私の好きなピアニストのひとりにスヴャトスラフ・リヒテルがいます。
1997年に亡くなってしまいましたが、今思えば晩年に当たる1994年にグリークの抒情小曲集を演奏したリサイタルを聴いたのが唯一でした。
翌年にはチャイコフスキーのコンチェルトを弾くというのでチケットを入手していたのですが、来日してから身体の具合を悪くして演奏できないということで、そのまま次に聴くチャンスも消えてしまいました。その時の演奏会はゲルギエフ指揮&キーロフ歌劇場管弦楽団との共演の予定だったのですが、演奏会自体は曲目をコンチェルトから第6番のシンフォニー(チャイコフスキー)に代えて行われました。私はその演奏会を聴く気になれず、リヒテルがキャンセルした場合に払い戻されるチケット代の差額だけ受け取りにホールに行ったというわけのわからない行動を取ってみました。
その日の演奏会は後にTVで放送されました。ゲルギエフ&キーロフ歌劇場管弦楽団の演奏はとても素晴らしいと感じましたが、そう感じながらも「何故「悲愴」なの?」と思っていました。リヒテルは本当に登場しなかったんだと確認したような映像に思えた記憶があります。健康上の理由でしたのでどうしようもないことではあったのですが。
少し前にリヒテルの弾くリストの超絶技巧練習曲の第5曲「鬼火」を聴きました。1958年、ソフィアでのライヴ録音のCDということで音質は良くないのですが、これ以上の「鬼火」を聴いたことがない気がしました。
以前友人とラザール・ベルマンの「超絶技巧練習曲」について話していた時に「リヒテルの鬼火は聴いた?」と訊かれたことがあり、聴いたことがなかった私はずっと気になっていたのです。その友人曰く「聴くのなら古い録音のものがいいよ」とのことだったので亡くなる数年前のものではない録音を探して聴いたという次第です。
ベルマンや野島稔さんの「鬼火」も素晴らしいのでどちらが好きかと考えるつもりは無いのですが、リヒテルの「鬼火」は楽譜に書いてあることが忠実に再現されているように感じられました。「弾く」ということだけでも大変な曲だと私は思うのですが、リヒテルの演奏はメロディに対して動くさり気ないパッセージも生き生きと表現しているように感じられる上、それをライヴでやってのけているという二重の驚きがありました。
ベルマンの「超絶技巧練習曲」の録音にエミール・ギレリスは「リヒテルと私が四手でかかってもベルマンにはかなわない」という言葉を残しました。今回リヒテルの「鬼火」を聴きながらこの言葉を思い出したのですが、リヒテルの「鬼火」もまるで手が数本あるようでした。ただ違うのはリヒテルは「超絶技巧練習曲」という12曲の曲集のうち、この「鬼火」と「夕べの調べ」等数曲を選んで弾いているということがあるでしょう。そういえば野島稔さんのCDに収録されているのも「鬼火」と「夕べの調べ」です。この組み合わせは相性がいいのでしょうか?
リヒテルの演奏は様々な録音が数多く残っているのですが、曲集を全曲弾いているのはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」くらいしか思い浮かびません。勿論ソナタや組曲のようなものは全楽章弾いているものの、例えばショパンの24のプレリュードのようなまとめて弾くのが通例となっているような曲集からの抜粋をしてみたりもしており、とても不思議。
抜粋でもおかしくないような曲集は、もれなく抜粋しているように感じられ、そのような意味ではかなり好みのはっきりした人だったのかも?と思ったりもします。
私はリヒテルはとてもユニークな人だと思っています。残した言葉を聞く(読む)と更に面白い。「鬼火」を聴きながら私が思った「楽譜通り」という感想もある時聞いたリヒテルの言葉を思い浮かべると納得がいきます。
「私は楽譜の通りに弾いています。もしも私の演奏を素晴らしいと感じるなら、それはその作品が素晴らしいのです。もしも私の演奏が良くないと感じるなら、それは私の力不足です」
という旨の言葉でした。なんて謙虚――というよりは機知に富んだ発言なのでしょう!!
…私はその発言を聞いてから楽譜への書き込みを最少限(指番号と難しい楽語の日本語訳)に減らしたほどです。
またある時、ラフマニノフの第3番のコンチェルトを弾かない理由に
「エフゲニー・モギレフスキーの素晴らしい演奏があるので、私が弾く必要はないのです」
という旨の発言も残しています。私はこの曲がとても好きな上、私の中のベスト・オブ・ラフマニノフの「第2番」のコンチェルトの演奏がリヒテルなだけに残念です。更に言えば、リヒテルご推奨のモギレフスキー盤を私は聴いたことがないので、もうどうしようもなく残念です。
もしかしたらこの曲をリヒテルは単に弾きたくなかったのかもしれませんが。
もしや…ブラームスの第1番も似たような理由で弾かなかった予感…。←これは憶測(リヒテルの演奏で是非聴いてみたかったので)。
亡くなるまでの10年〜20年位(?はっきりわかりませんが)は舞台上でも楽譜を見ながら演奏するようになりました。更にソロ・リサイタルでは会場の明かりも落とし、リヒテルが楽譜を見るのに困らない程度の暗さの中で演奏会が行われるようになりました。
勿論それにも理由がありました。
「なぜ私は最低限度の照明で演奏するのか。」
この問いに
「これは、私自身の楽しみのためではなく(私に対して持っている好意的な、または批判的なイメージによって)人が想像したがるような訳の分からないミステリアスな理由のためでもなく、聴衆自身のためなのです。」
と答え、次のような意味の言葉を続けました。
「視覚優先の時代といえる現在は、音楽にとっては最悪です。
指の動きや顔の表情は、音楽そのものを反映しているのではなく、あくまで音楽を作り上げる過程に過ぎないため、聴衆が音楽に集中し、想像力を逸らさないためにも照明を落とします。そのことにより音楽は純粋に聴衆に届けられるでしょう」
そして…
「皆様のご健康を祈りつつ、暗闇が、眠りを誘うのではなく集中力を増すことを期待いたします」
と付け加えることを忘れないリヒテル。
「なぜ私は楽譜を置いて演奏するのか。」
の問いには
「かなり前から直感的にそうすべきだと思っていましたが、演奏会で楽譜を前に置くことに決めたのは残念ながら大分たってからでした。
リストが暗譜を始めるまでは、慣習として楽譜を見ながら演奏をしていました。
…聴衆の心に触れる良い音楽を第一に目指す時に、無駄な努力の原点となり得る「暗譜」という記憶力の競争の類いは、全く子供じみています。
…もちろん、楽譜を前にして完全に自由であることは容易ではありません。それは多大な時間と努力、練習と慣れが必要であり、だからこそ出来るだけ早い時期から始めなければならないのです」
といった旨を述べており、
「この健全で自然な方法を採り入れることは、相も変らぬレパートリーで我々ピアニストと聴衆を一生退屈させないばかりでなく、自分自身のためにも、より豊かで変化に富む音楽生活を創造できるのだということを、私はここ(※)で若いピアニストたちにアドヴァイスしたいと思います」
※1994年日本公演プログラム(より抜粋)
若いピアニストへのアドヴァイスも忘れないとは、なんて親切なリヒテル!!
しかし相も変わらず暗譜に励むピアニスト老若男女…。
リヒテルの意見が100%正しいかどうかはわかりませんが、一理以上のものがあるように感じます。
リヒテルの若い頃の演奏する姿を観たことがあります。演奏スタイルなのでしょうか?なんだか独特の奏法をしているように感じられました(極端な変な特徴があるわけではありません)。
リヒテル自身、「演奏家の弾いている姿に気を取られないように」といった旨のことを言っているので、私がリヒテルの弾き姿について何か述べるのは(リヒテルにとっては)本意ではないかもしれません。
しかし、私はピアノに向かうリヒテルの姿を観て、「ピアノの弾き方は人それぞれ」であると、自分のスタイルを持つというのは(意識していようが、無意識であろうが)大切なことだと、感じました。
哲学的なような、ユニークなような、ウィットに富んだリヒテル。亡くなってしまいましたが、今でも目(耳)が離せないピアニストです。