なぜ169系が好きか?

 幼少のころから、近くを通っている鉄道を見て育った。客車あり、貨物あり、電車あり、ディーゼルカーの特急も通った。自宅に近いいなかの駅は、特急、急行はいきおいよく通過するだけだったが、かっこよく思えた。いつかあんなの運転する人になりたいと思った。

 こどものころ、その急行が妙に光り輝いて、気のせいか特急より堂々としていた。(後で、急行は12両、特急は8両の時代があったと知った。)

 小学生のいつだったか、我が地元の駅に一日に2往復だけ急行が止まるようになった。これに乗ればダイレクトに東京(上野)に行けるという、あこがれの乗り物だった。たまに家族で東京に出かけた。小学校のスケート教室や修学旅行、高校の修学旅行、大学受験で偶然合い席した向こうはそう思っていないあこがれの彼女との語らい、大学生になっての帰省、人生の節目で乗った、この急行電車にはいつも169という数字がついていた。途中、機関車が連結される区間は、大都会東京へ馳せる想いをじらすように、ゆっくり走った。機関車が外れると、再び軽快に走り出した。徐々に沿線の町並みがにぎやかさを増して、興奮がクレッシェンドしていく感じが好きだった。

 こんな環境だから、主要駅しか止まらない特急よりも急行が好きだった。

 就職試験は、「大垣夜行」の165系、169系のベースとなった形式だ。転職して飯田線沿線に住んだ。飲み会でたまたま電車を使うと、偶然169系。なんでこんなところにいるんだ、と声をかけたくなる。旧友に会ったようになつかしい。小海線の気動車が新型に置き換わるというので出かけてみた。どこかの駅で交換したのが、ディーゼル機関車に引かれたクモハ169−1ほか3両。びっくりした。故郷に戻ると、その鉄道は地方の鉄道となっていた。そこに塗り色を変えられた169系が走ることになったから再度びっくり。

  北アルプスと169系

鉄道車両の寿命は、車に比べて長い。それにしても聞くところによれば走行500万キロ超、たくさんの人のさまざまな人生のシーンを運んできた169系電車と図らずも再開というのは、不思議な運命を感じました。