Spotlight

Spotlightを浴びている‘旬な人’について紹介する場とする。紹介者の話、当事者達の弁明、第三者の意見、裏付ける材料などを公開する。


池内正光さん、岡林弘美さん   

     ご結婚おめでとうございます !!
   2010年 9月吉日


(1).祝辞              一味会      会長   

 我ら一味会の会員、池内正光君と岡林弘美さんがこのほどめでたく結婚され、ご家族をはじめ多くの方々から心からの祝福を受けておられます。あの雑学と駄洒落の池内君と一見男勝りながら根は心優しい思いやりのある岡林さんが、残された人生を二人三脚で歩んで行こうとされる姿は、まことに微笑ましく、またちょっと羨ましくもあります。

 昔、三国丘高校のある先生が卒業を間近に控えた我々に「卒業しても同窓生として、今後とも末永く仲良くして行ってください。歳をとってからでも、あなた達同士の結婚という朗報が届くかも知れず期待しています」と言われたことを思い出しました。その先生も既に他界され直接ご報告はできませんが、きっとどこかで喜びの祝杯を挙げておられることでしょう。

 我々も六十路半ばを過ぎ、頑固さが増して世の物事に批判がましくなって来ましたが、一方で今まで以上に家族の大切さを痛感する歳となりました。幼馴染ということで小さい頃からお互いの好さを理解し、一目置くという認識はあったでしょうが、暫くのあいだ一人身の自由気ままを謳歌し、束縛のなかったお二人が、ここに来てあらためて我慢といたわりを決意され家族となられた訳で、その心意気には大いに敬意を表するものであります。

 一味会会員同士も三国丘高校という絆で結ばれた広い意味での家族ですが、お二人にはこれを機に、今まで以上に積極的に一味会の活動を主導して、その幸せの一部をこちらの家族にも分け与えて戴けることを期待する次第であります。 おめでとうございます。

 

(2).結婚に至るいきさつ     一味会      池内 正光
 小学校の5,6年生の時、あるお転婆娘(弘美ちゃんや)と同じクラスになりました。
私などはこの頃ほんとに子供でしたが、弘美は背も高くおませでした。
全く信じられない事でしょうが、可愛い女の子でした。
この子は同じクラスの美男子(ワシやワシや)が好きになったみたいです。
ある時、同じく幼馴染のO君が尋ねました。「岡林!お前イッケンが好きなんやろ?」
そんな事には恥ずかしい気持ちが強い年ごろでしたから、当然否定するものと思い
のんびり構えていましたところ、なななんと「そうかも知れんぞ」と答えたので、
うろたえてしまい、皆からは散々冷やかされました。
その後、後難を恐れ、彼女の半径3m以内には近づかないようにしました。
 
 中学校では同じクラスにはならず、平穏な日々を送りました。
 
 高校に進み藤本ホームに組み込まれました。
クラスの顔ぶれをみると、えー?岡林がおるやんけ。
多額の寄付で、学校を買収し、同じクラスになるようにしたものと思料します。
2年の山岨ホームでも同じクラスでしたが、女の子なんかには全く興味がなく(イヤほんま)
勉学に勤しんでおり、敬遠策も守っていましたので、何事も起きませんでした。
 
 山形大学に進み、山形市、米沢市に居住しましたので、弘美とはほとんど接点が無くなりました。
4年に進む時、山形の素晴らしさを味わせてやろうと思いO君をスキーに誘いました。
米沢駅で待っていると列車が着き、懐かしいO君の声が聞こえてきました。
ん?聞き覚えのある嬌声が混じってる。
岡林や!「おめえ、なーしてこがなとこさ来たんだ?」
岡林がイッケンに惚れているので、O君が気を利かせ連れてきたのでしょう。
高田(西野)和子さんも一緒でした。
西吾妻連峰と蔵王の見事な樹氷原に案内しました。
大学のクラスメートでもこの両方を見た人はそれほど居ませんぜ。
 
 卒業し、東京の企業に就職しました。その頃、風の便りで弘美が結婚したと聞きました。
なんぼおませでも一寸早いんとちゃうか?
以来退職するまでの40年余、ずっと関東に住んでいました。
よって、二人は絶縁状態になったとお思いでしょうが、不思議な嗅覚をもった女性でした。
28年ほど前、横浜に住んでいた頃、我が家で関東在住の藤本ホームの同期が集まり、食事会をしました。
いきさつは謎のままですが、弘美が大阪からやってきて平然と飯の前に座っていたのです。
また、13年前、堺市に住んでいた父が亡くなった時も、縁もゆかりもない弘美が参列してくれ、
要は節目には必ず姿を現していたのです。
 
 時は流れ5年前、会社を退職し一人で堺に帰ってきました。
O君、弘美が心配し、歓迎してくれました。
特に池田君は仲間を引き連れ、美原の博物館、鳳神社、大仙陵博物館、造幣局の通り抜け、
さらには高木君の紹介してくれた寄席に案内してくれた……らしい?
その大半を忘れていて、色々言われても思い出せもしない。
いわゆる一つのボケですな。
 
今年3月、弘美の息子さんが阪和線の堺市駅の近くに、鍼灸院を開業しました。
最初は客も少ない。応援のつもりで治療を受けたところ、なかなか上手い。
癖になって、毎週火曜日にカヨウようになりました。
帰り際、一人の食卓は侘しかろうとおかずを恵んでくれました。
ビール片手に食って見ると、ほー!なかなか美味いやんけ。
以来、行く度にいろんなおかずをくれました。
今思うとこれは明らかにコマセでした。(コマセ:釣りで、魚を集めるための撒(ま)き餌(え)。 出典;大辞泉)
カモがふらふら寄って来たので、頃は良しと恐喝を使って来ました。
「男やったらめそめそすんな!オンナでも作らんかい!」
(こう言えば100%自分のところへ来ると読み切っています)
エー!オ.ン.ナァー?
仕上げは「これ持って行きよし」と言ってくれた竹の子めし。
おー!こら高級料亭の味やなあ、ぱくぱく。
ここでタイミング良く、強い力で釣り糸を手繰られました。
マンマとメシ捕られたのです。
さらに駄目押し「介護が要るようになったら、おしめ取り換えたげる」
へー、今時やさしい人やなあ。(目が見えなくなってる、こっちがやらされることなど夢にも思っていない)
ハッと我に返ると、俺の腕の中で弘美が陶然(男前の腕の中だからトウゼン)としていましたとさ。
それは女の子を抱きしめているというよりも、小錦関と相撲を取っていると言うのがぴったりした感覚。
ダイエットせえ!
年末までに6kg減量するという約束はどう見ても無理と悟一郎。
半分に負けたる、いや1kgで構わんダイエットしてくれ!(悲痛な叫び)
 
秋晴れや六十八にて妻娶る (正光)
物語に書けなかった方たちを含め皆様のお力添えで、弘美と結ばれ9月4日に入籍しました。
この上は二人仲良くしてご恩返しとします。
 
長くなりましたが、58年に亘る話ですからお許しください。
なお、無断でお名前を拝借しました事、お礼とお詫びを申し上げます。
 
 
(3). 私の王子様         一味会      池内弘美(旧姓:岡林)
 7月中ごろのある日、イッケン(池内氏)から「話しがある」と電話があり、15分後家へきました。
玄関を入ってすぐ「お前が好きや」といって、私を抱きしめました。私はたじろいで、一歩下がったそうです。 一体何が起きたのか解りませんでした。そして、その夜は全く眠れませんでした。が、何だか幸せになれそうな予感がしました。それから、あれよ、あれよと言う間に話は進んで9月4日には婚姻届を出すまでになりました。

 今年の3月に、息子が鍼灸院を開業して、彼は毎週通院してくれました。私は、その日に合わせて煮豆やちりめん山椒を煮たのを小さなパックに入れて「残りものだけど」と言って、一人暮らしの彼に渡していたのです。「海老で鯛を釣る人は居るけど、ちりめんじゃこで鯨を釣るのは私ぐらいかしら?」と言ったら、彼は「いいや、タケノコめしや」と言ってました。

 少女のころ、いつか、白馬の王子様が現れて、私をヒョイッと馬に乗せてお城に連れて行ってくれると夢を見ていましたが、王子様は、白馬ではなく、スズキの軽(自動車)に乗せて、お城ではなく、マンションの部屋に連れて行ったのです。そして、王子様は、チャールズでもヘンリーでもウィリアムでもなく、♪正光♪という名前でした。
 そして、今では王子様は王女?である私に、時には何故かオバちゃんと呼ぶのです。そして、王子様なのに頭は禿げてとても光っています。

(4). 寄書き (募集中)
1.池内・岡林さんへ   横山 羌泰    2010年10月4日

えっ !!  な、なんで。 第一報を受けたときの率直な気持ちでした。なんで今になって、という感じでした。ビックリしました。

お二人は小学校からの知り合いだったのですね。高二ではご両人とも山岨ホームだったそうですが、じつは当方も同じクラスでした。今は、他の人も含めて同級生が誰だったのかほとんど記憶に無いのですが……。

何はともあれ、お二人のこれからの人生に幸あれ、と大いなる祝福を送りたいと思います。

本当におめでとうございます !!
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横山さん、コメントをありがとう。

横山君といえば……

あの頃は弁当を早食いし、グランドに飛び出してソフトボールを楽しみましたね。
長嶋茂雄選手の大ファンでしたので、「オレ長嶋や」と言ってサードを守り誰にも譲りませんでした。
いわゆる一つの(長嶋選手の口癖)三塁を死守しました。エ?意味が違う? さよか(^_^;)。
そしてショートには横山君がいましたので、勝手ながら「君が広岡や」と言うと
いやな顔をせず、笑って受けてくれましたね。
鉄壁の三遊間でした。
              2010年10月11日         池内 正光   ****************************************************************************

コメント有難う <(_ _)>。
 
あなたのおかげで宝塚の楽しい舞台を見せてもらいました。可愛いお嬢さんの姿を思い出します (^。^)。
又たびたび大阪ドームで野球を観戦させていただきました。野球よりもおしゃべりで盛りあがりましたね(^_^;)。
結婚してから恋愛をしているという不思議な気持ちでおります。
 
                      2010年10月13日               池内弘美

         

2.おめでとう!    中尾 美智子    2010年10月16日
あれは還暦を少し過ぎた頃のことでございます。
久しぶりに会った、岡林さんが「イッケン、帰ってきたんや!」「何で!」
「定年で大阪に」と。  なんとも、嬉しそうに話すではありませんか。「ふーん、そうなん?」
心の中でそれがどうしたと思っておりました。 
それから、会うたび池内さんの話がでるのです。仲良いねんなあと思っていました。
この春、京都の南座へお芝居を見に行った時です。彼女は、今ブームの手作りの『食べるラー油』とイチゴジャムを私に持参してくれました。
「イッケンにもな、これあげたんやで!」また始まったと思いました。「そうなんか、喜んではったやろ?」「それがな、ラー油、豆腐に乗っけて食べたら美味しいよと電話したんやけど、イッケン、まずいって言うねん。」「なんで?」「おかしいなと思って聞いたら、私、ジャム二つ渡してたんや」
池内さんは疑いもせず、そのジャムを豆腐にのっけて食べていたのですね。そら、まずいわなあ。
お芝居よりもこちらの話の方が面白い。幕間に、二人で大笑いをしたものです。
「再婚、考えてへんの?」「そんな、エネルギーもうないわ」
それから数か月で、あの朗報です。池内さんの言うとおり、岡林さんは、池の中(内)に、エサを蒔いてたのですね。
皆さま、世の中何が起こるか分かりません。この二人は長い年月を経て結ばれました。
日本一、おもろい夫婦が出来上がりました。皆で応援しようではありませんか。
イッケン!!、弘美さんを大事に、そして押しつぶされないように。
弘美さん!!、もう決してイッケンを放したらあかんで!
とりあえず、良かったね。本当におめでとうございます。

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中尾美智子さんと言えば・・・

中尾美智子 様 
 
コメントをありがとう。
 
 中学1年の時の体育の先生は荒木先生と言う人でした。ある授業の時、生徒を校庭に座らせ話をされました。
内容は覚えていませんが、体育とは何の関係もない話だったと思います。
それに関し質問をされました。
私がぼそぼそと答えると、先生恐ろしい顔を向け「その生徒! 名前は?」返事をせずに答えたからか、座ったまま答えたからか……
こら叱られるのと思いながら「池内です」と答えたところ「イケウチのユートーリ」と言い、にやりと笑いました。
体育の先生というより、国語の先生でしたね。
 
 高校2年の時、荒木美智子さん(旧姓失礼)と同じ山岨ホームになりました。
え?彼女、荒木せんせのお嬢さん?   うそやーーー。定説通り美人のお父さんはおっかないというのはホンマやなあ。
 
 私の最初の結婚は牛に乗ってやって来た、花嫁さんとです。舞台の後ろに、模造紙に書いた日本国憲法
 
 第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

の前で結婚式を挙げました。(てんとう虫のサンバでやって下さい)
 
 『ラー油』の件は、弘美のボケによる記憶違いか、中尾さんの聞き違いか両方の相乗効果か、真実と違いますので、蛇足ながら
本当のところを述べます。
ひとしきり、ラー油のレシピを滔々としゃべった後「カツオのたたきでも、冷奴でも、ご飯でもかけたら美味しいで」と一ビンくれました。
カツオは前日食べたので(不幸中の幸い)豆腐を一丁、言われた通り醤油をかけ、ワサビ少々、キザミネギをたっぷり、そこへラー油を
小さじ一杯、がーーーーとかき混ぜ…召し上がれ。
ん?美味い。68年の人生でこんな旨いもんくた事無い。で、すぐ電話をかけお礼と感想を述べました。
「どやった?」「うん、旨い。……けどちょっと甘ったるいなあ」「えーー? ちょっと待って」5分ほど待たされました。
風呂にでも入っていたのでしょう。
「ごめーーーん。リンゴジャム渡してしもた」カツオでなくて良かった。被害は最小限でホンマ良かった。
 
今後ともよろしくご鞭撻ください。
                        2010年10月18日     池内 正光
 
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事務局より:
投稿に対して、いちいち当事者から反論があることは想定しておりませんでした。
今回をもちまして、以後当事者からの反論は一切掲載しませんので、反撃を恐れることなくご投稿戴ける様お願いします。

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(5). 想い出の写真とコメント (募集中)
(6). 祝賀会の写真とコメント 
「うろこ会の祝賀会」  池内正光・(岡林)弘美ご夫妻を囲み(2010年10月20日) 

 一味会HP,その他で御存知の通り10月20日6時より、処は西天満、うろこ鮨店にて、主賓池内正光・(岡林)弘美ご夫妻を囲み同級生男子18名、女子7名がお祝いに集まりました。
 詳しいいきさつはこの会の始めに、ご本人お二人から報告を戴きましたが、ほぼ一味会HPに掲載されているような具合にて割愛させて頂きます。
 お二人は幼なじみの小中学の同級生(そして高校も)しかし大学は別々になったようですが時に折々に会う機会があった様です。
 長い月日を経て今回めでたくイッケン落着いたしました次第のようです。
 我々同窓生にとって誠に明るいニュースで、末永くお幸せでありますようにお祈り致します。
                                                               レポートは高橋南勝



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