参考情報

会員等が他の会員等の参考になると判断した情報を紹介します。

参考情報1(2010年2月6日ー2012年9月30日)



38. SV活動と気分転換              横山 羌泰    2013年8月29日



37. イギリス・フランス旅行記           中尾 美智子   2013年8月15日



36. 当麻寺練供養会式           中尾 美智子   2013年5月17日
  

 往路の観音菩薩:空の連座を持ち、振り下ろし、左右に振り上げを繰り返し進む 
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 勢至菩薩:連続スクワットの状態で極楽橋を歩んでいく 
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 復路の観音菩薩:連座にはお釈迦様が。 
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 私の住んでいる富田林から東方に金剛、葛城、二上山があり、晴れた日は一目で望むことができます。
 
 二上山は万葉集にも歌われており、「うつそみの 人にあるわれや 明日よりは二上山を弟世
(いろせ)と我が見ん」 
 悲劇の王子、大津の皇子を姉、大伯皇女が二上山に眠る弟を想って歌っています。この二上山の東麓に当麻寺があります。

 境内には国宝の本堂・東塔・西塔があり、奥院、西南院、護念院、中之坊をはじめ13の塔頭があり、真言、浄土の両宗のお寺です。一般的には、<ぼたんの花の寺>として良く知られています。

さて、5月14日、予想気温28度のなか、帽子、手袋、日傘などバッチリ武装して当麻寺に出かけました。この日は、中将姫の命日に当たり、練供養会式が開催されます。

 近鉄富田林駅から古市まで2駅、橿原神宮行きに乗り換え、当麻寺駅まで5駅、ここで下車、駅のすぐ近くにある、当麻名物だんご屋の角を右折して15分ほど参道を歩いて山門に向かいます。沿道には、縁日でおなじみのたこ焼き、リンゴ飴、ベビーカステラなどの出し店と地元野菜や普段着の服を売る店がズラリと並んでいました。 階段を上がり山門をくぐると、午後4時から始まる練供養会式の来迎橋の用意が出来上がっていました。

 この練供養会式は、1000年の歴史を持ち、各地で行われている練供養の発祥となるものだそうです。内容は、本堂から出発した観音菩薩、勢至菩薩、普賢菩薩等二十五体の菩薩が、現世に里帰りした中将姫を娑婆堂まで迎えに行き、日が沈むころ再び極楽堂へ導いていくという儀式です。

 一般客に見える式は午後4時からですが、私たちは近くのレストランでバッチリ腹ごしらえをして2時ごろ、式が良く見える建物の石段に場所を陣取りました。1週間前にもウォークで訪れましたが、その時は静かであった境内は、当日は溢れんばかりの人で埋め尽くされています。中には外人さんの姿もチラホラ。説明を聞かないと、行列を見るだけでは、何のことだか解らないだろうなと思いました。黒留袖を着たお母さんたちと共に綺麗に着飾ったお稚児さんの行列もあります。歩くのをいやがって、お父さんに抱っこされている子もいて、とても微笑ましく感じました。 沢山のプロのカメラマン、にわかカメラマン、年金カメラマンが、ここぞとばかりシャッターを押していました。

 この式典は毎年5月14日に行われます。
是非ご自身の目でご覧くださることをお勧めいたします。


 西日を浴びて極楽浄土へ帰って行かれる二十五体の菩薩
 




35. プノンペン便り(2)           横山 羌泰   2013年3月16日



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            − またまたプノンペンに来ています(2) −

  日本もようやく春めいてきたよう(黄砂渦-PM2.5-に見舞われているとのこと)ですが、如何お過ごしでしょうか? 
  プノンペンでの最終日(9日)を迎えました。あちこちの市場や店舗を訪れて種々の仕入れ品を入手したり、必要なものをいくつか買い入れたりし終え、郵便局からEMS(国際スピード郵便)で日本への発送も済ませました。宿泊しているホテルの周辺には、安宿(ゲストハウス)や旅行代理店,各国のレストランが並んでいて、夜遅くまで賑わっています。カンボジアは勿論のこと、タイ,ベトナム,イタリア,フランス,ドイツ,スペイン,インド,ネパール,パキスタン,アフガニスタン,ブラジル,中国……等世界中のおいしい料理が安く(日本の半値以下)で味わえます。日本料理店も数軒あり、ホテルのすぐ横には昨年開業したばかりの日本料理店があって、各種ラーメンやつけ麺,お好み焼き,焼き餃子等々が食べられます。日本人オーナーの地元店員へのしつけも行きとどいており、行儀よく日本語で応対してくれます。何日居ても毎食色んな国の料理を味わえるので、飽きることがありません。時間帯によっては料金割引や各国のショーもあります。デパートにはフードコートと呼ばれる食堂階があって、地元の人たちも多く利用していて更に安く食べられます。

  去る6日(水)の夜には、プール学院大学の学生10数人に当方の海外体験の話をしました。昨年、勤めていた会社のベトナムでの勤務状況報告会時に使った資料があったので、それを元にJICAでの活動内容を主に20分間ほどにまとめたものです。「アワテズ,アセラズ,アナドラズ」という気持ちを持って思い切ってやってみれば、それ相当の成果が得られるということ,また海外に滞在していると、日本の良い点・悪い点他日本のあり方を考えさせられるということ,また滞在が長くなると、気分転換(Refreshment/Relaxation)が不可欠で、地元のイベント等に積極的に参加したり、日本語を含めて日本文化を紹介したりすることで随分癒やされること等々を話しました。近年日本では海外に出たがらない若者が多いと言われているけれども、若いうちに海外体験をしておく必要性も強調しておきました。
 
 当国でSVとしての滞在時に知り合った人たち(指導していた学校での同僚教師の家族,雇用していた運転手やメイドたちの家族,借りていた家のオーナーの家族……)とも再会し、ベトナム人が経営するスシ・バーや泊っているホテルのレストラン等で会食しながら、当時の写真や動画,我が家族を含めた日本文化の紹介等々の映像をみせてあげたりして、楽しく過ごすことが出来ました。また昨日(8日)は「International Women's Day」で祝日だったので、前回訪ねた郊外にある家を再度訪れました。日本に留学している優秀な女性土木技師の家族の家で、妹(25才)とお母さん(50才)と再会を喜び合いました。お母さん手作りのカンボジア家庭料理を味わいながら、遅くまで談笑しました。「もうカンボジアはあちこち行ったようなので、ここが第2の故郷になっているのでは…」とも問われ、「まあそんな感じかな」と答えたりしました。熊本に住んでいる女性土木技師(28才)は大学の医学部博士課程に所属しているバングラデシュ人と既に結婚していて、この4月に女の子が生まれる予定との話を以前から聴いていたのですが、このお母さんと妹さんは4月初めに熊本に赴き、しばらく滞在するとのことです。桜と雪を観たい言っていましたが、果たして……。引きとめられるままに長居し、日本での再会を約して家内共々夜遅くホテルに帰って来た次第です。楽しみです。

 プノンペン街中の変貌振りは眼を見張るほど(レギュラー・ガソリン代はSV滞在時は75円/l だったのが今は120円/l に値上がり)で、奇抜なスタイルの高層ビルが幾つか建ち上がり、街角でも瀟洒な店舗が次々にオープンしつつあります。閉鎖的だったJICA事務所も場所が替わり、Libraryとして一般に公開されています。医療制度や衛生観念も充実し(生野菜や氷も問題ないようです)、我々がここで生活しても特に不自由無いような感じです。クメール(カンボジア)語も段々と想い出しました。ちなみにホテルの部屋番号は「プラムーオイ・ソーン・ピー(602番)」です。トゥクトゥクとの毎回の値段交渉も「タライ・ポンマーン (いくら?)」「タライ・ナッ (高すぎる)」「ソム・チョッ・タライ・ボンティッ(まけて)」……。

  数々のアンコール遺跡のある北部のシエムリアップ,水の澄んだビーチのある西部のシアヌークビルを含めて、希望者があれば一味会のメンバー等とカンボジア・ツアーを計画しようかなとも考えています(11月にはここプノンペンで国王も臨席するボートレースや幻想的な水まつり等あり)。興味のある方は奮って連絡下さい。

 *1 日本でもニュースになったかと思いますが、去る3日の深夜に起こった日本人殺害事件の件、翌日の当地の英字新聞はトップ記事
    でした。場所は今泊っているホテルの2筋南の通りです。以前に我々が住んでいた家の近くの住宅地で(当時もたまに夜中に銃声
    が聞こえることがありました)、犯人は未だ捕まっていないようです。カジノ(前回添付した写真の娯楽センター内)で儲けて、女性連
    れで夜中の1時に帰ってくるなんて、不用心そのものです。カジノから出て来た時点で狙われていたのでしょう。この新聞によると、
    昨年12月にも同じように、中国人ビジネスマンが早朝(4時頃)カジノの帰りに襲われて、金品を奪われ殺されたとのことです。まだ
    まだ治安は悪く、改めて気を引き締めなければ……と感じた次第です。

 *2 昨年ベトナムで入手した「ドラエモン」に引き続いて、当地でも書店でカンボジア語版を購入しました。後日バンコクでも買い入れる
    予定のタイ語版を合わせて、アルバイトで行っている学童保育の各教室に配布することにしています。

明日(10日)には家内とは別々の便でバンコクに向かい4日間滞在して、マイレージの関係でまたまた別々の便 (往路と同じく家内はタイ国際航空,当方はベトナム航空) でそこを出発して、どちらも14日(木)早朝に関空着の予定です。

 近い将来の再訪を期して、オークン(=Thank you)/チュオップ・クニア・ルーク・クラオイ(See you again)/チョムリアプ・リーア(=Bye) !!

           − 以   上 −
 
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ホテルの前の通り 


 メコン川(向こう側)とサップ川との合流点


 背景の向かって左側はフンセン首相の邸宅,右側は
北朝鮮大使館

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SV時に借りていた家と産婦人科医院を経営する
大家さんの邸宅 

郊外に住む家族訪問 
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 日本人殺害事件の記事



34. 東北旅行のレポ            見市 良正   2013年3月14日

東京、大阪の同窓の皆様と3月1、2、3、4日と東北旅行をして来ました。    
松島湾の高台にて、左から岩間、森内、新川、牧田、中辻、見市、中尾、佐海、小谷、木本(敬称略)
  
2年経った現在でもご覧の通りです。             

福島の事故原発の近くも行きたかったのですが行けませんでした。
放射能漏れが続いていて、住むのも行くのも規制されています。 
この先何年続くかも分からないようです。           
神戸大地震に比べて、被害のエリアも広域で、被害の規模も地震、津波、火災、原発事故と多大です。               
東京、大阪から遠く,地形複雑で,人口過疎で、日本全体から見れば疎遠の地です。関西以西の人間には馴染みの少ない所です。 
現在の閣僚にも東北出身の大物は居ません,          
あれやこれやで再起復興が遅々として進んでいません。     
私個人としては、復旧が好いのかどうか分かりません。     
夫々の地域の特性に応じた新規建設の方が好いようにも思います。
そんな事を見た、聞いた,感じた、旅でした。
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名所旧跡温泉巡りは、福島県会津若松
から、、、大雪でした。(3/2)




大河ドラマに出て来る鶴ケ城はまさしく鶴のように真っ白!。(3/2)


 

世界遺産の岩手県平泉の中尊寺、平安時代、京都から僻遠の地に,地元豪族の藤原氏が築いた陸奥(みちのく)の大寺です。
 

藤原氏に匿われ,没した義経、弁慶。
体中に矢を受けた姿は、被災した東北を
思い出させました。(3/3)
 
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被災地巡りは、福島県いわき、宮城県
気仙沼、石巻、岩手県陸前高田。陸前高田の海岸の7万本の松林は津波に攫わ壊滅、、、根っ子や大枝小枝の残骸が
弓ケ浜に無惨に晒されていました。(3/3)

奇跡的に生き残った一本松も立ち枯れ、
レプリカが建てられていました。(3/3)



約300トンの大型漁船、ここは造船所ではありません。(3/3)



気仙沼の海から1km程の内陸部、コンビニ、飲食店、商店、工場等があった街中で,今は津波に攫われ基礎枠のみが残る荒涼たる跡地です。ここまで漁船は津波で打ち上げられて来たのです。(3/3)



気仙沼内陸部JRの線路、何故かこんなに曲がっていました。(3/3)


 

海岸間際のトンネルの外の線路敷地にはレールがありません。津波に攫われたのでしょう。(3/3)


石巻市の築港の小学校,地震、津波、火災にやられ、お化け屋敷のような姿になっていました。(3/3) 


焼け焦げて割れた窓から被災時のままの教室が見えました。(3/3) 

     
 中辻さん提供の3枚写真    

3年目を迎えた宮城県石巻。手前は何とか残ったお寺。
墓石はゴロゴロ横転したまま。
左手の白い建物は病院。一見大丈夫そうだが内部は
グチャグチャ。そして中央、海岸沿いの瓦礫は津波に
流されたクルマの仮捨場である。
 

仮捨場に近づく。まさにクルマ瓦礫の集団だ。



 

災害から人・家を守るはずの消防車まで瓦礫と化した。




33. プノンペン便り             横山 羌泰   2013年2月28日
 

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                 − またまたプノンペンに来ています −

  去る26日早朝に厳寒の京都を発って、ハノイ(ベトナム),バンコク(タイ)を経由して午後11時過ぎにプノンペン(カンボジア)のホテル
に着きました。家内は別途タイ航空で夕刻に先着していました。用件は前回(「会員短信」のNo.63,66)と同じです。
3月10日にバンコクに移動し、14日早朝に帰朝予定です。

 プノンペンは今乾期の真っ盛りで、気温は日中35℃以上、夜は25℃ほど。日本の東北地方の豪雪情報とは全くかけ離れた世界です。
27日には早速トゥクトゥクに乗って、JICAの支援で設立した布地縫製センターで布製品を仕入れたり、家族経営の製靴店を訪ねて足に
ピッタリフィットする靴を注文したりしました。半袖でもすぐに汗がにじんできます。独特のほこりのにおいを嗅いでいると、
2003年〜2005年にSV(シニア海外ボランティア)として家族とともに過ごした日々が想い出されます。
 泊っているのは街中の格安ホテルですが、マンゴー等のトロピカル・フルーツ(これがこういう国での大きな楽しみのひとつ)も置いて
ある朝食付きで、インターネットは常時無料、洗濯代も無料で、部屋にはベランダも付いています。朝食時には、当国特産の胡椒を
扱っている在留日本人や、実習で小学校を訪ねたり、当地で活躍する邦人の仕事振りを見学したりという海外実習で来ている、
堺にあるプール学院大学の女子学生数人と指導教官たち(米人女性を含む)との出会いがありました。彼らもしばらく当地に居るよう
なので、当方がカンボジアを含めて海外で滞在した国々での活動状況をまとめたものがあるので、時間があれば学生たちにパソコンで
披露できますよ、と伝えておきました。実現すれば、どんなやりとりになるか楽しみです。
 当地でSV時に知り合った色んな人たちとも連絡をとって再会したいし、前回のように手作りのカンボジア家庭料理をまた味わって
みたい、とも思っています。

 またトピックスを見つけて投稿したいと思います。

                         - 以 上 -
      
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ホテルのロビーにて(表に見えるのがトウクトウク) 
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 縫製センター

カンボジアのシンボル「独立記念塔」 

 宗教省の建物

 娯楽センターの壁装飾

 街中にて



32. 松本城と旧開智学校(松本市)    中尾 美智子  2013年1月29日

写真1: 

写真2: 

写真3: 

写真4: 

写真5: 

写真6: 


松本城と氷彫まつり:写真1、写真2、写真3

松本城は400年の風雪に耐えて、現存する日本最古の木造建築の五重天守です。
松本藩歴代藩主は6家23代(1590〜1869)氷彫祭りは1月26日の夕刻から制作開始し、展示は27日早朝6時からライトアップ。



旧開智学校(松本市):

写真1: 正面玄関 日本で最も古い小学校の一つ(1873〜)。現在は明治時代の教育資料を展示した博物館として使われています。
姉妹館としては愛媛県宇和町の「開明学校」があり、モダンな開智学校とよく似た造りです。

写真2: 講堂  黒光りする講堂の柱とステンドグラスには目を見張りました。
シャンデリアや窓も明治時代の学校とは思えません。教育にお金を惜しまない風土と心意気が感じられました。

写真3: 子守生徒  子守生徒総代の答辞に涙を誘われました。
「私共は不幸にして学校へもあがらず、子守にまいりましたが、先生やご主人のおかげ様で文字や子供のしつけ方などおしへていただき、今日めんじょうをいただくことになりまして、まことにうれしく思ひます。こののちは一そうべんきょうしてご恩にむくひたいと思います。
明治四十四年三月二十五日  子守生徒総代」女子教育にも熱心だったのですね。また訪れたい町でした。



 




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