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はじめに
私がコンゴ民主共和国を訪れたのは1998年のこと。4月3日から9月25日まで滞在した。お気付きの通りその時、後に「第一次アフリカ大戦」とも呼ばれるコンゴ紛争が勃発する。
幸い、戦闘に巻き込まれることもなく無事還ってきた。驚いたのは寧ろ帰国後であり、私が通過後に戦闘が起きたり、私が着く数日前に戦闘が終わったりしていた。
運が良かったのと、現地の人々の親切の賜物である。
そんなわけで、私は戦争が起こる直前の「コンゴ民主共和国」が平和だった、貴重な瞬間に居たのかも知れない。そんな呑気な側面をここでは順不同に取り上げたいと思う。
目次
食べ物
主食
ケニアの主食はウガリ、ウガンダではマトケ。ウガリはトウモロコシ(ウガリ用のものは甘味がない、焼きトウモロコシを買ってがっかりしたことがある)を粉にして湯で練って餅状にしたもの。マトケは食用バナナ(生では食えない、加熱するとサツマイモのような味になる)を蒸して練って餅状にしたもの。
さて、コンゴではキャッサバ(形はサツマイモ、色は白っぽい、大きさは2倍から4倍位、茹でてそのまま食べると甘くないサツマイモといった感じ)を干して砕いて粉にして、湯で練ってやはり餅状にしたフーフーが主食だ。これを手でちぎりおかずに浸けて食す。
おかずは煮豆(マデス)、煮魚(サマキ)、山羊の肉の煮物(ニャマ)等があるが、最もポピュラーなのはスワヒリ語でソンベ、リンガラ語でポンドゥと呼ばれる、キャッサバの葉を茹でてつぶしたものだ。味付けは魚(蛇を使うこともある)の出汁で、キャッサバの葉もお茶に近い味なので結構和風の味だ。米(ワリorロッソ)を栽培している村もあり、これにソンベをぶっかけたソンベ・ナ・ワリ(orポンドゥ・ナ・ロッソ)は毎日食べても飽きなかった。現にコンゴ人は毎日食べている。毎日食べなければならないから飽きない料理が生まれたのかも知れない。
げてもの
やっぱりアフリカに来たのだから、変なモノを食べたい。嫌な人も多いようだが、私は寧ろ積極的に食べた。
ワニ
バラエティー番組の罰ゲームなどでタレントがワニを食べてその感想に「鳥肉に似ている」と言っているのを見たことがあるが、実際その通りだった。だが、爬虫類臭さというのだろうか、鳥肉とは違った雑味がある。しかしコンゴのおっかさんの薬味の使い方は絶妙だ。いったい何を入れているのだろう?そんな雑味も調味料の一つのように調和してしまい美味かった。のちに自分で調理して食べたこともあったが、ただの臭い鳥肉だった。
芋虫
芋虫もいろいろあった。白い芋虫が串に刺して焼いたものを最初に食べた。味はあまりなかった。
キンシャサの屋台などでは赤と黒の斑のある鉛筆ぐらいの太さで体長5cm位の芋虫とキクラゲを和えたものが食べられる。毒々しい色合いだが日本ではあまり見ないから寧ろ「食用芋虫」と割り切って食べられた。キクラゲとのコンビネーションが怪しくていい。味はあまりない、食感を愉しむものだ。食べながら、なにか日本でも似たようなものを食べた事があるような気がした。帰国後それは海老だと気付いた。陸の海老だと思って食えばいいだろう。
猿
これも、コンゴではよく見る。私も一度食べた。旨いと記述された本もあるが私の口には合わなかった。鮮度が悪かったのか味付けが拙かったのか臭いだけだった。最近では「エボラ出血熱」の最有力容疑者なので食べないほうがいいだろう。
カナブン
コンゴで最も食べるのに抵抗があったのがこれだ。他のは日本にないか、あっても種類が違う「食用・・」と割り切れた。 だが、これは日本でもよく見る。
オナトラ船(キサンガニ-キンシャサ航路)のある寄港地にカナブンがやたら多い場所があった。船の明かりに集まってくる。周りのコンゴ人は嬉々として捕まえている。捕まえた後、羽根と足をむしって生きたまま鍋に集めている。私も手伝った。というより、捕まえようとしなくても座ったままいくらでも捕らえられるのだ。羽根と足をむしるのも1・2匹やってみたが、なんだか背中がむず痒くなるので捕まえるだけにした。
若い者がそのまま食べるのだと食べてみせるが、あまりおいしそうな顔をしていなかったので、かついでいるものと判断し食べなかった。翌朝、やはり火を通していた。蒸している家族もあれば、揚げている家族もいる。子供が出来上がったカナブンを「おいしいよ」と自分も食べて見せながら私にくれた。しばし躊躇した後、意を決して食べてみる。美味い!卵白のような味だ。アフリカの変わった食べ物の中で、最も躊躇し最も美味だった。
蟻のような蜂のような虫を炒ったのもあった。食感はイナゴ、味は落花生。
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祭り
キサンガニを出発して最初の野営地を決めて準備していると現地の人に「そんなところで泊まっちゃ駄目だ」と近くの村に案内され村長さんの家に泊めて頂くことになった。
夜眠ろうとしていると、村の近くが騒がしくて眠れない、それもなにか楽しそうな騒ぎだった。楽しそうな騒ぎが危険なわけないだろうし好奇心が押さえきれないので騒いでいるほうへ足を向けた。
それは、キリスト教の祭礼だった。
踊ったり酒を飲んだり、踊りの合間に神父の演説などはさみつつ、神様をだしにして楽しんでいるようだ。実にいいことだと思う。宗教というものはそういうものでありたい。
赤ん坊を背負ったお母さんが飛び跳ねたり、お尻ふりふりしながら踊っている。赤ん坊もいい迷惑だなと一瞬思ったが、否、これがアフリカ人の踊りのセンスの英才教育なんだなと思ったりもした。
帰国したとき日本ではパラパラが流行っていた。アフリカの踊りの素晴らしさから比べると「なんだ、あの手旗信号は」と思った。彼等の踊りは観ているだけでもなんだか楽しくなってくる。それに対してパラパラは・・・。前者は右脳の踊り、後者は左脳の踊りだな、とも思う。
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食べ物2 肉
冷蔵庫というものが貴重なコンゴでは、魚の乾物が豊富だ。そのままかじってもいけるし、戻して煮ても旨い。日本の乾物文化に通づるものがある。蛇の乾物も大きな市場で手に入る。
だが、新鮮な肉を腐らせず輸送する手段もある。生きたまま輸送すればいいのだ。
キサンガニ-キンシャサ航路のONATRA(Office National de Transport)船で移動中(現在は運行されていない。同航路が再開されたという報道があるが貨物に限られているという、反政府勢力が警戒しているからだ)ほぼ毎日豚の悲鳴が聞かれた。見ると今まさに豚さんが首を掻き切られるところだったりする。
私も二羽の鳥肉を貰ったりした。コンゴ人のお母さんの悲鳴と鍋の倒れる音が聞こえ、翌日一羽目を貰った、いわくのある鳥だ。後日、私の鍋もひっくり返した。彼女(雌鳥だった)は餌をねだるときは必ず同じ鳴き声をするなどして鶏にしては賢い奴だったので遂に食べれなくなった。
二羽目の雄鳥ももう少しで食べれなくなりそうだったがキンシャサのホテルに滞在中、食べることを決意した。
肉を喰うという行為は殺すという行為と切っても切れない関係なのだ。そう思い二羽目を殺した。数時間、ぐずぐずと躊躇していた。意を決して首を切って羽根をむしった。羽根をむしるのに苦労した後、コンゴ人女性が湯にくぐられば楽だということを教えてくれた。早く教えてくれよ!出来たシチューは決意と苦労の割に少ない肉の量だった。
この経験は一度だけでいい、後は屠殺業者に任せようと思った。何故なら、それから彼と自分を重ねあわせてしまうことが暫く続いたからだ。
このところ、コンゴで残虐行為の報道が多い。普段から豚や鶏を殺すのに慣れていて人間を殺すのもその延長線上にあるのだろうか?西側の分業システムは戦争回避のシステムでもあるのだろうか?
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