”港が見える丘公園”サウスパークでは、明後日から始まる『第一回ヤングフェスティバル』の為の準備が、あちらこちらで行われていた。
”四季を通じて、この公園を使って、誰もが参加できるイベントを開こう”という趣旨のもとに、『パーク×4:イベント推進プロジェクト』が、うち立てられて、四つ目の季節だった。
いつの頃からか、”合灌花川町高台公園”から”港が見える丘公園”と名前が変わったこの公園は、東西南北、四つのブロックに分けられていた。
イーストパーク → 図書館、博物館、テニスコート、バドミントン場
ウェストパーク → 天文台、子供広場、港が見える丘
ノースパーク → 公会堂(パブリックホール)、屋内競技場、小体育館
サウスパーク → イベント広場(小ホール)、運動広場、コンサートステージ
※コンサートステージはいわゆる普通の野外ステージとは違い、丘の傾斜を利用して、遊歩道の下に設けてある。ステージを基準点に客席を高くしていくのではなく、逆に遊歩道から段々下がっていってステージ、といったすり鉢状のものである。
春、夏、秋と、それぞれ初めてにしてはそれなりの成果をもたらした、数々のイベントをこなしたイベントプロジェクターズは、第一期の総仕上げとして、冬には、”ヤングフェスティバル”の開催を提唱した。
「寒さを吹き飛ばす為には、若さ、というPOWERが必要だ。お祭り広場を作るんだ。希望者を募ってスペースを与えて、自由に使わせる。ステージでも出店でもアトラクションでもいいから、とにかくやりたい奴にやりたい事をやらせるんだ。過度に、他人に迷惑をかける様な行為や、法律に触れる様な事以外で、面白い、と思わせる様な事はどんどんやらせるんだ。若さのPOWERを、ある程度規制したうえで、どこまでテンションを上げさせられるかが、我々の使命だ」(以上、イベントプロジェクターズ・リーダーの弁)
思いの外、反響は大きく、準備は着々と進められていき、前夜祭と称して、打ち上げ花火がわりに、LIVE STAGEを演る運びとなった。
そして、地元FMとミニコミ誌でアンケートを集計した結果、白羽の矢があたったのは、学生たちの間で人気の上がってきている若手バンド、”PLEASE BREEZE”と”ORANGE BOX”だった。
土曜日。けだるい午後の講義の二つめを、エスケープした彼女は、昨日買った、彼女の好きな作家のエッセイをゆっくり読もうと、いつもの店に向かった。
途中、いつになく、街と反対方向に向かう若者たちの数が多い事に気付き、彼女は今日が”ヤングフェスティバル”の前夜祭の日である事を思い出した。
すれ違う高校生が、「今日演るバンドはさぁ」と、知っているのを得意そうに仲間たちに話していた。彼女は、それに軽く振り返ると、クスッ、と、意味もなく笑った。
誰かに誘われたら、自分も行くつもりであった彼女は、それでもなんとなく気がひけていた。自分が、彼らの中で浮いてしまいそうで怖かったのだ。
彼女は、コンサートもお祭りも好きだった。けれどいつも、少しだけ、周りのみんなより醒めてしまう、冷めた目で見つめてしまう自分のことは、あまり好きではなかった。熱くは、なるのだ。しかし、そんな自分を、客観的に見つめてしまう、もう一人の自分を、熱い、中にいても認識してしまい、それが彼女をいつも哀しくさせているのだった。
そんな彼女は、周りから見れば、知的でCOOLでしかも美人で。故に彼女は誰からも好かれていた。けれど、彼女の本名を知っている人は少ない。
彼女はいつも、LADY と呼ばれている。
LADY、特定の恋人を作らない彼女が、一番心を開く存在、そして彼女を一番優しくさせる存在、彼女の本名を知っている少年が、いつもの店、カフェレストラン”織互織(おるごぉる)”の店先に座り込んでいた。
グレイのキャップにグレイのコートがトレードマークのその少年は、LADYより一つ年下で、BOY と呼ばれていた。
「・・・青(ハル)、どうしたの? こんなところで」
それまで、宙を漂っていた彼の視線は、LADYに向けられた。優しいまなざし・・・。LADYは、彼の純真な瞳が好きだった。
「あー 来たぁ、」
「あたしを待ってたの?」
「んー、なんか会いたくなって」
彼はゆっくり立ち上がりながら、コートのほこりを払った。
「ここにいれば会えると思ったから」
彼女は、そんな彼が愛しくて、両の手で、彼のほほを包んだ。
「バカねぇ、こんなにほっぺ冷たくしちゃって」
「あったかいよぉ」
「んふっ、中入ろ」
「んー腹減ったー」
「くすくすっ、じゃ、行きましょ」
BOYと一緒なら行けそうだな、やんふぇす・・・ 彼女は彼の手を掴みながら、そう思った。
LADYは、織互織の薄いぱりぱりのピザが好きだ。ミックスピザにオレンジペコ、LADYのいつものオーダーだ。
BOYは、ライムスカッシュが好きだ。ライムスカッシュだけ。誰といても一人で来ても、彼はそれしか頼まない。織互織のスカッシュには、ハウスメイドのクッキーがついてくる。彼は、それもお気に入りだった。
LADYの口は、小さくて可愛い。彼は、彼女がものを口に運ぶのをみる度にそう思う。
そして、彼女は、自分に必要なだけの言葉をくれる。それがとても好きだった。
「今日は、お休み?」
紅茶のカップを、小さなバラの模様が控えめに入ったソーサーに戻しながらLADYが聞いた。
ストローをくわえたままの彼は、ぷくっ、と空気の泡を一つ出して、それに答えた。
彼のそんな子供っぽい仕草は、彼女をとてもHAPPYにさせる。
くすっと笑って、彼女は、
「公園行こうか、”やんふぇす”」と、さりげなく言ってみた。
彼は、少し首を傾げて、彼女を見つめながら考え込んだ。
「あんまり気乗りしないの?」
ぶくぶくぶくと吐く息全部をスカッシュの中に潜り込ませたあとで、BOYはゆっくりストローから口を離した。
「あのさ、」
同時に店のドアが開いて、二人連れが入って来た。
彼も彼女も、そして彼等も、お互いの事を良く知っていた。友達、と言えば言えるかもしれないくらいの知り合いだ。
BOYはそんな彼等の出現を認めると肩をすくめて、言いかけた言葉を飲み込んだ。
そんな彼等も、BOYに気付き、少し驚いた顔で近づいてきた。彼は音楽関係のジャーナリストだ。
「あれぇ、お前なんでここにいるのぉ、GIRLと待ち合わせしてんじゃねぇの?」
BOYはその言葉にひどく気分を害された。
「 ・・・気が向かないんだ」
「ええーっ、あの娘をすっぽかしてあたしと?」
LADYはさっきのぶくぶくを考えてみた。
「可哀想に、あのぶんじゃまだ、あそこに立ってるぞ」
連れのもう一人が、皮肉な笑みを浮かべて、口を挟んだ。
BOYは、彼の事が特に嫌いだった。いつも自分を目の敵にしているような話し方をしてくる彼を、どうしても好きにはなれなかった。
彼はコピーライターだ。
ジャーナリストの島(しま)、とは時として意見の一致をみたりするし、それ程嫌な目で見てないので、BOYもそんなに嫌いではない。が、ライターの郷(あきら)とは完全に相性が悪かった。名前の、ハル、アキからして相対しているのだからどうしようもない。しかし彼等は二人とも、LADYの高校時代からの友達なので、必然、LADYとよく一緒にいるBOYは、彼等と良く顔を合わせる事になってしまうのだ。
郷にしても、ハルは気に入らない存在だった。なんでこんなガキがいつもLADYにくっついているんだと思うと、無性にハラが立ったし、BOYにいつもくっついているGIRLの事を気に入っているからでもあった。
「だめよぉ、もっと大事にしなくちゃ」
LADYは、少し複雑な気持ちだったが、それでも(あたしは年上なんだから)という思いが、いつもそんな言葉を言わせてしまう。
BOYは、そんなLADYを見つめて言った。
「・・・会いたくないのに無理して会うっていうのも、大事にするってことになるの?」
BOYの、哀しそうな表情に、少し考え込んでしまったLADYのかわりに、郷が口を挟んだ。
「んじゃ、オレもらった」
「おいおい、オレとの約束は?」
あわてる島を尻目に、郷はもうドアに向かっていた。
「悪いな、そのガキのセリフ、まんまお前にやるよ」
入口のドアが閉まって、数秒の内に、駐車スペースから一台の車が、逃げるように駆け出して行った。
「ちぇっ、バーロー、BOYてめぇの気まぐれで、とばっちりがこっちにきたじゃねーか。・・・あーあ、一人で行ったってなー、」
独りごちながら、LADYの隣の席に腰を降ろした島に、名案が浮かんだ。
「あ、そうだ、LADY、どう? この後なんか予定あんの?」
「ん? ない、けど」
軽く、首を振ってLADY。長い髪が宙に遊ぶ。
「ほら、知ってるでしょ、5時半からの”やんふぇす前夜祭”」
「あぁ、それならちょうどいま、BOYを誘ってたとこ」
島がBOYを、ちらっと横目に見た。BOYは、知らないふりで、クッキーを食んでいる。
「その前夜祭で演るやつらなんだけど、まだいまいちマイナーなんだけど、ウラじゃ結構注目されてんだよね。特に、PLEASE BREEZEの方は、何度かオレもライブハウスで観たことあるんだけど、ボーカルがね。すごくいいんだ。まだ若いんだけど、こう、なんていうか、ソウルフルでさ、すごくカッコイイとこもあんのね。でまぁ、ジャーナリストの端くれの私としては、もうこれは次号で特集しちゃおうと思ってるワケ。だから取材に行く筈だったんだけど、一人じゃつまんないからさ、どう?一緒に」
「へぇ そんなにマルなの、彼等。んー、なんか行かなきゃ損みたいになってきちゃったな。ねぇ、ハル、どうする?」
「… それ、GIRLに誘われてた」
「あぁん?じゃ決まりだ!そりゃ運命だ、おまえは逃げちゃダメなんだ! ってか、なにが嫌なわけ?」
「嫌って、 」
ますます煮え切らないBOYの態度に、LADYは自分の発言が失敗だったと反省した。何か訳があるんだろう。けれど同時にGIRLに対しても対抗心もちょっと生まれてきてしまった。
「運命なんて、島クン大げさね。でも、」そう言ってBOYを見つめた。
(運命、ね)
島が絶賛するPLEASE BREEZEのボーカルを、BOYは知っていた。活動も、彼の生の声も。だからこそ会うことを避けようとしていたのだ。今のぬけがらな自分で彼の前に出たくはなかったのだ。
(オレもこのままじゃダメだってことなんだよな)
BOYは覚悟を決めた。
「…ほんとにツマンなくない?」
「それはオレが保証するよ。すっごいPOWERがある。絶対伸びるよ」
「もう一つの方はどうなの?
わくわくしてきた気持ちをBOYに悟られないように、残りの紅茶に口をつけながらLADYが聞いた。ピザをすすめながら。
「あ、さんきゅ。ORANGE BOX? んー、まだ高校生バンドだからね。でもあちこちでライブやってるらしいし、前夜祭に呼ばれるくらいだからイイ線なんじゃないかな」
「… ハル?」
「わかった、連れてってよ。LADY、行きたくてウズウズしてるんだろう?」
「じゃあ、さっそく車… あ、しまった、郷に取られた」
島が軽くBOYを睨んだ。
「くすくす、ハルにはすぐばれちゃうのね。いいわ、めんどうだからタクシーで行きましょ。…席はあるのよね?」
「大丈夫、最前列押さえてあるからさ」
立ち上がりながら島が、一つ残っているBOYのクッキーに手をつけると、BOYが睨んだ。島は肩をすくめて、そのままそのクッキーをBOYの口元に運んだ。BOYはそれを、ぱくっとくわえ、そして島ににこっと上等の笑みをして見せた。
(よくわからんヤツだ) 島は、もう一度肩をすくめてみせた。
LADYは、くすっと笑った。
タクシーに乗り込むなり、助手席に座った島が、後ろのLADYに振り返って話し出した。
「実はさ、PLEASE BREEZEのギターって、郷のダチだったりするんんだよね。それであいつからよくライブに誘われてさ」
「じゃあ、郷クンもGIRLを連れて会場に来るわね」
「かもね。あいつが詩を書いた曲もあるらしいし」
島は、口にしてから気がついて、BOYの顔をうかがった。
「大丈夫だよ、帰るなんて言わないから」
BOYの頭の中にはもう郷の事などなかった。これから向かう公園、ステージになるその場所を、そしてそこで一緒に歌ったタカシの事を思っていた。
(あの時に、もう今日の事は決まっていたのかな)
2年前、BOYはタカシと、そこで出会った。BOYがまだBOYと呼ばれる前。
歌うたいになることを事を夢見て、恋人と二人でいつもそのステージで歌っていた頃に。
(アイツはちゃんと夢の通りに歩いている。なのにオレは歌うたいどころか、歌うことから逃げて、そして…)
口の中で、クッキーに入っていたレモンの残り香が遊んでいた。
冷めた自分を持ち合わせている事に嫌悪感を覚えているLADY以上に、BOYは今の自分が嫌いだった。自分だけでは変えられない自分を変えてくれるものを探していた。LADYといたらそういったものにいくらかでも近づける気がして、だから彼は彼女の側にいる事を好んだ。
(その結果がこれなら、オレは何か変るのか? タカシはまだオレを憶えているだろうか…)
GIRL。BOYを変えてあげたくてBOYの側にいたがる彼女は、だからこそBOYを”やんふぇす”に誘ったのだった。
彼女だけが、BOYが現在まるでぬけがらのように日々を送ってしまっているその理由を知っていた。