非常に辛い出来事でしたが、ぴよとぴよの経験をまとめました。これが何かのお役に立てるなら。

最初のぴよ 突然死 ショップから購入後2週間で死亡
ぴよ 肥満細胞腫 日記・ぴよの入院から退院まで
日記・ぴよの闘病記録
日記・ ぴよの最期とそれから
症例・ぴよの場合


最初のぴよ。ショップから購入後2週間で死亡・死因不明

最初のぴよ 2001.05.29〜09.01

最初のぴよは、私が生まれて初めてペットショップで買った犬です。それまでは実家で、父親の友人がわけあって手放したMIXの成犬、知人のところで生まれた柴系のMIX、どこにも飼ってもらえずたらい回しにされたヨーキー、を貰った経験があるくらい。実家を出て数年、犬のいない生活をしていたけれど、とうとう犬が飼いたくてたまらなくなりました。けど、今の世の中、なかなか生まれたての犬にはお目にかかれず、安易に、そう、安易に、ショップから購入したんです。

最初のぴよはうちに来て2日目から、あまりものを食べなくなりました。パンをスープに浸したり、おかゆを作ったり、つぶしたゆで卵やささみ、野菜のスープ・・・、嗜好性の高いものを与えてみましたが、最初は食べるものの後が続きません。とにかく栄養が必要な時期(生後2ヶ月半)です、ショップに相談したところ、「環境が変わってちょっとストレスを受けているのでしょう」。・・・お決まりの台詞。そのうち下痢もし出した。もう一度ショップに相談、整腸剤をいただくことに。最初は舐めていたお薬も、そのうち見向きもしなくなり・・・。子犬だ、栄養不足による低血糖が怖い。でも、蜂蜜も舐めてくれない・・・。うちに来て一週間で最初のぴよはショップに引き渡しました。ショップ指定の獣医さんに診てもらうためです。
そのショップでは、ショップが指定する獣医以外の医者から診療を受けると生命保証(購入した子犬が死亡したとき代替の犬が安価で譲ってもらえる)が受けられなくなります。その獣医がどこの病院の人かも教えてもらえず、近辺に信頼のおける獣医も知らず、なにより生命保証の条件が気にかかって、いわれるまま最初のぴよをショップに預けました。そしてその子は二度と私のところには帰って来ませんでした。あの時、最初のびよにとって一番の方法をとってあげなかったこと、今でも悔やまれてなりません。
引き取られた後、最初のぴよはショップのオーナーの家で自分の妹(のちのぴよ)と元気に走り回っていたとのことですが、すぐに悪化。しかし、便からも悪いところは見つからず、点滴をしても元気にならず・・・。輸血の準備もしていたそうですが、引き取られて1週間、わずか生後3ヶ月でこの世を去りました。

後になってわかったことですが、ショップ指定の獣医はその当時開業もしていない人で、ふらふら(私の目にはアル中に見えました)とした、黄ばんだ血だらけの白衣を着たおじいさんでした。ぴよのワクチンはこの人がしたのですが、注射をする手もおぼつかなく、注射器の中の空気を抜かず、バイトの男の子に「先生、空気」、と、言われていました。この人が最初のぴよを診ていたのかと思うと・・・。
また、オーナーの話では最初のぴよを一旦母犬の所に返すと言っていたのに、結局それもされてはいませんでした。

2001.9.1、最初のぴよが亡くなったという連絡を受け、最期のお別れをしに行きました。行ったのは最初のぴよを買ったショップではなく、本店といわれるお店でした。その本店の場所の説明を受け、私は愕然としました。常々、誰がこんなとこで犬を買うんだろう、と、思っていた、暗くて汚いお店だったのです。しかも支店と本店は店名が全く違い、内情を知らなければその繋がりは全く分かりません。

このショップに対する不信感は増大し、その後のお付き合いは全くありません。


その後、ショップが扱う犬の流通のしくみを勉強し、何があっても、もう二度とショップからは購入しまいと思いました。

不幸せな子が少しでも減るように・・・


肥満細胞腫・ぴよの場合1

日記・ぴよの入院から退院まで

ぴよ 2001.5.29〜2005.8.30

最初のぴよが亡くなったその日に、ぴよは代替犬として私の元にやってきました。最初のぴよのこともあり、溺愛して育てていましたが・・・

2005.07.28

朝、いつもと変わらない様子(だと思う)。今日はシャンプーの日なので予約時間に合わせてAM10:30に軽くお散歩。通常は夜遅くにお散歩をさせるのだけど、シャンプーの前に排せつさせておかないとね。うんこにも変わった様子はない、おしっこもちゃんとする。ただ、いつもはどんなに言い聞かせても最初のうちはリードを引っ張って行くのに、今日は私の歩調に合わせて歩いている。「ぴよちゃん、今日はいい子なんだねぇ〜」と褒めたくらい。変調の兆しだったのか? 11:00シャンプー、お迎えは14:00。お迎えに行ったらいつものように一目散に飛んで来ない。ただじーっとこちらを見つめている。ちょうどケージから出て来た時ゴールデンの子犬にベロベロされていたのが気に入らなかった? 「嫉妬してるよぉ〜」とショップの店長やお客さんと笑っていたんだけど、既に具合は悪かったんだろうか。店長の奥さんが「もしかして具合悪いの?」とも言っていたけど、店長の「いや、ケージから出す時はいつも通り大喜びだったよ」って言葉にひとまず安心して帰宅。

ずっとふてくされた様子。が、夕方から息が荒くなる。もしかして熱中症? でも体温は高くなさそうだし・・・。水を少しあげて、冷房を強くし、団扇で煽いでみる。・・・・・。

夜、どんどん呼吸が苦しそうに。口の中を見てみたら歯茎が真っ白。緊急で動物病院に。

先生も熱中症の可能性を考えていたらしいけど、ぴよの呼吸を見て「肺水腫の疑いが強いね」って。え、まだ4歳なのに・・・。すぐにレントゲン。肺の中は真っ白。水でいっぱいです。見えるはずの心臓も映し出されていません。そういえば、シャンプーから帰って来てまだ一度もおしっこをしていない。心電図で心拍数を確認。非常に危険な状態。「いつ心臓が停まってもおかしくない」とのこと。利尿剤を2本注射し、肛門にニトログリセリンの錠剤を入れました。後は安静にして肺の水が抜けるのを待つしかありません。「どうされますか? 入院させるか、自宅に連れ帰るか。ご判断は飼主さんでお願いします」。非常に危険で、絶対安静が必要なぴよ。入院させて、寂しがって泣いたり、暴れたりしたらその瞬間心臓が停まってしまいます。今の自宅には引っ越してまだ半年。この病院にぴよを連れて来たのは今日で3回目。ぴよを入院させた時、どういう反応を示すのか、先生も分からないし私だって分からない。でも、入院させることにしました。ぴよは大丈夫、強くて聞き分けのいい子だから、大人しく頑張ってくれるはず。何かあった時は連絡をもらえる約束をして帰宅。

病院では気丈にしていましたが、涙が止まりません。
どうして早く気付いてあげられなかったのか。どうして早く病院に連れてってあげなかったのか。
とにかくぴよの生命力にすがるしかありません。

ぴよ頑張って。ぴよにはぴよがついてる。


2005.07.29

AM9:00、病院が開くのを待ってぴよに会いに。
昨夜と様子は変わらない…。病室では大人しくしているとのこと。良かった…。おしっこは多少出たが、注射もそう何回もできないそうで、今後はカテーテルで利尿剤を注入するとのこと。弱々しくしっぽを振って頭を私の脇に押し付けてくる。いい子だね、頑張ったね。「生きる覇気を与えるために朝夕面会に来て下さって結構ですよ」。良かった、一日に二回会えればぴよも寂しくないよね。一緒に頑張ろうね。

夕方の面会。ぴよの右前足にカテーテル。「ポンプくん」が一生懸命ぴよの身体に利尿剤を入れてくれている。朝よりは若干元気に。回復の兆しが…、でも歯茎はまだ真っ白、午後撮影のレントゲンでも肺はまだ真っ白…。歯茎の白さは肺水腫のせいで通常の呼吸が出来ず、酸素が細胞に送られていないから、と、昨夜説明を受けたが、今日の血液検査で別の原因が見つかりました。再生不良性貧血。

普通、肺水腫は心臓疾患が原因で起こるものらしい。先天的な病気だったり、老いて心臓の機能が低下したり、あるいは何らかのショック。ぴよの場合、検査の結果心臓を始め内臓にはなんの疾患もなく、真夏のシャンプーのストレスが引き金で肺水腫が起こったのではないか、とのこと。

そして再生不良性貧血。多くは骨髄やリンパ、血液の癌が原因で起こる症状。で、あるならば、肺に溜まっているのも水ではなくて血液が溶け出したものである可能性が高く、もしそうなら、利尿剤では完全に外に出すことは出来ないのだそう。骨髄を刺激して血小板を作り出す薬も投与することに。

先生の話を聞きながら、私の不安がぴよに伝わらなければいいけど、と、ぴよに目をやると、先生の方をじっと見て一生懸命先生の話を聞いている。ぴよが先生を信頼しているのが分かる。いい病院で良かった。先生やスタッフの方々の言うこと聞いて頑張るんだよ。


2005.07.30

AM9:00、朝の面会。
顔を合わせるとぴーぴー鳴くように。病院食も食べてくれるとのこと。先生いわく「とても食の細い子とは思えない」食べっぷりだそう。自分で物が食べられるなら大丈夫。そんな気がする。「こうやって(ぴーぴー)鳴くからぴよちゃんなんですか?」「いやぁ、名は体を表すって感じで…」。診察室の会話も明るくなってきました。先生に抱かれて診察室を出る時、小さく不満の声を上げるように。早く元気になっておうちに帰ろうね。

夕方の面会。顔を合わせた時のしっぽの振り方が元気な時と同じ! ちょうどご飯の時間だったらしく残りのご飯を私からもあげてみる。もの凄い勢い。元気だ。舌ベロも赤みが戻ってる! 

でも元気な反面、心配なことも。やはり利尿剤では肺の水は抜け切らず、肺に溜まっているのは血液が溶け出したものと判断されました。…再生不良性貧血。でもママの後輩(人間だけど)も再生不良性貧血になって生死を彷徨ったらしいけど、すっかり元気になって今では一児のパパ。原因は癌だけじゃないはず。癌かどうか調べるにはあばら骨の間に管を入れて細胞を取り出さなければいけないらしく、今のぴよにそんな検査は勿論無理。とにかく早く回復しないとね。

診察室を出る時、抱っこされてそのまま先生の肩に掛け上がる。元気だ(^ ^)


2005.07.31

AM9:00、朝の面会。
カテーテル姿もこれで最後かな。今の薬がなくなったらカテーテルを外すとのこと。「ポンプ君」、ありがとう。そしていよいよ明日退院! 後は自宅療養です。ちゃんと大人しくできるかなぁ〜

夕方の面会。カテーテルなしのぴよ。バリカンで剃られた跡が痛々しいけど、それ以外はいつも通りだ。歯茎にも色味が戻って来た。とは言え、重篤な状態は変わりなく興奮は厳禁。うちでの生活、ちょっと心配。

ぴよとの面会中、犬が車に轢かれたと女性が駆け込んで来る。「先生、助けて! 犬が車に轢かれて…。もう助からないかも…」。苦しそうな犬の声や、騒然とする病院内、不安そうな犬たちの声、細く鳴くぴよ、ポンプの音…。

頑張って。


2005.08.01

AM9:00、一応病院に電話を入れてからお迎えに。
待合室には昨日の女性が。昨日と同じように顔面は蒼白。
先生が別の女性に声を掛けている「そんな泣かんで下さい。」。女性はシーズーを抱いている。もうかなりの老犬だ。見た目には元気そうだが、もうかなり心臓が弱っているらしく、病院に連れて来るだけでもその犬にはかなりの負担があるのだということを諭している。
車に轢かれたわんちゃんのことは聞けなかった。無事だといいけど…。

ぴよはとっても元気。見た目では病気だとは分からないくらい。勢い良く私の肩に掛け上がる。一緒におうちに帰ろうね。とにかく興奮させることが一番ダメ。元気そうに見えても今は血液が半分しかない状態(血球濃度が半分、ということだと思うけど医師の方々はこういう表現を使います)、とにかく安静、と釘を刺される。ぴよは留守番の際、ケージとその周りをサークルで囲んだ約1畳分のエリアで過ごしている。先生からはそれくらいの広さならストレスもなく良いだろうということで、通常の生活もそこで済ますように言われる。そして暑さは厳禁。必ず涼しくしておくことを注意されて退院。病院を出る時は病院犬の黒いノーマルプードルも見送ってくれました。

因みに支払いは65,000円ほど。思ったより安かったけどこれからの通院のこともあるし頑張って働かないと。とは言え、高収入の泊まりの仕事(バスガイド)はしばらく無理。節約しないと…。あ、これからは24時間エアコン付けっ放しなんだった。…が、頑張るぞお

さて、おうち。うれしいよねぇ〜、でもサークルの中。そりゃ文句も言うよね〜。きゃんきゃん切なく騒ぐので仕方なくサークルの外へ。あっち行ったりこっち行ったり。私の姿が見えなくなるとまた騒ぐ。先行き不安…。でも私が横になったらぴよも大人しくZZZ…。そうそう、そうやって大人しくしててね。歩かせるのもNGだ、って言われているんだから。



肥満細胞腫・ぴよの場合2

日記・闘病記録 2005.8

2005.08.02

AM4:30、ぴよの吐く音で目が覚める。やっぱり騒ぎ過ぎたか…。
吐いただけで悪い所はなさそうなので、掃除してサークルの中で休ませることに。でもやはり閉じ込められているのが不満らしくぴーぴー泣く。そのうち激しく鳴き始めた。仕方ないのでサークルを開け、6畳の居間の中だけ自由に動けるようにし、私もサークルの横で仮眠。

AM8:00、ぴよのご飯とお薬。本当はフィラリアのお薬の日でもあるけどとりあえずそれは後日。ぴよは今朝方吐いたせいか自分が病気なんだと認識してくれたみたいに非常に大人しくしている。

夜は居間にあるサークルの横に布団を敷いて寝ることに。


2005.08.03

朝起きると「あっちの部屋へ行きたいの」と若干騒ぐものの、他は非常に大人しい。呼吸もやや深くなってきたような気がする


2005.08.06

夕方、退院後初めての通院。他のわんちゃんに会って興奮するといけないから、と、かごに入れて連れて行ったら逆効果。興奮しまくり…。次からはよそう…

さて、診察。この短期間では劇的な数値の変化は期待できないだろうから、ということで今回は検査もレントゲンもなし。ちょっと残念。数値で出てくれるともっと安心できるのに。でもうれしいことも。これだけ回復するというのは、癌ということは考えにくい、との見解。今一番疑わしいのは、ホルモンの分泌量が多すぎるからではないか、って。ぴよは生理のあと2〜3ヶ月ですごい下痢になることがあり、以前先生に話した所、それもホルモンが原因だと言われました。下痢の酷さが可哀想で避妊手術に踏み切る飼主さんも少なくないんだそう。今回の入院もぴよの生理の時期と合致します。勿論今回はこんな状況で、副腎皮質ホルモンなんかも呑んでるし生理は当分来ないとは思いますが、何か関係があるかも。もしホルモンが原因なら、ぴよが回復するのを待って、避妊手術です。

お盆に入るため次の診察は10日後。ちょっと間が空くので不安だけど、大人しく、頑張ろうね。お薬の量も少し減りました

診察・投薬 \5,040-


2005.08.07

昨日病院で騒いだせいか、許可が出て朝フィラリアの薬をあげたせいか、今日は少し呼吸が荒かったみたい。夜は安定していました


2005.08.13

ぴよの記録を残しておきたくてブログを始めました。
http://blog.livedoor.jp/piyo_piyomama/archives/cat_50001166.html


2005.08.14

お盆。子犬を連れた子供たちがご近所さんとこに帰省中らしい。子犬のかわいらしい鳴き声と、子供たちの歓声と、その喧騒に触発されて吠え出すご近所の飼い犬たち。
…ぴよも、朝からずっとそわそわ、ぴーぴー。どうして一緒に遊べないの? どうしてお外に連れてってくれないの? 夕方になるとまた騒ぎ出す子犬と子供と犬たち、そしてぴよ。
…ぴよはね、病気なの、大人しくしてないとダメなんだよ。

夜、気付かないうちにちょっと吐いたみたい。奇麗に舐めとってあったけど。だから大人しくしててねって言ったでしょう。

この日、このHPもup。ぴよの入院&通院の記録です。


2005.08.15

今日、おなかを見ようとぴよをひっくり返したら、そのままずるずると正座してる私の膝から畳の上にずり落ちる。前足にひっかかりがないというか、筋肉がないというか、ふにゃふにゃ〜ってな感じで。小さなことで、ぴよの体力が落ちていることを認識した次第。


2005.08.16

病院で血液検査とレントゲン。
利尿剤のお陰で肺の中の水はなくなって、心臓もくっきり写し出されていました。
ステロイドが効いて血小板も通常値に。
でも…
レントゲンで、心臓の斜め下に白い大きな塊がはっきりと写し出されています。
前回の血液検査よりも更に高くなった白血球値。
白血球を調べると好酸球というのが多いとのこと。
好酸球が高い--どこかに癌がある可能性が高い--あの白い塊

先生も「まだ4歳でこれだけ大きな腫瘍があるというのは、珍しいんだけど」って。

その塊が癌なのか、癌だったらどんな癌なのか…。脂肪や肉の塊という可能性もまだある。でも検査するには全身麻酔が必要…。肺水腫と貧血から回復しつつある今の状態ではその検査は無理。

その塊、本当に癌なの?
だってぴよの心臓よりも大きいんです、それ。
とても信じがたい…

ぴよは血液採取の際、怖がってじたばた。
とっても疲れたみたいです。
お薬は利尿剤をやめて、抗生物質とステロイド。
ステロイドの量を1.5倍に増やしました。
次の通院はまた10日後。

ぴよは病院で暴れたせいか疲れている様子、なんかおすわりの仕方がだらしがない。大丈夫?

診察・投薬・検査・レントゲン \8,925-


2005.08.18

夕方ぴよが咳をし始める。耳も白く体温も下がっているようなので即病院へ。でも異音もないし、元気で食欲もあり、下痢もしていないので、とりあえず様子を見ることに。利尿剤をやめたので血圧が変化したせいじゃないかって。ひとまず安心して帰宅。その後は咳もなくフツーに。良かった(^ ^;)

診察 \630-


2005.08.25

癌の検査をするかしないか…。検査にはリスクもある…。セカンドオピニオンを依頼していたところ、その先生からも検査を勧めるお返事が。原因を特定しないことには治療もできないから…。
体力が回復したら、検査です!


2005.08.26

今日は通院日。病院で細胞診を依頼してきました。

細胞診はあばら骨の間から細い管を刺し、腫瘍の可能性のある部位の細胞を吸い取ってその細胞を検査するものです。が、その検査には全身麻酔が必要。ぴよの場合、麻酔のストレスやショックで肺水腫が再び起こる可能性があるので、その日はもしもの場合に備えて電話連絡を受けられる状態にいることを先生から念押しされました。でも細胞診をしなければ、肺にある塊が腫瘍なのか否かの判断もつかないし、腫瘍ならば良性なのか悪性なのかの判断もできません。

検査は9/5。

何事も起きないことを祈るだけです。そして検査の結果が良いことを祈るだけです。

病院に行ったついでに爪切りと肛門腺の絞りもお願いしました。昔は自分でしていたけど今はダメ。トリマーさんに頼むようになって久しいので恐くって…。でも爪切りを怖がって暴れるぴよを目の当たりにして、これは私がしなくちゃ、って。でもママがしても昔のように大人しくしててくれるかなぁ〜

呼吸の時鼻から音がするように。声もかすれ気味…

診察・処置・投薬 \4,200-


2005.08.28

「いつ心臓が停まってもおかしくない」という状態から1ヶ月。よく頑張ったね。
退院後はご飯も薬もちゃんと摂って偉い偉い。
最近声がかすれ気味なのが気になるけど、ひとまず5日の検査まで大人し〜く頑張ろうね。

夕飯はカリカリエサのみだったのに食べてくれた。



肥満細胞腫・ぴよの場合3

日記・ぴよの最期とそれから

2005.08.29

AM7:30、いつも通りの朝。足もとで寝ているぴよ。「おはよう」と声を掛けると顔の所までぴょんぴょんとやって来て、口元をペロッ。今日は目覚めが良いらしい。ご飯もお薬も完食。えらいねぴよちゃん。うんこも膜のようなものがあるけれど、堅さも量も色も問題なし。おしっこは量が多くて色が薄いけど、ステロイドの影響で水を沢山飲んでるから許容範囲。AM8:00、パパの部屋へ起こしに行くぴよ。「早く起きてよぉ〜」

天気がいいので掃除など。
ぴよも少し奇麗にしようか。濡れたタオルと乾いたタオルでゴシゴシ。うん奇麗になったね。ぴよのケージもお掃除。敷きタオルを洗濯してピンクのクッションに交代。こっちも奇麗になって気持ちいいね。

本当にいい天気。ぴよはずっと玄関からお外を見ている。早くお外に行けるといいね。

 2005.08.29/撮影


本当は今日はぴよをゐ座稽古場(ぴよの2番目のおうち)に連れて行って、ぴよの好きな人達に会わせてあげよう、って思ってたんだけど(禁止事項なのは承知の上)、連絡が上手くいかず断念。
時間が空いたので昨日描いたクロッキーを元にぴよのイラストを描き始める。目の位置を決めかねてる所にパパ帰宅。
喜んで出迎えるぴよ。
15:30、帰ってくるの早過ぎないかい? パパはママがうちにいてばかりなので気晴らしに誘うため、早々に仕事を片付けて帰って来たのだ。そして「はい」とお給料も。この一か月、私は仕事をセーブしているので、そのしわ寄せはパパのお財布に如実に現れている。「ぴよ、パパにありがとう、って」。テテテとパパの傍に寄って手の甲をペロッ。「ありがとう、ぴよ」喜ぶパパ。更にサービス、背伸びしてパパの口元をペロッ。「すごいね〜、ぴよは、言葉が分かるんだよね〜」

パパとお出かけ。「ぴよ、お出かけして来ていい?」「・・・」嫌らしい。でもハウスの号令を掛けたらすんなり入ってくれた。

でも、淋しそう…。なんか、淋しそう…

2時間留守にし、帰宅。

ケージの中から出迎えるぴよ。でも鳴き方が変。今まで聞いたことのない声、トーン、調子。本当に泣いているかのような声。明らかに様子が違う。ご飯をあげてみる、食べない。呼吸も早い。
即、病院へ。

他の犬に会わないようにと猫の待合室へ案内される。診療。

やっぱり、肺水腫。
「でもこの間より酷くないし、これくらいなら大丈夫でしょう」。利尿剤を2本注射し、ニトログリセリンを肛門に。「朝になっても呼吸がこのままなら、可哀想だけどまた入院ね。今日は帰っていいよ。どちらにしても明日の朝電話下さい」「良かったねぴよ、おうち帰れるって」

19:00、帰宅。呼吸は苦しそうだか、伏せの状態(本当に呼吸が苦しい時は座れの状態でしかいられないのだそう)でいられるので、大丈夫そう。

でもじっと私を見ている。

時折、声を掛け、さすったりしながら、私はネットで調べもの。「肺水腫」「貧血」「癌」。癌が原因で肺水腫が起こる症例はヒットしない。プロパンガスの吸入で肺水腫を起こす人もいる、そういえば今日の昼、プロパンの交換があった…。関連はあるのか…。どうしたら肺水腫から逃れられるのか…。あっちこっち見て回る、答えは見つからない。

ぴよはじっと私を見ている。

ずっと見ている。

「苦しいよお。ママ、助けてよお」

どうしたら助けてあげられるのか、ネットの中に答えは見つからない。

診察・投薬 \4,305-


2005.08.30

0:00、ぴよがトイレで寝ようとしている。ケージを確認するとクッションの上でおしっこをしていた。「いいんだよ、すぐ奇麗にしてあげるからね」。取り替えようとクッションを持ち上げたら、どばどばとおしっこがクッションを通り越して床にこぼれる。タオルで巻いてから運び、クッションはタオルごと洗濯機へ。

かなり呼吸がつらそう。
でもあれだけのおしっこが出たんだもん、きっともうすぐ楽になるよ。
きっと。

パパが様子を見に来る。
「あんまりじっと見てるとぴよが緊張しちゃうよ」
じっと見てたら、きっとあんな量のおしっこも出なかったんじゃないかな
へりくつ
「じゃ、俺、あっちの部屋にいるから何かあったら呼んで」

0:30、呼吸は楽そうにならない。更に酷くなって来ている。様子を近くで見ようと座布団からケージの傍に。「ぴよ、大丈夫?」。とろとろと歩き出し、私が今し方まで座っていた座布団の上に。ぴよはママが席を外すと即座にそこを占領するのが大好き。座布団の上で頻繁に体勢を変える。こうやっても苦しい、こうやっても苦しい。パパからメール「ぴよ大丈夫?」。相手がパパだと察知したのかパパの部屋へ歩こうとする。ぴよ、だめ、それ以上歩いちゃ。諦めてケージへ戻るぴよ

ケージの前まで来て

よたる
あ…

パパを呼ぶ。パパは病院へ電話。なかなか繋がらない。何度も電話。
連絡がついた

どんどん弱って行くぴよ。
身体は柔らかくなり、目はうつろ、舌は緑に。チアノーゼを起こしてる。
口をむりやり開けようとしても開かない。
とにかく名前を叫び続ける。
心臓マッサージ。

ぐったりするぴよ。
抱きしめる。
「ぴよ〜、ぴよ〜」

生きているのか。ガクンガクン。
私が揺すっているのか。

「諦めんなバカッ。行くぞ。ほらっ、早くっ」パパが叫ぶ。

抱いたまま車へ。車の中で二人で叫び続ける。
「がんばれ。もう少しだぞ。もう少しで先生のとこだぞ。今先生のとこ行くからな」

病院。先生は奥さんと二人で待っていてくれました。

診察台のぴよ。「心臓停まってるな」一言つぶやいて即処置室へ。蘇生。

5分。10分。15分…。空しい音が聞こえている

「心臓、停まっちゃいました…」。耳にかけた気管チューブをはずす。ピンクのバスタオルの上に寝かせる。動かないぴよ
大声で泣くパパ。
「ぴよちゃん、かわいかったなぁ」先生がぴよをなでてくれました

その場で生検をお願いする。
「大丈夫ですよ、今ならまだ細胞も生きているだろうし」。ぴよの身体からするとかなり太い針の注射器。レントゲンで病巣の位置を確認し、左の脇腹に針を入れる。亡くなって血圧のないぴよの身体は、針を抵抗し、なかなか針が奥まで入り込まない。
嫌な仕事をさせてごめんなさい。嫌なものを見せてごめんなさい。でも、ぴよの命を奪った正体をどうしても確認したかった、本当は解剖してもらって、その病巣を取り出して欲しかったくらい。とっちめてやるって。注射器に吸い取られるぴよの血液。病巣から取り出した血液は赤黒く、血液検査の時の血液とは全く違う色。

病院が貸してくれたピンクのバスタオルごとぴよを抱いて帰宅。

昼まであんなに元気だったのに…
座布団の上のぴよ。信じられない。

0:45頃、永眠

帰宅してから永遠とも思える長い時間。時間が経つのが遅い。

パパがぴよの前パパに電話を入れてくれる。「会いたいって言ったら連れて来ていい?」「いいよ」。でも、言えなかったって。「俺、迎えに行こうかって言えなかった」って。分かるよ、パパは今は家族だけでいたいんだよね。

「ぴよ、ママ、ビール飲んでいい?」飲んでみるが苦しくて飲めない。
パパは近くのコンビニでありったけのモルツを買い込んで来る
そんなに飲めないって。苦しくて飲めない

時間が経つのが遅い。
パパがネットでぴよを火葬してくれる霊園を探してくれている。開くのは朝の8:30から。まだ何時間待たなきゃいけないのか。
ぴよがぴよの姿のままでいることが辛い

クッションを洗濯。夜遅くに申し訳ないけど、このクッションはママからぴよへの最初の誕生日プレゼント、一緒に柩に入れてあげたくて。

何もすることがなくなると、ものすごい悲しみに襲われる。

4:00、クッションを干して、ぴよと一緒に三人で出掛けることにしました。

ゐ座稽古場。ここには2年と2か月、ぴよとママと二人で住んでたね。色んな人たちが出入りして楽しかったよね。ぴよが一番長く過ごした場所だよ。また遊びに来たかったね
ドッグパーティー。ほんとお世話になったね。ぴよの別宅、なんて言われて。お友達も沢山いて、行くのを楽しみにしてたよね
阿賀野川河川敷公園。もっともっと遊びたかったね。ここで前パパとおっかけっこしてて、ずるってアゴ擦りむいたんだよね。ドジなぴよ
コムのスタジオ。ママがお仕事の時、お外で待っててくれたね。ママは今日もここでナレーション撮りするんだよ。こんなに泣いててちゃんとお仕事出来るかなぁ
鳥屋野潟公園。パパと三人でお花見に来たよね。奇麗な桜、覚えてる? 覚えてないか。ぴよはあっちこっちにわんさかいるお友達に夢中だったもんね
だんだん明るくなってきました。
関屋分水。ママが前パパの家を出るまではここがお散歩コース。奇麗なところだね。ぴよがお散歩デビューした時もここに来たんだよ
お散歩をする人たちもちらほら。すれ違う時、ぴよがもう亡くなっていると気付いた方々が会釈をしてくれます。
朝の光を浴びて、ぴよが笑っているように見えます
最初のおうち。ぴよとママが最初に暮らしたところ。覚えてる? それから4年、ずっと一緒にいてくれたよね
自宅に戻り、今度はいつものお散歩コース。一か月お散歩行けなかったもんね、退屈だったよね
朝日が昇りはじめました

7:00、帰宅して座布団に寝かせられたぴよ、笑顔です。ぴよ、楽しかった? 良かったね、ぴよの好きな所いっぱい行けて。

霊園が開くまでの長い長い時間。
コーヒーも辛くて飲めない。

8:30、霊園と連絡がつき、柩の準備。
ピンクのクッション。乾いて良かった
バスタオル。ずっと使ってたからボロボロだ
茄子と大根のおもちゃ。このおもちゃ大好きだったよね
コットンボール。パパからの今年のバースデープレゼントの一つ
水色の水玉の洋服。ママからの今年のバースデープレゼント、でも似合わなかったね
庭に咲いてた黄色いお花。
ご飯と薬。ドライフードの上にゆでささみ、そして今朝の分のお薬
おやつ。玉子ボーロ、デンタボーン、ガム
髪飾りいっぱい。ぴよは暴れてすぐとっちゃうから、髪じゃなくて首輪に着けられてたね
そして、ぴよおにいちゃんの写真。むこうで二人で仲良くしててね

9:30、出発。いい天気だね。中権寺の宝慈園。お経を上げてもらって、最後のお別れ。ぴよ、ありがとう、頑張ったね。バイバイ
10:00、火葬。
11:10、お骨拾い。真っ白なぴよ、ちっちゃくなって…
お骨のぴよ、軽い。さっきまであんなに重かったのに…

12:00、帰宅。お骨はケージの中へ。ぴよの場所

パパがご飯を買って来てくれたけど、食べられない。
「とにかく少し寝ろ」。ぴよのケージの横に布団を敷いてくれる。なんとか1時間半ほど睡眠。

16:30、仕事へ。ぴよに「いい子にしててね」と声をかけながら、サークルを閉じようとする…、もう必要ないね
17:00、ナレーション撮り。仕事をしている間はかろうじて頑張っていられる。

20:00、夕飯は焼肉。そんなもの食えないよぉ。でも、心が弱っている時、無理矢理にでも焼肉を食べるのがパパとママの決まり事。
お風呂にも入って
22:30、帰宅。ただいま、一人にしてごめんね

昨日の今頃は、とか、思い出しては泣く

ぴよの横に布団を敷いて三人で寝る

特別葬・骨袋代 \21,000-


2005.08.31

カメラマンのたかのがぴよの写真を持って来てくれる。5月に黒埼の河川敷公園で撮ったもの。楽しかったね。笑顔のぴよ

 2005.05.19/撮影

前パパがビールを持って来てくれる。ぴよはおやつが食べられなくて、ビールでお手とおかわりを覚えたんだよね


2005.09.01

今日は、最初のぴよの命日。そしてぴよが私のところに来た日。

9:00、病院が開くのを待って、清算とお礼に。レントゲン写真を貸してもらう

ぴよのケージを片付ける。4年間、ありがとう。クロスを剥がした畳が青い。広くなった部屋

しげくんとゆかちゃんが御香典を持って来てくれる

病院/処置料・検査代 \16,275-


2005.09.02〜04

9/2、むりやりクニタマを引き連れて浜辺で花火。ここはぴよがまだちっちゃい頃よく来た浜辺
9/3、たかのがデパートの物産展に連れ出してくれました。
9/4、おかものさんちに遊びに行ってミニチュアダックスのプーとピーに慰めてもらいました。

パパは、私が独りっきりになる時間がなるべくなくなるようあっちこっちに電話をかけてくれます。
私が落ち着くまで仕事のオファーの電話が私の所に来ないよう、猫影さんが手をうってくれました。

みんなありがとうございます。

私があんまり悲しむので、パパは早くぴよの弟か妹を連れて来たいと言いますが、もうしばらく時間を置きます。最初のぴよが亡くなったその日にぴよはうちに来ました。大きな悲しみのさなかにいた為、可哀想なことに、最初の頃のぴよの記憶がないんです。8/31にぴよに会いに来てくれた前パパも同じことを言っていました。最初のぴよに対してもぴよに対しても申し訳ないことをした、って。だから色んなことが落ち着いて、それから、縁があったら、大好きなわんちゃんを家族に迎える、かもしれません。

クニタマが「ぴよままさんちのカレンダー、全部8月のままですよ」って。本当だ…。8月で時間が止まってる…。

9/5、ぴよが癌の細胞診を受ける予定だった日に、カレンダーを9月にしようと思います。何かの区切りがないと行動が起こせなくなっていますが、それも良しとします。昔、知人の49日の法要に出た時、お坊さんが言っていました。お通夜や告別式、初七日、49日など、人が亡くなった後、最初の頃は行事がめじろ押しです。これは故人を弔うのは勿論ですが、遺された人々の為にあるのだと、こうした行事をひとつひとつこなして行くことで深い悲しみから立ち直って行くのだと。


2005.09.05

生きていたら、生検を受けていた日。

ランチにパパが新発田のルナに連れてってくれました。一口食べたホタテのソテーが優しくって、美味しくって、涙が出そうでした。

しげくんからもらった御香典で、ぴよのお骨を安置する新しいおうちを買ったよ。透明度の高いアクリルのケース。ぴよからも眺めがいいでしょ? ママからもぴよがよく見えるよ。やっと、お花を飾って、お水も供えることが出来ました。このお花はね、庭に咲いてたもの、ぴよの柩にも入れたお花だよ。

 

この写真、新しいカメラで撮ったの。デジタルの一眼レフ、*istDS、下手クソだね。本当はぴよをもっと可愛く撮りたいって思って購入を検討していたんだよ。商品決めて、注文しようとした矢先に2度目の肺水腫起こしたんだ。買うのやめようと思ったんだけど、たかのがね「買えばいいさ〜」って。気晴らしになると思ったんだろうね。パパからは1GのSDカードを貰ったよ。甘えてばかりだね。

今日はね、本当だったら全身麻酔をして癌の検査をする日だったんだよ。きっと、全身麻酔なんかしたら、また肺水腫起こしちゃったよね。

レントゲンのプリントも貰って来たよ。わかる? 肺にある悪い奴。本当はね、先生にお願いしてぴよの身体、解剖して欲しかったくらいなの。この悪い奴取り出して、とっちめてやる、って。でもできなかった。ぴよが本当に奇麗なまま横たわっていたから。

健康なワンちゃんの場合、白丸で囲った部分は黒く空洞に写ります

ちっちゃい身体でよく頑張ったね。虹の橋で待っててね、いつか行くから。そしたら一緒に虹の橋を渡ろうね。


2005.09.08

生検の結果が出て、16:00、病院にて説明を受けました。

<細胞診の結果> 肥満細胞腫疑い

取り出した血液に細胞が少なかったため"疑い"となっていますが、好酸球、円形小型細胞があること、細胞質に微細顆粒状物があること、そして何よりヒスタミンショックの症状があることから、肥満細胞腫にほぼ間違いないと言われました。

肥満細胞腫は犬に非常に多い癌で、非常にやっかいな癌です。大抵は皮膚にできるもので、稀に内臓(肝臓・脾臓)にも出来ますが、ぴよの場合はダイレクトに胸腔内にできていました。非常に珍しい症例です。

肥満細胞腫は増殖が速く、皮膚にできた小さなコブを取り除いても再発の可能性が高く、抗ガン剤もあまり効果が期待できない悪性腫瘍。皮膚に出来た場合はコブと、コブのまわりのお肉も大量に切除して、更に放射線治療を施します。放射線治療ができる病院は少ないので大抵は遠くの大学病院に通い、飼主にもワンちゃんにも相当な負担をかけます。しかも予後はあまりよろしくはないです。因みに新潟には動物を診てくれる大学病院はありません。
内臓に出来た場合は更に重篤で、発見した時には既に手遅れのことが多いようです。
そして癌そのもので死亡するのではなく、その癌細胞が引き起こす二次的な要因(副腫瘍症候群)で死亡することが多いのが特徴の癌です。肥満細胞腫からばらまかれるヒスタミンやヘパリンで、胃腸障害(胃・十二指腸潰瘍など)、強いかゆみ、呼吸困難、貧血、肺水腫などが引き起こされます。

ぴよの場合、癌からヒスタミンが大量にばらまかれアナフィラキシーショックを起こし心臓が停まっちゃったと思われます。そのショック症状が現れた時に何か手立てがなかったのか、私に何か出来ることはなかったのか、お聞きしましたが、そうなった時はもう何もできないと。大量の抗ヒスタミン剤を注射しても手遅れとのこと。

他の癌と違い、痛みがあったり、食欲がなくなったり、下痢をしたり、どんどんやせ衰えて行くといったことが少ないため、多くの飼主さんがワンちゃんの死を受け入れられないそうです。ほんと、そうです。夕方まで元気にしてたんですから。一回目の肺水腫の後、奇跡的に回復し、「一か月だけでもおうちに帰れてよかったと思いますよ」。ぴよは、亡くなった後でしか病理検査(細胞診)を受けることが出来ませんでしたが、もし、生検をしていたら…。麻酔によるショック症状が起きなかったとしても、ニードルバイオプシー(腫瘍に直接細い管を刺し込んでその部位の細胞を吸い取るものです)の刺激でヒスタミンが体内に大量にばらまかれてそのまま命を落としただろうと思います。検査のせいで死んでしまうというのは飼主にとって悔やんでも悔やみきれないことと思いますが、ショック状態のぴよの苦しみ方(文字通り死ぬ程の苦しみです)を目の当たりにした私は、麻酔の最中に亡くなった方が良かったのではないか、とも思ったりします。ぴよは私の腕の中で息絶えました。多くの方が「良かったね」と言ってくれます。「ぴよちゃんも安心して旅立って行けたはずだよ」。そう思いたいけど、そうは思えない。それほど、余りにも壮絶な最期でした。

「もし、何かの機会に早めにレントゲンを撮って、その腫瘍を発見していたとしても、おそらく結果は同じことだったと思います」

肥満細胞腫は増殖が速く、マージンをたくさん取る必要のある癌です、内臓にできてしまった場合はその臓器の摘出ということになります。が、摘出できた後の経過が良いという症例は、私が探せる範囲内ではまだ見つかっていないし、そもそも内蔵型肥満細胞腫ができたワンちゃん自体が少なくて、早期発見できる可能性は低そうです。でも、絶対、早期に発見することはできるはず。今は一生懸命、内蔵型肥満細胞腫ができてしまったワンちゃん達の症例を探しているところです。

夜は猫影さんちにおよばれしてジンギスカンをご馳走になりました。気に掛けてくれて本当にありがとうございます。


2005.09.13

日々、悲しかったり、鬱になったり

あの日が最後だと分かっていたら、調べものなんかしないで、ずっと傍にいたのに。ずっとなでていたのに、ずっと声を掛けてあげていたのに。
でも、これが最後だとは思いたくない私もいる

調べたいこと、やりたいことがいっぱいなのに、ふわふわして手が付けられません。前向きになったり後ろ向きになったり停滞したりを繰り返しながら、悲しみから立ち直って行くということは分かってるんですが、手がつけられないことに酷い不安を感じたりもして、自分を追い込んでいるような…


2005.09.14

やっとHPの更新をしました。

そのうち、この日記の中にある症例部分だけを抜き出してまとめるつもりです。



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