとタワー


エピローグ:

マレーシアには現在マレー系の民族が65.5%、中国系が25.5%、インド系が7.5%、その他1.5%が住んでいるのだそうだ。一つの民族が殆どの日本にとっては、多くの民族が一つの国として暮らして行くのは大変であろうと推測する。今回我々が触れ合う事の出来たマラッカのホテルのフロントのスタッフ、タクシーの運転手さん達、あるいはKLのアパートのオーナーさん等、現地の人に聞いてみると皆仲良く暮らしていると自慢げに言う人達も当然居る。しかし、問題も多そうだ、特に国の政治に対する不満が多い様で愚痴をこぼす人が多い。特にここ10年ほどの間に、KLにはあちらこちらに所狭しと高層やビルやタワーが立ち並んでいるし、まだまだ建築工事が行われている。しかし一方では依然として昔ながらの今にも壊れそうな、いや既に壊れた家や低層階のビルがひしめいている。道路にしても高速道路やLRT, モノレールの線路が張り巡らされているが、一方凸凹道が到る所に放置され、小さい道は直ぐに行き止まりとなってしまう。車最優先で歩行者の為の信号機もまともな歩道もない所が沢山ある。更に悪いのがマナーの悪さだ。車は信号を守らない、方向指示器は殆ど出さない、例え高速道路でもである。警笛を頻繁に鳴らし車も人も蹴散らして走るのが当たり前。車検制度がないのか、あちらこちらで車もバスも道路の真ん中で故障してエンコしている。歩行者も平気でゴミを道端に捨ててゆく。一見裕福になっているように見えるが、全てが10年前と殆ど変わっていないのが残念である。この国の名誉の為に書き加えておきたい。我々が混雑したモノレールに乗った時、はにかみながらも親切に席を譲ってくれた若い女性がいた。また、お話の出来た数人の人の殆どが、お世辞ではなく日本は素晴らしい国だと憧れてくれているのも強く感じました。ただ残念ながら最近の日本は彼等が思っている程ほどでは無くなってしまった事を少々恥かしくも思えましたよ。
かつては元首相の「Look East, Look Japan」のスローガンに従い、追いつけ追い越せで発展してきた国が、最近の掛け声は、低迷する日本を目指すのではなく、「Look East, Look China」のスローガンに変わって来たと言う。外見(物質)ばかりにこだわって、これ以上マナーの悪い国にならないで欲しいものである、この国が好きだから

エピソードでつづるマラッカ & クアラルンプールの旅