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付近の環境 |
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滝壺までの道のりは、まず滝の上部を通 過して回り込むように10分ほど山道を下 りながら歩きます。 |
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滝付近の山道は、わかりにくく危険箇所も 多い。 |
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「表示内容」 天正年間 織田信長のおい に当たる 十界因果居士が 隠せいしていたという伝説を秘 めている。 十界因果居士は、織田信長 が正観町天皇の天正年間征夷 大将軍の地位にあるとき、奈 良で勉強していた留学僧で ある。信長が天下を平定する や、当時権威をふるっていた 日蓮宗の政治力をはぎとるた め、宗問答により勝敗を決し 失墜せようと施策した。 そのため、日蓮宋僧と対決さ せるに高僧を集めた。 その中に因果居士も一行に加わ っていた。そして、日蓮宗 の敗北となったという。 天正十年、本能寺の変後、 新田の勢力がおとろえたため 逆に日蓮宗の仕返しをおそ れ、因果居士と行くえをくら まし、この細野の中に落ちの び、滝又滝の上に十畳敷きほ どのどうくつをつくり、ここ に余生を送ったと、いい伝え られている。 京北町教育委員会 |