三河武士マニアックス初級クイズ 

1:小牧の戦いで秀吉叫弾の檄文の立て札を立て、
    怒った秀吉から首に10万石の懸賞をつけられた武将の名は?

2:「一筆啓上火の用心、於仙泣かすな馬肥やせ」
    この手紙を妻に宛てて書いたのは誰?

3:三奉行「仏高力、鬼作左、どちへんなしの・・・」この後に続く名前は?

4:家康のもとを出奔した石川数正が築城した松本城には
    別の呼び方で鳥の名前がついているがその鳥とは?

5:俗に言う守山崩れで家臣の阿部弥七郎に刺殺されたのは誰?

6:問5で刺殺された人物と、家康の父広忠の暗殺と、
    家康の長男信康の介錯に使われた共通する刀の作は?

7:「家康に過ぎたるもの」と称えられ、
    57回の戦歴がありながら、かすり傷も負わなかった武将は?

8:三河一向一揆で家康に反したものの後に帰参してからは
   「家康の知恵袋」言われ、江戸幕府の影の立役者は?

9:軍団は赤色で統一、「赤備」と言われ、関が原の戦いでの負傷が元で
   その2年後没した武将は?

10:家康が会津に出兵した後、京への押さえとして伏見を守り、
     城を枕に壮絶な戦士をした武将は?
 

三河武士マニアックス中級クイズ

1:家康の父、広忠の妹を娶り、家康が三河一国を統一の後
    吉田城主となった徳川四天王の一人とは?

2:清康・広忠・家康に仕え16歳の時には伊賀の忍びの者60〜70人を指揮して戦功をあげた人とは?

3:板倉勝重は慶長6年から京都で朝廷・公家・西国諸大名の監視および支配強化したがその職名は?

4:本能寺の変のとき家康以下家臣30数名で命がけで岡崎まで逃げたが、これを「何越え」と言うか?

5:本多重次は秀吉の母大政所の下向に際し警備を命じられたが、秀吉の怒りを買ったのはなぜか?

6:晩年の家康に天文学・航海術・幾何学などを教えた人物は誰か?

7:家康は源頼朝が書いた本を愛読し、戦術・戦略に共感したがその本のタイトルは?

8:三河日記の作者で天下のご意見番と呼ばれた人物は?

9:戦中、徳川の使い番が背中にさしていた旗さし物に書かれていた文字は?

10:家康の旗に書かれていた「厭離穢土・・・」このあとに続く文字は?

上級クイズはいつアップできるんだろう?

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