Value Magazine(バリューマガジン)
働く上での行動基準、名航バリューを
発信し続けて一年。
毎週というペースのバリューマガジン
発行は日々の人生を、仕事との関わりを、
新しく見つめ直す事となった。
今までの社内への発信から、
これからは社会に向けて発信しようと思う。
そして社内のバリューから、人生を見つめる
バリューを自分の中で考えてみた。
今のところこの4つのバリューが
自分にとっての生きていくための羅針盤
になると思う。。。
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このHPの紹介は自由です。
意見、感想は下記アドレスまで。
fwnd3113@mb.infoweb.ne.jp
第3章 <<毎週火曜日発行>>
(第0号)鶴太郎流人の能力を引き出す方法とその心得 2004.5.11
(創刊号)このメルマガのメッセージとは。バイトと喜びと微笑みと 2004.5.18
(第2号)運を掴む力、意識改革と夢を作る経営者 2004.5.25
(第3号) 真実を見抜く心の使い方、その先にある道 2004.6.1
(第4号) 「心の不良債権」と不安に打ち勝つ心とは。。 2004.6.8
(第5号) 近道をすると見失うもの?ハイジの見た夕焼け 2004.6.15
(第6号) 人生の喜び、人生の輪郭と「もののけ姫」 2004.6.22
(第7号) 未来のために植える苗木と「夜空ノムコウ」 2004.6.29
| このメールマガジンを登録頂いている皆様へ 長かった(短かった?)ゴールデンウィークが終わりましたね。 素敵な休日を過ごせたでしょうか? 素敵な出会いがあったでしょうか? (お知らせ) 今回は"仕事と人生バリュー"の創刊号としたかったのですが、 「まぐまぐ」さんの方からウィークリーまぐまぐで掲載された後の方が 登録者の方が多く、創刊号はその後の方が良い。との事でしたので、 次回を創刊号とします。 ただ、もう登録頂いた方もおり、待ち遠しいといけないので、先行版の 第0号として発行します。 今回はGW中に、たまたまつけたテレビ番組との素敵な出会いが あったので紹介します。 <今回の内容> (第1部):鶴太郎流墨彩画塾に見る人の能力を引き出す方法 (第2部):絵の心得と仕事、人生の心得 (第1部) NHKの趣味講座の「新・鶴太郎流墨彩画塾」という番組を見た事がありま すか?片岡鶴太郎が絵の講師として登場します。 ご存知の方多いと思いますが、ずっと前に「ひょうきん族」でお笑いをや っていた彼は今では有名画家として個展を開いたり、美術館まであります。 その鶴太郎の絵の教室。生徒には高橋英樹さんとか、田中好子さんが来て います。実は去年もあったこの講座、大反響で今年もやる事になったとか。 それで見てみたのですが、なんだか感動でした。絵を描くっていうのは、 何か芸術に取り組む、みたいで、結構厳しい先生とか、難しいきまりとか すごい技術とかがありそうで、とっつきにくいかと思うんですが、彼の教 室にはそんなところは一切ありません。 まず最初に鶴太郎先生がこんな風というお手本を見せた後、まず生徒達が 自分の好きな描く対象を選びます。それで、それを自由に書いていくんで す。そして鶴太郎先生が、「あーいいですねー。」とか「そうきましたか。 なかなか巧妙ですね。」とか「その感性がいいですね。」とかとにかく誉 めまくるんです。 途中で筆から落ちた絵の具さえも、「それがまたいい」と「それも含めて あなたらしさ」なんだという教え方です。 それに押されるかのように生徒達は自由に自分の思い思いの絵を好きな構 図や色使いで自由に表現していく。そして最後にはそれが楽しくて仕方 ないように見えました。それで最後作品ができてからの先生のコメント がまた、「楽しくて、あったかい作品でした。」と締めくくるんです。 それが、決まったセリフとかじゃなくて本当に楽しそうなんです。自分 も興味があったので、本屋さんに行った時にテキストを買ってみたので すが、たくさんいい事が書いてありました。 (第2部) まず<心得その一>として、「好きなものを描く」とあって、解説があ ります。「絵というのはただ線を描き色を塗ればいいというものではな く、自らの感動を示すものです。対象に対する思いや必然性があって初 めて描けると思うのです。」 うーん。その通りです。好きでもないものを描いてもきっと楽しくもな んともないでしょう。けれど、自分の好きな食べ物だったり、昆虫だっ たり、生き物なら、きっとそこに思い入れを持って描く事ができるので はないでしょうか。それでこそ絵が生き生きとし、それを描く自分も生 き生きとしてくるのだと思います。 そこでふっと振り返ると、仕事でも、人生でもそうですよね。自分が好 きでも、必然もない仕事や人生はきっとつまらない。好きな仕事をする というのは中々難しいかもしれませんが、少なくともそれをする事によ って誰かが幸せになる仕事をしているとしたら、思い入れを持つ事はで きるだろうな、と思います。 ただ明日が来るから今日を生きるのではなく、ただ目の前にやれと言わ れた仕事があるから、それをこなすのではなく、自分が思い入れの持て る仕事、人生を形作っていくのが、楽しい人生の第一歩かな、と思いま す。 そしてそんな思い入れを持った仕事や人生なら、きっと楽しくて、もっ ともっと思い入れが湧いてくる。そんなスパイラルを描くんだろうな、 と思います。 さて、<心得その二>。「決まりごとに捕らわれない色や形」ここでは、 色が線からはみ出してはいけないとか、立体感とかに捕らわれず、対象 から受けた印象をそのまま表現していきましょう。それにより、今まで 見えなかった色や形が見えてきます。というものです。 これはとても大事な事だと思います。"こうしなければいけない"という 決まりがある事によって、自分の受けた印象を打ち消してしまい、結局本 来あるはずの色や形まで見えなくなってしまう。というのです。 この捕らわれない精神から、生徒達は自分の中の今まで知らなかった感性 を引き出し、今まで見えなかった色、形を見つけ、そしてさらにその対象 への思い入れを深くしていくんだと思います。 本当にすごいな、と思います。そしてこれもまた仕事にも人生にも共通し た事なんでしょう。決まりやルールは大切でも、こうでなくては。という 捕らわれた気持ちがあると、本来の姿が見えなくなってしまう。自分の感 性自体がそれに影響されて形を変えてしまう。 あなたの毎日の生活は知らない間に、自分自身のこうでなくては、という 絵の輪郭のようなものに縛られていませんか。それをはみ出すのがいいと か悪いとかではなくて、自分の感性の目を開いてしっかりと、その対象の 姿を見詰める事。それが大事なんだな、と思います。 鶴太郎さんが絵を始めたのは39歳の時だそうです。ある日自然の美しさ や、庭に咲く椿の花に感動して、それを表現したい、という気持ちから絵 を描くようになったと言います。そんな自分の気持ちに素直な人生、捕ら われない人生はきっと、毎日が生き生きしてくるんだと思います。 そんな事を思ったゴールデンウィークでした。あなたの心には何が残って いますか?"ワクワクする明日へのヒントは見つかりましたか? |
| (創刊号) 今回は創刊号という事で、いったいこのメルマガで自分が何を伝えたいのか お話します。 今回の内容 (第1部):このメルマガのメッセージとは? (第2部):バイトと喜びと微笑みと。。 (第1部) 今みなさんは会社に勤められていますか?まだ学生の方もおられるかもしれま せん。けれど、自分は大金持ちの息子or娘なので、この先働くこともなく、 ただ遊んで暮らすのさ。という人以外はおそらくこの先なんらかの形で会社の 中で仕事をされる方、もうしている方が多いと思います。 自分も含め、そんな風に仕事をしているとき、ふと自分はこれでいいのかな? と思う事はありませんか?この毎日は本当に自分が望んだものなのか?更には 自分の人生はこのままずっと同じようにして続いていくんだろうか?そう感じ た事はないでしょうか? そんな人達に、人生、仕事についてこんな風に考えていくのもアリかな。こう すればもっと人生も仕事も楽しくなるんじゃないかな、と思うヒントを提供で きていけたら、と思って発行するのがこのメルマガです。 自分の好きな尾崎豊の歌に「路上のルール」というのがあります。その中の歌 詞で、“街の明りの下では誰もが目を閉じ闇さまよってる”というフレーズが とても印象的ですが、 誰かを照らしている街の明りの下にはたくさんの人々がいろんな悩みを抱えな がら生きていて、そんな中で自分もたくさんの束縛や、苦しみや、失ったもの、 を乗り越えて生きてきた。そんな自分の道しるべは、彼女の微笑みを捜すこと。 そう歌っているように自分には感じられました。 楽しいばかりではない日々の生活、けれど、そんな毎日のかけがえのない一分、 一秒の積み重ねが自分の人生を描き出しているのは確かな事です。 同じ社会、同じ時で生きていながら、なぜこんなにも人は違う生き方をするの か?それはそれぞれが違う感性を持っているからだと思います。同じものを見 ても、同じものに触れても、それをどう感じ取るかは人によって違います。誰 かの微笑みも、感性がなければ自分の道しるべにはなりません。 そんな日々のたくさんの出会いを身体中で感じとって、作り上げる人生、そし てそんな積み重ねが自分の中に大切にするもの=“バリュー”を生み出してい くんだと思います。 今回の4つのバリューは自分がそんな毎日感じたものの中から見つけた“大切 にするもの“です。だから、それを押し付けるつもには全くありません。けれ ど、そのバリューを生み出した毎日の様々な出会いとその時に感じた事、それ がこれを読んで下さる方の心に響く、新しい出会いになれば、と思い発行して いきます。 同じ社会で同じ時の流れの中を生きていて、そんな毎日の中の本当に些細な出 来事にも、自分の大切なもの=“バリュー”を見つけるヒントがたくさん隠れ ています。 それを見つけたら、日々の生活がもっともっと楽しくなるんではないか、と思 います。誰か一人でも、へーなるほど、そんな風に考えるとそれも面白いかも と思える感性を発信できれば本当に嬉しいです。 (第2部) 先日コーヒーを飲みに「カフェ・ド・クリエ」に行きました。店員は若い人ば かり。けれど、その挨拶、笑顔、お釣の出し方までがとても気持ち良くて、行 き届いた社員教育を反映していました。 最近家庭の中での子どものしつけが悪いとか、“サル”に近付く若者とか、批 判を多く受けている彼等ですが、若い人達の態度はそのまま、今の時代の人の 心を反映しているのではないでしょうか。 今の時代はこんなにも情報が溢れていながら、自分の気持ちを正直に誰かに伝 えるのはとても難しいと思います。こんなにも人が溢れていて、毎日たくさん の人とすれ違うけれど、心許せる仲というのは少ないのではないでしょうか。 このバイトの彼等は、接客の態度を学び、最初は押し付けだったそれが、やが て人を喜ばせる行動、その行動から生まれてくる人への気持ちの伝え方を学ぶ 事ができていると思います。きっかけさえあれば人はどんどん変わっていける 力を持っているんだな、と感じます。 ただ生きていくだけなら、誰とも関わらなくても、友達なんかいなくても、生 きていける、のかも知れません。けれど、誰かに何かを伝えて、喜ばせたり、 傷つけたりしながら、人との関係は深まっていくのだと思います。それがなく ては自分が何のために存在するのか、わからなくなってしまうように自分は思 います。 今の自分を振り返ってみて下さい、何のために仕事をしていますか?どんな仕 事もそれがサービス業でなくても、基本的には人を喜ばせるために(誰かの便 利になるために)、その仕事は存在するのだと思います。 誰かの微笑みを作り出す事、それがその人も、自分も喜ばせる事になる。。と 思うとちょっと嬉しくなりませんか? これからもよろしくお願いします。 |
| (第2号) 暖かくなってきましたね。 先週台風が近付いてきたのは驚きでした。もうそんな季節なんだ。。 激しい雨を受けながら心より身体が夏!を感じ始めてるような気が しました。 <今回の内容> (第1部):運(チャンス)を掴む力・・アサヒビール常務のお話より (第2部):意識改革と夢を作る経営者 (第1部) 先日の土曜日にアサヒビールの常務の方の講演を聞く機会がありました。素晴 らしいお話しだったので、是非紹介したいと思います。 アサヒビールと言えば、2001年に48年ぶりに業界首位を奪回し、その後 も首位独走を続ける超成長企業です。 (http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/birugyoukai.htm) そんな会社の、この常務の方はとても物腰柔らかで、優しい感じのする方でし た。そして、我々の前で最初に言われた言葉が、 「この出会いを大切にして、私も勉強させて頂きたい。」 すごいですよね。会社の中でこんな高い地位にありながら、最初の言葉がこん なにも謙虚である事に自分はびっくりしました。 講演は約1時間半ほどでしたが、その深い内容は、会社だけではない、常務の 生き方を感じさせるものでした。特に「運(チャンス)はどこにでも転がって いてそれを掴むのが難しいだけです。」という事を様々な実例を持って紹介さ れました。 当日の講演は経営道協会という会の主催だったのですが、「その先生とは長い 付き合いで、早めに来て、15分程話をしました。それだけで、私の用意した 原稿はメモで真っ黒になったのです。その中身は。。」とまずお話しをされま した。 この一言にはたくさんのチャンスを掴むヒントが隠されています。まず1)早 めに来てチャンスのきっかけを自分で生み出す力、2)それをただの世間話で なく自分の成長に繋げる力、3)そしてそれをすぐに自分から発信する力、そ ういうパワーこそが運を引き寄せているのだな、と最初から感動でした。 「先生には“会社は成長しているけれど、お前は成長しているのか”という目 で見られる」と常務は言われましたが、それは自分が成長しなければいけない、 という強い意志と、自分を厳しく見詰める目を持っているからこそ感じる事で はないでしょうか。だからこそ、紙が真っ黒になるまでメモが取れるのだと思 います。 会社の業績を上げる事で自分も成長したような気持ちについついなってしまう 人は決して少なくないと思います。けれど、その中で自分はどうなんだ?と自 問自答する気持ちがなければこの言葉は出てこないと思います。 今までに仕えてこられた何代もの社長のお話しもありました。 その中には有名な樋口社長のお話しもありました。 (http://www.nikkei-bookdirect.com/bookdirect/item.php?did=31098) 樋口社長は廊下で会うと、突然、「今困っている事はなんだ」と聞かれるそう です。 突然の事に答えれられずにいて、悔しいので、次に会う時までに困った事を考 えておいて、困った事を挙げると、「なんだ一つしかないのか。それはお前の グチだ3つくらいあるだろ」と言われ、また悔しいので3つ準備しておいて言 うと、「3つもあるなら優先順位をつけろ」と言われたそうです。 強烈な方だったようですが、常務がそれに対して感じた事は、あの人は例え廊 下での一瞬であっても部下とコミュニケーションを図り、人を育てようとして いた人だ。という事だとの事でした。 「自分はそういう社長につく事ができて運がよかった。」と言われるのですが、 その社長の言葉の意味を深く理解し、感謝する気持ちを持つ事ができる。それ が運を掴むコツなんだな、と自分は感じました。 もう一つ運を掴む方法として、“先入観を打ち消す力”の話がありました。 自分の会社が一体どんな風に見えるのか、それをある時調査して、役員会か何 かで報告されたそうです。 そうすると、悪いイメージに対して、「いやいやそんな事はない」とか、「ど んなグループを対象に調査をしたんだ」という話になって、結局そのイメージ を認められなかったとの事でした。 他にも、営業で調査をして、「お客様の飲みたいビール」を調査して、それに ついての商品化を行おうとしたところ、生産の担当者が「そんな事は不可能」 と言って議論が進まなくなってしまった事があるそうです。 この二つに共通して言えるのは、常識とか先入観を打ち消すのは非常に難しく 勇気がいるという事です。自分の期待してない成果や報告、これを見たくない 気持ちが目の前の真実を見えなくしてしまう。 これを打ち破って真実を見抜き、認める力がなければ目の前の運を掴む事は決 してできないという事だと思います。 常務のお話から自分が感じ取った、運を掴むためのヒントとは。1)常に自分 を成長させようという気持ちを持つ事、2)相手の行動への感謝の気持ちを持 つ事、3)先入観を打ち消す勇気を持つ事、なんだなと感じました。 成長していく自分に“ワクワク”してみませんか? その気持ちが運を引き寄せるんです! (第2部) もう一つ非常に興味深かったテーマとして、組織の「意識改革」の話もありま した。 「意識改革」これは、今どこの会社も取り組んでいる事だとは思うのですが、 常務は言います。「お前変われ。」と言っている本人は一体何が変わったのか。 例えばxx計画、xx運動をするとします。その時の現場の反応の多くは「ま たか。。」というものです。その時点で既に頭の半分は機能が停止します。そ して、誰か偉い人が現場に来て横文字をならべてよくわからない理論を言う。 そこでまた残りの半分の機能が停止。。これでは何も変わりません。 「自分はこう変わってきた。みんなはどうなんだ!」と熱く語る気持ちを持っ てもらいたい。そう言われました。 常務がその意識改革の中で行われた事の一つに社員全員に名刺を配るという事 をしたそうです。大きな会社ですが、現場の一人一人、トラックの運転手にま で自分の名刺を持たせたそうです。 社内では悪用の危険だとか、いろいろ反論もあったそうですが、その名刺を持 つ事によって社員の意識が変わって、「俺はこの会社の社員なんだ」という気 持ちが湧いて嬉しくなったという知らせがあちこちから届いたそうです。 更には、自分達の工場からその付近までバケツを持って掃除をする社員が現れ、 それを見た近くの酒屋さんから感動の報告を本社にまで連絡してきた、という 事もあったそうです。 その会社の方向を示すのは経営者の役割だけれど、その会社の育て、立派な会 社へと変えていくのは社員一人一人なんだな、と強く感じました。 その後に中期経営計画のお話しがあって、それについての説明の後、経営者と は“夢を作り、夢に挑戦させる事”それが仕事なんだ。と言われたのには本当 に感動でした。 最後に質問の時間があったので、「自分のしている事、会社の進んでいる方向 を常に振り返る事ができるのはなぜですか?」と聞いた時に、おもむろに手帳 から一枚のカードを出されて、「あなたは会社の経営理念が言えますか?」と 言われました。 会社の経営理念、行動基準それらを常に意識する事が、仕事をしていて自分を 振り返る方法です。との事でした。 “夢を作り、夢に挑戦する人生”っていうのもかっこいいと思いません? ps1)常務の書かれた本で、良い上司、悪い上司のチェックシートがありま す。参考にどうぞ。(http://www.nsknet.or.jp/~hal/bosscheck.html) ps2)この講演の内容は経営道協会“ECHO放送により”6月10日頃か ら見る事ができます。(お問い合わせは http://www.keieido.jp) |
| (第3号) 最近夜の街を車の窓を開けて走るととても気持ちがいいです。 昼間の暑さがちょうど和らいでいるよう。 雨が降りそうな日は特に植物の匂いが香ってきて尚更心地良さを 感じる今日この頃です。 <今回の内容> (第1部):真実を見抜く心の使い方。 (第2部):道の向こうにある真実。 (第1部) 先日「極秘指令」という本を書かれた砂川さんというお方にお会いしました。 とても自分の知り合いではないのですが、ある人のツテのようなもので一緒に お食事をする機会を得ることができました。 この「極秘指令」という本は知っておられる方もいるかもしれませんが、19 87年の大韓航空機撃墜事件の際に容疑者を差し押さえ、金賢姫と直接話しを された方が書かれたものです。 この方の経歴や、本を読んで自分なりに初めて会うその方をなんとなく想像し ていたのですが、実際会ってみると全く自分の予想とは違う方でした。 自分が想像していたのは、こわ面でがっちりとした、やり手刑事の様な人かな と思っていたのですが、とても温和で柔らかい感じのする人でした。 見事に予想を崩されてから、面と向かってよくよく話を聞くうち、だんだんと その方の温和でどんな人へも思いやりを持って接するその態度こそが、容疑者 を持ってして心の内を話させる気分にさせたのだのでは。。と気づくまでにか なりの時間がかかりました。 どんな状況、立場に置かれても相手を思いやる気持ちを決して忘れない事が、 砂川さんにとっての真実なのではないか、と思いました。 そんな事を感じながら、ふと思い出した事があります。 自分は学生時代に音楽を少しやってました。それまで全く知らなかった世界に いきなり飛び込んだみたいなようなもので、最初は"和音って何?"から始ま って、そのうちクラシックの音楽が聞けるようになりました。 そして4年間の間にたくさんのコンサートに行き、CDを聞きあさりました。 何も知らなかっただけに、本当にたくさんの種類の演奏を聞いて、そして思っ たのは、身体が緊張するほどの感動があるような演奏と、そうでないものがあ るんだな、という不思議でした。 音楽では、目の前で起こった演奏というのは世界でたった一度しか存在しませ ん。どんなに同じメンバーを集めても、楽器をそろえても、その当日の指揮者 の緊張感、観客の雰囲気、体調、天候、社会情勢、さまざまなものが絡みあっ て、その瞬間の音楽が生まれます。 高いチケットを買ったからいい演奏が聞けるわけではない。素晴らしく豪華な 楽器を持っているからいい演奏ができるわけではない。それは素晴らしい演奏 へのきっかけにしかならないんだ。という事を感じました。 その時に大切となるのは何か?それは、目の前の演奏に対して真っ白な心を打 ち明ける事なんです。例えどんな人が演奏しようが、どんな音響の場所であろ うが心を打つ音楽は存在します。それを感じ取るのは自分しかいないんです。 その自分の感性を信じるには、肩書きや、評論を忘れ、真っ白な気持ちでその 音楽の前に立つ必要があります。それでこそ初めて音楽という芸術の先にある 真実のようなものが心に語りかけてくる。真の感動が得られるのだと思います。 これは人に出会う時も同じだと思うんです。その人の肩書き、風貌、そんなも のでは判断できない自分にとっての感動、をその人は携えています。そしてそ れを見抜くためには真っ白な気持ちが必要なんだと思います。 今回の砂川さんとの出会いの中で、果たして自分は真っ白でいれたのだろうか ?きちんと心を開いていれたのだろうか?そう思いながら気持ちを集中してい くうち、その人の持つ真実が見えてきたように思います。 仕事でもそうじゃないでしょうか?毎日なだれのように降ってくる仕事。けれ ど、それを組織のしがらみの一つとして捕らえるのではなく、その先にある真 実、それは真っ白な心を持って見れば、きっと見つけられるはずです。 明日の誰かとの出会いを、ワクワクの出会いに変えるために必要な事、それは、 知識を頭の中に、期待を胸の中に、そして心は空白のままにしておく事、なん ではないかな、と思います。 (砂川様との出会いを心から感謝します。砂川様の著書についてはこちら http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031185911) (第2部) 先日この砂川氏との出会いの少し前にあるcafeで"道の向こう"という写 真集を見ました。 その写真集には世界のあちこちに旅した時にその写真家の感じ取った道が写さ れていて、それはある時は海沿いの険しい岩肌を這うように上る赤土の道であ ったり、ある時は春の菜の花の咲き乱れる中の小さな砂利道であったり、紅葉 した葉が一面に敷き詰められた舗装道路だったりします。 この延々と道の続く、写真集を眺めていると、何かほっとした気持ちと、少し だけわくわくした気持ちになります。なぜだろう。。? 自分はこんな風に思いました。"道"というのは、例えそれが砂利道であろう と、舗装道路であろうと、誰かが何かにたどり着くために、そこに残したもの なんだ。だから、道を見た瞬間に自分は、ある同じ目的を持ってこの道の先へ と足を進めていったであろう誰かとの繋がりを無意識のうちに想像しているの ではないだろうか?そこにはかすかながら、同じ夢を共有した人との仲間意識 と安心感が存在するのではないだろうか。。? この道を行くと、もしかしたら自分と共有の思いを持った人と出会えるのかも しれない。そんな期待が心に浮かんでくる。だから、そこでは新しい出会いで ありながらも自分と全く異質ではない親近感と安心のある出会いが生まれるよ うな気がします。 「道は自分で作るもの」という言葉があります。それは例えばこの綺麗な菜の 花の中の道から外れ、その道のない野原の中を進んでいく事なのかもしれませ ん。 今までただ綺麗に見えていた野原も、その中に何が潜んでいるのかわからない し、落とし穴もあるかもしれない。誰も歩いていない一歩一歩が新鮮な道だけ れど、どちらに進めばいいのか、どうすれば自分の目的の場所へ行けるのか、 そして同じ思いを持つ人に会えるのか、とっさにわからなくなってしまいます。 誰もしなかった新しい事を始める人っていうのは、そんな新しい一歩を踏み出 す人なのかな、と思います。自分の目標になる遠くの木を見つめて、よーし、 と思って新しい一歩を積み重ねていく。そして、振り返った時にたくさんの人 がその後についてきたなら、そこは道になるんだと思います。 もし振り返って誰もいなかったら?そこには道はできないかもしれない。けれ どその人の足跡はそこに残るでしょう。 今の時代はどの道が正しいのかよくわからなくなっているように思います。同 じ方向に進んでいれば、仲間はいるけれど、自分の思いと何か違うものを抱え ながら進むことになるかもしれない。 ただ何も考えずに大きな道を黙々と歩いていたら、突然崖の前に立っていたり、 上から岩が降ってきてつぶされそうになったり、そんな中で起こりうる世の中 になってるんじゃないかな、漠然と思います。 道はたくさんある。作る事もできる。けれど、その前でまず深呼吸して、真っ 白な心で自分の進むべき道を見返してみるのもいいんではないでしょうか。 会社という組織の中にもきっとたくさんの道があります。その道の周りにもた くさんの道があり、道のない所にも一歩ずつ足跡をつけていく事ができます。 その行く先を見据えながら自分なりの真実を、自分自身の選んだ道を、見つけ ていければいいな、と思います。ずっと自分を好きでいるために。 「道の向こう」写真家のホームページはこちら → http://www.bschmid.net/menu.htm |
| (第4号) この間車の中でラジオを聞いていたら面白い話をしてました。 ○○さんからの投稿!「今日は給料日です。でも残業なんです。ふぅ〜。。」 「○○さん。そんな時にはいい方法があります!順番を逆にする!」 「今日は残業。でも給料日!。。ほらなんだかいい感じになってません?」 このラジオパーソナリティってすごい!と自分は思った。 みなさんはどう思います・・? <今回の内容> (第1部):日本の抱える本当の問題「心の不良債権」とは。。 (第2部):“不安”に打ち勝つもの (第1部) 先日テレビをつけたら、たまたま五木寛之さんの人間講座という番組ををやっ てました。タイトルは「今を生きる力」というもので、普段は別に興味もなく さっさと飛ばしてしまう教育テレビですが、なんとなく優しく、引き込まれそ うな目で、こちらに向かって話し掛ける五木さんの話についつい聞き入ってし まいました。 しかも中身がとても興味深かったのです。それは、今の時代についてのお話で した。昔は世界のあちこちを旅して回った五木さんも、最近は国内を見て回る ようになったそうです。なぜなら「知っていると思った国内にこそ知らない事 がたくさんあるから」だそうです。 ふ〜ん。と思いながら聞いていると、今の年金問題にしろ、リストラや、倒産 その他の社会問題にしても、日本人は今までになかった不安の中にいるのでは ないか。これが五木さんの意見です。 今までの経済成長の中で、我々日本人は不屈の努力と勤勉さで苦労や悲しみを 乗り越えてきた。けれど、今の日本人はまるで「荒涼たる荒野に立ちすくみ、 どこに向かっていいのか迷っている」状態なのだという。。 なるほど。その通りかも、と思います。今日本の経済成長がなぜ止まってしま ったのか?それについて、個人消費とか、年金不安とか、銀行金利とか、いろ いろな事が言われてきました。けれどそうでしょうか? 自分は違うように思います。なぜなら今までも貧しかった時もあり、年金問題 に変わる様々な問題を日本人は抱えながら生きてきた。けれど、それを乗り越 える力があったから、経済発展できた。 けれど、今は漠然とした不安の中にいる。年金が片付けば安心してお金を使う ようになるのか?イラクの戦争がなくなればお金を使うようになるのか?きっ とまた新しい不安に我々は襲われる。どんな社会にもいろんな問題があるのだ から。。 それではなぜ今、我々は“不安”なのか?五木さんはこう言います。 それは我々に心の拠り所がないからではないでしょうか。例えば、欧米にはど んな小さな町にも教会があって、牧師さんがいて悩みを聞いてくれます。アメ リカの大統領は、就任すると、聖書に手を置いて宣誓します。激しい市場競争 にも「神の力」が働くと欧米のバイヤーは信じて、商売を貫き通します。 日本人はそういった生きていく上での心の拠り所となる和魂を忘れてしまって いるのではないでしょうか?西洋文明の流入以来和魂洋才と言って、日本人の 魂と西洋の新しい技術、考え方を取り入れようとしたけれど、結局欧米の魂に 基づく洋才に我々の日本人の心はついていけないまま、無魂洋才になってしま っていたのではないだろうか? そして、その無魂の積み重ねが今我々の心に、まるで「心の不良債権」として 重く乗しかかってきているのではないだろうか?そう五木さんは語りかけます。 みんなが生き方を見失った時代。そうなのかもしれないな。と思いました。じ ゃあどうすればいいのか。。? そこでふと、自分の状況を振り返ると、会社自体もそうかもしれない。どうす ればいいのかわからず迷っている。それは、今のプロジェクトのあり方とか、 コストとかの問題じゃなくて、ずっと昔から抱えてきた見えない不良債権に立 ち向かう時が来ているのかもしれません。。。 毎日の生活の中、笑顔を忘れていませんか? 人間講座HPはこちら: http://www.nhk.or.jp/ningenkoza/200404/mon.html (第2部) 五木さんの話はその後、こんな風に続いていきます。今も日本の田舎に行くと どの家にも仏壇があって、必ず毎日手を合わせる人たちがたくさんいる。都会 は空襲でなくなってしまったけど、その仏壇というのは欧米の教会に匹敵する ほど大切なものではないか。 それは不安な時の道しるべを示してくれるほどのものではないかも知れないけ れど、そう言った頼るものがあるだけで心がほっとできるのではないか。 これもなるほどです。何か頼るものがある方が安心できるのは確かで、一人の 夜道より二人の夜道の方がなんとなく安心です。 けれど、今の時代の若い人たちに仏壇を拝みなさい、というのは結構難しい事 ではないかとちょっと思います。 番組はとりあえずここで終わったのですが、自分は「じゃあ何を頼りにすれば いいんだろう?」と考えてました。それで思ったのは誰か生きるモデルのよう な人が必要なのかもしれない。あんな風に生きたい!と思える人。 いつの時代にもヒーローは必要と言うけれど、それが強力に求められている時 代なんじゃないかな、と思います。もちろんイチローや松井選手のような人た ちはモデルだけれど、それ以外にももっと身近な人たちを心の拠り所にしたい のかな、と考えました。 そうしていると、今度はかけていたCDからELTの曲で「清く、正しく、美 しく。と教室に貼られていた〜じゃあお尋ねします。社会はいつだって、そぉ だったと言える?」(ファンダメンタルラブ)と語りかけてきた。 なるほど、それも納得。今の社会時代に何かみんな失望して、希望を失ってい るんじゃないだろうか。そして、その中での生き方とは学校の壁に貼られたス ローガンではなく、自分の身体で実感できる生き方なんだろうと思う。 それは、生き方を示される時代から、自分で生き方を見つける時代への変換で はないでしょうか? 今のイラク戦争に代表されるように、世界の宗教はある意味行き詰まりを見せ ているのではないか、と自分は感じます。その中で宗教のないところに生き方 を見つける、という世界の最先端として日本人がもがき苦しんでいる。そう捉 えることもできるかもしれない。 “不安”とは他の誰でもない自分自身が心の中に作り出したものです。けれど その“不安”に打ち勝つには、それに負けないくらいの信念がきっと必要じゃ ないかな、と思います。 あなたの心には大切にしている信念がありますか? この人生の4つのバリューが少しでもその信念を生み出す役に立てばな、と切 に思います。 “不安の今日”を“喜びの明日”に変えるために。 |
| (第5号) 梅雨というのに、昨日の名古屋は爽やかな晴れ間が広がって 快晴の月曜日でした。 梅雨の季節っていうのは、雨が降っても、晴れても、 なんとなく得した気がするのは自分だけ? <今回の内容> (第1部):近道すると見失う大切なものとは (第2部):ハイジの心に写る夕焼けの色 (第1部) 最近トヨタのCMでちょっといいな、と思うものがあります。カローラフィー ルダ−のCMで平井堅と少年が出ているのですが、その少年のセリフで、こん な一言が出てきます。 「堅は遠回りが好きだ。近道は大切なものを見失ってしまうからだそうだ。」 確か、こんなセリフです。なんだかいいな、そう思いました。自分は遠回りが 好きなわけではないのですが、好きな道があります。 それは、桜並木のゆるやかな下り坂で、四角い灯篭のようなぼんやりとした街 頭のある静かな通りです。食事の帰りや、遊びに行った帰り、その道を通れる 方角に遊びに行った帰りはいつもその道を通って帰りました。 (今は引っ越して通らなくなってしまいまいたが。。) それはなぜなんでしょう?その時自分が考えているのは、きっとただ早く家に 帰り着きたい。という事ではなかったと思います。自分にとって、”帰り道” っていうのは、ただ目的地と目的地を結ぶためのもの、ではなくて、季節や天 候で様々に変わるその道自体を楽しむために存在していて、そんな変化を楽し むのが好きだったのかなぁと今は思います。 それは見方を変えるとこんな風にも考えられるのではないでしょうか。ある結 果を出すという事のみを考える生き方と、その途中のプロセスを楽しむという 生き方。 例えば、旅行に行く場合も次の大きな二つに分かれるのではないでしょうか? 目的地に行って写真を撮って帰る事が目的の旅なら、途中の飛行機や電車なん かの交通機関はただのわずらわしい時間でしかないし、同じ所には2度と行か なくてもいい。 けれど、旅行に行く途中の電車の中での出会いや、飛行機からの景色や、様々 な人々との関わり、これが楽しいのなら、長い時間の飛行機も楽しいし、同じ 場所に何度行っても、新しい発見がある。それはその土地の変化だけでなく、 自分の変化にも気づく事になるんだと思う。 最近は結果主義が中心で、「結果がすべて」みたいな考え方もあるけれど、も ちろんそれが間違ってるわけじゃないけれど、それを出すためのプロセスも、 とても大切なんだ、と思う。 このCMは、もしかしてそんな事を言いたいのかな、と勝手に考えてみました。 そうすると、遠回りの道だけじゃなくて、例えば毎日の通勤や通学の道の途中 にいつも変わらないようでいて、変わっているものってありませんか? それは植物かもしれないし、工事現場かもしれない。けれど、その時の流れの 中で変わり行く様々なものと共に我々は生きている。その景色は同じようでい て、決して一瞬たりとも同じではない。そしてその事は我々自身も同じなんだ。 そう思うと、毎日出会うたくさんの出来事が自分に影響を与え、変えていって いる。。そんな風にも考えられるのではないでしょうか。 トヨタがずっと昔から製造を続け常に売上のトップの座にいたカローラをいつ までも同じ名前で続けていくかどうか、がトヨタ躍進の時代に様々な議論を生 んだ、と聞いています。 その中でやっぱり残していくべきだ、という決断は、“変わり続けていく中で こそ、変わらないでいられる大切なもの”を残し続けよう、とうい経営トップ の判断があったからこそではないかな、と思います。 だからこそ、このカローラCMの最近のキャッチフレーズが生きてくるのでは ないでしょうか。。 “変わろう、変わらないために。。” あなたは変わりつづける自分に気づいていますか? (第2部) 夕焼けの景色って皆さん好きですか?思わず立ち止まってしまう位に綺麗な夕 焼けに時々出会う事があります。 それは、会社で夜ご飯を食べるために食堂に向かって歩いている時かもしれな いし、遊びに行って疲れて帰る途中かもしれない。けれど、そんな時に必ず思 い出す言葉が一つあります。 それは、どうも「アルプスの少女ハイジ」の中の1シーンらしいのですが、直 接自分は見たことがありません。何かで書いてあったのを読んだのですが、そ れは、こんなシーンでの言葉です。 少女のハイジとおじいさんが夕焼けの空を丘に座って並んで見ている時、ハイ ジがおじいさんに聞くんです。 「おじいさん。夕焼けはなんであんなに美しいの?」 するとおじいさんが答えます。 「それはね。お日様が山にさよならを言っているからだよ。別れを告げる時っ ていうのはみんな美しいんだ。。」 初めてこの話を聞いた時はなんだかすごいショックでした。そして、今もこれ に勝る夕焼けの美しさを表す言葉を自分は聞いた事がありません。。 この話を聞くまで自分は夕焼けがなぜ美しいのかなんて考えた事もなかったし、 当然その後の理由なんて思いもつきませんでした。 けれど、子供のハイジは本当に素直に感じ取っているのです。これが感受性な んだ。と思った瞬間でした。 なぜ?という問いかけがなければこの物語は始まりません。けれど、その問い かけによって、身の回りに何気なくあったたくさんのものが、まるで命を持っ た生き物のように自分に語りかけてくる存在になるんだ。そう感じました。 感受性っていうのは、驚くような経験とか、不思議な出来事にぶつかったから 身につくものではなくて、本当に些細な毎日の中にこそたくさん潜んでいる命 を見出す事なんではないかな、そうしたら、もっともっと毎日が楽しくなる。 そんな風に思いました。 それは例え仕事であっても同じで、なぜ?の先に答えを見つけるのが感受性で はないか、と思います。会社に入社当時には感じていた様々な事。ハイジのよ うな心を持っていた、そのなぜ?を忘れてしまっていませんか? 新しい土地での生活に心踊らせていたことを過去のことにしていませんか?素 敵な明日はそんな自分の感受性こそが作り出していくのではないかな、そう思 います。 最近ワクワクする素敵な不思議、に出会いましたか? |
| (第6号) 台風6号の通過!という事で名古屋の会社の中は 雨漏りやら、暴風雨で倒れる自転車やら、飛んでくる木の葉で 大荒れでした。 小学校の頃は台風が来ると、すごい勢いで揺れる木やら 飛ばされる傘とか、が楽しくてしょうがなかったけど、 その頃とあまり変わってないかなぁ。。 <今回の内容> (第1部):喜びの見つけ方@比叡山 (第2部):人生の輪郭と”もののけ姫” (第1部) 先週末に比叡山に登ってきました。なんだそりゃ?と思われる方もおられるか もしれませんが、京都にある、あの織田信長の延暦寺焼き討ちで有名な(自分 はそれしか知らなかった)山です。 この山は比叡山ドライブウェイがあって、京都と滋賀とを一望でき、自然に溢 れた、とても綺麗な山なのですが、同時に、日本の仏教の祖となるたくさんの 人がこの山で修行をして、教えを広めていったそうです。最澄さんとか、道元 さんとか、栄西さんとか、親鸞さんとか、日蓮さんとか、がみんなここで勉強 したと言う、どこかの有名大学のようなイメージでしょうか。。 その山で一体何をしてきたのか?ちょっとだけ修行をしてきました。一日体験 修行のようなものですが、これは別に宗教の会に入っているわけでも、家族が お坊さんなわけでもなく、心を磨くのにいい、という事で行ってきました。 比叡山はの中には200以上ものお堂や、塔があり、今もたくさんの僧侶の方 が修行をされています。その修行の中で最も厳しい荒行と言われているのが、 千日回峰行という修行で、7年間で1000日間の行を行い、その間に地球一 周となる約4万キロを巡礼しながら歩き、途中で9日間の不眠、不臥、断食、 断水、という超人的な修行を行うというもので、戦後まだ十数人しか満行され た人はいないそうです。 (解説 http://www.daikoku-ya.jp/contents/note/guide_113.htm) その回峰と言われる比叡山の山を歩いて一周する修行と、千日回峰を行われた 光永先生にお会いして話を聞くというのが今回のメニューでした。 光永先生からは、様々な話が聞けたのですが、その方の言われていた言葉の中 で、自分が一番新鮮に感じられたのは、 「人生はただ楽しい事っていうのは忘れてしまう。苦しい事を乗り越えて達成 した喜びの方を人は覚えているものではないかな、と私は思う。」 と言われていました。なるほど。人の生き方は様々だけれど、思い出とはそう いう物かもしれない。レストランでおいしかったなーという食事より、自分が 真剣になって、なんとか作り上げた一人暮らしの始めの味噌汁なんかは、思い 出としては最高かもしれない。。 そしてこんな風にも思いました。人は苦しみを喜びに変える力を持っている。 こう書くとなんだか卒業式の言葉みたいであんまり好きではないけれど、実は 深い言葉なんだな、と改めて思います。 苦しみを乗り越えると喜びがあるんだけど、その乗り越えるとは何なのか?そ れは、目標に到達という意味もあるし、自分の中にその苦しみを飲み込んで消 化してしまうという事でもあると思います。 生きていれば、苦しい事や納得のいかない事はたくさん出てくるし、生きてい る事すら嫌になる事もあるかもしれない。けど、その苦しみに背を向けたり、 逃げたりしても、喜びには変わらない。 それを自分で飲み込んで、消化して、栄養に変えて初めて喜びに変わるんだな、 と思う。そう考えると、世の中は苦しみで満ちているとも言えるし、喜びに満 ちているとも言える。目の前の現実はそれに対する態度一つで苦しみにもなり、 喜びにもなる一つの物に過ぎないんだ。 例えば、目の前の仕事の山に背を向けても決して嬉しくはならないし、嫌な上 司から逃げ回っても楽しい仕事はできない。自分なりに何かの方法でそれを消 化しなくてはならない。その方法は様々で、例えば頼りになる同僚を探すとか、 上司に泣きつくとか、黙々頑張るとか、色々あるけど楽しくする方法はあるん だと思う。 仕事を楽しくというと、いつも思い出すのは、新入社員の時の教育担当の先輩 の実習で会った作業長のお話で、「仕事っていうのはつらいものだ。だからこ そ、それを楽しくする方法を考えなくちゃいけない。」という言葉です。 人の心って言うのはそれくらいすごいものなんだな、と思いました。そしてそ の苦しみを喜びに変えていく事、それが一番の自分を好きになる方法じゃない かな、とも思います。 喜びに満ち溢れた自分って大好きになれそうじゃないですか? (第2部) ところで、その回峰の修行での自分の体験はどうだったかというと、筋肉痛以 外に様々な事を感じる修行でした。あちこちにあるお寺や、お地蔵さん、聖な る石まで拝んで行くので、なんとなく修行僧になったような気がしました。 本当は無心になって歩かなくてはいけないのだけれど、そこは凡人なので、そ うもいかず、たくさんの雑念が浮かんできました。仕事の事であったり、友人 の事であったり。昨日のテレビだったり。。 それでも不思議なのは、山を巡りながら浮かぶそんな色んな事は日ごろ思うよ りもどこか神聖な感じでいい所ばかりが思い浮かんでくるようでした。 そしてその中で思い出した雑念の一つ。それは「なんだかこの山って”ものの け姫”みたいだな」という事でした。 映画を見ておられない方もいるかもしれませんが、数年前の宮崎駿監督のアニ メ”もののけ姫”は山犬に育てられた少女と、製鉄をしながら働く人々、山の 神々、の戦いと人生の物語です。 (解説 http://www.asahi-net.or.jp/~hn7y-mur/mononoke/) 実は先日古本屋でこの”もののけ姫”のパンフレットがあったので買ってみた のだけれど、その最初のページにこう書いてありました。 このような時代、人々の生き死にの輪郭ははっきりしていた。人は生き、 人は愛し、憎み、働き、死んでいった。人生は曖昧ではなかったのだ。 憎悪と殺戮のさ中にあっても、生きるに値する事はある。素晴らしい出会 いや美しいものは存在し得る。 憎悪を描くが、それはもっと大切なものがある事を描くためである。呪縛 を描くのは解放の喜びを描くためである。 うーん。なんだか、すごい。「人生の輪郭が曖昧でなくはっきりとしていた時 代。」けれど、輪郭がはっきりしてるってどういう意味かな・・と思っていた のですが、山を歩いていてなんとなくわかったような気がしました。 輪郭をはっきりさせるとは、言葉にするなら、相手のありのままの姿をしっか りと見つめ、自分のありのままをしっかりと見つめるという事ではないでしょ うか。 できる事なら見たくない相手の心、自分の心っていうのはあると思います。け ど、それを見つめる、目の前のありのままの事を信じる、それがないと、素晴 らしい出会い、美しいものを感じる事はできないっていう事なのかな、となん となく感じました。 そういえば今回引率の市川先生が引用されていた言葉を思い出しました。。 「うつくしいものを美くしいと思えるあなたのこころがうつくしい」 ”あいだみつを詩集”より。 うつくしいもの、見えてますか? |
| (第7号) 着実に夏へと足取りを進める季節 梅雨の合間の猛烈な暑さにばてばてです。。 <今回の内容> (第1部):未来のために植える苗木とは? (第2部):「夜空ノムコウ」にあるもの (第1部) 最近どうも仕事が忙しい。。個人的だけれど、とてもばたばたしています。。 仕事がたくさんあるっていうのは、ないよりもいいのかもしれないけれど、あ まりに次々仕事が流れ込んでくると、息をつく間がなくてこりゃちょっと疲れ るなーと思います。 皆様の中にも結構忙しい方多いんではないでしょうか?けれど毎日降ってくる 仕事の山に追われているだけでは、ちっとも仕事は面白くならない。けれどそ の苦しさを抜け出すにはどうしたらいいのか?自分は最近ある人の言葉を思い 出しながら仕事しています。 その人の言葉とはこうでした。「会社の経営とは庭に木を植えるようなものだ。 10年後の事を考えて植える。見ていても木は大きくならない。忘れた頃に大 きくなって、しかもいろんな風に成長する。それをまた切り揃えてやって庭が できあがるんだ。」 へー。面白い事言う人だな、と思ったのですが、忙しい時ほど、この言葉が身 に染みます。毎日の膨大な仕事があって、それが減っていきそうにない時、た だ目の前の仕事をしていくのは庭で言うなら生えてきた木の枝を懸命に切り揃 えているようなものではないでしょうか。 庭が広ければ広いほど刈る木も多いし、何本かの木を刈っているうちまた他の 枝が伸びてきて、いつまでも終わらない作業を繰り返す事になります。けれど、 時には種をまいて何年も先の庭の形を想像してみよう、少しずつでも木を植え て形を変えていこうと思います。 毎日の枝切りに夢中になっていると、自分の庭を作り上げる事はいつになって もできない。と思います。そしてそれは毎日の天気や突然の天変地異で形を変 えていきます。その中でできるのはやっぱり木を植える事だけではないでしょ うか。 それは忙しい仕事の中では結構難しくて、ついつい後回しになってしまうかも しれません。けどそれをしないと、将来は変わらないでしょう。そしてその新 しい苗木はアイディアさえあればいくらでも見つける事ができるのではないか、 と思います。 例えば、新入社員なら、今までしゃべった事のない新しい人としゃべってみよ うとか、新しい考えを誰かに話してみるという事でもいいし、もう少し年を経 た社員なら、今までのステータス表を新しくしてみるとか、違う課の人と仕事 の進め方を変える事かもしれない。主任以上になれば、新しい人を育てるとか 雇うっていうのは本当に苗木を育てる事だと思います。 “遠く先になって起こる結果”を考えながら起こす毎日の些細な行動が苗木で はないかと、自分は思います。 役職が上がるにつれて管理する庭も大きくなるだろうから大変だとは思うので すが、常にどんな庭にするのか考えながら、毎日新しい苗木を植えていく事が できたならきっとその会社は成長するし、毎日のほんの少しずつ変わっていっ て、やがて大きな枝をつけるだろう苗木を育てるのは楽しいのではないか、と 思います。 そしてそれは人生ももちろん同じです。毎日同じ電車に乗って、ただぼんやり と過ぎていく毎日に追っかけられていては変化は訪れないでしょう。今すぐ目 の前に変化が起きなくても何か苗木を植えなくては将来を変えていく事はでき ないのではないか、と思います。 自分の描く未来図があったとして、けれどある日劇的に人生が変わってその夢 が叶う人っていうのはほとんどいない。と思います。その夢に向かってたくさ んの苗木を植えていって、そのどれかが実ってきて始めて形になるんではない かと思います。 未来予想図に向かってあなたは今日どんな新しい苗木を植えますか? (第2部) 数年前に流行った曲で、SMAPの「夜空ノムコウ」という歌があるのですが、 ご存知でしょうか?この曲の中の自分の好きなフレーズで “あの頃の未来に僕らは立っているのかなぁ・・”という言葉が出てきます。 今のこの瞬間も“昔のあの頃”から見ると未来なんですよね。あの頃から今こ の瞬間まで、今に繋がる何をしてきたんだろうな?とふと自分を振り返らせて しまう言葉だなー、と思います。 この歌は全体としては出会った頃の恋人同士になった二人を思い出しながら、 自分達はお互い何かを信じてこれたのだろうか?と自分に問い掛けているんで すが、その歌詞の中で、こんな言葉も出てきます。 “マドをそっと開けてみる、冬の風の匂いがした” 悲しい思い出にふっと浸る時に、人の感性はとても高まるんだと思います。冬 の風の匂いなんて普段感じる事は決してないのに、「ああ、この風の匂いって あの時と同じなのかな・・?」と思えるなんてすごい感性だと思います。 そんな誰もが持っているけど、忘れていた感性を思い出させるところ、そうい う意味においてもこの歌はすごいと思います。けれど、この歌のもっとすごい 所はそのタイトルにあるんではないか、と自分は思っています。 「夜空ノムコウ」そこには何があると思いますか?この歌詞の答えはこうです。 “夜空のむこうには明日がもう待ってる” 先ほどの思い出のシーンからこの“明日”という言葉へと歌詞が繋がっている 所がすごい!と思いました。 思い出に浸るだけでは明日は生まれてきません。けれど、どんな人でも思い出 の中ではなく、現実の世界で生きています。どんなに美しい思い出も、悲しい 思い出も目の前の出来事を片づけてくれる事はありません。 先ほどの木の例で言うなら、思い出をガラスケースに入れて成長を止めてしま っては、そこでの時間は止まったまま現実の世界は別に進んで行くでしょう。 自分は思い出を育てる事、それが実をつけ、新しい種をまく事もあるんだと思 います。 それは今までの経験=思い出をどう自分が捉え、明日へと繋げていくか、にか かっているのではないでしょうか。一つの記憶として残すのではなく、それを 如何に明日の自分の立ち向かう現実へと活かせていくのか。それはつまり“心 の庭”の木々を如何に育てていくのか、という事だと思います。 この「夜空ノムコウ」では、主人公は明日という現実と、今までの思い出とを どのようにして繋げていけばいいのか、必死になって考えているのだと思いま す。彼女との思い出を記憶の一つとして、心の庭の片隅に追いやってしまうの ではなく、そこからまた新しい花を咲かせようとしているのかな、そんな事を 考えさせる歌だな、と思いました。 どうでしょう? あなたの心の庭にはどんな草木が植えられているんでしょうか? |
| (第8号) すっかり暑くなった中、名古屋は夕立が降ってました。 ずっと以前に宇都宮に行った時には毎日のように 夕立と雷があって、びっくりしたなぁ。 地元の人にここはそういう地方だ、と言われたっけ。 <今回の内容> (第1部):「世界の中心で愛を叫ぶ」その世界の中心とは? (第2部):セカチュウ風、今を生きる (第1部) 「世界の中心で愛を叫ぶ」という小説をご存知でしょうか?300万部も本が 売れて、映画になり、最近はTVドラマにまでなったようなので、きっとご存 知の方も多いと思います(通称セカチュウですよね)。 この本の雰囲気はとても日本っぽくて、その内容がたくさんの若い人に受け入 れられているっていう事に、なんだか嬉しくなります。 自分もそんなに人気のある本ってどんなだろう?と思って読んでみました。最 初の印象は、なんだかほろ苦い。。でした。それは、悲しみをいまだに乗り越 えられないでいる青年、恋人の死、叶わなかった恋、そんな様々なものを写し 出しているのだけれど、やっぱり思い出の中にある主人公の姿は明るく、まっ すぐなものを感じ取ったからなのかな、と思います。 その本の始まりにこんな一節があります。“彼女の夢を見て、そこから現実へ と目を覚ますまでの壁を通りぬけるときに、涙を流さずにはいられないんだ” この一節は、かなりリアルにこの主人公の、そしてこの小説の思いを映し出し ているように思います。現実と夢、の間には当然違いがある。けれど、その違 いをうまく受け入れることができるのが普通に生活している人なんだと思いま す。 それが、突然の愛する人の死や、思いもかけない事に直面した時、まず人は現 実が受け入れられなくなる。見たものがそうでも、心が納得がいかないから。 それはどんなに立派な人の話も実感を伴わなければ単なる音としてしか響かな いのと同じようなものだと思います。 そしてその現実を受け入れられないまま夢の中で過ごすことになってしまった 彼は、今目の前の現実へ戻ることが苦痛でならないのだと思う。けれど、毎日 の現実を受け入れないわけにはいかない。だから現実へ戻る時に涙を流す儀式 が必要なんだと思います。 この小説の中には夢と現実とのギャップがたくさん出てきます。それはおじい ちゃんの忘れられない初恋の人の墓の骨を盗み出す事であったり、深夜ラジオ に送られた手紙だったり、無人島の廃墟となったホテルだったりします。高校 の舞台の「ロミオとジュリエット」も現実と幻の織り成すストーリーだと思い ます。 生きている人が死んでしまった時に、死というのは、圧倒的な現実性を持って 我々の前に現れます。それに比べ、その人の生を証明するものは自分の記憶と その遺品達しかありません。。そうなった時に、目の前の現実よりも、自分の 気持ちの作り出す幻がどんなに大切かを我々は知る事になるんだと思います。 楽しい事も、悲しい事も、結局最後に残るのは自分の記憶しかないんだ、身の 回りにあるもの、社会の出来事、そんないろんな事も所詮は自分のフィルター を通したものでしかないんです。けれど、その積み重ねが人生を輝かせていく んだろうな、と自分は思います。 死のような、どうしようもない現実に直面して、それ以外のすべてのものの存 在が自分にとって幻となったその瞬間に、自分自身がこの小説のタイトルのよ うな「世界の中心」になるんではないでしょうか。それはちょっと悲しい事か もしれないけれど、そんな一瞬を持つ事ができた彼は幸せかもしれない。。 なんだか、すっかり本の感想文になってしまいましたが、この本を読まれた方 どう思いましたか?そうだそうだ、と思いました?全然違う!と思いました? どちらでもいいと思います。本を読んで、いろんな事を感じる事。それ自体が 素晴らしいことなんだなぁ、と思います。それが例えあなただけの世界の中心 でも。 そんな自分が好きですか? (第2部) 実は自分はミーハーにも映画も見てきたのですが、その中で、恋人の彼女が死 ぬ直前にカセットテープで彼に語りかける場面があります。そこで彼女はこう 言います。 ・・だから、サク(彼の名)はサクの今を生きてね。 自分は死について語るほど立派ではないけれど、この言葉はいいな、と思いま す。それが死を目前にした少女の口から出た言葉だと思うと涙が出そうになり ます。 愛する人を亡くした人にとって、今を生きる、っていうのはとても大変な事だ と思います。そしてまた、死を覚悟した彼女がこの言葉をかける、というのも とても難しい事だと思います。 今を生きるっていうのは、目の前の現実に立ち向かう事ではないでしょうか。 生きていれば思い通りにならない事もあるし、小説のようにいつもハッピーエ ンドとはいかないかもしれない。けれど、その現実を見つめながら、自分で自 分の人生のストーリーを生み出していくこと。それが今を生きるという事なん だと思います。 今を大切に思って、今に真剣でいる事、そして今を楽しむ事、それができたな らきっと人生は楽しくなれる。 そんな事を思います。今の時代は情報が多過ぎて、目の前の現実に立ち向かう 事が難しいんではないでしょうか。それに、理屈のうまい人が多すぎて、本当 の真実が見えない事が多いのではないでしょうか。 こういうのが周りの人の期待する答え、世間の常識とかそんなものが決まって いる所で、他人と違う事をするのは勇気がいります。けれど、その勇気を見失 うと、やがてその事に慣れてきて、周囲の人や、情報に操作されながら生きて いく事になってしまいます。自分自身を生きる事ができなくなるんです。 「世界の・・」では二人が交換日記のようにしてやり取りしていたカセットテ ープが出てきます。大人になった主人公は、そのテープを聞きながら、昔住ん だ町の中の思い出の場所を回っていく事によって、目の前の現実と幻とのギャ ップを少しずつ少しずつ埋めていきます。そして、長い旅を終え、今の現実を 取り戻していっているのだと思いました。 本当の自分の心っていうのは、そんな風に少しずつ毎日の生活の中で作り上げ られるもので、誰かの言葉や情報で一瞬にして作りあげる物ではないと思いま す。 しっかりと自分にとっての真実を積み重ねていく事、それが今を生きる力に繋 がるのではないでしょうか。。 会社の中でも、プライベートでもあなたは今を生きてますか? |
| (第9号)
もうすぐ夏休みですね。 |
| (第10号)
本当に暑い日が続いていますね。 |
| (第11号)
東京や千葉では記録的な猛暑になっているようですが、 |
| (第12号)
先週は珍しく西へ向かう台風上陸! |
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!