|
館が、── 燃えていた。紺碧の地中海の波間を輝く血の色に染めて。
イタリア沿岸の小島に寄生する壮麗な館が、業火の中に沈んでいく。しかし、その地下の隠し港では依然、銃撃が繰リ広げられていた。
「ボス、早く!」
高速艇を準備する黒服にせかされて、重いトランクを両手に下げた男は必死のていたらくで艇に駆け込もうとする。
彼は今更ながらに後悔していた。
『帝国』などとふざけた名を称するシンジケートにちょっかいをかけたことを! たった一人で一家を壊滅させる程の抹殺者を送り込んでくるとは夢想だにしなかった。
短い銃撃音が響いたかと思うと、自らのボスを守るぺく港入口でしんがリを務めていた男たちの断末魔が、空を切り裂いた。
男は恐怖に思わず立ち止まリ、入口を振リ返る。
その入口に向って艇から怒リの機関砲が盲目的に叩きつけられ、入口構造物を石と金属のミンチに変えていく。
しかし、機関砲が鳴り止んだその一瞬、瓦礫の奥の闇の中で光弾が一閃した。
爆裂!
高速艇が、次の瞬間、炎に包まれた。
暴力的な爆風が一家の長を床に叩きつけ、トランク内の証文、金銀をぶちまけた。
数瞬気を失っていたのだろうか、彼がうめきながら体を起こし見た光景は、命綱の艇が絶望の黒煙を吹き上げ沈みゆく姿であった。
後方で瓦礫が靴底で踏みつぶされる音が、弾けた。
驚愕が彼を振リ向かせる。そこには。漆黒の軍服をまとった抹殺者が赤く輝く鋭い眼で彼を見下していた。その手にした銃が彼を真直ぐに睨む。
恐怖のあまリ彼は飛び後退リ、つぶされたカエルのように床にへばリつき、身を凍らせた。かつては整っていたであろう髪は千々に乱れ、その炎にあぷられた顔には狂気にも似た眼光が覗いていた。
「たっ、助けてくれっ! この領地はお前たちにくれてやる! だから俺だけは見逃してくれ! お前にはこの金をやるから。な、なァ!」
それは彼の最期のあがきであった。
しかし、その内なる誇りを持たないような、そして彼を守るために死んでいった者たちを侮辱するような熊度を黒衣の男は許さなかった。
( これでも我が帝王の敵とは──! )
彼にとってその男は全く軽蔑に価した。しかし、
「銃を取れ」
漆黒の抹殺者はマフィアのボスの後に転がる銃を指さした。
だがそれは、彼に生きるチャンスを与えたのではない。彼を守るために死んでいった者へのたむけであった。最期には銃を取り、抹殺者とやりあったという守るに価した男として彼を死に追いやるという。
ボスは生死をかけた緊張に犬きく目を見開き、全身をわななかせていたが、突如、バネに弾かれたように銃に飛びつくと振リ返った。
しかし、その時には既に、彼の眉間には風穴があいていた。
イタリア本土に戻った抹殺者を待っていたのは新たな任務であった。しかしそれは、日本本部に帰還する際の土産にもならない程のチンケなものであった。
( 民間人!? 学生──? )
彼はその任務に難色を示した。なぜなら、彼にとって武器を持たないような者を暗殺するのは不本意なことであリ、彼の内なる誇リに反するからであった。
しかし、任務は任務だ。果たさねばなるまい。
( 今回もまた、自らの行為に命をかける者ではあるまい。少し驚かせてやればよかろう )
抹殺命令にもかかわらず、黒衣の男はそう考え、フランスに飛んだ。
男の名はトップガンダー。
そして、その標的は──
|