妊娠発覚(妊娠1ヶ月〜)
平成18年初頭に結婚し、3月頃から子作りを始めました。6月13日に生理が開始、
翌7月10日すぎになっても生理が始まりませんでした。
私は生理が規則的に来るほうでしたので、「もしかしたら」と思い、 ちょっと早かったのですが、妊娠検査薬を使用したところ、陽性反応が出ました。 そして7月19日、自宅から近く、評判の良い個人病院の産婦人科へ行き、 妊娠が確認されました。喜びもつかの間、その際に「日数の割には胎児が小さいので、流産の可能性もある」と言われ
ひどくショックを受けました。 その日の夜、夫に報告したら「もしだめだったとしても、次がんばろうよ」と言われたのですが これは私にとっては慰めにはならず、 むしろ「せっかく宿ったこの命はどうなってもいいというの?」という怒りに変わり、 思わず涙が出ました。 夫は慌てて前言撤回、謝りました。
つわり(妊娠2ヶ月〜)
病院で受診をし始めた頃から、なんとなく気分が悪くなってきました。 7月末には胸がムカムカし、食欲が落ちてきました。 つわりが始まってきているんだな、と思いました。 つわりの程度は母親に似ると言います。私の母はつわりの最中は気分が悪く、
炊いたお米のにおいが特に気持ち悪かったそうです。
ですので、私もある程度のつわりは予想していました。
しかし、それは思ったよりも強敵だったのです。
8月に入ると、「おえっ」とこみあげてくるものが始まりました。
フルタイムで正社員として働いているのですが、
このくらいならなんとか我慢できるな、と思いました。
しかし、8月中旬を過ぎた頃から、吐くようになってしまいました。
朝ごはんを何も食べないのも気持ち悪いので、少量、口にして出社するのですが、
8時半の朝礼を終えると、まずトイレに向かって、朝のものを吐く。
その後も気持ち悪くてこみ上げてくるたび、トイレに駆け込みます。
お昼はその日の気分によって…なぜかコンビニのわかめごはんのおにぎりは食べられました。
食べられそうな日はそれを買って食べます。
仕事もつらくなってきました。
ある日は朝から大量に吐いて、相当気分が悪かったので、早退させてもらいました。
また、休めるような日は、休みをもらいました。
こんなにつわりがひどくなるとは思っていませんでした。
この苦しみはいつ終わるんだろう、と半分泣きながら毎日を過ごしました。
毎日、インターネットでつわりの情報を仕入れ、
少しでも楽になる方法、みんなの体験談などを読んでは、ため息をついてました。
実は、10月に結婚式をすることになっていました。
8月の中旬、衣装合わせのため会場へ足を運び、試着をしていたのですが
そこで気持ち悪くなり、白いウェディングドレスを汚しそうになりました。
「衣装はつわりが落ち着いたら、また決めましょう」ということになりましたが
式も迫っていたため、心ばかりが焦りました。
友人の中には「つわりは全然平気だった」、
「食べづわりになっちゃって大変だった〜!」という人がいて
「ああ、なんてうらやましいんだ…」と思いました。
結局、つわりがおさまるまで4kg痩せ、
久々に会った友人には「別人みたいよ…」と言われました。
本当につらい毎日でした。
安定期(妊娠5ヶ月〜)
「つわりは妊娠4ヶ月ころにはおさまってくる」
という情報を頼りにこれまでがんばってきたのですが、
その頃になっても思ったほど、体調が回復しません。
先ほど「食欲がない」と書きましたが、それは正確ではありません。
正しくは、「食欲はあるけど、食べられない」です。
これ食べたい、あの店のあれが食べたい、という願望はあるのですが、
実際に食べるのなんてとんでもない…という感じです。
食いしん坊の自分にとって、これは本当につらかったです。
9月の中旬、比較的体調のいい日に式場に行き、衣装を決め、
結婚式の段取りも少しずつ(かつ大至急)進めていきました。
あとは当日の体調です。
本当に心配でしたが、10月に入る頃にはつわりの症状が90%、良くなりました。
とうとう迎えた式の当日も、とどこおりなく、楽しく幸せな式を挙げることができました。
食欲も回復し、逆に太らないように気をつけようと思い始めるまでに至りました。
この後は、貴重な妊娠ライフを楽しんで過ごそう、と、そこまで思えるようになりました。
腹痛が…(妊娠6ヶ月〜)
勤めは相変わらず続けており、産休や育休を取る旨も上司に伝えました。
仕事は会計事務が主で、その他に窓口で相談の担当もしていました。
この相談の仕事が内容によっては時折重荷になり、また職場の人間関係もあまり良好と言えず、
11月頃からでしょうか、歩く姿勢が前かがみで、のそのそとなってきました。
少しずつ、お腹が痛むようになったのです。
チクチクやズキズキとは違う、グワ〜ン…グワ〜ン…という痛みです。
「まあ、みんなこんなものかな…」とさして気にしなかったのですが、
実家にいる弟の嫁(彼女も第2子を妊娠中)に聞いたら
「いや、そんなことはないですよ…」と言われ、そうかなあ?と思いました。
本当はいろいろあって辞めたかったのですが
夫の希望もあり、仕事を続けることにしました。
そして…まさかの展開になってしまいました…。
まさかの入院(妊娠7ヶ月〜)
12月に入り、お腹がますます痛くなってきました。
しかし、定期の妊婦健診では特に異常もなく、
「なんでもないんだ、少しくらい痛むものなんだ」と思っていました。
そして12月下旬に入ったある日、この日は産婦人科での定期健診の日でした。
朝からお腹が痛みます。
歩くのもやっと…キューキューとお腹が締め付けられます。
「これは今までにない痛みだな」と思い、午後、病院へ。
いつもの健診を受け、その際には異常はありませんでした。
診察が終わろうとしていたので先生に
「今日は朝からお腹が痛むのですが…」と言ったところ
お腹の張りを測る機械(分娩監視装置)をつけて、様子を見ることになりました。
診察室の奥の、狭い仮の病室のようなところのベッドに横になり、測定。
お腹がキューっと痛むたびに針が大きく揺れます。
30分後、看護婦さんが来て「あー、これはちょっとね…、入院しようね」と言い
何がなんだかわからないうちに、病院の寝巻きに着替え、左腕に点滴をつけて
そのままベッドに横になりました。
だんなさんの心配そうな顔だけははっきり覚えています。
今、仕事は年末で一番忙しい時期なのに大丈夫なのだろうか…
今日は金曜日、早ければ月曜日には退院できると言っていたので
ま、最近からだが疲れていたし、ここでゆっくり過ごしておこうか、と思いました。
まだ、軽い気持ちでした。
子宮頚管無力症
24時間点滴をつけて、お腹の張りを鎮める薬を投与したのですが
症状はなかなかよくなりませんでした。
月曜になっても退院することができませんでした。
先生に診てもらい、「子宮頚管無力症」と診断されました。
ここで、選択肢が。
出産するその日まで、家で絶対安静にして過ごすか、
手術をして、それなりに生活できるようにするか、です。
出産の日までといってもまだ3ヶ月はあります。
それに大切な仕事があるし、家事だってしたい、赤ちゃんの買い物もしたい。
必然的に後者を選びました。
手術は木曜に行うことが決まりました。
入院も手術も初めてだったので正直怖かったのですが
手術自体は局部麻酔による簡単なものということでした。
先生の診察の合間である昼に手術を行うことになり、
前の晩から飲食は禁止でした。
そして当日、全裸になり、手術台へ。
体育座りの体型を取り、背骨に局部麻酔を打ちました。
麻酔が効いたのを確認してから手術開始。
まず、尿の管を挿入。
そして頸管の縫合開始。
いろんな器具を使っているのが、うっすらと見えます。
痛くはないはずなのですが、なんとなく痛い。
チクチク(ザクザク?)縫ってるな〜っていうのがわかるんです。
やはり怖くて、手をぎゅっと握りました。
そしたらそばにいた看護婦さんが何も言わず、わたしの手を握ってくれました。
すごくうれしかった…。
「あともう少しで終わるからがんばって。」という声が聞こえました。
手術自体はあっという間に終了…。
病室に戻るとだんなさんが心配そうにしてます。
意識はすこし朦朧としているので、目を閉じてうとうとしました。
正直、もう手術は受けたくない、と思いました…。
翌日、朝にお茶を一杯、そしてお昼におかゆ、
夕飯はおかゆと軽いおかずが出ました。
尿の管はさらに翌日に取れました。
なんといっても、これが一番うれしかったです…。
結局10日間入院をして、大晦日の朝、退院しました。
退院してもしばらくは安静ですので、
そのまま実家へ向かい、10日ほど両親のお世話になることにしました。
仕事復帰、そして産休(妊娠8ヶ月〜)
仕事には1月15日頃から復帰しました。
税務署や市町村に提出する書類を作らなければなりません。
わたしの後任の方がやっと来て、
ほんのわずかな間で仕事の引継ぎもしなければなりませんでした。
地獄のようでしたが、無理もできず、体調を見ながら仕事をしました。
調子が悪いときは、遠慮なく休ませてもらいました。
引継ぎは中途半端でしたが、なんとか仕事をやり終えて、
最後に同僚から花束をもらって、産休に入りました。
出産準備(妊娠9ヶ月〜)
さて、仕事からも解放され、そして手術のおかげで体調も良くなり、
やっと妊婦らしい生活が送れるものと思い、前途洋々の気分でした。