こじんまりとした家庭的な教会です
日曜日、礼拝に集い牧師の宣教を聴き、兄弟姉妹と交わり、お茶を飲む。 イエスキリストにより、呼び集められるという…。 教会とはなんだろう。人は何を思い、何を考えて集うのか。 教会に来られている方にその思いをお聞きし、皆様にお知らせできれば と思っています。 第八回目は、森本 孝子さん に聞きました。 就職して初めて勤めたのが大阪のキリスト教の病院でした。毎朝勤務の前に 礼拝してから仕事を始めるという、病院が教会のようでした。しかし、バプ テスマを受けたのはずっと後になり、31、2歳の頃。24歳で病院に勤めたの で、7,8年経ってからの受洗になりました。きっかけは、泉北ニュータウン の教会での伝道集会でした。集会に参加して罪についての説教を聞きました。 自分が特に悪いことをしていなくても、他人をねたんだり恨んだりすること が罪であると聞きました。それまでの自分の人生を考え、反省と感動で涙が 止まりませんでした。人間ってやはり罪人なんだ、生きている限り罪人なん だと思うようになり、すぐにバプテスマを受ける決心をしました。 当時の教会は小さくて、洗礼の設備がなく、近所の風呂屋で白い着物を着て 水をかけてもらった。バプテスマを受け、生活の態度が変わりました。生き ることに謙虚になりました。受ける前は、競争心が強く、人の先に立ちたい、 人に勝ちたい、すべてにおいてこのように考えていました。自分は何も悪い ことをしていないのだから堂々と生きていれば良いのだと考えていました。 しかし、バプテスマを受け、自分も罪人であると気づかされ謙虚さを与えら れました。神様を信じることによって罪が赦されて永遠の命が与えられる、 と教えられました。その後は他人の悪口は言わない、喧嘩はしない、平和に いきたい、とねたんだり恨んだりすることなく、感謝することが多くなりま した。「すべてのことに感謝しなさい」とのみ言葉に少しでも近づきたいと 今でも思っています。 神様を形としてイメージしたことはありません。ただ、漠然と神様は天にお られるという認識です。イエス様は、自分と神様との間におられて仲介をし てくれていると思っています。イエス様の霊は感じませんが、神様の霊は 100%信じています。イエス様は神の子として生まれたが人間として生き異教 徒に間違って殺されてしまった。しかし復活され今も私の心の中に生きてお られる。 旧約聖書は難しいが、新約聖書を読んで納得できるみ言葉を心に留める様に しています。特にⅠテサロニケの“いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさ い。すべてのことについて感謝しなさい。”マタイ書の“明日のことまで思 い悩むな” が心に残っています。しかし、思い煩うことの多い日々ですが、 すべてのことに感謝して生きています。 新約聖書の中にある「奇跡物語」はその通りとは思っていません。神様の存 在を信じているのに、世の中には不条理なことが起きています。東日本大震 災が起きた時、テレビで津波に襲われる実況中継を見ました。助けを求める 人々が無差別に次々に流されていきました。神様は本当にいるのだろうか、 無慈悲だなあと思いました。 教会に通ってきて自分が救われればそれで良いのではなく、一人でも多くの 人が救われて欲しいと願っています。 先日、平和で楽しい誕生日を迎えることが出来ました。今が一番幸せです。 以上 インタビューワより一言 若くしてご自分の心の罪に気づかされ、イエスさまに導かれてバプテスマを 受けられた森本さん。その後、色々な体験をされつつも、信仰が途切れるこ となく、40数年の間、神様の真正面に立ち続けた森本さん。イエスさまの恵 みを受け神様の愛に包まれて、今が一番幸せと話されます。 クリスチャンとして年輪を重ねられる森本さんに、主の憐れみが尽きること のないように。アーメン