これは2013年11月11日(月)〜25日(月)までの2週間、台湾の台北および台南のレンタル・アパートメントでそれぞれ一週間づつ生活してみた旅の記録である。台湾への旅行は2000年6月に台北・花蓮、2008年3月に台北、同年11月に台中・台南・高雄・台北に続き今回が4度目である。この度の旅の目的は、あえて言うなら現地庶民の住むアパートで生活をしながら観光地も交え、じっくりと街を散策すること。なおかつ出来れば現地の人々との好い触れ合いがあれば良いとも考えている。その為、この旅行記には観光地の案内とか感想は、あまり記載していない事を事前にお断りしておく。日本の11月の寒さを避けて暖かい台湾でのんびりリラックスするのも、我々年長組には良い旅となるであろうと期待した。

台 北 編 1月11日(月)〜18日(月)


台北のアパートに到着

我が家から高速バスで羽田空港に行く。チェックインおよび出国手続きを無事に済ませ12:40発NH1187便で羽田空港を飛び立つ。約4時間後無事に台北市街にある松山空港に到着。入国手続きと両替を済ませ、今回宿泊するアパートのオーナーさんと待ち合わせの約束をしたアパートに近いMRT南路東駅へ行く予定であったが、この日の台北は雨。そこでオーナーさんのご主人(Russ)が車で松山空港まで迎えに来てくれた。これはご親切なことである。空港からアパートまでは近いので直ぐにアパートの建物前に到着する。そこではオーナーさんの奥さん(Shirley)が傘を持って我々をお出迎えである。我々が宿泊するアパートの部屋は3階。建物自身はチョッと古いが、部屋はリフォームされたばかりで、とても綺麗である。ポーチを入るとそこは直ぐにキッチン、そしてリビングルーム、さらにメイン・ベッドルームと2段ベッドが取付けられた子供部屋的ベッドルームがある。もちろんシャワー・バスタブ付きバスルームもある。オーナー夫妻が各部屋を案内してくれると同時に、設備の使い方など色々と説明してくれる。驚いた事に冷蔵庫には今回宿泊中に充分な程の水ペットボトルや、ティーバッグ・ジュース・コーラ、バナナ、その他にも沢山のお菓子類、即席スープ、さらにお粥等あらゆる物が備え付けてある。それ以外にもケース入り歯みがきセットや洗濯機用洗剤、体重計(?)等、一般家庭での生活に必要な道具や備品が全て揃っているのだ。「備え付け品は最高級品を揃えています。全て無料ですのでご自由にどうぞ。」と、張り紙してあったよ。これまでアジア、ヨーロッパの何件かのアパートに宿泊したが、クチコミ通りこんなに設備が揃っているのは全く初めてだ。 部屋代はチョッと高めだったが、それに充分見合うだけの価値はある「おもてなし」だ。

その日オーナーさん達との別れ際、彼等から「もし良ければ、週末に台北近辺の観光地に車で案内しますが、どこか行きたい所があれば連絡して下さい。ただ、小さい子供が2人いるので、子供達も一緒に連れて行きますが・・・・。」との誘いまであった。「エッ!それは有難い。行きたい場所を考えて連絡します。」と我々。と言う事で、お誘いを全く断らずに受け取る事になりました。感激!!(これについては後述)
台北での生活 台北のアパート 我々は3階角部屋 洗濯機付きキッチン手前左が冷蔵庫
リビングルーム 主ベッドルーム 2段ベッドのある子供部屋(?)


先ずは台北独り言


翌日からは台北の街やその周辺を、MRTを使ったりして散策してみた。
我々のアパートの一階入口傍でおばさんが「日式紅豆餅」を営んでいた。「日式紅豆餅」の看板を見た時、これが何なのか分からなかった。開店してから覗いてみたら、おばさんが日本の「今川焼」を焼いていた。おばさんは覗いている我々に気付き、「いらっしゃい、美味しいから買っていってよ。」 おばさんは日本語が流暢だ。奥からメニュー持って来て見せてくれた。小豆アンコばかりではなく、ゴマアンとか色々な具材があるようだが、読めない漢字もある。懐かしいし旨そうなので直ぐに注文。出来立ての暖かいのをアパートに持ち帰って食べたけど、確かに旨い。この店、毎日夕方4時頃から夜遅くまで、店の前には何時通っても数人の客がテイクアウトできるのを待っている。おばさんが忙しい時は、おじさんが手伝っている様だ。

アパートから表通りに出る道は何時も、両側がスクーターで一杯だ。この間を車が行き来する。危なくて歩き難い。でも、こんな風景はそこらじゅうだから、現地の人は全く気にしていないようだ。台湾には、車も多いがスクーターの数がそれ以上、半端じゃない。後述するが、一人に一台?人間の数より多いかも。歩道が常に占領されていて、歩行者は歩く所がない、いや、我々の様に歩く人は殆どいないし、自分達もスクーターに乗り、歩道に停めてるから文句は言えないんだろう。

今回の旅行で、事前にインターネットを利用して、台北−台南間の高速鐵道(HST)往復切符予約しておいた。下の写真は予約後駅で切符に交換したものである。台湾の新幹線は、先輩の日本に比べて値段が安いのだ。しかもさらに我々高齢者に優しい。65歳以上は普通切符の半額で買える。我々税金も払っていない外国人にも適用してくれるから有難い事である。日本のJRさんも見習って欲しいね。

道路が車やスクーターで混雑する台北市内を移動するには、MRT(殆ど地下を走らないけど地下鉄と呼ばれてる自動運転の電車)が非常に便利だ。乗る度に切符(実際は青い丸いICチップだ)を買うことも出来るが、殆どの人は「悠々カード(俗名Easy Card)」を使っている。これは日本の「SUIKA Card」の様なものである。我々もこれを買って使った。これを使えば普通運賃より2割引で乗ることが出来る。我々65歳以上の高齢者用には「優待悠々カード(下記写真)」がある。ローカル・バスに乗る時に優遇してくれるらしいが、良く分からない。ちなみに台南のローカル・バスでも使えるそうだ。また、我々旅行者等で不要になったら返金してくれる。
「日式紅豆餅」を作るおばさん スクーターが道路の両側を占拠 左4枚が高鐵往復切符と、右2枚がMRTカード


台北を散策してみた

それでは「悠々カード」を使って街を散策してみる。MRTの駅構内は何処も近代化されている。券売機も、改札口も、さらに殆どの駅はプラットホームと電車の線路間には、日本の新幹線ホームに良くある、自動開閉扉が付いている。電車の扉前位置には日本同様電車を待つ人用のラインが右と左側に分かれて引かれているし、殆どの人がこの線に従い正しく並んで待っている。たまに例外的に割り込む人もいるが現地人でない人種かもしれない。電車の扉が開くと、引かれた線の中央から下車してくるから、下車しながらでも同時に乗車出来る様だ。MRT内の座席数は少ない様だが、混雑しても優先座席は空けている率がどこかの国より高いと思う。ただ携帯電話は日本の様に禁じられていないので、電話し放題だが、多くの人が声を低めて話している。
MRT自動改札口 MRT自動開閉ドア付きプラットホーム MRT車内 紺色シートは優先座先

我々の昼食はデパートの地下とか、駅構内の大衆食堂をよく利用した。何処で食べても常に旨い。鍋物定食が良く食べられている。いづれにしても味は薄めでハズレがない。若い人、学生が多いようだ。夕食時でも若い人達は友達と、こんな所で食事を済ます人が多いようだ。中にはここで勉強や宿題等をする姿を良く見つけた。家族と一緒に家で食事をしないのかな?滞在中時々はコンビニで弁当を買ってみた。普通のコンビニ弁当も旨いし、味がとても薄く我々世代には食べ易い。中には握り寿司とか、のり巻とか、カレーライスとか、小籠包もあるので楽しい。自助餐(ビュッフェ形式でバラエティーに富んだ料理を選んで食べれるレストラン)も試してみた。厚紙・発泡スチロールの皿にカウンター等に並んだ色々な種類の食材を使った料理を、自分で取って入れ、カウンターで支払いをする。料金設定は店長等の大雑多な感で決まる様だ。その場で食べても良いし、テイクアウトにしてもらっても良い。勿論これらも暖かいし、安いので人気がある。
MOMO百貨店地下食堂で 若者が多い台北駅2階食堂 麺と小籠包、 ハズレは先ずない

早朝の街を歩いてみる。早朝からアーケードでは既に店が開き始め、人だかりも出来ている。台北駅構内はデカくて広い。台北駅の南にある二二八和平公園へ行ってみる。今日は運悪く風が強いので公園を歩く人もまばらである。日本統治時代に台湾で初めて造られた洋風公園であったが、今は二二八事件を記念して、二二八和平公園と改名されたと言う。

行天宮に行ってみた。三国志の英雄、関羽が祀られているそうだ。商業の保護神としても信仰されている。観光客風の人も多いが、雨の中地元の参拝者が行列を作って待っているのが凄い。多くの日本人はその場限りの信仰心だが、ここでは老若男女誰もが本当に信心深い人々なのである。

台北の街には異常にタクシー(イエロー・キャブ)が多い。黄色いのでなお更目立つのかもしれない。
早朝のアーケード街 バカデカイ台北駅構内 二二八和平公園
平日でも出入りが絶えない行天宮前 関羽を祀る廟「行天宮」 行天宮の中で行列で待つ参拝?
タクシー(日本車)の数が半端じゃない 街中を歩いてみた タクシーだらけの街中

MRT文湖線の「大安」駅出口から西へ徒歩5分。台北のオアシスとも言える「大安森林公園」にやって来た。まだ人は少ない。名前の通り広い公園内には大きな木が。自然に育ったと思われるゴムの木が異常に伸びている。地面は芝生が植えられている。散歩する人々、太極拳など体操をするグループ、ベンチに腰掛くつろぐ人。公園内の池の周りでは小鳥がさえずり、本当にのどかな場所となっている。市民の憩いの場に相応しい公園である。我々もここで体操をしたり、お菓子を食べたり、台北住民の様に寛いでみた。
大安森林公園 公園の一角 公園の湖畔ででくつろぐ


MRTで淡水へ行って見る

淡水河に沿って発達した「淡水」は台北中心からMRT淡水線の終点にある落ち着いた若者の街である。淡水駅を下りると北側にはモダンな街が広がり、南側には淡水河沿いには土産物売り場、レストラン等が立ち並び、河との間は観光地に相応しいのんびりとした公園、どこまでも続く遊歩道などがある。河の対岸には八里区のある島が見える。島へは夕日を眺めながら渡し舟で渡る事も出来る。
土産物などを売る商店街のアーケードを歩き、街の奥へと進んでみる。商店街を抜けると街は急に閑散とし、観光目的の我々には見るものはないので、再び駅の方へ戻る。昼食時とあって何処のレストランも一杯だ。我々は途中で便利な自助餐を見付け、お持ち帰お弁当にしてもらう。河沿いのベンチに座り河を眺めながら昼食とする。弁当の味は中々である。満腹だ。食後の散歩をしながら淡水を楽しむ。どこからか日本の古い歌謡曲が聞こえてくる。ここはどこ?何回来ても落ち着くよ。
MRT淡水駅 淡水駅前広場 駅から商店街へ
店が立ち並ぶアーケード街 淡水駅近くの広場 淡水河に沿って店や遊歩道
淡水河と対岸にある島を望む 昼食にセルフの弁当を買ってみた 淡水河沿いは長ーい遊歩道


MRTとローカルバスを使って烏来へ行ってみた

今日は朝からお天気の良く、暖かい。予定通り烏来(ウーライ)に行ってみる。烏来はタイヤル語で「温泉」と言う言葉を漢字に当てはめたものらしい。台北の街から約30km南にある小さいが人気のある温泉郷。烏来へはMRT新店線で新店駅へ行き、そこから烏来行きローカルバスに乗車し終点、「烏来」で下車する。このバスは烏来に行く観光客のみならず、地元の人達の交通機関となっているようで、とても混雑していた。バスを降りると、川沿いに烏来温泉街と思われる街並みが見え、その右先には既に水着を着た人々が見える。ぞろぞろと烏来橋を渡ると、道沿いには沢山のお土産屋や食堂が並んでいる。さらに覧勝大橋を渡った所にタイヤル族の像が建つ。ここを右に曲がった露天風呂の見える方へ行ってみる。道路沿いから川の方へ小さな橋を降りて行く。下からチョッと高齢の金美麗風のおばさんが、我々に気付きニコニコしながら登って来て我々に日本語で声を掛ける「こんにちは!台湾にようこそ。」 我々も「こんにちは!ありがとう。」何で日本人って分かるのかな?

露天風呂は老若男女、水着姿で湯に浸かったり、岩の上で甲羅干しをして楽しんでいる。我々も一緒に入りたい気持ちだが、チョッと恥ずかしいし、後の着替えが大変だ。川や温泉街を見ながらのんびりと日向ぼっこだ。暖かくて、いや11月なのに暑い程の気候である。一段落した後、先程の道路に出て、さらに上に行ってみた。道は川に沿って登り坂、車も通る。途中道路と川の間に綺麗なお寺があったので下りてみる。誰もいない。再び道路に戻り、烏来観光大橋まで行ってみたが橋は閉鎖されているようだ。諦めて、今来た道を覧勝大橋間で戻り、そのまま真っ直ぐ行ってみる。温泉街には小さな旅館あるいは民宿の様な建物が所狭しと並んでいる。この先に烏来特定風景区内を走るトロッコ駅があるというのだが、観光する人もなく、疲れたので再び橋へ戻り、饅頭を買ってバス停に戻る。バスの時間まで川を見ながら昼食代わりに饅頭を食べ、バスに乗り台北に戻ることになる。
こういう田舎町は、車を持たない個人で来るのは結構大変であるが、人との触れ合いもまた楽しい。
MRT新店駅前烏来行きバス バスで烏来に到着 烏来の街に繋がる覧勝大橋
街は食べ物屋さんで一杯 美味しそうな饅頭 南勢渓の向こうに温泉郷
娘を背負ったタイヤル族の像 賑わう温泉露天風呂 南勢渓沿いの露天風呂
道路と川に挟まれたお寺 名前? 烏来温泉の街を望む 烏来の街の宿泊施設


台北周辺観光地へのドライブ


週末のドライブに誘われた話の続きである。好意に甘えて、出来ればランタン(提灯)の灯った夕方頃の「九分」へ行きたいとお願いしてみた。オーナーさんからの回答は、「それならそれまでの間に、「道中にある「野柳地質公園」、「朱銘美術館」や「新北私立黄金博物館」に寄るのはいかが」と言ってくれる。「エッ!そこまで行ってくれるなら、ついでに美術館から近い「金宝山ケ麗君(テレサ・テン)墓苑」に連れて行ってよ。」と、さらにわがままなお願い。テレサ・テンは我々世代のアイドル、今でも日本でも有名だし、日本からの団体ツーアー旅行にも含まれているとか。オーナーさん達、これもOKの返事。なんて優しい人達なんだろうね。と言う訳でドライブ・コースは決定したのだ。

16日(土)ドライブ旅行の当日。朝からお天気が悪い。約束の10:30に車でアパートまで我々を迎えに来てくれた。車内はオーナーさん夫婦と子供達2人、それと我々夫婦の6人で東へ向かう。先ずはお互いの紹介方々親睦を図る。まるで三世代の家族旅行だ。女の子2人はそれぞれ6才(Dodo)と4才(Fifi)。2人ともチョッとシャイな子だとか、「でも直ぐに本音が出るよ」とShirleyが言う。話によるとShirleyのお姉さんは日本人と結婚し、今東京に住んでいるのだそうだ。当然彼等も日本人ひいきだろう。チョッと安心。

「野柳地質公園」

雨の中、先ずは「野柳地質公園」に到着。こんな雨にも拘らず駐車場も公園も観光客で一杯だ。多少霧がかかった歩道を列を作って先に進む。まるで大きなマツタケの様なキノコ岩が最も目を引く景観。これは永年の海水による侵食を受けて硬い部分だけが次第に露出して出来たものだそうだ。一番有名な「女王頭」は強い風や雨や波にさらされ、今危険な状態にあると言う。「これを見たい人は早く見ておかないと、首なしになっちゃうぞー。」 この他にも、生姜岩、ローソク岩、キノコ岩、パール岩、二十四孝山等などの芸術品岩が立ち並んでいる。
オーナーさん家族と一緒にパチリ! 観光客の列 女王の頭
一面変な岩だらけ 生姜岩(Ginger rock) 燭台岩(Candle rock)
岩の名前は分かりません 海鳥岩(Marine bird rock)かな? 雨の中、色々回ってみました

「朱銘美術館」と「金宝山ケ麗君(テレサ・テン)墓苑」

次は美術館の予定だったが、そこの作品の80%が屋外展示のため、この雨では無理なので残念ながら、ここは飛ばし金宝山ケ麗君(テレサ・テン)墓苑に向かうことにする。クネクネ道を進んだ後、突然広い大きな墓苑が見えてくる。墓苑の一番奥にある墓石の手前の芝の上のトーン記号の真ん中にテレサ・テンの像立っている。その前に大きな鍵盤がありスピーカーから彼女の歌声が流れているのが微かに聞こえる。若い頃の写真が飾られ、献花をする人の絶える事がないと言う。さすが日本を含むアジアを制した歌姫の墓である。オーナーさん夫婦も、ここは初めてだという。「今後お客さんを連れてくる場所が増えた」と喜んでくれた。お世辞かな?

「新北私立黄金博物館」

続いて金爪石の産地に広がる博物館に着いたが、一向に雨は止まない。入り口辺りにある日常生活体験空間「四連棟」へ行く。この建物は台湾では少数しか残っていない、特殊な種類の日本式建物である。日本統治時代に日本人職員の宿舎として使われた。木造建築の建物内部をそのまま生活体験空間として公開している。順番を待って中へ入ると、我々世代には何となく懐かしい家の構造と設備を見る事が出来る。ドラマや映画の撮影スポットとして人気があるそうだ。その他の建造物も沢山あったけど、日も暮れだし、雨が激しく子供達も可愛そうなので、早々に引き上げることにした。だからここでの写真は一枚のみ。
ケ麗君(テレサ・テン)墓 テレサ・テンの墓に顕花 ケ麗君(テレサ・テン)墓正面から
テレサ像の前の大きな鍵盤 ケ麗君(テレサ・テン)墓から 日常生活体験空間「四連棟」

夕方の「九分」街を歩く

いよいよ最後は「九分」である。我々は前回台北を訪れた時にもローカル・バスで「九分」を訪れたが、よくTVの旅番組に出てくる、夕方(夜)の提燈(ちょうちん)の燈ったレトロは風情があふれた町中を、ぜひ訪れたいと思っていた。しかし、車のない自分達で夕方に訪れるのは無理だと諦めていた。ところが突然今回その願いが叶った事は、誠に嬉しい事である。オーナーさん夫婦には感謝している。
曲がりくねった坂道をユックリ車は登って行く。週末の為か駐車場も道路も観光客で大混雑。団体旅行のコースでもきっと夕方を目指してここを訪れるのだろう。お互いに迷子にならないように気を配りながら薄暗い石段と路地の多い小さな道を歩いて行く。路地の両側は土産物やレストラン、食べ物や等でぎっしり。オーナーさんのRussも子供を肩車して歩いて来る。子供達ももうグッタリだ。南北に伸びた賑やかな路の終わりは映画「悲情城市」の撮影に使われたレストランがあり看板が見える。お天気が良ければ、町の全景と海が見渡せる筈だが、そんな事を言ってる暇もない。ただ言える事は、間違えなくここを歩く観光客の半分は日本人であろう。聞こえて来る日本語が語っていたよ。

帰りの車の中では子供達はもうグッスリ。後でShirley曰く:「子供達はあれから翌朝目を覚ますまで、ズットあのまま寝てた」んだって。大人の我々も結構グッタリだったから、当然だろう。オーナーさん達の暖かいオモテナシのお陰で夢がなったよ。良い思い出を本当にありがとう。謝々!!
御土産売り場、日本人だらけ 九分の食堂で夕食Dodo & Fifi姉妹 土産物売り場の前の人だかり
写真を撮ってる人撮っちゃった この人集りでは人しか見えない 絶好の撮影ポイントはこの辺かな?


台北の新都市を歩いてみる

開発の進む台北新都市を歩いてみる。先ずは台北のランドマーク、高さ508mを誇るTAIPEI 101.。なぜか周りはひっそりしている。そこから西へ進むと、中山公園と書かれた公園がある。今日はお天気の良く暖かい日曜日とあって、若者や家族ずれが多く集まりそれぞれ休暇を楽しんでいる。アンプ持込みで歌を歌う者、ジャグリングをする者、ギターを伴奏に歌うグループ等、先程のTAIPEI 101辺りの静けさとは全く違ってとても賑やかである。中山公園の中に、孫文生誕100年を記念した国父紀念館が建つ。周囲は花畑や木々の茂る遊歩道や湖(翠湖)のある広場となっている。公園内で一際目立つ中国宮殿風記念館の一階には孫文の銅像や孫文に関する資料展示室がある。孫文銅像両横で銃を持って微動だにせずに立ち尽くす護衛の姿は、本物の人間なのか人形なのか今でも分からない。
聳え立つTAIPEI101 中山公園 中国宮殿風紀念館
国父紀念館内部 中山公園内の翠湖 中山公園内遊歩道
台南編11月18日(月)〜25日(月)

台南のアパートに到着

台北に別れを告げ、次の宿泊地、台南へ移動する。MRTを利用し台北車站に行く。ここからは高速鉄道(High Speed Train)で台南駅に、向かう。高速鉄道の切符(上の写真参照)は事前にインターネットで予約をしてあるので台北駅で交換する。
前にも述べたが台湾新幹線は65歳以上には通常料金の半額で乗れるのは高齢者にはとても優しいシステムである。高鐵台北駅12時36分発#653に乗車し高速鐵道台南駅に14時19分の定刻に到着する。高鐵台南駅から台南市街地に向かうため在来線の電車に乗り換え台湾鉄道台南火車駅へ行かねばならない。ちなみにこの電車では、台北で使った悠々カード(Easy Card)が使えるので便利である。今まではバスしか交通の便がなかったそうだが、最近鉄道が利用できるようになり便利になったそうである。台南駅には今回宿泊するアパートのオーナーさん(Kuanling)が車で迎えに来てくれているはずだ。待ち合わせ場所は事前に繰り返し確認してあったのだが、お互いの誤解により多少のトラブルがあったが、無事に会うことが出来た。車にはKuanlingの母親も迎えに来てくれていた。残念ながら母親は英語も日本語も殆ど喋れないので、意思の疎通が難しい。母親は娘に何か盛んに言わせている。歓迎してくれている気持ちは充分伝わってますよ。

直ぐにアパート前に到着。母親と一緒にアパートの部屋を案内してくれる。建物の外観は古い様であるが、ここも室内はリフォームしたばかりか、とても綺麗にしている。我々のアパートの部屋は5階で80uあるそうでとても広い。そこにはリビング兼ベッドルーム、ダイニングキッチン、シャワー付きバスルームとポーチがあるが、それぞれの部屋は区切られていないので、さらに広々と感じる。南向きの窓から外を眺めると直ぐ下に平屋の「鄭氏家廟」がある。だから明るく眺めが良いのが嬉しい。しかしキッチンにはガスコンロ、冷蔵庫、茶箪笥、湯沸しポット等はあるが、電子レンジもキッチン用器具は全く置いてないので火は使えない。多分外食ばかりで今回は殆ど自炊しないので、それ程不便ではない。

当初はオーナーのKuanlingの代わりに、近くに住む彼女の両親が駅まで迎えに来てくれる予定だったのだが、父親が突然検査入院する事になり、結局Kuanlingが迎えに来ることになったのだ。父親が迎えに来るというので、「我々は台湾語が喋れないけど、お父さんは日本語か英語は喋れるの?」と尋ねたら、「お父さんは日本語が喋れる。しかし耳が遠いので・・」と言う事だったので、我々は一安心していたところだった。

後日、オーナー・ファミリーが我々が退屈しているのではないかと気使ってくれたのか、こちらでも「良ければ週末に車で、博物館か関子嶺温泉に行かないか。」と思いがけないメールでの誘いの連絡が入った。わざわざ車で博物館は勿体無いし、関子嶺温泉は日本のガイドブックでも取り上げられた有名な温泉場なので、ぜひ連れて行って欲しいとお願いする。と言う事で台北同様、台南でも我々をドライブに誘ってくれた。(後述)
台 南 高速鐵道(Taiwan High Speed Train) 高速鐵道の車内
在来線 奥の黄色い建物の5階が我がアパート リビング兼ベッドルーム
ダイニングキッチン アパート下に見える鄭氏家廟 アパート近辺


先ずはアパートから歩いてみよう

アパートの近くに台南孔廟がある。前回台南を訪れた時もここに立ち寄ったのを覚えている。確か入口前の芝生の上で、太極拳をしている団体が居たっけ。台南孔廟前の府中街を通り抜けると公園が有る。前回もここで一休みした。前より綺麗になった様な気がする。

後日、今度は台南駅の方へ行ってみた。この辺は前回も良く歩いたので安心だ。駅前のお弁当屋で、お寿司弁当を買い、台南公園に行ってみる。入口の建物の中では前回同様、年長組みの人達が大勢集まり、マージャンらしき事をして暇をつぶしている。池の周りのベンチに座り、池を眺めながらお弁当を広げる。池には丁度ハスの花が咲いていてとても綺麗だ。ここでもお散歩する人達が三々五々見受けられる。我々も現地の住民同様だ。弁当も旨いよ!
台南孔廟入口 台南孔廟 台南孔廟前府中街
臨水夫人媽廟 鯉の池に竜の噴水 台南公園入り口
台南公園 この木何の木不思議な木 台南公園内


安平古堡を訪ねてみる


台南市で最も早く開かれた安平は、今でも昔の雰囲気が残っている。安平までは観光用に走っているバスを利用するか、タクシーを利用するしかない。ところが我々はアパートから歩いて行ってみる事にした。地図に依れば安平までの道は直線なので迷うことはない筈である。車で混雑する道を過ぎると台南運河沿いの歩き易い広い歩道となる。車の心配はなくなったので安心して歩くことが出来る。後は距離だけの問題である。対岸に高いマンション風のビルが見え出すと、安平古堡まではもう直ぐである。片道約6km。時間は掛かったが、思ったより近いものである。
安平古堡は1624年にオランダ人によって築かれ、使われたレンガはインドネシアから運ばれて来たものだそうだ。敷地内には2つの博物館がある。
城塞博物館のタワーに登ってみる。タワーからは安平老街は勿論、安平港、台南の街まで見渡せる。気を良くして帰りも安平運河の対岸沿いの歩道を歩いて帰る。
台南運河沿いの歩道を行く 運河沿いを離れていよいよ街に入る 安平古堡正面
入り口近くにある安平開台天后宮 城塞と大砲の列 安平運河の先には安平港
安平運河に映る二段構えのお寺 台南の街 水萍温公園


台南の街をあちらこちら散策してみた

台南の街をあちらこちら散策してみることにする。先ずは南の方へ。どこも車とスクーターが多くてとても歩きにくい。地図を頼りに水萍温公園に行ってみた。どうも老人達の溜り場のようだ。マージャンする人、池で釣りをする人、公園内を歩く人、それぞれ余暇を楽しんでいるようだ。我々も同類だ。のんびりと人々を観察したりして池の周りをお散歩している。台南人に成れるかな?

次は北の方へ。地図を頼りに神農老街を目指す。ここは清代からの町のの名残が感じられる街。細い石畳の路地を歩くと、両側に昔から続けられているのだろう、昔ながらの素朴な芸術作品を作り、通る観光客を引き付けるアートの街だ。路地の行き止まりには派手な薬王廟が建っている。
神農老街 神農街の先は薬王廟 アパートの近くにある「度小月担仔麺」食堂で


関子嶺温泉へドライブする


22日(月)、朝早くからKuanlingの運転で、お父さんはガイド役で、我々をアパートまで迎えに来てくれた。早速、高速道路を通り、関子嶺温泉へ向けて走る。車内では色々な話に花が咲く、と言いたい所だが、ややっこしいのは言葉の問題である。娘のKuanlingは台湾語と英語を喋れる。お父さんは台湾語と日本語が喋れる。家内は殆ど日本語だけ、私は日本語と英語だ。と言うことは、皆が共通に理解できる言葉がないのである。それぞれが喋り通訳し、あるいは分科会状態。さらにお父さんは耳が遠いので繰り返し大きな声で喋る必要もある。

関子嶺温泉への高速道路の途中でパーキング・エリア(PA)で一服する。お父さんによると、このPAは台湾で一番大きいのだそうだ。週末の為駐車場はほぼ満杯状態だ。PAのショッピング・ブースに入ってみる。中はとても広くお土産品や食べ物等の色々な物を売る店が入っている。お父さん我々に大きな饅頭を買ってくれた。さすが本場、中々旨いが、立ち食い(歩き食い)は辛いものがある。
高速道路途中のパーキング・エリア パーキング・エリア内ショッピング・センター 左からKuanling、お父さん&家内


関子嶺温泉は「美人の湯」

高速道路を下りて一般道を通り抜け、ひなびた田舎道に入って暫く行くと温泉街が見えてくる。ある建物の敷地に入り車を停める。Kuanling曰く。ここが彼女達がよく来る温泉だそうだ。皆でフロントへ行く。彼女が受付のスタッフと色々交渉してくれる。こんな事もあろうと、我々は日本から水着と簡易タオルの用意をしてきている。入浴料NT$300/人である。
ここは露天の泥湯温泉で有名で、オーナーさん親子に待っててもらい、我々二人だけで一時間ほど泥温泉等に浸かってきました。ロッカーの使い方などでゴタゴタしている我々を見て、地元の人が親切に色々教えてくれる。泥は思ったより水っぽかった。いくつかの浴槽があったが、どこも湯温が結構高く、慣れるまで時間が掛かる。気持ちが良いので時間があればもっとユックリ入っていた方のだが・・・。

後で知ったのだが、{関子嶺温泉は台湾の温泉の中でも、日本統治時代から有名だった温泉郷。泉質は世界的にも数少ない鉱泥濁泉で、岩石層の泥質と鉱物質が含まれているため灰色をしており、黒色温泉、泥温泉とも呼ばれる。天然の泥パック効果で美容にも良く、「美人の湯」としても名高い。}(地球の歩き方−台湾編)より

ユックリお茶でも

その後一緒に地元のレストランで昼食をし、その後山道の一角にある「喫茶店」でお茶をすることになる。關子嶺温泉地から続く国道175号線を走っていると、そこは通称「珈琲街道」と呼ばれ、およそ20kmぐらいの区間に30を超えるコーヒー農園が点在し、それぞれが個性的な自産自商のカフェを店開きしているのだ。コーヒー豆の成育には、北緯23度〜25度が最も良いとされていて、台湾東山珈琲はまさにその北緯23.5度に位置し、素晴らしい豆が収穫されるのだそうだ。これが「台湾東山(トンシャン)珈琲」として有名なんだそうだ。皆でお茶をしながら、色々とお話が出来た。ただ問題は、娘は台湾語と英語、父親は台湾語と日本語、家内は日本語、そして私は日本語と英語しか喋れないので、共通の会話をするのが大変。

ここでチョッとKuanling親子を紹介しておこう。彼女はアメリカの大学を卒業し、結婚後の今は台北に住んでいて、ビジネス・コンサルタントの仕事をしているそうだ。と言うことは、つまり「二足の草鞋を履いてる」って訳か。今回はわざわざ我々をドライブ旅行に連れて来てくれるため、台南に来ていることになる。
一方、お父さんはは現在82才。お父さんの話によると、終戦の時は中学2年生だったそうだ。それまでは日本の統治時代で日本語教育を受けたので日本語が上手に喋れるし理解できるのだ。現役時代は弁護士をしていたそうだ。
ところで娘さんの話によると、父親は以前から「日本語が喋れる・・・と言っていたけど、あまり信用していなかったそうだが、我々と日本語で喋っているのを聞いて、今回初めて本当に喋れるのを知った。」のだそうです。きっとお父さんは以前から日本人と日本語を喋りたいと思っていたけど、それを今回初めて実現したのかも知れません。話を聞いていると、お父さんは戦中・戦後の日本に対しても、全く悪い感情を持っていない、本当に日本びいきの人の様でした。今回のドライブ旅行も、きっとお父さんからの提案だった様に思われた。

帰り道の車の中で、「台湾の穀倉化を推進するため、台南の灌漑事業を、提唱し1930年烏山頭ダムを完成させた日本人、八田與一と日本の敗戦後その妻、外代樹が、そのダムに身を投じた話」をして、車窓から見える「あれが、そのダムですよ。」と、教えてくれた。ちなみに、台湾の小学校の教科書には、八田與一の名前と功績が載っているそうです。今回はもしかしてと思い、事前に読んでおいたので、話が通じたけれど、日本では彼の名前も功績も教えてくれないので、こんな時困るよね。「知らないのはお前だけ。」だって?勉強になりました。
温泉もドライブの旅も、我々だけでは絶対出来なかっただろうから、とても良い経験をさせてもらったのだが、それにも増して、現地の人とこんな形でお話ができたのは、我々の取ってとても有意義な思い出となるだろう。
関子嶺温泉泥湯温泉場 175号線「東山珈琲街道」 昼食後、途中で「お茶所」へ
お茶とコーヒー(台湾で有名な東山コーヒー) 喫茶店兼おみやげ屋さんで


いよいよ台湾ともお別れだ

11月25日(月) 今日はいよいよ台湾および台南最終日。アパート出発が朝早いので、親切にもお父さんがわざわざ車で台南駅まで送ってくれる。皆本当に親切にしてくれるので、まるで親戚の家に泊まったみたいである。謝々。

我々は再び在来線台南駅から高鉄台南駅に戻り、高速鐵道(High Speed Train)で台北駅、さらにMRTで松山空港に戻ってきた。後は羽田空港行NH1186便意乗って日本へ帰るだけである。2週間の台湾滞在は長くて途中でする事がなくなり飽きるかと思っていたけど、飽きる事も、時間を持て余す事も全くなかった。「もう帰るのか?」と思う気持ちの方が強かった。台北のアパートのオーナーさんの皆さん、台南の家族の皆さん、台湾で親切にしてくれた皆さん、本当にありがとう。「台湾ドルが残ってしまったから、きっとまた来るよ。」 非常感謝大家在台灣、再見
台湾最後の夕食はやっぱり和食で 台南アパートのポーチのカエルに別れ 高鐵台南駅構内
台湾高鐵で台北駅へ 松山空港前 松山空港内待合場所 殆ど日本人


おまけの話 これは今回の旅行で感じた事なので事実かどうかを分からない。

(その1) 我々日本人が一番困るのは、東南アジアの殆どの国でも同様なのだが、車が右側通行であるため、とても戸惑う。これは仕方がないのだが、それに輪をかけた様に、日本では歩行者優先だが、台湾を含めたこれらの国では車やスクーター(モーターバイク類)が完全に優先なのである。例え信号に従い横断歩道を渡っていても、車やスクーターは当たり前の様に突っ込んで来る。決して待ってくれたり譲ってはくれない。特に苛立つのは、交差点でこちらが信号に従い横断歩道を渡っていても、右側から来る右折する車共は、歩行者を掻き分けて通過して行く。
さらにスクーター(モーターバイク類)は歩道の半分以上を駐車場として使っている。だから歩行者は折角の歩道を分け入りながら歩かねばならない。それなのに歩道に駐車しようとするスクーター(モーターバイク類)は、堂々とこの狭くなった歩道を走って行くのである。いったいどう言う交通ルールなの?

(その2) 台湾の人は一般に外国人に対して、いや日本人に対して、とても優しいし、気遣いをしてくれる。例えばお店やレストランに行くと、相手が誰彼かまわず無茶苦茶早口の台湾語で(日本のコンビニやファーストフード店でよく聞く)定番の決まり文句でセールストーク等を始める。こんな時我々は話の隙を見て日本語で、「わからない。」と言う。すると彼等は慌てた様に日本語で話し初めてくれるか、考え込んでしまう。お店やレストランでは多くの場合簡単な日本語で説明してくれる。あるレストランでは、わざわざスマートフォーンの翻訳機能を使って日本語の説明文を見せてくれた。

また、我々の様な高齢者が、MRTなど混雑した乗り物に乗ると、殆どの場合、黙って席を立って我々を座らせてくれる。日本でも席を譲ってくれる事があるが、明らかに日本より席を譲ってくれる確立が高いと思う。さらに道路で地図を見ながら立ち止まっていると、こちらに気を止めてくれるか、声をかけてくれる。本当に親切で気配りをしてくれる。これらは我々が日本人だから、あるいは高齢者だからなのか分からない。

上記の(その1)では、常に「我車やスクーターこそ最優先で、歩行者が注意すれば良いのだ。」と言う態度を取るのに、一方では東アジアの中Xや韓Xの国々とは違い、(その2)の例の様に、とても親切で気使いの出来る人達なのである。だから我々は台湾の人に「二面性を感じる。」と言うのだ。
 
(その3) 街を歩いたり、公園でのパフォーマンス等で流れる曲や、ドライブイン等で聞こえる歌や音楽が山本リンダやその他の古い日本の歌謡曲ばかり聞こえてくる。時には日本の戦歌まで聞こえてくるのに驚くよ。パチンコ屋ではあるまいし・・・。日本ではもう殆ど聴けなくなった(年末位かな)音楽なので、我々世代には懐かしい。台湾にだって、ユックリと落ち着いた良い曲(例えば、テレサ・テンとか沢山あるのにね。

(その4) 街の広告の文字に平仮名やカタカナが一杯混じっていたり、やたら「日本xxxx」 「日式xxxx」とか書いてあったり(高級感をあおるのかな)、スーパーやコンビニなどの雑貨商品・食品に日本製が沢山あるので、我々が今一体何処にいるのか分からなくなったりで驚き。もしかしたらこれは、日本では広告の文字にアルファベットや英語を頻繁に使っているのと同じ現象なのかも。有難いことだが、偶に「日本xxxx」 「日式xxxx」とか書いてあるけど、実際の物は本物の日本の物とは違っていることもあるからね。現地の人に誤解を与えない様にお願いしたいところです。


台北・台南でアパート生活をしてみた
2013年