平成15年9月19日(金)、午前10時30分過ぎ。お母さんが亡くなった。
その時間、うちはお弁当やさんで働いていた。
いつものようにお尻のポケットに携帯を入れながらのお仕事。
今日は異様にバイブ鳴ってるなぁ〜誰やろ?さっきから電話かけてきてるんは。
実はこの時点でかなり不安やった。
この日の三日ほど前にお母さんから電話がかかってきた。
「おばあちゃんが今日の朝救急車で運ばれた。今回はちょっと危ないらしいわ。
まゆ、もしもの時のことも考えて礼服買っとき。どっちにしろいつかは必要になるんやから。」
お母さんにそうゆわれてかなり不安になり、おばあちゃんのことを毎日心配してた。
でも礼服は買いに行かんかった。なんか、準備してるみたいってゆうか、なんか、とにかく嫌やったから。
そして19日、お尻のポケットで鳴り続ける電話。気になる。おばあちゃんになんかあったんかな。
店長に頼んで電話かけさしてくださいってゆおうと何度も思った。
でもその日はむっちゃ忙しくて、お客さんがなだれ込んで、ゆうてる暇もなかった。
12時半、バイトが終わりあわてて携帯の着信記録を見る。
お父さん、お父さん、妹、お兄ちゃん、松屋、松屋。メールが2件。
この時点でうちの不安は恐怖に変わった。絶対おばあちゃんになんかあったんや。
お兄ちゃんからのメールを見る。
「お母さんが他界したからすぐに帰ってこい」
頭の中が真っ白になった。
お母さんが、他界?亡くなった?
震える手でお父さんにすぐに電話する。
「まゆか?」
「うん、うん、お父さん!お母さん!うそやろ??」
「…きいたんか?」
「お兄ちゃんのメールで見た!いやや!いやや!なんで??」
「まゆ、しっかりしろ。な?今お父さん病院や」
「うちバイトやってん!もっと早く出ればよかった!」
「まゆ。聞け。今お父さん病院でな、もあとちょっとしたらお母さん連れて帰るから」
「うんうん…うん…嫌やぁあ!」
「3時くらいになるかもしれへんけど、それまでに帰ってこれるか?ゆっくりでもいいからな」
「帰る。」
「しっかりしよろよ。もう家にはお兄ちゃんもゆいもおるから。」
「お母さん病院で?」
「うん…」
「お父さんはおったん??」
「おった。お父さんはおった。」
「お母さんのとこにおったん??」
「おったからな、お父さんはお母さんのそばにおった。」
「じゃあお母さんは一人じゃなかったんやな??」
「そうや、一人やなかった。」
「わかった。すぐ帰る」
「うん、きぃつけて帰ってこいよ」
電話を切ると店長夫婦がうちを見てた。
「まゆちゃん、どうしたん??」
わけを話すと裕子さんが抱きしめてくれた。
落ち着くまで裕子さんと話してた。
裕子さんは京都まで着いていこか?てゆうてくれはった。
うちは大丈夫です、一人で帰れます。ありがとございます。
ってゆうてすぐに京都に向かった。
ずっと泣いてた。
駅に向かう道でも、電車の中でも、乗り換えでも、みんなが見てても。
涙がとまらへんかった。お母さんのことを考えると。
昨日まで普通にお母さんとメールしてたのに。
「新しい彼氏できた!役者目指してる人!23歳!変人!」
「この前聞いたで、役者さんと付き合うって。おめでとう!末永くお付き合いを。」
「付き合いたいてゆうててん。それに役者目指してる人やで。よにもスペシャル見た?」
「今日のは全部おもしろかったわ、久しぶりに世にもって感じやったわ。」
これが最後のメールやった。
普通のいつもと変わらぬメール。
この次の日の朝にお母さんは亡くなった。
信じられへんかった。信じたくなかった。
自分の大切な人が死ぬなんて。ありえへんと思ってた。
そんなことばっかしが頭に浮かび、また泣いた。
実家に到着。
駅から家に向かう道で何度も吐きそうになった。
お母さんに最後に会ったんはいつやったっけ?
お母さんの声を最後に聴いたんはいつやったっけ?
なんでもっといっぱい実家に帰らんかったんやろ?
お母さんのお布団を敷いた部屋でお兄ちゃんと妹がおにぎりを食べてた。
二人の顔を見て、また泣き出した。
二人は何も話しかけてこようとせず、ずっとおにぎりの中身の話をしてた。
笑ってた。お兄ちゃんと妹は話しながら笑ってた。
そうゆうもんなんか?お母さんがもうじき帰ってくるのに、笑ってられるもんなんか?
思ったけど口に出さず、じっとお父さんとお母さんの帰りを待ってた。
15時過ぎ、お母さんが帰ってきた。
葬儀屋さんなんか、病院の人なんか、知らんけどその人たちがお母さんを抱えてお布団に寝かせてくれた。
ちっちゃかった。お母さんってこんなにちっちゃかったっけ。
お母さんのお腹の上にドライアイスを乗せていく。
お母さんの顔の両脇にドライアイスを置いていく。
お前ら何やってんねん。お母さん、重たいやろそんなん乗したら。
そんなこと思ってる自分が一瞬嫌やった。
誰もなんも悪くないのに、なんか、誰かを責めたかった。
お父さんとお兄ちゃんと妹と、うちと4人でお母さんの顔を見た。
うちはまた泣き出した。妹も泣き出した。
お父さんは涙をこらえてた。お兄ちゃんの顔は見えへんかった。
妹が泣いてるのを見るのは久しぶりやった。
今回のことで一番心配やったんは、妹のことやった。
あのこはまだ高校生やで?16歳やで?こんなに早くに母親を亡くすなんて。
妹のことを思うと、また涙が溢れ出た。
葬儀屋さんも帰って、ホンマの家族5人になった。
家族が揃うのはホンマに久しぶりのことやった。
いつも、お兄ちゃんがおらんか、お父さんがおらんか。
お父さんとあんなにたくさん話をしたのも久しぶりやった。
お兄ちゃんと妹がお母さんの遺影に使う写真を探してたら、こんなミニアルバムを見つけた。
まだ丸々と太っていたころのお母さんが、可愛らしい笑顔でピースしてる写真。うちが撮った写真。
その下にこんな一文。
「私が死んだら最後にとった写真、この写真を遺影に使ってください。
背景も加工しないで、このままで!他にいいのがあったらまた選んでください。多分ないけど(笑)」
その文章を見て家族で笑った。
「お母さん、この写真が自分で可愛いと思ったんやろなぁ(笑)」
お父さんはその写真を見て、ずっと「可愛らしいなぁ」てつぶやいてた。
お葬式、お通夜はお母さんの予てからの希望で行われへんかった。
お父さん、お兄ちゃん、うち、妹、おばあちゃんだけで送ってほしいとゆう希望やったから。
おばあちゃんはそのとき、入院中やった。
しかも危ない状態とゆわれてて、数日後に検査も控えてた。
家族で出した結論、おばあちゃんにはまだ黙っておこう。
話すと絶対にがくっとくるから。おばあちゃんの娘なんやから。
検査の結果がよかったら話そう。
これはお父さんの辛い役目になってしまった。
夜、家族でお母さんのお棺に入れてあげるものを探してた。
お母さんがいつもゆってた「あたしはチッチみたいになりたい」
お母さんが中学生くらいんときからずっと集めてた漫画「小さな恋の物語」の第一巻。
生前のトマちゃんとミモちゃんとケメちゃん夢のスリーショットの写真。
お母さんの希望で、コンタクトレンズとメガネ。携帯につけてたストラップ。
毎日病院で聴いてた「クレヨンしんちゃん」のCDの歌詞カード。
お母さんがいつも着てた服。大好きなTOKIOのグッズ。
そして、数珠と子供たち三人のへその緒。
へその緒を探してるとき、今まで知らんかったもんを見つけた。
お兄ちゃんの初めて切った爪。
うちの初めて切った爪。
妹の初めて切った爪。
お兄ちゃんの初めて抜けた歯。
うちの初めて抜けた歯。
妹の初めて抜けた歯。
お兄ちゃんが2歳の時、火傷したあと剥けた手の皮。
ボウリング場にて抜けたうちの歯。
トマちゃんの毛。
歴代の飼ってたわんこたちの毛。
全部きれいに保管してあった。
うちはお母さんに対して、
「お母さんはあんましお母さんらしいことはしてくれはらへん。
仲はいいから友達みたい。お母さんとゆうより、友達みたい。」
って思ってたことを後悔した。
お母さんは、子供三人のことを一番大事にしてくれてた。
気づけよって感じ。
「あんたらのことなんかいっぺんも可愛いなんて思ったことない」
そんな言葉にうちと妹は傷ついてた。
でも気づけよ。お母さんが本気でそんなこと思ってるわけないって。
気づけよ。お母さんの性格からして、これはいつもの過剰な照れ隠しやろって。
初めてお母さんの愛情を実感した。
もうお母さんはいーひんのに。
うちらのへその緒は異様におっきかった。
普通の人がどんなんとかわからへんけど、でも多分他の人のよりおっきいやろっておっきさやった。
笑けるくらいおっきかった。とくにうちとお兄ちゃんのへその緒。
久々に家族で食事をした。
お父さんが作ってくれた。
新婚時代二人でアパートで暮らしてたときにお母さんがよく作ってたものらしい。
病院でお母さんにいろんな料理の作り方を教えてもらってたらしい。
ごちそうさまをして、また家族で話し込んだ。
お母さんの希望で、いつもつけてたピンクのリップを塗ってあげることになった。
お父さんが最初に上唇に塗る。次にうちが下唇に。妹もお兄ちゃんもそれに続けて塗ったあげる。
きれいな顔やった。ホンマに普通に眠ってるように見えた。
お母さんいつも自分で可愛いってゆってはったけど、
うちはいつも笑って否定してたけど、
ホンマはいつも、「確かに可愛い顔しとる」っておもてたよ。
悔しいけど、認めたあげる。
次の日火葬場に行った。
火葬場に行くのに礼服が必要やった。
もちろん買ってないので礼服なんて持ってなかった。
どうしよか?と押入れや洋服ダンスをひっくり返して探してみた。
黒いワンピースが出てきた。礼服。
サイズからして、おばあちゃんのっぽかったけどそれを着ることにした。
朝、火葬場に行く前にお棺の中にお母さんを寝かせてあげた。
昨日用意した一緒にお棺に入れるものも入れた。
花とかも入れた。トマちゃんのお墓に咲いてた花も入れた。
また涙が溢れてきた。
お母さんの手を握った。冷たい手を。
棺の蓋を閉めた。涙が出てきた。
この涙は一生止まることはないのかな?
そう思ってしまうくらいに涙が溢れ出た。
妹はとなりで静かに泣いてた。
そん時に思った。
あ、うちって家族の前で涙見せたことないわ。って。
ドラマとか感動シーンとか悲しいシーンとかでも、
泣きそうになっても絶対に泣かんようにしてた。家族の前では。
それが今は手放しで泣いてる。
だからなんやねんって感じやねんけどな。
火葬場に行くまでに車に酔った。
お母さんもひどく車酔いする人やったなぁ。
火葬場に着いた。
火葬場って初めて行ったけど、広々としてて、冷ややかな空間やと思った。
最後にみんなでお母さんの顔を見た。最後のお別れの挨拶をした。
お父さんはお母さんの手をとって初めて声をあげて泣いた。
お父さんのあんなに悲しい顔を見たのも初めてやった。
うちはお母さんの手をとり、「生んでくれてありがとう」
って、誰にも聞こえへんくらいの声で最後の言葉をかけた。
1時間くらいかな。
骨だけになったお母さんを見た。
人間ってこんななんやなぁって思った。
骨だけって見たら怖いんかな、とか気持ち悪いんかな、とかちょっと不安やったけど
怖いなんてなかった、気持ち悪いなんてなかった、お母さんってわかってたからかな。
お父さんは一番大きい骨壷を選んでた。
お母さんの全部を持って帰ってあげるためやとゆう。
向こうの人がいろいろ骨の説明をしてくれはった。
お母さんののど仏がきれいな形で残ってた。
向こうの人の話によると、こんなにきれいに残るのは珍しいことらしい。
のど仏ってホンマに仏さまが手を合わせてちょこんと座ってるように見えた。
家族みんなでお母さんの骨を拾って骨壷に入れていった。
一番おっきい骨壷いっぱいにお母さんの骨が入ってた。
お母さんの全部、もって帰ってあげるからな。
火葬場から帰宅後、家族でファミレスに行った。
何年ぶりやろう?家族で食べに行くなんて。
ほんまに久しぶりのことやった。うちはちょっと照れくさかった。
ファミレスに3時間くらいおった。
お父さんにお母さんの話をたくさん聴いた。
お母さんの血液型はB型。それがRHマイナス。
普通の人はRHプラス。これが普通。プラスが普通。
RHマイナスのB型は200人に一人とゆわれてるらしい。
うちは全然難しいことはわからへんけど、
子供を産むときが危険やったんやって。
お父さんとお母さんがRHプラス同士、またはRHマイナス同士なら問題なし。
でも、お父さんがRHプラスでお母さんがRHマイナスやと生まれてくる子供が危険ならしい。
うちのお父さんはRHプラスのAB型。お母さんはRHマイナスのB型。危険な例そのもの。
奇形児が生まれるかもしれない。健康な子供は生まれないかもしれない。とゆわれたらしい。
それでもお父さんとお母さんは子供が欲しいとゆった。
そして生まれたのがお兄ちゃんやった。
お兄ちゃんを産んだあと、次に子供を産みたかったら年子で産むこととゆわれたらしい。
年子で生まれた子、それがうちやった。
うちを産んだあと、次に子供を産むのなら4年から5年は間をあけたほうがいいとゆわれたらしい。
妹が生まれたのはその5年後やった。
お父さんとお母さんはお医者さんのゆうとおりにしてた。
全然知らんかったそんなこと。
お兄ちゃんとうちが生まれたとき、
子供の血液をすべて取り替えるとゆうすんげぇことをしなあかんかったらしい。
子供のおへそから血液を新しいのに取り替えるとゆうものやったらしい。
だから、へその緒を長い目に切った。だから、うちとお兄ちゃんのへその緒は異様に大きかった。
結局お兄ちゃんとうちは無事健康に生まれたため、血液の取替えは行われへんかったらしい。
全然知らんかったそんなこと。
妹がうちらと同じ産婦人科病院で生まれたとき、
外ではお母さんのために救急車が待機してたらしい。
全然知らんかったそんなこと。
うちが小学校二年の時、お母さんの病気が始まった。
その時点でお母さんの余命は5年やとゆわれてたらしい。
でも1ヶ月くらい入院して手術して病気は治った。
治ったと思ってた。
うちが高校二年生の時、お母さんの病気が再発。転移した。
転移場所は甲状腺。手術が出来ないところ。薬で治療を続けていくだけしか方法はない。
お母さんは日本で三本の指に入るとゆうお医者さんにかかってたらしい。かなりびっくり。
うちが小二の時になった病気と、高二の時になった病気は違う病気やときかされてた。
でもホンマは同じ病気やった。
お母さんはずっと病気と闘ってた。ずっと、ずっと。
お父さんも病気のことを忘れるくらいお母さんは元気やった。
うちが小二の時に余命五年とゆわれてて、五年は軽くクリアし、病気は治ったと思ってた。
もうお母さんはずっと元気やと思ってた。
でも、お母さんは忘れてなかった。ずっと病気と闘ってた。
お父さんは涙ながらにここに書いたすべてのことを話してくれた。
うちもところどころでお父さんと一緒に泣いた。
ホンマに知らんことばっかしやった。
妹も真剣に話を聞いてた。お兄ちゃんは腹立つことに、寝てた。
お父さんとお母さんはすごい大変な思いをしてうちらを生んでくれた。
ファミレスの帰り、車はお兄ちゃんが運転した。
お父さんは休みたかったんやなって思った。
お父さんは全部一人で抱えてた。
お母さんの病気のこと、先月くらいまでお父さんしか知らんかった。
お母さんが内緒にしててってゆうたかららしい。
うちは先月くらいにお母さんの口から病気のことを聞かされた。
電話やった。電話口でお母さんに気づかれんように泣いた。
お母さんは自分が死ぬかもしれへんとゆうこともゆうてくれた。
まだまだ先のことかもしれへんし、もうじきかもしれへん。
どっちにしろ治らへん病気や。だから、覚悟はしといてくれって。
うちはすぐにバイト全部休んで帰ろうと思った。
お母さんはうちが何を言い出すかわかったみたいで、
「だからとゆってあんたは帰ってこんでええ。
お金の心配もすることはない、保険金ってすごいわ。
ただ、お母さんはこうゆう病気やってことを伝えときたかっただけや」
そうゆって電話を切った。
それでも帰ろうと思った。
長い時間お母さんと一緒に居たいと思った。
でもうちが帰ってしまったら、お母さんはこう思う。
このこはあたしがもう短いと思ってるんや、だから帰ってきてるんや。
バイトも休んで。あたしはあたしのことで誰にも迷惑をかけたくないのに。
このこは帰ってきてる。あたしがもうじき死ぬと思ってる。
お母さんの性格からしてそう思うやろうってゆうのは、うちの家族やったらわかってくれると思う。
そう思われるのはいややった。
お母さんがすぐに死んでしまうなんて絶対に考えたくなかった。
うちがそう思ってるだなんてお母さんにも思ってほしくなかった。
お母さんはすごいプライドの高い人やったから。
だからうちが実家に戻ったのは一週間だけやった。
そのときがお母さんと直接話した最後の機会やった。
お母さんはずっと太ってた。うちが物心ついたときから太ってた。
それがお母さんやと思ってた。太ってるのがうちのお母さん。
でも、一週間帰ったときに会ったお母さんは痩せてた。
うちより体重も軽くなったとゆってた。
今、京都で書いたうちの日記が出てきた。
今日のお昼まで京都におりました。
お母さんまた悪くなってた。あんなに痩せて…。あんなに苦しそうで…。
顔が腫れて、目も見えにくいって。いつ治るの?いつ治るの?
朝、お父さんとお母さんが会話してるの、寝たふりして聞いてたん。
涙出た。なんでか、わからへん。
お父さん超やさしい人。超最高な人。
あんな人、他にはおらんよ。お母さん、お父さんに出逢ってよかったな、
お父さんで良かったな、って思った。
お母さんホンマに良くなってほしい。
また太ってるお母さんが見たい。
なぁ、うちにはどうすることもできひんの?
お兄ちゃんの運転で家に着くと、うちはすぐにお母さんの荷物からあるものを探した。
それはお母さんがずっと手帳につけてた日記。
一週間帰ったときに見つけて、お母さんに「これ見ていい?」ってきいたら
本気で「あかん!!」って取り返された日記。
お父さんには「あたしが死んだら読んで」ってゆうてたらしい。
読んだ。
その日記はうちが高二の時からつけられてた。
「まゆの三者面談に行った。たえんない先生やった!だいじょぶかいな?」
「ゆいの誕生日!おめでとう!おっきなったなぁ」
「お兄ちゃんの卒業制作展に行った。なんか、もひとつやった…」
とかホンマに普通の日常がかかれてた。
病院に通ってる日記もあった。
今日も検査した。結果は一週間後に出る。とか。
生理が完全に止まったと思ったらまだ出血してた。とか。
最近ちょっとしんどい。首が痛いんや。とか。
検査の結果が明日出る。ちょっと不安。とか。
そしてこの一文。
「再発。転移。」
日記はページが代わってこんなタイトルがつけられてた。
「私の第二の人生始まる」
病気のことが、治療のことが、ことこまかに書かれてた。
薬の名前、種類、聞いたこともないようなものばかり。
その中でも子供らのこともたくさん書いてあった。
「まゆが修学旅行のお土産にラベンダーのピアスを買ってきてくれた。
子供からアクセサリーなんてもらうと思ってなかったからホンマに嬉しかった!
いつつけよ?どこでつけよ?つけるのもったいないなぁ。」
お母さんはこのピアスを一回だけ、高三の時の三者懇談の時につけてくれた。
「やすおくん(お父さん)が最近病院に来て帰るのが早くなった。
他に女がおるんやろうか…。今日もすぐに帰った。女のとこか…」
今までの生活のこと考えたらお父さんが多忙ってことわかるのに、
お父さんが女の人にもてるなんてことあるわけないのに、
お母さんって、かわいいなって思った。
「ゆいが修学旅行のお土産でかわいいきつねのストラップ買ってきてくれた。
かわいい。携帯につけてる。まゆの時はピアスやったなぁ。
あれも嬉しかった。今も私のピアスの箱の中に入ってる。」
あとでピアスの箱探したけどラベンダーのピアスは見つからへんかった。
お母さんまた違うとこにしまわはったんかなぁ?
「今日やすおくんに『ほんまにわしと結婚して良かったと思ってる?』って聞かれた。
ショックやった。私のほうこそ私なんかと結婚してよかったんかと思ってるのに。
こんなに迷惑かけて。私はやすおくんやから頑張れてるのに。
私はやすおくんやから結婚したのに。ショックやった。やすおくんが帰ってから病室で泣いた」
お父さんは自分じゃなかったら、もっとお金のある人やったら、
もっといい治療ができたかもしれへん。そう思ったから聞いたんやってゆうてた。
「退院した。おばあちゃんが朝いつも『なんか食べるか?買ってくるで』って声かけてくれる。
でも、私は食べられへん。のどがふさがってしまって、もう硬いもん、おっきいもんは食べられへん。
だから、いつもいいってゆうのにおばあちゃんはなんか買ってきてくれる。
プリンとかやわらかいもん。ほんまにおばあちゃんには感謝してるんやで。
でも、もしも病気が治ったら食べたいもんがいっぱいある。」
このあとお母さんの好きな食べ物が20個くらい書いてあった。
「自分が情けない。なんでこんなことになってしまったんやろ?
そんなことを考えて、今日はずっと泣いてた。」
「まゆが帰ってきた。久しぶりやった。
あのこはホンマに一番しっかりしてると思った。
大阪で一人で頑張ってるみたいや。楽しいみたいで良かった。
部屋のビデオとか見せてもらった。
あのこが帰ったあと、寂しくなった。」
こんなこと絶対口に出してゆうお母さんじゃなかった。
寂しかったとか。泣いたとか。
お母さんが苦しんでることがこの日記ですごいわかった。
お母さんは絶対に人に弱みを見せへん人やった。
プライドも高かったから自分の病気でまわりに迷惑をかけるもの嫌ってた。
ホンマに弱みだけは見せへん人やった。泣いてたなんて全然知らんかった。
「私はもう長くない。もうじき死ぬでしょう。
だから、神様にひとつお願いがあります。
大きい病気は全部私が受けます。私が全部持っていきます。
やすおくんも分も、お兄ちゃんの分も、まゆの分も、ゆいの分も、おばあちゃんの分も。
私が死ぬときに全部持っていきます。
だから家族は大きい病気にならないようにしてください。
全部私が受けますから。
だから家族のみんな、安心してな。
やすおくん、今までホンマにありがとう。
今まで一番辛くあたったりしてきたけど、やすおくんに甘えてたからやねん。
ごめんな。面とむかってゆったことはないけど、やすおくん大好き。
ホンマに大好きやで。やすおくんで良かった。大好き。
まゆ、かわいいお嫁さんになりや。
今回のことであんたが家に戻ってくることはない。
あんたは今までどおり、大阪で好きなことをやりなさい。
あんたがお金の心配することはないから。自分のために使いなさい。
ゆい、あんたには一番かわいそうなことをしたと思ってる。
お弁当も晩御飯も作ってあげられへんでなぁ、ごめんな。
頑張って学校行くんやで。大学か?就職か?
最後まで面倒見てあげられへんで、ごめんな。
お兄ちゃん、あんたが一番心配や。
あんたはちょっと頼りないところがあるから。
遊びほうけてんと仕事しっかりせーよ!!
なんもお母さんらしいことできひんでごめんな。
まゆもゆいも、かわいいお嫁さんになるんやで。
あんたらの子供のこととか、なんにも助けてあげること出来ひんでごめんな。
ホンマにお母さんらしいことはなんにも出来ひんかった。
幸せになるんやで。
お母さんが死んでしまったあと、お父さんが一人残される。
お父さんはああみえて寂しがりやさんやから、子供ら三人で支えてあげてな。
やすおくん、子供のことは頼みました。
こんな私でごめんな。でも、私はやすおくんのこと、ほんまに愛してました。
大好きです。」
一人で部屋で読んでたんやけど、号泣やった。
その声がもれてて妹が心配して見に来てくれた。
妹に日記渡して「読み」ってゆうてうちは部屋を出て行った。
一時間後妹が目を腫らして部屋から出てきた。
次にお兄ちゃんに「読み」ってゆうて日記渡した。
一時間後お兄ちゃんも目を腫らして部屋から出てきた。
お兄ちゃんは「これはやばい!」って笑いながらゆってた。
お母さんが帰ってきたときも、みんなで顔をみたときも、出棺のときも、
火葬場でも、お骨拾ったときでも、涙を見せることのなかったお兄ちゃんが始めて泣いた。
それがちょっと、おかしくてうちも妹も一緒になって笑った。
お母さんが亡くなって一週間後におばあちゃんが退院してきた。
検査の結果は異常なし。まったくもって健康。
お母さんがおばあちゃんの病気も持って行ってくれたんやろう。
おばあちゃんはお父さんにお母さんが亡くなったことを聞いて相当ショックを受けてた。
見てるこっちが辛くなるくらいに。
でもやっぱりおばあちゃんは元気やった。
退院してきたその日にトイレ掃除して洗濯もん干して買い物に出かけていった。
お母さん、おばあちゃんこんなに元気やで。ありがとう。
うちはお母さんが大好きです。
お母さんは強い人です。
やさしい人ではなかったかもしれません。
でも、ありえへんくらいわがままで、意味わからんくて、
個性つよすぎて、かわいくて、そんなお母さんが大好きです。
お母さんがあんなにお父さんを想ってたのは初めて知りました。
お母さんがこんなにうちら三人を想ってくれてたのに嬉しく感じます。
あんなに大変な思いをして生んでくれたことに感謝しています。
あなたは強い人です。あなたは素敵な人です。うちは、あなたのような母になりたいです。
お母さんが亡くなったとき、うちは壊れると思いました。
でもお母さんが残してくれた日記でうちは前向きになれました。
お母さんが好きです。
照れくさくて直接ゆったことはなかったけど、
お母さんが好きです。
顔を見てゆえないことが残念です。
お母さんにまた会いたいです。
そう思うと今でも涙が出てきます。
でも、お母さんのように強い人になりたいのでもう泣かないように頑張ります。
いつまでも見ていてください。
ほっこりに戻る。