上海京劇合宿・旅行記<序文>
【はじめに】
私が毎日新聞のカルチャーシティで袁先生に京劇を習い始めたのは、97年4月の事。子供の頃から体育の成績は最悪だったので、興味本意が満足したら、1クールでやめようと思っていた。こんなに継続しているのは、ひとえに京劇の魅力はもとより袁先生個人の魅力といってもいいだろう。
袁先生、元上海京劇院のトップ女優。推定年齢30代前半。京劇の女優さんは生年を隠し、年齢不詳の方が多い(中国の女優さんはそうなのだろうか?)。映画「風と共に去りぬ」のスカレーットにそっくりな美人だ。にもかかららず、おごり高ぶったような面は皆無で、素顔は天真爛漫な少女の様な性格の方。「天は二物を与えず」とはいうけれど、袁先生にかぎっては全部備わっているのじゃないかと思えるほど、私の人生の中で知りえる最高の美人だ。長年のつき合いを経て、すっかりうちとけた私達生徒を「皆さんは生徒ではなくて、私の友達です」とおっしゃってくださる笑顔に、私達一人ひとりがどれだけ感動しているか、どう伝えたらいいのだろう。
この冬、2/11〜2/14の3泊4日、旧正月帰りで帰郷されていた袁先生を上海に訪ねる「上海京劇合宿」がついに実現した。カルチャーの生徒6名が上海に乗り込んだ上海京劇三昧の記録をここに残しておきたいと思う。
【袁英明老師の生い立ち】
まず、簡単に袁先生の生い立ちをご紹介しておきたいと思う。カルチャーの授業の合間の雑談から得たものをとりとめなくまとめたので、不確かな点や間違いもあるかとも思う。
出身地は江蘇省。お父様が地元の地主だと伺った。お兄様が三人おり、先生は一番末の妹。家族にも親戚にも京劇や役者関係の方はいないそうだ。小学生の時、京劇の役者としてスカウトされ、持ち前の負けん気でこの道に進む事を決意したそうだ。(京劇の俳優は一部の例外を除いてスカウト制で、小学校に京劇関係者数名が訪れ、容姿や体躯を見てスカウトする。その後、歌や実技等の3度の試験を経てさらに振り落とされ、選ばれた者だけが全寮制の京劇学校に入る事になる)「ご両親は一人娘をよく役者の道に進ませましたね」と伺ったところ、最初は反対されたが、文革だった事もあり、満足な教育も受けさせられなかったので、役者になれば農村に行かずに済むし、将来教育を受ける機会も出てくるのではないかとの配慮もあったそうだ。
先生は、京劇俳優の養成機関として中国最高峰の「中国戯曲院」に入学。はじめは「花旦」として教育を受けたが、体が弱かった事もあり「青衣」に転向したそう。先生の魅力を語るにあったって、この歌唱力を外す事は出来ない。初めて先生の公演を聞いた時、マイクか拡声器が衣装に仕込まれているのではないかと疑った。先生の歌はどんな大きなホールの後部座席で聞いたとしても、体中に歌の波が駆け巡ってくるように共鳴し、響いてくるのだ。世界中の一人でも多くの人に先生の歌声を聞いて欲しい。今でも真剣にそう思う。
養成機関卒業後は「上海京劇院」に所属。めきめきと頭角を現し、京劇の道を極めていかれた。少々余談となるが、世間が「京劇」ばなれの傾向にある中、「上海京劇院」では新たな京劇層を獲得をめざし、京劇のテレビドラマ化を初めて試みた。『潘月樵伝奇』である。『潘月樵伝奇』とは革命時代の上海を舞台に、孫文、陳英士等と共に活躍する「潘月樵」という青年の生涯を描いた劇だ。潘月樵は上海の京劇「海派」を作った人物としても知られている。先生はその中で主人公潘月樵を影から支える伎女のヒロイン演じ一世を風靡した。当時京劇女優がテレビに出ることは無く、先生を「京劇界から芸能界に引き抜ける人物がいたら大いなる功績で奇跡に等しい」と囁かれたそうだ。
女優としての輝かしい日々を過ごす先生にある時、大きな転機が訪れた。舞台稽古中に病で倒れたのだ。先生は大いなる葛藤の末、上海での女優活動を断念。修学のため日本への渡航を決意された。かつて日本公演の好印象と、知人からの誘いもあったかららしい。
渡航後は明治大学にて修学。現在は毎日新聞のカルチャーシティの「京劇講座」で講師として活躍する一方、早稲田大学院生。その一方、創価大学と桜美林大学で中国語の講師をもつとめている。
薄幸の美少女をも思わせる激動の荒波をかいくぐってこられたにもかかわらず、先生はいつも少女の様に明るく、バイタリティーだ。お酒が入ると「胸の中につかえているものを全部みんなに話したくなっちゃうわ」と笑う。いつかそのお話を伺うことがあったら、私の中の先生の伝説の1ページにひっそりと記しておきたいと思っている。

旅行記本文
日程 キーワード
●初日(2000.2.11) いざ上海!、中国東方航空、宝蓮灯、上海到着、上海蟹、宿泊先、花火、市内へ、VCDを仕入れる、宝蓮灯の二郎神、仙草ゼリー入りのアイスミルクティ、変貌した南京路、新華書店=上海書城、和平飯店の内装、袁先生と連絡をとる、和平飯店のジャズバー、ホテルへ
●2日目(2000.2.12) 朝の歓談、葉先生との再会、政府の車を動かす?!、チャイナドレスのオーダーメイド、時間が無いにもかかわらず、上海京劇院の公演、正月の豫園商城、袁先生の誕生日会、外灘・夜景鑑賞、袁先生の宿泊先
●3日目(2000.2.13) 屋台で朝食?!、チャイナドレスのオーダーメイド・リベンジ、上海京劇院見学、上海の票房、菊花とさんざしのお茶、上海京劇院公演観劇2、上海書城、のり、緑豆の落雁、真藕粉、雨の車窓から、私達のあしあと
●最終日(2000.2.14)
●おわりに
帰国の途、蛇足、おわりに

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