Sunshine 遥かなる大地 明日へと続く道
Moonlight 産まれては消える流星を見上げた
ただ訪れる春の花の芽の息吹に似た I wantyou
「生きてく事は 愛する事 愛される事」と
「ねぇ遙、本気で引越し考えたりしてない?」
同居人がここ数日の間、夜中になるとゴソゴソ片付け物を始めるのを気にして、佐々木真奈(ささきまな)は壁続きの隣部屋をノックした。
「あ、ごめん!起こしちゃった?」
もともと心配性で夜眠れないタチの風見遙(かざみはるか)は、ここ一月ほど特に眠れなくて、一日の活動パターンがすっかり逆転していた。
日中寝不足でふらふらしている彼女は、代わりに夜になると気持ちがざわざわ動き出してしまうため、衣替えも兼ねて気晴らしに部屋の片付けを続けていたのだ。
使わないものをしまい込みながら、ここには高一から真奈と住んでるのよねぇ、とか、名前の通り床抜けそうなのよね、なんて思いを巡らせたりしていると確かに"引越しもいいかな"
なんて考えなくもない。真奈に声をかけられて遙はだからドキッとした。
「引越しなんて、そんな、ねぇ」
真奈はそんな遙に探りを入れるように、果たして片付いているんだかかえって散らかしているんだかわからない状況の部屋の隅っこにいる彼女の肩に手を置いた。
「そうよね、ここで彼を待たないとね」
そう、私は彼を待っているのだ。
けれどだからこそこんなことになっているのだ、と遙はCDを一枚手にしたまま動けなくなってしまった。待っているのに、待っていてもいいのか不安なのだ。
”ここで待っていて欲しい”という言葉を残して、この同じアパートから彼、銀河陽史(ぎんがひろし)が居なくなってからもう二年が経つ。けれどその間なんの連絡もないことが心配性な彼女の不安を更にあおっていた。
本当に待っていていいの? もう戻ってこないんじゃないの? 誰が戻ってくることを保証できるの? でも帰ってきて欲しい・・・
力ない遙の手からCDが床に落ちて、軽く跳ねた。その拍子にケースが開いてディスクが飛び出した。
びくっと、表情が強張ってますます動けなくなってしまった遙の代わりに、真奈がそれを拾い上げて、やさしくケースに戻した。
「これ、陽史くんが置いていったCDだね。大事にしなきゃダメじゃない」
「・・・真奈、あたしホントに待ってていいのかな、ここにいていいのかな」
視線を宙に浮かせたままで遙は床にしゃがみこんだ。真奈からCDを受け取って。
「遙ったら、あんたみたいな可愛い女を見捨てる男がいるわけないでしょ!そりゃ確かに不安になるのもわかるけど、あんたが信じて待ってあげなくちゃ、陽史くんがかわいそうでしょ。どんな事情があったにしろ、彼だって二年間思い続けてたあんたから泣く泣く離れていったんだから。毎日毎日おんなじこと言わせないで。しっかりしてよ」
「・・・ごめん、ごめんね。だって不安で不安でどうしようもないんだもの。真奈は聡くんがいっつも近くにいてくれてるけど、あたしは会いたくて会えなくて連絡すら取れなくて手紙さえ出せないのよ。寂しくてどうしようもないの、会いたいの、声だけでも聞きたいの!」
泣き出してしまった彼女の背中をやさしくたたきながら、真奈。
「ねぇ、遙、もうすぐあたしの誕生日なんだけどさ。二人で小旅行でもしない?」
「・・・旅行?どこへ?」
「あんまり遠くなくて、でも近くでもない、水のあるところ。実は候補はあるんだけど、あんたがどうかな?」
「え?水?どこ?」
少し遙は落ち着きを取り戻してきたようだ。視点が真奈に向いて袖を握る。
「湖。あんたが陽史くんと最後にデートした思い出の場所、十和利湖よ」
「十和利湖・・・だってそんな彼の思い出がいっぱい溢れてるようなとこになんて・・・あ、でも、いいかも」
「でしょ。もう思いっきり思い出にひたって幸せなふたりを思い出してよ、ね。悩んでるのなんかバカみたいに思えてくるよ」
「しあわせな、ふたり・・」
陽史のバイクで一緒に行った時のことを思い出して、遙はまた泣けてきた。
「行く、行く、行こう!真奈、いつ?今から?明日?」
「あんたったら、かわいいんだからほんとに。今何時だかわかってる?どうしてあたしがここにいる?」
「え?あ、一時・・・、そうか、ごめんなさい。うるさかったのね、あたし・・」
「いいよ、もう今夜でうるさいのをやめてくれれば。行くのは次の週末まで待ってくれない?あたしは勤勉な学生なんだからさ」
「そうか、あたしはずっと休んじゃってるもんね・・・旅か・・・ありがとう、真奈。大好き」
「あったり前よ。温泉でも入って、最近のブスさ加減をなんとかしなさい」
「あ、ひどーい。・・・でも、そうだね」
さっき落としたCDを見つめる。
青い空に大きく積みあがる入道雲のイラスト、松岡直也のアルバム『夏の旅』。
彼が遙に預けていったCDのうちの一枚だ。
この人のピアノの曲たちを彼はとても好んで聞いていた。だからあたしも。イントロを聞いてタイトルが言えるのは郁子ちゃんだけじゃない。あたしだって。なのにどうして、しまい込もうとしてたんだろう。
「あたし、バカだ。こんなに好きなんだもんね、あきらめちゃダメだよね」
「そういうこと。さ、そろそろあたしを寝かせてくれるかしら?」
「ありがとう。じゃ、旅行の準備は明日にしてあたしも寝るね」
「・・・あと三日あるんだからね?それと、一泊、だからね」
「うんうん。わかってる、・・・つもり」
そうか、十和利湖。そういえばあの時はどうやって行ったんだろう。彼のバイクに乗った時はいつも道程を覚えていないんだけど、何故だろう?それも明日調べてみよう。確か美子ちゃんが大学内の旅行代理店でバイトしてたはず、行ってみよう。あぁ、真奈ったらありがとう。でもやっぱり眠れない・・・
遙はCDを胸の上に置いたまま彼と湖に行った時の思い出にひたり続けた。
目的の湖へは、ここから電車を二回乗り継いで一時間半、バスに乗り換えて三十分ほど。あんまり遠くなくてでも近くでもない、と真奈が言った通りの道程だ。
遙はあの夜をやはり眠れずに明かし、翌日早速、同じ大学の一年後輩、田沼美子(たぬまよしこ)を訪ねて、十和利湖までの道すじを確認してもらったのだった。(バイクでそんなに走った記憶はないんだけどな)
駅まで、真奈の恋人、山口聡(やまぐちさとし)が荷物持ちを買って出てくれて、一緒に歩いた。
二人とも手荷物は小さめにまとめていて、聡にとってそれは嬉しいことだった。
「ねぇ、ほんとに帰りの切符は買わなくていいのね?」
「大丈夫だって。今は理由は言えないけど、帰りはオレがなんとかするから」
「あたしも、その中には入っているのよね?」
「もちろんさ、遙ちゃん」
「なんかねぇ、その "オレがなんとかするから" が不安なのよねぇ・・どんなに問い詰めても理由を言わないし」
「だから "今は言えない" んだってば。信用ないなぁ。ほら、もうすぐ電車が入ってくるよ」
「うん、聡くんバック持ってくれてありがと。おみやげ買ってくるね」
「遙ちゃんが元気なカオで戻ってきてくれたらそれが立派なおみやげさ」
「あらあら、おやさしいコト。ヤキモチやいちゃっていいかしら」
「あ、いや、真奈ぁ、いじめるなよぉ」
「ウソよ。ほんとに明日は頼むわよ、じゃ、行ってくるね」
そう言って真奈は聡に右ほほを軽く突き出した。聡はちょっとびっくりして、遙の目を一瞬気にしながら、軽くキスをした。
(ちぇ)遙は口をとがらせた。
そしてベルが鳴り、電車は走り始めた。
「さてと」
聡は二人が乗った電車に大げさに手を振って見送った後、今来たアパートとは違う方向に、別の目的で歩き始めた。
「ねぇ真奈、明日は誕生日なのに聡くんと一緒じゃなくていいの?」
「んー?そうよねぇ、いいと思う?」
窓の外、遠くなる聡の見えない姿を追いかけながら真奈が答えた。
「あ、あたしのせいか、ごめんなさい」
「あはは、いいのよ、かわいい同居人がいつまでもグダグダじゃそっちの方が困っちゃう。それにさっきもああだったけど、なんか最近カレはコソコソ隠し事してるし」
「隠し事かぁ・・あたしのコトは真奈には何もかもお見通しなんだけどなぁ。こないだ "引越し" とか言われた時も」
「あんた本気で考えたりしてたワケ?」
「あ、えと、そういえばずっと一緒にいるんだなぁとか、ね」
「まぁ、始まりはもともとあたしのワガママでそれにあんたが付き合ってくれたんだから、引っ越す気なら文句はいわないけどさ」
「うん…聡くんと一緒に住みたいとか思わないの?」
「え?」
遙を見つめたまま真奈は固まった。それから視線を窓の外に広がる田園風景に移して。
沈黙の後、大きくため息をはいて。
「二人ともまだ子供なんだからそんなことできるワケないでしょ」
「あ、真奈カオ赤いよ」
「こーいーつー」
照れ隠しに真奈は遙の頬をつねった。ぐりぐり。
「いたいぃ、ごめんごめん。そういえばさ、真奈と聡くんとは中学からじゃない。長く続く秘訣はなんですか?やはりカカア天下?」
「こーいーつー」、もう一回ぐりぐり。
「でも、そうかも。カレはホントは結構自己主張強いじゃない?でもアタシには合わせてくれてるっていうか少し下がってるっていうか。さりげなくバランス取ろうとしてくれてるのがわかるんだ。そこにカレの優しさを感じるな。傍目には "カカア天下" だとしても、ね」
「そっか。あたしね、さっきのちゅうはうらやましかったな」
「でしょ。みせびらかしたんだもの」
「ひーどぉい、あたしなんか、こんな、こんな」
「あはは。まぁ今日は楽しく行こうよ。ところでおやつは?」
「え?なんで?」
「あんたったら、旅にはポッキー!それと冷凍ミカン。お決まりでしょ?」
「そうなんだ」ぽりぽり。
「じゃあんたは何持ってきたっていうの?見せなさいカバン。あらあらCDしか入ってないじゃない。しかも…」
「うん。陽史くんから借りてるやつをいくつか」
「…遙、聞いてもいいかな」
「なに?」
「あんたCDウォークマンとか持ってた?」
「ないよ」
「…で、それどうやって聞くわけ?」
「え?…あ、いや、聞くんじゃなくて持ってたくて」
「あー、そう、そうね、思い出だもんね。かわいいわあんた。よし、お姉サンがポッキーを買ってあげよう!ほらちょうど車内販売よ」
真奈は軽く手を上げ売り子を呼び止めて、お菓子をいくつかと、缶ビールを二つ手にした。
「ちょ、真奈ったらまだ午前中なのに、ビールも買うの?」
動揺する遙に構わず代金を払って。
「そうよ、湖に着くまで二人で彼氏自慢しよ。今まで一緒に暮らしててもそんなのしたことないからさ」
「自慢って、……あ、ありがと」
「とにかく、明日のあたしの誕生日に乾杯して」
「あ、うん。そうだね、カンパイ! どしたの、真奈?」
「…はっぴばぁすでーの歌も歌ってくんなきゃやだ…」
「そ、それはほら、旅館でね。ここではちょっと、遠足じゃないし」
「愛がない!陽史くんには歌ってあげたんでしょ!それは違うぞ遙クン!」
「ちょ、真奈ったらもう酔っ払い?」
「いいのよ、あんたもぐじぐじしてないで、世のサラリーマンみたいに嫌なことは飲んでぱぁーっと忘れんのよ!」
「真奈、やなことあったの?」
はしゃいでみせた真奈が急に小声になった。唇を突き出して。
「…一年にさ、聡くんにちょっかい出してる女がいるのよ」
「あ、うん。ウワサには聞いてる。夏樹くんがよく話題にするコでしょ」
「そう!で最近のコソコソがさぁ、なんかアヤシイぞと」
「そーんなことないよぉ。さっきだってあんな…え?だからわざと?」
「うん。なんか悔しくて。あたしたちは長いって、さっき遙が言ったけど、それでもわからないこともあるんだなと最近落ち込み。明日の誕生日だって、デートの約束もないし…」
「そっか、ごめんね真奈、あたし自分のことばっかりで落ち込んでたけど」
「そうよ、あんただけじゃないのよ。あたしにだって眠れない夜はあるわ。でもさ、学校行けば会えるしと思うとさ、勤勉にもなるでしょっつーの、まったくバカ聡!」
「それなのにあたしにやさしくしてくれてありがとう。うん、真奈飲もう!ほらまた車内販売だよ、今度はあたしが買ってあげる」
「おぉーいい子だねぇ。おっきいやつね。でもさ、乗り継ぎ間違えないようにしようね」
「あははは、そうだね。じゃ、ふたりのバカ男たちにカンパイ!」
バスに乗り込むと真奈はすぐに眠りだした。
(真奈も大変なんだなぁ。どうしてみんなこんなに眠れなくなるくらい誰かを好きになっちゃうんだろうね)
遙はバックからCDを取り出した。ウォークマンがなくても、ジャケットを見ているだけで遙の頭の中には曲が流れ出す。
GLAYの『春を愛する人』。
いくつもの眠れぬ夜は 街の灯を数えていたね
伝えてほしい言葉達 飲み込まれた Oh yesterday
軽はずみな優しさほど 独りの夜がつらくなる
わかり合いたい気持ちほど 不安定な恋に悩む
ねえ そうだろう?
My love あたりまえの愛 あたりまえの幸せを
ずっと捜し続けても つかめないもんだね
Ah 切なくて秋の 散り行く街路樹を背に I want you…
狂おしいほど あなたの事を思っていたよ
陽史は五月生まれだ。
二年前の彼の誕生日。遙は突然彼のバイクで十和利湖に連れてこられた。
着いた時にはもう夕暮れていて、夕日が湖面に映るさまを二人でずっと眺めた。
遙は八月生まれだ。
「夏生まれでも、あたしは春の日差しが好き。緑の色とか」
ベンチに座りながら "春の良さ話" を静かに繰りひろげながら、遙はだんだん落ちていく夕日に向かってすくっと立ち上がった。
あまりに唐突なデートだったために遙はプレゼントを用意できなかった。だから『はっぴばぁすでぃ』を歌おうと思ったのだ。
小高い展望所から見た夕暮れの景色があまりに荘厳で、自然に彼女の口からその歌が出た。姿勢をただして、小さい頃の聖歌隊を思い出しながら、一生懸命彼のために歌った。
陽史は、素直に感激して、深々と「ありがとう」と頭を下げた。
「遙ちゃんの歌を聞くのは人形劇以来だね」
彼は立ち上がって「今度は僕の番」、そう言うと、ゆっくり歌い始めた。それが『春を愛する人』だった。「僕らのテーマソングにしようね」。もちろん遙がGLAY好きなのをふまえての憎い選局だった。
忘れ難い夜になった。
(星がきれいな夜だったなぁ、ワイン飲みながらいろいろお話して・・・そうなのよ、カレはほんとにそういう準備がよくていつの間にかグラスが出てきて飲み始めてるという・・・で、それがまたいつも美味しいのよね、のんべになっちゃって困っちゃう)
「のんべといえば・・」
五年も一緒に暮らしていて、真奈とお酒を飲んで話をするのは初めてかもしれない、と遙は隣でウィスキーの小瓶を握り締めながら寝息をたてている真奈の顔をのぞきこんだ。
(みんなで飲んでいてもいつもお姉さん役でしっかりしてるのにね、ごめんねそういうの大変なんだね)
今夜は思いっきりお酒に付き合ってあげて、お誕生日の歌も歌ってあげるよ、真奈。
・・・歌? そうか、歌。
聡くんとの始まりは"歌"なんだよね、真奈。
中学一年の春のバス遠足は『高原で作るカレー』だった。
朝6時にバスに分乗して目的の高原まで、くねくねの九十九折を上り下りした。この時、遙、真奈、そして聡は同じクラスで、同じバス。
聡は今でこそケンカ早くて危なっかしい暴れん坊だが、小学校の頃の彼はいじめられっ子で泣き虫で、そして、真奈は『車に酔い易い』体質だった。
”遠足”といえば道中はお約束のカラオケ大会。バスガイドさんが「私は東京のぉん〜」と一節披露した後に必ず始まる「最初は誰だ」攻撃の的になったのが、唯一車酔いしていた真奈だった。
もともと歌もそんなに得意ではない彼女は、からかわれはやし立てられてけれど何も言えず泣き出しそうになっていた。
そんな彼女の代わりにマイクをつかんで『あんたのバラード』を熱唱し始めたのが、聡だった。
「彼女の代わりにフルコーラス歌います!」
そして真奈は、そんな行為に惚れて、聡と付き合い始めた。聡は聡で、この時思いっきり歌を歌った事で変な自信をつけて、その後高校でヤンキーデビューをする事になる。
「良かったな、聡くんの唄。陽史くんも唄ってくれるといいな。歌詞もいいんだよね、”酔いどれ男と、泣き虫女”、あたしたちみたいじゃない」
あの時と同じような新緑の中を、バスは右に、左に何度もカーブを繰り返しながら、登り、下る。真奈は眠り方が上手く、カーブで揺れても、遙に倒れ掛かってくることはない。
(車酔いにも、乗り越え方があるのかもね)
時折、窓の外に小川が見える。川魚がいかにも沢山泳いでいるような澄んだ流れ。日差しを反射させてキラキラしている。
「水遊び、したいなぁ‥」
(あれ? なんか今懐かしいイメージがよぎったけど、 キラキラ‥ 水遊び‥ なんだろう?)
遙がぼーっと考え込んでいる内に、バスは湖の展望台に停車した。運転手さんがマイクを持った。
「あと30分程で着きますが、ここで10分休憩します。トイレに寄ったら展望台からの眺めを楽しんで、またここに戻って来て下さい。まぁ、遅れても次のバスがまた30分後には来ますけど」
数人が笑って、そして、次々バスを降りた。
「ん? 着いたの?」遙も笑ったので、その声に真奈も起きた。
「あ、展望台でトイレ休憩だって」
「へぇ、気が利いてる。 うー、咽乾いたぁ」大きな伸びをして。
「真奈、飲みすぎなんだもん。景色、きれいだったよ」
「だってくねくねなんだもん。さて我々も降りますか! トイレトイレ! ポカリ買ってね」
「うん。1リットル?2リットル?」
「そんなおっきーの販売機に入ってないっちゅーねん」
「がんがんいっちゃって下さい!」
「おっきーねー」
見るのが初めてではないが、真奈は素直に湖の景観に嘆息した。
「うん」
そんな展望台からの眺めは、遙にとっては懐かしいものだった。陽史にうたを歌ってあげた場所だ。照れくさくてなんだか顔がにやけてきた。
「山に穴が開いてるカンジだねー、って何にやけてんのよ、こら」
ポカリのボトルで、遙は背中をぐりぐりされた。
「真奈ったら、やめてよぉ。あのね、ここもともとおっきな山があって、でも噴火して、そこに雨水がたまって湖になったんだって」
「へー、そーなんだー。じゃあ穴、は近い表現なのね」
「うん。でね、なんで噴火したのかっていうと、実はその山はピラミッドになってて、よその民族が攻めて来た時に、文明を奪われるのを防ぐ為に破壊しちゃったんだって」
「…それ、陽史くんでしょ、ぜったいそーでしょ、ねーねー」
再び真奈のぐりぐり攻撃が始まった。
「えー、真奈は信じないのぉ? やめてってば」
「だって、あんたね」
いつの間にか二人の側にいたバスの運転手が、割って入ってきた。
「お嬢さんは、その話し、信じているのかね?」
タバコをくゆらせながら。やさしいまなざしで。
「え? あ、はい」
「あら、オジサマ、女子高生をナンパですか?」
「真奈ってば、運転手さんでしょ。それに女子高生じゃないし」
「はは。ロマンがあっていい話しだね。それは君の彼氏のアイデアなのかな?」
「え、あ、はい。でもアイデアじゃなくて、調べた結果だって。弥生人が渡って来た時に、縄文の文明を守るためにって。だから文明は後退したんだって」
「…なるほど。でもあまりそういった事は人に言わないほうがいいな。特にこの辺りではね」
「え? どういうイミですか?」
やさしい瞳の中が冷たく光ったような気がして、遙は少し後ずさった。
「そういう意味だよ、お嬢さん。さ、バスが出るよ」
「なにあれ」
ポカリをぐびぐび飲みながら真奈は怪訝な表情。
「…なんだろ、気になる」
「陽史くんに話したら? きっと喜ぶよ、ミステリーハンター!」
「あのね、真奈… でも喜ぶかな」
「そうそう、まぁナンパに失敗してのイジワルかもしれないけど。さ、乗ろ」
バスに乗り込む時に、当の運転手は無線で業務連絡をしていた。遙と目が合ったが、軽く会釈を返してきただけで終わって、それがかえって遙には気にかかった。
「… メモっとこ」
十和利湖畔に到着した二人は、すぐに予約していたホテルに入った。
I am sorry to have kept you waiting so long.