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新しい日記はブログ『みかりんぐ・ぱらだいす』に引越しました。 このHPは旧日記・画像などのアルバムとして残したままにします。 なお、日記の引越しの理由は、データ容量のオーバーです。 これからもどうぞ、お気軽に遊びに来て下さいね。 『みかりんぐ・ぱらだいす』 http://mika0713.blog66.fc2.com/ |
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2008年9月20日(土) 完璧「主義」じゃなくて、完璧「病」だと思う。 もはや「主義」なんていう、 主体性が感じられるようなものじゃない気がする。 今日、バイトでテンパってて 涼しいのに汗が首すじを伝ってた。 今日はダメなあたしだった。 初めて行った大手スーパーはそりゃ広くて広くて、 売り場もバックヤードもまるで迷路で、焦れば焦るほど 担当の売り場はどっちだっけ?荷物置き場はどっちだっけ?と 走り回るあたし。「すみません」を連呼しつつ、人込みぬって。 商品の数の計算もあやふやで あんな報告書でいったい大丈夫なのか・・・、 ちゃんとできなかったの、今日は。 ちゃんとできなかったというのは今のところ、 あたしだけの判断だけど、 私は落ち着いていなかった。 一日中、余裕がなかった。 私の中で、ダメな日だった。 ダメな日だと思う状況は無分別に無差別にまんべんなく、 これからも降ってくるだろう。 何かを理想としている限りは。 何かを理想としている限りは。 バイトで一番になることが理想なのかって、 決してそんなの、全然一番じゃなくていい。 バイト、私の10分の1くらいの私で、やればいい。 じゃあもし今日の自分が「ダメ」でも、 10分の1の中の「ダメ」なのであって、 そしたらすごく小さな「ダメ」だよな。 私が本当にやりたくて大切な事、まだハッキリしないけど、 それはこのバイトじゃあないってことは判る。 じゃあなんでこんなに凹むの、直せないのか。 ”与えられた物事を完璧に出来ない” あたしはここに、過剰に反応してしまうのだ。 お金が絡んでない事でもそうなんだから、 バイトでこれをスルーできるわけがない。 だけど、 「何でも完璧にやれ」と誰が私に云ったのか。 私はそれを、生まれてから今まで、 いったい、いつ誰に教わったのか。 それをこんなに根強く植えつけたのは、 ・・・、 誰でもない。 私。私が自分で植えつけた。 そして 「何も出来なくて最初からOKだったのだ。 ただそこに居るだけで、祝福されている」 っていうようなこと、 自分に言い聞かせてみるのも、いつも、私。 |
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2008年9月19日(金) 明日のバイトが怖いよー。 下準備もまだ万全じゃないのに、 なんか頭いっぱいでかえって何も手につかない・・・。 大したことじゃないのに、確認電話一本、 部屋で商品の説明ひとつ読むのがやっとになってしまってる。 身支度ができない・・・工房いけない・・・。 たかがバイトなのに。 たかがバイトなのにー! ジョジョとか読んでみても現実逃避できない。 眠ることだけが現実逃避。 でも変な夢ばっか見る。 あたしって何がそんなに怖いんだろう? 今のバイトで何か酷い目にあったか? そんなに無茶なこと強いられてるか? お金ちょっとでも稼がないと他のこと何もできないんだよ? ねえわかってるよね? ↓急に精神的にダメになった理由で考えられるもの ●明日の初デモ商品のメーカー、 旭○成の研修を下手にみっちり受けてしまったから ●なぜかデモがすごく上手いと云われ 「この県で初めての依頼なのでレベルの高い人にお願いしたい」 などと言われたから ●要するにいらんプレッシャーがかかってきたから ・・・「プレッシャー」というのは私には怪物と呼ぶべきもので、 ちょっとでも生まれてしまうと、 それがどんな種類のものであろうと寝かせるうちに∞に巨大化してしまう。 そしてこの身にずっしりとのしかかり私をがんじがらめにするのである (でもこの怪物、誰かの一言で瞬時に シューッと縮むこともあるんだけど・・・)。 とりあえず明日が、最初の旭○成のお仕事だから、 これを乗り越えればひとまず勝手が掴めてしばらく安泰なはず。 ハア・・・。まいった。 |
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2008年9月13日(土) ゲーセンで、 『太鼓の達人』を作った某氏と、 『太鼓の達人』をやってみた。 ゲームってもともと殆どやったことないんだけど、 リズム系ゲームで知ってる曲で負けたのって初めてかもしんない。 しかも惨敗(当たり前)。 |
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2008年9月11日(木) 今日は自主制作の日。 えっと、オリジナル1点もの、創ってたの。 木と釘と針金とビーズと格闘。 キラキラごてごてキュートな、 小さくても見た途端に夢がいっぱい広がるよーな、 オブジェを創りたいの。 削りたい白木が極小でノミを無理な持ち方で使ってたら、 左の親指、人差し指、中指を順番にざっくり切った。 無視してそのまま続けてたら木が血だらけになったので これは困るな、と仕方なく絆創膏でぐるぐる巻きにした。 また泣きたいよ。 泣きたいよ。 泣きたいよ。 おととい、お母さんが来て、言ったの。 お姉ちゃんが忙しくて大変だから、 私に姪っ子甥っ子の面倒みてやってくれって。 私、断った。 なぜなら自分の具合が悪くなるって、予想がつくから。 「たった二人の姉妹じゃないの」と母が言った。 そうだよ。 私、お姉ちゃん大好きだよ。 子供だって嫌いじゃないよ。 私だってできるならお姉ちゃんの力になりたいよ。 でも私、こういう風にお母さんに頼まれたら、 引き受けたら具合が悪くなるって、知ってるの。 お姉ちゃんの面倒なら、もう、いっぱい見たわ。 物心ついた時から、 どんなに暴力振るわれてもやり返さなかった。 それは2、3歳の私が、 「私までやり返したらお母さんが困る」と思ってたからだよ。 感情爆発型だった姉の扱いに困り果てる母の傍にいてずっと慰めてきた。 「大人になったらお姉ちゃんの面倒は私が見るんだ」と思ってた。 お姉ちゃんの学校の愚痴、会社の愚痴、いっぱい聞いて育った。 私の顔見ると愚痴ったよ、お姉ちゃんも、お母さんもね。 お母さんの頼み、聞けなくてごめんね。 今も断った罪悪感でつらい。 でも、私、知ってるの。 私がお姉ちゃんの立場になってもお母さん、 「みかを助けてあげて」 とは言ってくれないってことを。 私を助けるために自分から動いてはくれないってことを。 あたしはいつだって、放っておいても、 何でも独りで出来る子だもんね。 独りで出来てなんていなかったのに。 涙をのみこんで、冷や汗かくして、 出来ているフリをするしかなかっただけなのに。 オブジェはだんだん、 あたしの気に入るキラキラした可愛いものになってく。 そしたら指の怪我なんて、どーでもいいの。 泣きたいけど、どーでもいいの。 血の流れる指は、好きなモノを創り出せる、あたしの指。 みるみる浮き出て指先で玉になる血は、ルビーみたいに綺麗。 |
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2008年9月6日(土) 南海キャンディーズ?の「しずちゃん」って可愛いなあ。 ああいう感じの人になってみたい。 ところで私は何でも本気にする傾向があるらしい。 社交辞令を真に受ける・・・というより、 人の冗談と本気の区別がつかないことが多いのである。 よって「天然」という特に嬉しくもないレッテルを時々貼られたりする。 中学の時、夏休みだけ数学の個人塾に通ったことがあった。 そこで先生(♂。当時38歳くらい)が 「しかし暑いな〜。俺ももう60歳だからな、体にこたえるぜ」 って扇子で自分をあおぎながらボヤいた。 それを聞いてすかさず 「えっ!?」 と叫び、驚きの目で先生を見つめた私。 先生はそのままの姿勢で固まり、扇子をバサっと床に落とした。 3秒くらいして、「みかちゃん!あーはっは」って 隣に座ってた友達が大笑いしていた・・・。 話違うけど最近、私のニセモノが出回っているらしいです。 よく「似てる人みかけて話しかけちゃって恥ずかしかったよー」とか、 「私の友達にすっごくソックリで他人とは思えない!」とか言われるの。 まあけっこう昔からこういうことはちょくちょく言われてたし、 これといって特徴のない顔立ちだから似てる人が多いのかな? と思ってるけど、最近とくに多いの。類似品に気をつけて下さい。 |
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2008年9月5日(金) 整形外科と精神科をハシゴ。そのあと工房へ。 私、もともと背骨が腰から右に曲がって生えてて、 椎間板がはみ出して神経圧迫してて、 右腿の皮膚の一部が感覚麻痺してるの。 で、腰が痛くて時々けん引してもらいに整形外科通ってたんだけど、 ここ5年なんともなかったんだよね。 でも最近急に、妙に右の腰の後ろがズキっとくるようになって、 右足の付け根もひきつってる感じ・・・。 右足全体も怠いし、麻痺してる皮膚がなぜかムズムズ痒いしで、 久しぶりにけん引してもらったの。 けん引ってベッドにあおむけになって背(腰)骨を機械で伸ばすんだけど、 気持ちいいんだなこれが。 隣のベッドのおじいちゃん、スヤスヤ寝てたよ・・・。 それにしても初めて診て貰った今日の整形外科医、いやに陽気で、 説明すんのもすっごく楽しそう・・・口挟む間がない・・・。 そういえば大学病院秘書時代、私は整形外科の医局秘書だったの。 そこで、とある若いお医者さん(学生)が言ってた。 「医者っていっても、俺たちのジャンルは、 命に関わることがないからあまり危機感ないんだよね」 ・・・まあ、そうかもしれないけど、 足とか腰とか、不自由になった本人にしたら、おおごとよ。 さらに、手術中にモー娘。かけてたって言うじゃない、どうなのそれって。 手術中リラックスor集中のために 音楽かけるって話はきいたことある気がするけど、 クラシックがモー娘。になった途端に「えー」って思うのもおかしいけど、 なんか「えー」と思ってしまったわ。 |
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2008年9月3日(水) 工房通いとバイトとシンセ準備の日々をこなし、 REBECCAセッション本番が終わったら、 あれから一度も出勤できないじゃーありませんか。 絶対行かなきゃと思ってた今日の診察まで見送り・・・。 診察すら行かないのは珍しい。 もーなんか、外に出たくないのよ。 部屋にいて扇風機つけて何してるかっていうと、 電子漫画を読んでいるか、寝てるか、食べて吐いている。 PCで電子漫画、 場所とらないのでついつい買ってしまうのよね・・・。 でも1冊315円とかするし、 これなら古本屋で買って読んでまた売った方がいいよね。 とっとくのはよっぽど気に入ったやつだけにして。 せっかくバイトしてんのに、 1日分の日給以上を漫画につかっちゃったよ、勿体無い・・・。 ちなみに買って読んだのは、 ●『愛生子』全2巻 里中満智子 ●『墨攻』全11巻 酒見 賢一, 森 秀樹 ●『あした輝く』全3巻 里中満智子 ●『こわい本』全14巻 楳図かずお ●『おとめ地獄』児嶋 都 ●『アリエスの乙女たち』全8巻 里中満智子 ・・・趣味が偏っていると感じるあなたは凄い。 あ、おとめ地獄と、こわい本の後半はいまいちかも。 暗くて面白い話とか悲惨な描写が盛り込まれてるのが好きなんだよ。 わかりやすくて明るいのにはあんまり惹かれないの。 アリエスの乙女たちはコテコテの少女漫画で悲惨ではないけど、 ストーリーは読ませるね、さすがその道の王道というか・・・。 明るくて好きなのもあるにはあるけどね。 少年アシベの人の漫画とか、こちかめとか。 でも買おうとは思わないなーなんでだろ。 ちなみにこの中では、 『墨攻』(けっこう有名だよね)と、 『あした輝く』がおすすめかな。 楳図かずおのホラー漫画はオススメっていっても、 嫌いな人は「楳図かずおホラー」って聞いただけで 最初から大嫌いなんじゃないかと思うので・・・。 他には電子漫画では 伊藤潤二のホラー漫画シリーズとか、 BANANA FISHとか、はだしのゲンとか、悪魔の花嫁とか持ってるよ (BANANA FISHだけ唯一万人ウケするっぽいな・・・)。 はだしのゲンはいわずと知れた超名作だと思う。何回も読んじゃう。 悪魔の花嫁はすごい少女漫画タッチだけど一話完結短編集で、 時代も舞台も世界中の色んな設定を背景にしててゴージャスだし、 絵も凝ってて芸術的だし、話が暗くてひねりあって飽きない。 伊藤潤二のホラー漫画も発想がありえないのばっかしで面白いよ、 特徴的な絵柄でいて上手いとこも見どころ。 |
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2008年9月2日(火) 大好きだとか言いたいです。 愛してるとか言っちゃってみたいです。 うーん、言わなくてもいいや、 そう心の底から思ってみたいです。 男の人のことを、ね。 私、親に、愛されてないと思ってたのだ。 愛されてないって思ってたの。母から。 母が笑顔を向ける私はいつも演技してる私で、 演技しないと見捨てられると本能的に察していた。 子供の頃から私は実際はどんなに無理していても、 自分が演技してるとは気づくこともできなかった。 学校では模範生じゃなきゃ。 テストの点とって、成績よくなくちゃ。 人が怖くても目立たないようにしなくちゃ。 会社もきちんと通って、精一杯真面目に仕事しなくちゃ。 いつも聞き分け良くて我慢強くて誰にでも優しくて、 夜は遅くまで居間で子育てや仕事のことを愚痴る母の相手をし、 私の顔を見れば学校や会社のことを愚痴る姉の相手をし、 何があっても独りで片付ける。 誰にも頼ったり甘えたり弱音はいたりしない。 優等生。 それが本当の私の姿だと思っていた。 母のことが大好きだった。 お母さんのためならいつでも死ねると思っていた。 それくらい好きだった。 母にだけは、見捨てられるのが怖かった。 だから優等生やってきたの。 母はずっと保母の仕事をしていたが、 絵がお世辞にも上手ではなく、 ピアノもやっと両手で弾ける程度で、 音感もリズム感も良くはなかった。 子供の私は保育園児たちが歌う曲の伴奏を ピアノの前で母の横につきっきりで教えた。 黒鍵の多い曲は、弾きやすいハ長調の楽譜に書き直した。 運動会で新しいお遊戯をすることになれば 私が先に曲を聴き振り付けを理解して、 目の前で踊ってみせて母に教えた。 手書きの月報のイラスト描きを手伝ったりもした。 ぜんぶ、母が好きだったからなのだ。 私の力でお母さんが優越感持てたり、 楽になれると思うことなら、なんでもやった。 でも、ところどころに残ったままの記憶。 私が弱音を吐きかけたり、目から涙が少しでもこぼれたりすると、 母親は嫌悪の表情を浮かべて無言で去ってしまうのだ。 夢で何度も見た、 私が何か悪事を働いたのだと母から誤解を受けているシーン。 「違うの、待って、きいてよ」と泣いてすがりつく私。 冷たい表情で私と視線を合わせようともしない母。 そしてまた、私を置いて去ろうとする・・・解ってくれない・・・。 哀しくて悔しくて、私は思い余って母を刺してしまうのだ。 実際には私が母に危害を加えるなんてことは考えられない。 でもこういう夢を何度も見るということは、 私が何かのきっかけでタガがはずれたら・・・。 そう思うと自分が恐ろしかった。 そして今、私は「母のためなら死ねる」とは思ってない。 現実にそういう選択を迫られる時がきたら、 生きることにあまり執着心のない私は 母の代わりに自分の命を捨てるかも知れないが、 日常的に独りで心にそう誓っていたりはしなくなった。 それは母の思惑を全ての基準にしていた私にとって、正解だと思う。 多分、今、親が亡くなっても、あまり何も感じない気がする。 それが親子として果たしてどういう意味があるのかは、 よくわからないし、もうどうでもいいと思う。 母は、私を愛してなかったわけでは、ないのだろう。 それも解った。というか想像できるようになった。 母はただ、忙しすぎて気づけなかっただけなのだ。 私がいい子の演技をしてるってことに。 本当は頼っても大丈夫な強い子でも何でもなかったことに。 私は優しくなんてなかったし、だらしないし、 本来はものすごく我が強くて自分勝手だった。 それが割と早目に分かって良かったと思う。 この年齢になっても気づかずにいい子ちゃんやってたとしたら、 私きっと、後で取り返しつかないくらい崩壊してた。 私はもう、自主的には家族に殆ど連絡を取らなくなってしまった。 普段あちらから連絡してくることも無い。 そして両親を思い出す時間も減る一方だ。 それでも時々、両親の顔を思い浮かべることがあるが、 一時期あれほど激しかった怒りや寂しさ、哀しみが付随しなくなった。 単に私を生んで、食べさせて、学校いかせてくれた人。 頑張って働いてくれて家事もして、 綺麗な家で不自由なく育ててくれた人。 もう、それで、いいじゃないの。 愛されていないわけではなかったのだろう。 単に、色々な条件が重なって、結果的にこうなっただけなのだ。 ただ、本当はどうだったのかはもう問題ではなく、 「愛されていなかった」「死ぬほど寂しかった」という気づきは、 自分も人を愛せないのではないか、 寂しい思いをさせるのではないか、という不安に繋がった。 小説で、ドラマで、漫画で、映画で、 「これが愛というもの」という場面はさんざん見てきた。 でも、わかるようで、わからないのだ。 それは私だから解らないことなのか、 誰もが解らないことなのか、 愛されてないという思いを抱いて育ったから解らないのか、 わからない。 ただとても憧れている。 もしそれが現実にあるなら、 生きている何かの存在だけで幸せで体中が満たされるということに。 私を含め周囲の人が事実どうだったのかは関係なくて、 『愛情の欠如』。 この実体の無い哀しいイメージと対峙してる時間が長すぎて、 寂しさと闘い乗り越えるためにいつの間にか深く掘り下げすぎて、 私は逆に理想を高く持ちすぎるようになってしまったのかも知れないと思う。 みんなは「そこそこの愛情」で満足したり折り合いつけたりして なんとか上手に生きているのかも知れない、と思う。 |