こじんまりとした家庭的な教会です

今月の宣教 (2018年2月)

  先月から読み進めています詩篇の後半です

宣教要旨


    “発見の日々を”  詩篇 23篇1~6節

 この詩の作者は神さまを自分を導いて下さるお方と
して「わたしの牧者(羊飼い)」と呼んでいます。エ
ジプト脱出後、約束の地をめざしての荒野の40年の旅
路を導かれた神さまは、迷いさまようちっぽけなこの
自分をも守り、導いて下さった恵みへの感謝を綴った
のでしょう。

 四節以降は、主を「あなた」と二人称と呼び、自分
と向かい合って下さる神さまに語りかけているので
しょう。近づいて下さる神を感じながら主告白が深め
られ、高められている言葉が続きます。

 特に神さまが鞭をもって襲い来る敵から守って下さ
り、さらに杖をもって人生の旅路を支え、同伴者と
なって共に歩み続けて下さる恵みと慈しみを知った時
はどんなに力づけられたことか、作者はこのことを
「恵みと慈しみはいつもわたしを追う」と言い表わし
ています。敵が追い廻しているのではなく、神さまが
追いついてきて下さるのだ、と。


   “とれたての言葉”   詩篇 40篇1~7節

 ダビデ歌集(1篇~41篇)の内の一つの詩である40篇。
波乱万丈、光と陰を背負い、神と共に歩んだダビデが
苦難の状況をくぐり抜け、救い出された後に書き記さ
れた詩・歌でしょう。あるいはニッチもサッチもならな
い苦難から救い出された人がダビデがくぐり抜けるこ
とができた出来事を自らの事に重ね合わせて綴ったも
のかもしれません。

 上昇気流に乗って栄光へと突き進んでいた歩みから
一転、“滅びの穴、泥沼の中”でもがき苦しむ者を引
き上げ、再びしっかりと歩み出させて下さった主への
感謝と喜びが綴られています。

 何しろ、発することができたのは只々、叫び声を上
げることだけだったのですから。そして、その叫びを
なんと主は聞いて下さって、手を差し伸べて引き上げ
て下さったのです(40:2~3)と。

 苦難・危機から救い出された出来事を体験を通してこ
の詩の作者が見つけ出したことが1~7節までに二つあ
ることに気づかされます。
 一つは、なす術をを失ってしまってわかったこと、
それは人の苦難・危機を乗り越える力は人の側からでは
なく、只々、主なる神から与えられるということです。
即ち、命を守り導いて生かす主語は人ではなく、徹底
して主が主語であるということです。

 二つめは、人を守り生かす力を与えて下さる主の力
は人の努力・功績によるのではなく、主からの一方的な
慈しみと恵みによるものである、即ち信仰は取り引き
ではないということです。救い出された詩人の口には
新しい歌・言葉が与えられていたのです。


(今までの宣教はこちら)


初めての方へ

  私たちは喜ぶことができますが、悲しみや
  痛み辛さも感じ、なぜ私だけがこんなに苦
  しむのか?と思うこともあります。大勢の
  人の中で、孤独に耐えられない時がありま
  す。なぜここに居て、何のために生きてい
  て、そしてどこへ向かっているのか。

  人から非難され、さげすまれ、ののしられ
 て、それでも 弱い者のそばに寄り添い続け
 たイエス。そんなイエスの言葉を聴いてみ
 ませんか。きっと何か得られるものがある
 と思います。
  ぜひ恵キリスト教会にお越しください。
  そして、与えられる恵みを共に分かち合い
  ましょう。



牧師紹介

塚田 正昭
1949年1月26日生


 来歴

 1963年 福岡・門司バプテスト教会にて受浸
 1972年 西南学院大学商学科卒業
 1973年 米国デンバー大学経営学部に留学
 1987年 西南学院大学神学部専攻科卒業
 1987年 岐阜バプテスト教会牧師に就任
 1997年 宮崎・児湯教会高鍋伝道所牧師に就任
 2003年 香川・恵キリスト教会牧師に就任

牧師挨拶

教会はイエス・キリストによりすべての人を
招いて下さる場として建てられています。で
すから、教会はすべての人の居場所として備
えられているのです。あなたの居場所も・・・。
ぜひ、来てみまい!!お待ちしております。