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はじめに このページでは、浄土真宗にまつわるお話を公開していきます。真宗の教えとは何か、現代の生活に例えればどういうことか、考えていきたいと思います。ここでは、各法話の内容の簡単な紹介をしています。(内容は各標題をクリックしてください。) ある本を読んでいたら若者の発言として、僧侶は葬式にやってきても意味の分からないお経を上げるだけで、ありがたみもわかない、自分は葬式は必要ないと思っている、という趣旨のことが紹介されていました。 真宗の教えで、ある意味過激な、誤解を受けやすいものとして、蓮如上人も門外不出にせよと指示された教えが、「悪人正機説」です。「浄土真宗とは」のページでも述べましたが、これは「非論理の論理」という表現もあるくらい、ややこしいものです。「悪人」という意味をいわゆる極悪非道の人、という意味にとれば確かに「悪人が救われるなんておかしい」という気にもなりますが、もう少し考え方を変える必要があります。 これはある年の、私の属する寺(「自坊」ということがあります)の報恩講でお話しさせていただいたものです。この世は修行。苦行をするまでもなく、修行の場。だからこそ、阿弥陀様もお救いくださるのではないか。そんな気がしてます。 これもある年の、自坊の報恩講でお話しさせていただいたものです。とかくこの世は競争競争の資本主義の社会。だからといって儲けさえすればいいのかというと、決してそうではないはず。自分も利して、他人も利する。そんな生き方を目指したいものです。 同じく自坊の報恩講でお話しさせていただいたものです。極楽浄土とはどこにあるのか。数学的に解説してみます。またこの世は極楽か地獄か。そんなお話をさせてもらってます。 |
「落日」は悪いことか
桜ははかないからこそ美しい |