私の百名山完登記<目次へ> <75座目へ> <77座目へ> |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
山行データー 1)日時 1999年(平成11年)9月10日〜12日 2)メンバー (株)アルプスエンタープライズ主催の山岳ツアーメンバー25人と岡本ガイド 3)コース 9/10 新宿駅西口8:00〜バス〜10:45関越自動車道小出IC 〜10:50深雪の里(昼食)11:40〜シルバーライン経由 〜奥只見湖遊覧〜15:00銀山平の伝之助小屋(泊) 9/11 伝之助小屋4:00〜バス〜4:15枝折峠4:20〜5:00明神峠5:10 〜6:15道行山6:30〜7:10小倉山7:20〜8:00 1585メートル地点8:10 〜9:10駒ケ岳小屋9:30〜10:00駒ケ岳頂上10:30 〜11:30 1585メートル地点11:40〜12:00小倉山12:20 〜13:00道行山13:10〜14:00林道登山口14:10〜バス 〜14:30伝之助小屋(泊) 9/12 伝之助小屋4:00〜バス〜5:15中ノ岐林道熊沢橋登山口5:30 〜6:10 1545メートル地点6:25〜玉子石〜8:55平が岳頂上9:10 〜1545メートル地点〜11:40林道登山口12:15〜13:30伝之助 小屋14:00〜バス〜湯の谷パーク〜小出IC16:00 〜20:00新宿西口駅 4)山行日記 一般的にこの山に登るにはアプローチの長い鷹ノ巣コースが取られる。 しかし、一時この中ノ岐コースが最短コースとして開かれていたことがある。 加藤久晴さんの「新・傷だらけの百名山」という本によれば皇太子一行を通す ために、環境庁と新潟県が地元民を使い突貫工事で作った道だという。 官が税金で自然破壊をしたいまでは幻の登山道らしい。 1986年(昭和61年)皇太子様がこのコースを登られたそうである。 現在このコースは廃道となっている。林道周辺の共有地の地権者の通行は 特例として認られているようだ。 今回はツァー会社が特別に関係者の許可を取りこのコースを登った。 我々にとっては手軽に登ることができるので実にありがたいが、山男としては 何か複雑な気持である。 前日、魚沼駒ケ岳を登った勢いで今日は平ヶ岳に登る日である。 午前3時20分の起床である。元気の人はもう朝食の弁当を食べている。 私にはとても食べる気になれない。 小屋からバスで奥只見湖の湖畔道路352号線を走り、雨池橋のゲートから 中ノ岐林道に入り、約1時間15分ほどで熊沢橋の登山口に着いた。 眠っていたので景色は全く覚えていない。 目が覚めたらガスに煙った山中である。 朝から雨。雨具を着け平ヶ岳沢沿いにガレた道を延々と歩き、沢が尽きた ところでキャンプ指定地に出る。 少し行くと湿原の中に氷河時代の忘れ物と言われる不思議な形の玉子石 がある。花崗岩が浸食されてできたもので、自然のなせる業に感心する。 池ノ岳の湿原姫沼を通り木道をづっと行くと平が岳の頂上である。 視界不良で何の感激もない。雨天と団体行動のため写真が全く撮れなかった。 玉子石の写真、山頂付近の木道と標識の前で記念写真を撮っただけである。 百名山をまた一つ征服した足跡を残しただけである。 もう一度登り直さねばならない山だ。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
写 真 集
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
![]() |
| 秋の奥只見湖 | 浦佐駅付近の県道から望む越後駒ヶ岳(左)と八海山(右) |
![]() |
![]() |
| 天空に続く木道 | 頂上付近の池塘群 |
![]() |
![]() |
| 池塘と越後の山々 | たまご石と池塘群 |
![]() |
![]() |
| 平ヶ岳頂上にて | ツァー会社発行の登頂認定書 |
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| <目次へ> <75座目へ> <77座目へ> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||