大学の2部と高校の定時制の違い

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早稲田大学は14日、来年度から社会科学部の夜間授業を廃止し、昼間学部に移行すると発表した。勤労学生が減少したことによる学部の再編という。

もともと、同大学の2部は戦後の偏差値世代にとって、勤労学生というより、早稲田に入りたい人が、より入りやすい学部として選択する位置づけだった。それは早稲田に限らず、有名大学の2部はみなそうなっているといっていい。

最近は明治・法政・中央・同志社・立命館などの有名大学が新しい学部を作り、それと引き替えに2部をなくしたりフレックス制にしたりしていた。

それとリンクするわけではないが、昨今、定時制高校を縮小・統廃合する動きが各自治体にある。こちらも、「ほぼ」全員が高校に進学する時代になり、勤労高校生が減ったことが理由になっている。

しかし、同じ夜学でも、大学の2部と高等学校の定時制は事情が違う。通常の全日制と定時制の違いは決して「偏差値」だけではない。生徒の質も目的も全く異なるのだ。

全日制は、勉強、部活、文化祭、修学旅行、友人や憧れの先輩との関係、そんな甘くほろ苦い経験を積み、進学なり就職なりをする大切な思春期の3年間である。

しかし、定時制の生徒たちは違う。全日制を脱落した者、進学できなかった者、中学もロクに行かなかった引きこもり……、

彼らがなぜ定時制に行かざるを得なかったのか。理由は全てを枚挙すれば様々あるだろうが、大きな要因に「家庭環境」がある。まともな家庭環境の人は、定時制など行かない。

彼らの両親は、教育熱心ではない。たとえば、進路相談の三者面談などもまともに出席しない。子どもとの適度な距離がつかめず、健全に育つための指導もしつけもできない。子どもが脱線しても、見て見ぬふりしかできない。もしくは、そもそもその親自身が非常識や不見識な生き方であることを何とも思わない。

なぜ、そんなことがわかるのか。私も定時制の出身だからだ。三者面談も出てくれなかった母親が、無責任に勧めた定時制に入学。アルファベットもわからない連中がクラスメートでは、まともな授業も経験できない。きちんとした勉強もしないので、イヤになって最後は通信制に転籍してしまった。だから、私は普通の高校生活を知らない。卒業アルバムとやらも持っていない。卒業してもまともな就職先もない。もちろん大学進学などあり得ない。いい思い出など一つもない。

現在の知人や友人と、高校時代の話になったときが辛い。同じ世代でも話題を共有できないからだ。定期試験や部活に悩む高校生が羨ましい。

では、定時制高校なんてなくなればいいと思っているか。それが、正反対である。

人生紆余曲折あり、その後、私は奇跡的に大学生活を経験することになった。18歳をひとまわりも超えての入学は、残念ながら「普通の大学生」のキャンパスライフと同じ感覚というわけにはいかなかったが、それでも、定時制(通信制)高校があったから「高卒」になれたので、後の大学入学につながった。卒業しておいて良かったと思った。

世の中には、いろいろな「星のもと」がある。産まれてくる時にそれを選ぶことはできない。

少子化対策も事情もあるだろうが、私のような遅咲きで取り戻す人生もある。そんな人たちへの機会を残しておいて欲しいと思うのだ。

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