いろいろはじめました  
◆ なぜかパガニーニ 2004.5.11.


 パガニーニ(1782〜1840)という作曲家は、なぜか同時代に生きた他の作曲家から現代作曲家に至る様々な作曲家に愛されている(?)ようです。


というのも、パガニーニの作品を主題などとした曲を書いた作曲家がとても多いように感じるからです。私がパッと思い出せる曲だけでもリスト、ショパン、シューマン、ブラームス、ラフマニノフ、ルトスワフスキ、一柳慧といった作曲家達が「パガニーニ関係」の作品を書いています。詳しく調べればもっと沢山出てきそうな気もします(少しだけ調べてみところ、有名どころの作曲家の作品ではレハール、シマノフスキ、カセッラの作品もあるようです。あまり(?)全然(??)知られていない人(失敬!)の作品にもいくつもありました)。パガニーニ以外でこのような形で作品が残されている作曲家はあまりいないように感じます。

 ショパンの「パガニーニの想い出」やシューマンの「パガニーニのカプリースによる演奏会用練習曲」、「謝肉祭」の中の「パガニーニ(パガニーニのイメージを曲にしたもの)」、リストの数多くのピアノ用編曲作品以外で、パガニーニの曲が主題になっている曲の多くはなぜかカプリースの24番を主題にしている作品がメジャーだったりします(リストにもあります)。勿論この曲以外を使ったものもありますが、頻繁に演奏される曲はなぜかカプリースの24番関係が多いようです。

そしてここで私はひとつの疑問にぶち当たるのです。それは「カプリースの24番ってそんなにいい曲か!?」という私の独断と偏見による疑問です。

 カプリースの24番はヴァリエーションになっていて、短いテーマ(12小節)の後に11の変奏が続きます。全てを通して聴くといい曲だとは思うのですが、この12小節のテーマだけを聴いてもあまりいいとは思いません(私は)。
このカプリースの24番を割と忠実に再現しているのはリストのピアノ曲「パガニーニによる大練習曲集」の第6曲(終曲)でしょう。他の作曲家は結構好きなように作っています。

12小節の主題。それはもしかしたら(というよりも多分)作曲家にしてみれば変奏曲等を作るにあたり、結構おいしい題材だったのかもしれません。主題としては長過ぎも短過ぎもしないでしょうし、印象的なメロディ&和声感であるとも思えるからです。

 リストが早々とピアノでの再現をしてしまった&素晴らしい作品を書いてしまったので、原曲に忠実に書く必要がなくなったともいえる気もします。そうなれば好きなように作ってしまった者勝ちでしょう。しかしながらパガニーニの原曲、そしてリストの作品、という大きな壁がある曲と言う事もできる訳で、このカプリースの24番を題材にした作品には気合いのこもった(!?)作品も多いように感じます。

ブラームスの気合いの入れようは相当なもののように感じます。

 パガニーニの特徴のひとつに「名技性」という事があるといえるでしょう。「悪魔に魂を売り渡した」とも言われるパガニーニの演奏を聴いたショパン、シューマン、そしてリストといった作曲家は多分に刺激を受けたと言われており、その作品の中に(パガニーニ関係の曲でなくても)それを意識した曲があるというくらいです。パガニーニとは、相当面白い&独特な演奏をした人なのでしょう。

 そのような先輩作曲家に果敢にも(?)挑戦状を叩きつける(??)ような格好(???)で、ブラームスはパガニーニの主題によるヴァリエーションを書きました。

このブラームスのヴァリエーションは、14の変奏をするものがふたつあります。第1集&第2集という形で作られたのです。う〜ん、気合い充分。そして内容は第1集と第2集では少し傾向が違うものの、ブラームスならではの形で「名技性」を追求しているように感じられ、挑戦(????)は見事に成功していると感じます。


 そして時は流れラフマニノフはピアノ・コンチェルトの形を取って「パガニーニの主題によるラプソディ」を作曲しました。おお!これはパガニーニ、リスト、ブラームスへの挑戦です(?)。

 この曲もラプソディという事でありながらヴァリエーションの形になっています。オーケストラ&ピアノによるイントロダクションの後、まず第1変奏(和声進行がわかり易い)がオーケストラのみで演奏され、次にピアノが入り主題が示されます。続いて第2変奏へと進み、全部で26の変奏が展開されます。この作品はラフマニノフがほとんどのピアノ曲&全てのコンチェルトを書いた後に作られた作品で、ラフマニノフの作品の中でも最後の方のものです。
 ラフマニノフの協奏的作品という事で、素晴らしい演奏効果をあげる曲だと感じます。ここでも先人への挑戦(??)に成功した予感。

ただ、時折この曲を「ヴァリエーション」として扱ってるのかな?と思わざるを得ないような演奏を聴く事があるのが残念です。私が持っている楽譜の表紙にはドーンと大きく「RAPSODIE」とあり、そのすぐ下にかなり小さい文字で「sur un theme de Paganini」と印刷されています。更に考えるなら、この曲以前にラフマニノフは幾つかヴァリエーションを書いた事がありますので、もしもこの曲を「ヴァリエーション」として作曲したのであれば、素直に「ヴァリエーション」というタイトルを付けたでしょう(この曲のひとつ前の作品番号の曲は「コレルリの主題によるヴァリエーション」だったりしますし)。ですのでラプソディを勝手にヴァリエーションとして演奏してしまうのはいただけません。

 作品をどう解釈するのかという事、そしてそれをどう表現するのか・どう聴かせるのかという事は、演奏する側と聴く側によって、またその場にいるひとりひとりによって感じ方は変わってくるでしょう。難しいと共にデリケートな問題だと思いますが、ラフマニノフはこのような形で「ラプソディ」を書きましたので、それを目指して演奏したいものです。もしも「ヴァリエーション」に聴こえる演奏しかできなかったとしたら…演奏を諦めるのも選択肢のひとつなのでは?と思ったりもします。ああ!難しい!!


 パガニーニは自分の死後にこのように自分の作品を様々な形で違う作品として作られると思っていたのでしょうか?存命中もリストを始め、ショパン、シューマンがパガニーニから刺激を受けた作品を書いていたので、或るいは想像に難くなかったかもしれません。しかしなぜかカプリースの24番関係の曲ばかり有名になるとは思っていなかったでしょう。「ヴェニスの謝肉祭」や「ラ・カンパネラ」も有名ですが。

 パガニーニの死後、シューマンはパガニーニのカプリースにピアノ伴奏を付けました(今でも原曲の演奏は、ほとんどの場合パガニーニが書いたオリジナルの無伴奏で演奏されますが)。しかしなぜか24番にだけは伴奏を付けませんでした。シューマンは「パガニーニのカプリースによる演奏会用練習曲」でも24番には手を出していません。偶然かもしれませんが、シューマンだけはカプリースの24番になぜか縁がなかったようです。

なぜかパガニーニのカプリース第24番。


  <おしまい>