所用があって訪れた鳥取にて、所用は午前のうちに済んだので、昼休みに鳥取駅あたりを瞥見してみることにする。鳥取駅は高架構造となっており、鳥取砂丘の玄関口ともなる北口には背の高い木が並んでおり、雰囲気はなかなか良い。

ただ、駅前の空気はどうにもうつろだ。連休中で天気も良く、まさにお出かけ日和だというのに、人気があまりにも少ない。ビルが並ぶ大通り、アーケードの商店街、どちらもさびしい風情だ。鳥取市の人口は20万人に届いていないし、さらに観光客の姿もまばらとあっては、このようなさびしさも仕方ないところか。

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今回は日暮れてからの到着で、鳥取駅高架下で夕食をとる場所を見繕う。駅付近にいる人数の少なさがどうしても気になる。平日の夕刻である以上、退勤行動の片鱗が窺えてもおかしくないはずなのに、高校生ばかりが目立っている。買物行動の人数はさらに少なく、店舗用につくられたはずなのに閉鎖された区画があり、需要の少なさを物語る。
時間の制約もあり、夕食には回転寿司屋を選択した。ネタが実に美味しく、次々と皿を重ねてしまう(ついでに盃も)。食べながら、鳥取のさびしい様子が話題に出てくる。
「鳥取県って人口何万人でしたっけ?」
「確か80万人を切っているはず……」
われわれの人口問答に、板前さんが口を挟んでくる。
「鳥取県の人口は実は60万人を割っているんです」
全県人口60万人とは少ない。われわれがよく知るモノサシで測ってみると、その少なさはさらに顕著になる。
「人口60万人って、船橋市の人口に匹敵しませんか?」
「そうかもしれんな」
実際には匹敵どころではなかった。のち調べたところ、鳥取県全県人口は約58.5万人、船橋市の人口は約61.0万人(いずれも平成23年 8月時点)と、人口規模だけで比較すれば船橋市のほうが鳥取県よりも大きいのであった。
■スーパーまつかぜ11号
夕食を慌ただしく切り上げて、特急「スーパーまつかぜ11号」に乗車する。 187系 2両編成という、特急としては極小輸送単位の列車だ。先頭 1号車は指定席車、最後尾 2号車は自由席車。予想どおりというべきか、自由席車に利用者が集中している。もっと閑散とした利用状況を想定していたところ、窓側席が全て埋まってからの乗車になり、席確保には少々腐心した。所謂「通勤ライナー」のような利用がされている様子である。

鳥取駅で出発を待つ「スーパーまつかぜ11号」
鳥取駅は18時44分定時に出発。ほどなく鳥取大学前に停車、若干名の乗車がある。鳥取大学前出発後に車内改札が始まった。これに便乗して利用者数をカウントしてみたところ、 1号車には 5名乗車、 2号車には50名が乗車していた(筆者を含む)。座席数は1・2号車とも約60だから、 2号車は八割埋まる盛況、 1号車は一割にも見たぬ閑散と、極端な対比を示している。
もっとも、列車合計では55名乗車だから、編成全体での乗車率は五割を切ってしまう。鳥取−米子間92.7kmの乗車に指定席券を確保する、支払意志額の高い利用者の存在が救いになっているとはいえ、指定席と自由席の配分を見直せばいま少し需要を喚起できるかもしれない。

「スーパーまつかぜ11号」車内(鳥取大学前−倉吉間)
倉吉では14名が降車した。28分(39.8km)の乗車では、さすがに指定席をとる利用者はいなかった。かわりに 6名が乗車してくる。
伯耆大山までは時間が飛び、ついつい眠りに落ちてしまい乗降を確認できず(苦笑)。米子には定時19時50分に到着した。所要時間は66分。表定速度は84.3kmだから、まずまずの快速っぷりといえよう。
■スーパーまつかぜ8号
翌日、米子駅で昼食をとっていると、特急「スーパーまつかぜ 8号」の入線が見えた。時間があったので入場券を求め、利用状況を確かめてみる。

出発を待つ「スーパーまつかぜ8号」(米子)
結果は、指定席 1号車に 6名、自由席 2号車に24名、合計30名の乗車であった。指定席利用者が昨夜を上回ったのには、率直にいって驚いた。しかし、悪天候の影響を考慮してもなお、利用者の絶対数はかなり少ない。編成全体の乗車率は25%程度にすぎず、閑散とした状況、と形容しなければなるまい。
■現状をどのように解釈するか
ここまでの記述を見れば、山陰本線(鳥取−米子間)の需要は細く、昔日の状況と比べ衰退の一途をたどっている、と印象されるであろう。しかしながら、実態は決して単純ではない。東海道新幹線開業直前の時刻表と現在の時刻表を比較すると、以下の如き状況が見えてくる。
表 鳥取→米子間列車の時刻表
(東海道新幹線開業直前時点 準急以上及び一部普通列車を掲載)
列車番号・種別 \列車名 駅名等 | 817 普通※ − | 717 普通 − | 3703 準急 − | 507D 準急 美保 | 21 急行 出雲 | 7D 特急 まつかぜ | 505D 急行 石見 | 701 急行 三瓶 | 801D 急行 白兎 |
| 始発駅 | 京都 | 大阪 | 大阪 | 鳥取 | 東京 | 京都 | 鳥取 | 大阪 | 京都 |
| 鳥取発時刻 | 3:34 | 4:43 | 4:59 | 8:45 | 10:07 | 12:14 | 13:38 | 14:49 | 20:10 |
| 米子着時刻 | 5:30 | 7:23 | 6:46 | 10:33 | 11:42 | 13:34 | 15:30 | 16:35 | 21:36 |
| 終着駅 | 下関 | 大社 浜田 | 大社 | 境港 | 浜田 | 博多 | 石見益田 | 大社 浜田 | 松江 |
| 備考 | イ連結 | ネ連結 | 団体 | − | ネ連結 | シ連結 | − | − | 大阪経由 |
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※鳥取−御来屋間は上井(現倉吉)のみ停車
表 鳥取→米子間列車の時刻表
(平成23(2011)年9月時点 列車名の「スーパー」は略した)
列車番号・種別 \列車名 駅名等 | 2001D 特急 まつかぜ1 | 2003D 特急 まつかぜ3 | 3003D 特急 おき3 | 2005D 特急 まつかぜ5 | 3005D 特急 おき5 | 2007D 特急 まつかぜ7 | 2009D 特急 まつかぜ9 | 2011D 特急 まつかぜ11 | 2013D 特急 まつかぜ13 |
| 始発駅 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 | 鳥取 |
| 鳥取発時刻 | 7:14 | 8:24 | 9:46 | 11:27 | 13:43 | 15:20 | 17:42 | 18:44 | 20:46 |
| 米子着時刻 | 8:06 | 9:31 | 10:45 | 12:24 | 14:41 | 16:24 | 18:43 | 19:50 | 21:49 |
| 終着駅 | 益田 | 米子 | 新山口 | 益田 | 新山口 | 益田 | 益田 | 米子 | 米子 |
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優等列車の数そのものは、実はほとんど変わらない。日中に限っていえば、むしろ増発されたとさえいえる。
所要時間短縮幅は劇的に大きい。東海道新幹線開業直前の最速達列車は7D「まつかぜ」の80分(表定速度69.5km/h)で、当時においても速いとはいえない。現在の最速達列車は 2001D「スーパーまつかぜ 1号」の52分、表定速度は実に 107.9km/hと在来線で最も速い部類に属する。現在最も遅い 2003D「スーパーまつかぜ 3号」ですら67分(表定速度83.0km/h)だから、所要時間短縮(=速度向上)は目覚ましいものがある。
即ち鳥取−米子間において、昭和39(1964)年前半と平成23(2011)年とでは、半世紀近い時を経て、相当なサービス水準向上が図られてきたのである。
その一方で、輸送量は確実に減っている。7D「まつかぜ」は食堂車含め 9両編成、801D「白兎」は 7両編成(京都−鳥取間ではさらに 3両増結して10両編成)、 701「三瓶」は 9両編成(荷物車含めると10両編成)だ。これらに対して、今日の「スーパーまつかぜ」「スーパーおき」はいずれも 2両編成が基本、しかも乗車率が低いとあっては、断面輸送量の落ちこみは顕著といわざるをえない。

安来に進入する「スーパーおき3号」
輸送量減少については、このような説明も一応可能ではある。もともと鳥取−米子間の列車は、鳥取始発の「美保」「石見」を除き、東京・京都・大阪からの広域流動を担っていた。これら列車の機能は、山陽新幹線開業後、新幹線に接続する「やくも」「スーパーはくと」などにシフトした(※一部「スーパーはくと」は倉吉まで運行されサービス水準向上に更に寄与)。しかも、これら列車は航空・高速バスと競合しており、年を追うごとにシェアが低下した。輸送量減少はその結果だ、……と。
以上の説明は、京阪神から山陰地方に至るメインルートが山陰本線ほぼ一本だったのが、伯備線・智頭急行に分散したとみなすものである。鳥取−米子間の輸送量が減ったとしても、伯備線・智頭急行の輸送量で補っていれば、鉄道ネットワーク全体では平衡している、という考え方でもある。

4両編成に短縮された「やくも3号」(米子)
この説明に安住してしまうと、地方の疲弊を見誤る。なるほど確かに、メインルートは「やくも」「スーパーはくと」にシフトした。ではここで、「やくも」「スーパーはくと」の輸送量もまた落ちこんでいるとするなら、それはどのように理解すべきなのか。
■日本経済(特に地方部)の重要課題
「やくも」は電車化した際に 9両編成で運行されていたというのに、今日の一部列車では 4両編成にまで短縮されている。「スーパーはくと」にしても、以前乗車した時ほどの乗車率ではなかった。勿論、時間変動・日変動・季節変動は考慮しなければならないし、このたびの荒天という悪条件も割り引いて考えなければなるまい。
それでもなお、鳥取県をめぐる交通量全体が減少している、いいかえれば鳥取県の経済活動そのものが縮退している、という結論に思い当たらざるをえない。筆者は今までこの点について、いくつかの記事で言及してきた。
▼すでに秋風吹く細道〜〜ちほく高原鉄道
▼夜行オホーツク&ちほく高原鉄道最後の冬
●名寄本線沿線踏査記(名寄−下川間・平成19年真冬)
□寒風つのりゆく鉄路〜〜山田線・岩泉線
山陰本線に並行する国道 9号の交通量とて、決して多いとはいえなかった。交通量減少とは人口減少の代理指標であり、人口減少とは経済活動の代理指標である。交通量が減り経済活動が上昇するということは、一般的には考えにくい。経済活動が下降線をたどっているがゆえに交通量が減少している、と考えたほうが自然である。

スーパーまつかぜ8号とやくも7号(米子)
沿線自治体が支援するなかで、山陰本線のサービス水準維持・向上には、相当な努力がなされているといえる。その努力を多としても、経済活動が下り坂のままでは、交通量もまた連動せざるをえない。これは一鳥取県に限った問題ではない。全国の地方に通じる大問題なのだ。
日本経済を支えているのは大都市圏であり、とりわけ首都圏の経済活動は巨大である。その首都圏にしても、世界全体のなかでは相対的に劣後しつつある。それゆえ大都市圏にもっと集中的に投資すべき、という論は正当ではある。しかし、だからといって地方経済の衰退を放置したままでいいのか。現下の日本において東日本大震災の復興が重要課題であることは論をまたないとして、地方経済復興は大震災の衝撃がなくとも重要課題であり続けなかったか。
残念ながら、筆者は呈示すべき「正解」を持ち合わせてはいない。とはいえ、ほんらいは疾うの昔に「正解」を探しておくべき重要課題であろう。「スーパーまつかぜ」の閑散とした車中は、日本の重要課題の一端を暗示している。
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