[私の百名山完登記]

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山が好きだ。最低月に1回は出かけて行く。仲間と行くこともあるし急に行き
たくなった時は一人でも行く。2001年10月7日岩手山を踏破し、日本百名山
全山を完全登頂した。

 
 日本百名山とは私の郷土(石川県)の作家で山岳評論家の故・深田久弥氏が、
国内の数百の山に登り@山の品格A山の歴史B個性のある山の三つを基準
にして、およそ標高1500メートル以上という条件を付加して選んだ山々で
ある。1964年に出版され、登山愛好家のバイブルとなっている名著である。

     イギリスの高名な登山家ジョージ・リー・マロリーが生前新聞記者に「何故
   山に登るのか」と聞かれて「Because it is there」(そこに山があるからだ)と答え
   たという名文句がある。私はそんな哲学的な山登りではなく、自然に触れ大地に
   抱かれて気持をリフレッシュさせるために登る。そしてついでに山の写真を撮る
   ので健康管理と趣味を兼ねた登山である。

     私が山を好きになったのは、幼い頃の田舎での生活に原点を見ることが
   できる。私の生家から約2キロメートルという至近距離に里山があった。
   同居していた叔父が高校の先生で、休みのたびにハイキングを兼ねてキノコ狩り
   や栗拾いや昆虫採集に連れて行ってくれた。自然界の中で自由に遊んだ経験が
   後年本格的な登山に接したとき、必然的に山にのめりこむ理由になったと思う。


    学生時代から山に登っていたが、本格的に始めたのは会社に入社してからで、
   新人の名古屋支社時代は、登山クラブを結成し近くの鈴鹿山系の山々に入り浸
   りだった。

    初めての北アルプス登山は1964年に登った白馬岳(2932m)だった。
   アイゼンを付け延々と続く雪渓を踏みしめて、真夏の冷気の中を登るのは実に
   爽快だった。雪渓を抜けると広大なお花畑が続き、その真ん中の岩稜帯のデコ
   ボコ道を歩いた。空に浮かぶ真っ白な雲と接点を持った頂上はまさに別世界
   だった。世の中にこんな素晴らしい所があるのかと、その絶景に驚嘆した。
   疲れが一瞬の内に吹き飛んだ。爾来北アルプスの虜になり、毎年夏季休暇は
   北アルプス行きに費やした。

    会社は転勤が多かったのでその土地土地の有名な山に登ることができた。
   日本百名山に挑戦しようとしたきっかけは、大学時代の友人が1995年に百名山
   を登り終え私にも薦めてくれたからである。 このとき過去に登った百名山を数
   えてみたらちょうど30座だった。

    翌1996年から急ピッチで登りだし、完登時の2001年までの6年間で残りの70
   座の登頂を終えた。この間月平均1回以上山に行ったことになる。
   北海道から屋久島までの全国にちらばる山々に行くわけだから、ものすごく時間
   と経費がかかった。仕事のため全く山に行く機会の無かった10年間を含めて、
   全山踏破するのに通算すると37年間かかった。

    数多い山行の中で最も印象的な登山は、南アルプスの白峰三山(北岳、間ノ
   岳、濃鳥岳)を縦走したときのことである。少し風邪気味であまり体調が良くな
   かった。北岳、間ノ岳と雨の中を歩き続けやっと濃鳥小屋に転げ込んだ。

    翌日曇天の中下山路である長い長い大門沢を下った。沢に沿った山峡の道を
   黙々と歩いた。 前日の雨のせいで沢には濁流が溢れていた。冷たい風が頬を撫
   ぜて通り過ぎた。なのに物音が全くしないのである。自分だけの静寂な不思議な
   世界がそこにあった。誰にも邪魔されない至福の時間のように思えた。
   が----実は気圧と風邪の相乗作用で耳が全く聴こえなくなっていたのである。
   回復するまでに丸二日間を要した。
   体調不良の単独行は危険ということを学んだ貴重な山行だった。
 
    それにしてもこれだけ自分を山に駆り立てたものは一体何だったのだろうか。
     第一は、若いとき病気をして一年間闘病生活をした。
     第二は、好きな山に行って趣味の写真を撮りたかった。
   病気で寝込んだ苦い経験が一生健康でなければならないと痛感した。
   そして一日も早く山に写真を撮りに行きたいと思った。
   健康管理と趣味を兼ねた登山だった。それで長続きした。
   でも最後の10座くらいになるともう百名山完登の義務感で登ったというのが本音
   かもしれない。

    月並みだが山に行って自分は何を得たのか。それは粘り強く持続すれば何事
   も達成できるという自信がついたことである。重荷を背負い喘ぎ苦しみながら登
   る長い長い道程、何故こんな苦労をしなければならないのか。
   でも頂上を踏んだ時の達成感は何物にも代えがたい喜びに変わった。
   この経験が実社会では全てのものに対する自信の源になった。

    最後に、晴天のとき・雨の中・風の中・雪の舞うとき等様々な気象条件の中、
   単独行、パーティ登山、ツァー登山、家族登山等いろんな形態で登ったが、
   何と言っても私にとってこのような「ささやかな偉業」を達成できたのは、一緒
   に登ってくれたよきパートナー、山小屋や登山道で交流し励ましてくれた人達、
   それに自由に山に行かせてくれた家族のお陰だと感謝している。

    多くの皆さんの支えの中で達成できた百名山完登である。
   完登時62才であった。現在65才である。これからまだまだ長い余生が残って
   いる。無理をせず生涯登山を続けることと、何時の日か撮りためた山の写真展
   を開きたいと思っている今日この頃である。

                                       
                                2005.8.3   浜 田 正 敏

    さて、以上が私の山登りの考え方であります。興味のある方はどうか完登の記録と
    写真をご覧ください。

 
 



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