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1960年-1964年 

 (創立10周年記念誌の”先駆”を参考としました。)

35年度(1960年)
 早稲田/日本女子大学フォークダンス研究会
 
 この年から東女大FD部と合同練習(指導宇野) 
 毎土曜日午後。
 岩津資雄文学部教授が会長に就任。
 法学部(2号館)地下に連絡部室誕生

 機関紙「タランテラ」第一号発刊

 全日本学生FD連に結成と同時に加盟
  大会でデモ「トレカールス・ポルカ」

10 はじめての合宿を日本学生会館で行う

11 第7回早稲田祭フェスティバル主催

   この頃から、練習会場が一定せず小学校
   体育館を転々とする。

35年度(1960年)
 全日本・関東連関係・その他





8.27
  全日本学生FD連結成(119校)

8.27〜29 
  第2回全日本学生大会(教育大体育館)

 R.ホールデン氏来日。
  モダンスクエアダンスをはじめて日本に紹介
  以後次第にS.Dクラブが各地に出来る

36年度(1961年)
 早稲田/日本女子大学フォークダンス研究会

  春季合宿(八王子青年の家)

  夏季合宿(本栖国民宿舎80名)

10 会則条文化される。役員構成も現在の
  ように決まる。
 (会則、昭和50年3月改定版)

  秋季合宿(新宿ユースホステル50名)

11 関学創立パーティでデモ「キャリノサ」

  第8回早稲田祭フェスティバル主催。はじめて
  展示を行う(各国のFD紹介、1−401)

36年度(1961年)
 全日本・関東連関係・その他

8.26〜28 
  第3回全日本学生FD大会(教育大体育館)

11.3〜5 
  第1回全日本学生FD連指導者講習会
  (国立中央青年の家)
  (これより毎年1回)




37年度(1962年)
 早稲田/日本女子大学フォークダンス研究会
 
4.6〜8  春季合宿(伊東ユースホステル50名)

8.31〜9.3
   夏季合宿(武甲荘国民宿舎60名)

11 第9回早稲田祭フェスティバル主催
   展示(一般人のFD感覚アンケート)

   この頃から東女大FD部が弱体化し、
   女性獲得が困難となった。

37年度(1962年)
 全日本・関東連関係・その他

8.25〜28 
  第4回全日本学生FD大会(教育大体育館)



38年度(1963年)
 早稲田/日本女子大学フォークダンス研究会
 
4.6〜11  春季合宿(館山ユースホステル30名)

7.13〜16 夏季合宿(木更津青年の家32名)

1120〜24
    第10回早稲田祭フェスティバル主催
    展示(我クラブの紹介)

12.20〜22 冬季合宿(八王子青年の家34名)

    この頃から東女大FD部員2名となり、
    合同練習不能に陥る。

38年度(1963年)
 全日本・関東連関係・その他




8.30〜9.1 
  第5回全日本学生FD大会(学習院大体育館)


 イスラエルのカドマン夫人来日。
  多くのFDを紹介
  
  

39年度(1964年)
 早稲田/日本女子大学フォークダンス研究会
 
1.1 日女大FDCと合同練習を行うことを決定

3.12〜15 
    春季合宿(八王子青年の家25名)

8.23〜26 
   夏季合宿(志賀高原熊の湯37名)

8.28〜30 
  第6回全日本学生FD大会でデモ
    「シシリアンタランテラ」
    「シシリアンマズルカ」

11 第11回早稲田祭フェスティバル展示
  (フォークダンスの歴史「宮廷舞踊と農民舞踊」
 
  この年より練習会は月・土の毎週2回となる。

39年度(1964年)
 全日本・関東連関係・その他




.8.28〜30 
  第6回全日本学生FD大会(日大体育館)