〜言いたい放題〜
趣味や考えのページ


独断と偏見に満ちた?ページです。
苦情はいっさい受け付けておりませ〜ん(^^;
気まぐれに内容を書き加えたり書き換えたりしてます。
人の命なんて、いつどうなるかわかんないし、
言いたいこと言っちゃえ!と思い始めてます。
みんなも「BBS」とかに、言いたいこと書き散らしても
いいからね〜〜〜!(常識の範囲内でだけど)


『確実に周囲は変わってる』

自分では、少し外見は変わっても精神年齢が 変わらないから、いつまでもお調子者でいるけど、 弟の子どもはもう小学生だし、面倒を見ていた子が 母親になってしまったりして、ビックリしてしまう。 「あれ、私はこのままでいいんだろうか」なんて 考えさせられたりもするんだけど、変われない。 まぁ、学生に近い気分の変な先生(い、一応…)が 1人くらい居てもいいかーと自分を慰めてしまう。

『精神的DVと闘う』

暴力という形のDV(ドメスティック・ヴァイオレンス)は すごく解りやすいし、痣が残れば証拠にもなる。 でも精神的なものは、言葉や表情その他によって、 少しずつその人の「生きている価値」を疑わせるほど 酷い、むごいものなのに、証拠が残らない。 周囲の人も一時は「ひどいね」と言っていても、 余程深く関わっていないと「喉元過ぎれば」状態で 手のひらを返すような対応に変わってしまう。 本人でさえ、自分が悪いのではと疑い始めてしまう。 私はそれが許せないし、やるせない。 でも、その人のために闘っていきたいと思う。

『勉強?』

私は「読書モード」と「読書拒否モード」がはっきりしてる。 つまり、読書する時はホントに多くの本を、時には分野が全く 違う本も読むんだけど、そうじゃない時は活字を読むのも苦痛。 たぶん「読書モード」に入る時って、すごく興味をそそる本が あってハマっていくんだろうけど、「拒否モード」の時に読む マンガも無駄にはならないものを結構読んでいることを実感。 最近は社会問題になってることとか、障害なんかのことまでが マンガになってるから、大学の研究会で話題になることでも、 あったり。それも勉強かも、とか思うとなんか不思議だぁね。

『歌いたいぞぉ!!』

子どもの頃は、歌手になりたいと素直に思ってた。 周囲は医者に、と望んでいて、今も本当はそうみたい。 でも、カウンセラーという道が自分に合ってて楽しい。 楽しむって変だけど、パワーのやり取りしてる感じで。 だけど最近は欲が出て来たのか、身体が欲しているのか、 歌いたいし、歌いながら身体も動かしたくてたまらない。 身体中に歌がリズムが音楽が、詰まっている感じ。歌詞も また書いてみようかな。そういうモノ、みんな何かある?

『人生と、その手助け』

人間、生きたトコロで数十年。先は見えないし。 自由に好きなことしないでやってられっか!! 後で評価されたから、名前が残ったからって、 その人が「喜んでいる」「満足」だなんて思うのは 生きている人間の傲慢と自己満足じゃないかな? 私は「今」生きて苦しんでいる人をどうにかしたい。 自分が助けられるなんて、思っちゃいないけど、 少しでも楽に思える手伝いができればと思う。

『映画や音楽・・・その他の芸術など』

すごいなぁと思うのは、映画や観たり音楽を聴いていて、 その一瞬でも現実を忘れることかな。映画なんて特に、 知らない、自分の過ごせない人生をいくつも見られる。 そういう映画や音楽、そして本も、誰にでもあるはずで、 それをきっと「好き」とか「素晴らしい」って感じて みんな口に出して言うんじゃないかなーって思う。 でも、だからこそ個人個人でイイと思うものが違ってて それぞれに、いろんな芸術の世界が生まれるだろうなー。


『見どき聞き時』

先日から風邪でおとなしく家で静養?していたんだけど、 久しぶりに「スタジオジブリ」もののビデオ(録画)を 数本観た。不思議なことに、好きな映画はもちろん好き だけど、初めて観た時には、さほどイイと思わなかった 映画(たとえば「おもひでぽろぽろ」)に感動した。 映画も音楽も、その時その時の自分に合わせて、変な 言い方だけど、「見どき聞き時」ってあるんだなーと 思った。ほら、たとえば普段は普通に聴いていた音楽が 妙にある時、心にズシンと来たりとかさ。なんかイイな。

『いろんなメディア』

・・・つってもタイソウなことを言いたいのではなくて 最近、とみに「小説」「映画」「マンガ」「テレビドラマ」 なぁんて風に、同じものを素にして様々なものが生まれて いたりするよね、すごく不思議だけど(いや当たり前かな) それぞれ全然違うの、違うからこそ楽しめるんだろうけど。 音楽でもさ、テレビで聞くのと(視覚も入るけど)CDを 聴くのと、ライブを見聞きするのと、全然違うんだよね。 考え出すときりがないくらい、それって面白いテーマ。

『なぞ・謎・ナゾ・NAZO』

人間ってどうして一人で生きてはいけないのかな。 HPを作成・運営してることも、メールのやり取りも 電話することも、手紙を書くことも、とにかく いろんなことが、他人との接点を作ろうとしてる。 人間は、何をどうしたいんだろう・・・。 私は一体、何をどうしたいんだろう・・・なぜ。 そして他人に、何をして欲しいんだろう・・・って、 自分で自分が、ひどくもどかしくなったりしない?

『ちょっと弱気?』

まだ小中学生の頃、大人は私とは違う存在に思えた。 なのに、今自分は年だけ重ねて中身はコドモのままだ。 カウンセラーなんていう一見偉そうな仕事について イッチョ前のことを言っちゃいるけど、時々それが 重いのかなぁ、ワケもわからず泣きたくなることがある。 ストレス、だとは思いたくないし思ってないけど。 カウンセラーも他の人も、みんな所詮は人間だから、 誰かに頼りたくなってしまってもイイよね?







『死・・・追悼・・・そして今』

1999年夏、母親が半年苦しみ抜いて亡くなりました。 私たちも、付き添う家族の苦しさ、やるせなさを知りました。 それでも、母は恵まれていたと思う。兄弟姉妹、身内に。 母の宝だったと言えるのではないかと思うくらい。みんな、 私も含めて、精神的にも身体的にも負担が大きくて、途中で 「こんな生活嫌だ!」と思ったかもだけど、頑張ってくれて。 今では母との様々な想い出が懐かしく、思い出すとせつない。 あれから父との生活が始まってるけど、家族ってほどほどの 距離でいるのが一番みたい。会話に母が出て来るのもイイ。

『「Koco語」と呼ばれるモノ』

徳島と香川でしか記憶にある限り住んでいない私。 徳島が関西に近いからっていうだけじゃないだろうけど、 どうも関西弁も混じっていて、ワケがわからないらしい。 最近、実は自分独特の言葉をたまに遣っていることが 他人からの指摘と、聞き込み?により判明した。 その頻度が高いものの1つが「へみる」である。 どうも「ヘマをする」「ミスる(ミスをする)」の 合成語のようであるが、この際はやらせちゃおうかな? 私がヘマをした時には「へみってる〜」とツッコミを。





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