鈴木弘尚さんというピアニストの演奏に出会ってから約10年の月日が流れました。1994年秋、モスクワ音楽院の教授・ヴェーラ・ゴルノスターエヴァ女史がTVでレッスンの番組「ピアノで名曲を」を始めたそのひとり目のレッスン生が鈴木さんでした。
この番組は毎週ひとり受講生が出演し、番組タイトルにもあるように様々な作曲家の名曲を集め毎週一曲〜数曲ずつゴルノスターエヴァ先生がレッスンをされるという内容でした。作曲家は毎週変わり、一回目(鈴木さんの回)のバッハから最終回のプロコフィエフまで毎週違う生徒が受講するという形で進められました。
実はこの番組の存在を知らずに偶然TVを点けたら鈴木さんが弾いていたのですが、その時は誰だかわからないこの少年のバッハのトッカータに釘付けになってしまいました。ただ者ではないと感じたのです。この番組は再放送もされていたので、再放送で改めて鈴木さんの演奏を聴いてみました。もう一度聴いて考えても恐らく普通の才能ではない人のように感じました。
…しかし、私に人の才能を見抜ける力があるのだろうか?という疑問も持ち、取り敢えず「鈴木弘尚」という名前だけ頭にインプットしておく事にしました。まだ若い人ですので、いつか生演奏を聴いてからもう一度考えてみても遅くないと思ったからです。
約1年後、東京で日本国際コンクールが開かれました。コンクールを紹介するチラシにエントリーしている人の名前と顔写真が載っており、鈴木さんが出場する事を知りました。演奏そして才能を確認するチャンス到来です!
日本で開催されるコンクールですので日本人のコンテスタントが多くなるのは必然でしょう(世界中のコンクールでも日本人出場者は多いと言われていますが。最近では韓国、中国の方も多いのだそうです)。エントリーしている人の中には私が過去に聴いた事がある人も何人かいましたが、この時は鈴木さんの演奏を聴きに行く為に予定をあけて足を運びました。
鈴木さんの演奏は、今となってはプログラムを取り出さないと曲順を思い出す事はできませんが、演奏された曲、その印象は全て憶えています。コンクールという場はあくまで審査会ですので、演奏を聴く耳は音楽会を聴く場合と少し異なるのではないかと思います。が、私にとって鈴木さんの演奏はその場がコンクールであるという事を忘れさせてくれるものでありました。
鈴木さんはまずモーツァルトのファンタジーの演奏で「ん!?!?何かが違う」と思わせてくれました。音色の使い方なのでしょうか?フレージングの処理の仕方なのでしょうか?何しろテンポを揺らすわけでも極端なデュナーミクをつけるわけでもないのに、豊かな表現が聴こえてきたのです。その他バッハの平均律から1曲やエチュードを数曲演奏しましたが、「これは先生が教え込んでも身に付くものではない」と思える表現が随所にありました。そして立派に第1次予選の演奏を終えました。その時鈴木さんは17歳。最年少参加者でした(もうひとり17歳の方はいらっしゃいましたが)。ああ恐ろしい少年!!
第2次予選の時には私は既に音楽会に行くつもりでコンクール会場へ向かっていました。他の人の演奏を聴く必要はありません。私は鈴木弘尚リサイタルへ行ったのですから。この日はブラームスの4つ小品の第1曲の出だしの音で或る意味充分その日の収穫を得たも同然でした。このデリカシーは一体どこから来るのでしょうか?ああ恐ろしい少年!!
私はこの「恐ろしい少年」の存在を誰かに伝えたくなり、たまたま話をする事があった友人に伝えたところ「是非聴いてみたい!!」との返事が返ってきました。私も一応「人それぞれ好みはあるだろうから…」と言い添えておいたのですが、「聴かないと損するぞ」と腹の中で思っていました。そしてその友人は第3次予選に言葉通り会場にやって来ました。
こうなると私も不安になりました。鈴木さんが素晴らしい素質を持っているのは明白であるにせよ、私がお薦めしたが為に友人に会場へ足を運ばせてしまったのですから。鈴木さんには名演をして頂かなければ困ります。
セミ・ファイナルである第3次予選には第1次予選と比べると同じ会場(東京文化会館小ホール)にも関わらず沢山の人が客席にいました。満員ではありませんでしたが、閑散とした第1次予選の会場の雰囲気とは大分違って見えました。
その夜の最後に鈴木さんは登場しました。「ピアノで名曲を」で弾いたバッハのトッカータから始まり、最後はリストのハンガリアン・ラプソディの12番でした。私はその70分に及ぶプログラムの中で、シューベルトの20番のソナタに最も感銘を受けました。その後取り敢えず幾人かのCDを聴いてみたものの、最後まで聴けた演奏にはまだ出会っていません。勿論シューベルトの20番のソナタがプログラムに入っている演奏会には間違っても行きません。こんな風に人間を変えてしまうとは…ああ恐ろしい少年!!
果たしてその晩会場に来た友人の反応はというと…「鈴木さんのお母さまのお顔を拝見したい」というものでした。このような素晴らしい演奏をする人をお育てになられた方はどのような方なのだろうと友人は思ったようです。お薦めは大成功でした。
鈴木さんはこのコンクールで、プログラムには紹介されていなかった「奨励賞」を受賞されました。恐らく予定外に設けられた賞だったのでしょう。賞を作らせてしまうとは…ああ恐ろしい少年!!
このコンクールで第1次予選からひとつだけ気になっていた事がありました。それは舞台袖からピアノに向かう鈴木さんがその音楽とは裏腹に無表情だった事です。後になって話を聞いたのですが、どうやらとても緊張していたのだそうです。何となく想像は付いていたのですが、恐ろしい少年もピアノに向かっていない時は普通の少年だったのでしょう。少しホっとしました。
月日の流れるのは早いものです。「ピアノで名曲を」から10年の時が流れ、日本国際コンクール(運営上の都合で鈴木さんの回が最後となってしまいました)からも、もうじき10年になろうとしています。
その間鈴木さんは留学をされ、時折帰国してリサイタル等に出演されています。様々なコンクールでも成果をあげました。
少し話は変わりますが、ずっと前に聞いた話なのですが人の性格が形成されるのは心理学上21歳前後なのだそうです(恐らく諸説あるうちのひとつなのではないかと思うのですが)。そこには個人差が生じるでしょうから私はだいたい19〜23歳の間位なのではないかと思っています。
昔から「天才もハタチ過ぎたらタダの人」などと言われますが、この「21歳前後説」が正しいのであれば納得がいく言葉です。
天才と呼ばれる人・若くして才能を発揮した人が20歳を迎える頃にどのように過ごすのか、という事は大変な問題なのだと思います。現に演奏が10代の頃のままそれ以上の成熟をみないと感じられる演奏家もいるように思います(誰とは言いませんが)。
また上手く20歳前後のハードルを越えたと思われる方もいます。例えば五嶋みどりさんはそのひとりなのではないでしょうか。
さて鈴木さんはどうなのでしょう?毎年のように演奏を聴かせてもらっておりますが、よくよく思い返すと確かに20歳頃の演奏は17歳の時のものとは違って聴こえました。率直に言えば10代の留学前に聴いた演奏と比べ20歳辺りの頃の演奏は少し表現がオーバーになっていたように感じられました。
環境の変化等、刺激が多かったのかもしれませんが、正直この先どうなるのか心配したのは事実です。
…時折感じることがあるのですが、人には何か特別に飾り立てなくても無条件に輝く時期があるように思います。それは芸術に限りません。例えばスポーツに打ち込む姿や、人によってはただ突っ立っているだけでも凛とした美しさが見えるような場合もある(顔の造作やスタイルとはあまり関係ない予感…。)と感じるのです。ただし、これはあくまで「期間限定」です。この期間は案外短く、10代独特の現象であるようにも思います。「一瞬の若さの輝き」と言っても差し支えないかもしれません。この「期間」を一度でも見たことがある人は「若さ」というものに何か大きな期待をしてしまう傾向があるかもしれません。それはその輝きを知ってしまった人の宿命なのでしょう。
私はもしもこの短い「期間限定」中の誰かに巡り会えたらラッキーと思うことにしています。何せ「期間限定」なので、その時期を逃す可能性の方がはるかに高いでしょうから。若けりゃいいってものでもありませんし。それに四六時中誰かを見張っているわけにはいきませんから(もしも見張っていたら、それは犯罪のかほり…)。
もしかしたら鈴木さんの17歳の演奏は正にこの「期間限定」の時だったのかもしれません。しかし、20歳を過ぎてからのある時期(はっきり「いつ」とは言えないのですが)を境に10代の頃の「流れ」に戻り(この「流れ」の大本は鈴木さんが持って生まれたもののように感じられます)、且つ10代の頃には見せなかったものがプラスされたように私には思えました。何かをつかんだのかもしれません。
ここ最近の演奏は10代の頃の面影を残しつつもスケール・アップしたように感じられます。先月聴いたシューマンのクライスレリアーナは見事なものでした。
この先の日本での公演予定が着々と決まってきていると聞きます。体力・精神力が充実してくる年代でしょう。お聴きできる事が楽しみな演奏家です。
そして10年前の勘に狂いはなかったとひとりほくそ笑む私がここにいます。うっしっしっ。
<鈴木弘尚観察はまだつづく>