2008年7月アーカイブ

大学の2部と高校の定時制の違い

早稲田大学は14日、来年度から社会科学部の夜間授業を廃止し、昼間学部に移行すると発表した。勤労学生が減少したことによる学部の再編という。

もともと、同大学の2部は戦後の偏差値世代にとって、勤労学生というより、早稲田に入りたい人が、より入りやすい学部として選択する位置づけだった。それは早稲田に限らず、有名大学の2部はみなそうなっているといっていい。

最近は明治・法政・中央・同志社・立命館などの有名大学が新しい学部を作り、それと引き替えに2部をなくしたりフレックス制にしたりしていた。

それとリンクするわけではないが、昨今、定時制高校を縮小・統廃合する動きが各自治体にある。こちらも、「ほぼ」全員が高校に進学する時代になり、勤労高校生が減ったことが理由になっている。

しかし、同じ夜学でも、大学の2部と高等学校の定時制は事情が違う。通常の全日制と定時制の違いは決して「偏差値」だけではない。生徒の質も目的も全く異なるのだ。

全日制は、勉強、部活、文化祭、修学旅行、友人や憧れの先輩との関係、そんな甘くほろ苦い経験を積み、進学なり就職なりをする大切な思春期の3年間である。

しかし、定時制の生徒たちは違う。全日制を脱落した者、進学できなかった者、中学もロクに行かなかった引きこもり……、

彼らがなぜ定時制に行かざるを得なかったのか。理由は全てを枚挙すれば様々あるだろうが、大きな要因に「家庭環境」がある。まともな家庭環境の人は、定時制など行かない。

彼らの両親は、教育熱心ではない。たとえば、進路相談の三者面談などもまともに出席しない。子どもとの適度な距離がつかめず、健全に育つための指導もしつけもできない。子どもが脱線しても、見て見ぬふりしかできない。もしくは、そもそもその親自身が非常識や不見識な生き方であることを何とも思わない。

なぜ、そんなことがわかるのか。私も定時制の出身だからだ。三者面談も出てくれなかった母親が、無責任に勧めた定時制に入学。アルファベットもわからない連中がクラスメートでは、まともな授業も経験できない。きちんとした勉強もしないので、イヤになって最後は通信制に転籍してしまった。だから、私は普通の高校生活を知らない。卒業アルバムとやらも持っていない。卒業してもまともな就職先もない。もちろん大学進学などあり得ない。いい思い出など一つもない。

現在の知人や友人と、高校時代の話になったときが辛い。同じ世代でも話題を共有できないからだ。定期試験や部活に悩む高校生が羨ましい。

では、定時制高校なんてなくなればいいと思っているか。それが、正反対である。

人生紆余曲折あり、その後、私は奇跡的に大学生活を経験することになった。18歳をひとまわりも超えての入学は、残念ながら「普通の大学生」のキャンパスライフと同じ感覚というわけにはいかなかったが、それでも、定時制(通信制)高校があったから「高卒」になれたので、後の大学入学につながった。卒業しておいて良かったと思った。

世の中には、いろいろな「星のもと」がある。産まれてくる時にそれを選ぶことはできない。

少子化対策も事情もあるだろうが、私のような遅咲きで取り戻す人生もある。そんな人たちへの機会を残しておいて欲しいと思うのだ。

健康食品で「治療」した人のその後は?

「抗がん」を売り物にする健康食品の宣伝を見ると、どんな難病でも奇跡の回復ができるように書かれている。そのイメージを補強するために、そこには必ず使用者の体験談や、もっともらしい僅かなデータが掲載されている。

2005年10月に薬事法違反で逮捕、有罪判決を受けた史輝出版のアガリクスに関する書籍は、体験談がでっちあげだった。まず、体験談にはそうした危うさがあることを私たちは認識しなければならない。

もちろん、すべての体験談がそうだとは断言できないが、かりに本当だとしても、成功被験者の紹介には疑問に思うことがある。もし、奏功例があったとしても、それがすべてではなく、奏功していない例だって多数あるのではないか、ということだ。むしろ、その方が圧倒的だろう。

業者は、奏功しない例は絶対に公表しない。というより、奏功しない人は亡くなってしまうわけだから、「死人に口なし」で、そのような報告は上がってこないのだろう。

しかし、奏功しない例は出さずに奏功例だけを見せれば、消費者には、あたかもそれを使えば必ずうまくいくようなイメージをもたせることができる。しかし、それは公正な宣伝とは言えないのではないだろうか。

NPOの法人格をとっている、糖鎖と昆布フコイダンという健康食品を宣伝するサイトがある。そこには「臨床例」として、末期がん患者10名の白血球や腫瘍マーカーなどの数値が、その健康食品を使用したことで改善し、余命が伸びたと報告されている。

私はそのサイトに、その後、その患者たちはどうなったのかを尋ねた。すると、次のような回答があった。

「4名は亡くなっています。しかし、末期なわけですし、数値が良くなって余命が伸びたのは画期的な病気の改善だと思います。もちろん健康食品のおかげだと思っています」

これを額面通り受け止めれば、すばらしい健康食品だと思うだろう。末期でさえそうなら、早期ならこれだけで治ってしまうかも……、などと思うかもしれない。しかし、それほど画期的なものなら、とっくに病院の治療で採用されているだろう。

まず、亡くなった人がいるのなら、亡くなったことを追記すべきである。サイトには「数値の改善」だけが書かれているため、閲覧した人にとっては、まるでその末期がん患者全員が持ち直していると受け取れる。

余命というのは、ひとつのめやすであり、たとえば余命3ヶ月の人が半年生きることは別段珍しいことではなく、それをもって「病気が改善した」「健康食品のおかげ」ということにはならない。

また、マーカーなど数値はその時々で上がったり下がったりするもので、それだけで即、病状の改善と判断することはできない。きちんと、CTや内視鏡などの画像診断や、細胞診などの医学的判定を行うべきである。

そして、これは科学や医学では常識だが、こうした効き目の試験は、思い込みによる影響を分離するため、真薬と偽薬を投与する被験者グループを用意し、効果を検証しなければならない。それを二重盲検試験という。

いずれにしても、亡くなった人がいるのにそうした情報を書いていない以上、そのサイトのデータは「虚偽」といってもいいのではないだろうか。藁にもすがる気持ちで、その健康食品を求める患者を裏切るものとはいえまいか。

今、華々しい体験談や宣伝データなどに心を動かされて何らかの健康食品を検討している方は、そのデータに書かれている被験者が、その後どうなったか確認されることをお勧めしたい。

サイトTOPへ

カテゴリー

スポンサードリンク

更新履歴