石部トンネルの話

 

■旧石部トンネル

      旧石部トンネルを南西側から臨む

上の場所を北東側の県道から見たところ      

 

 「棄景」のおかげで有名になった場所。実際にきてみると、まったく凄い場所だと実感する。日本広しといえども、崩壊したトンネル坑口が海中に没しかけているというのは、おそらくここだけだろう。

 否、あるいは特段凄い場所ではないのかもしれない。日本の国土とは、常に崩れかけている脆弱なもの、という認識を持ってもよいとさえ思う。なにか災害があるたびに「何故防げなかったのか」との批判の声が挙がりがちだが、人間は自然の全てを御せるほど万能ではあるまい。

 もっとも、そうはいっても無為無策でいるわけにはいかない。安全を守るために、及ぶ限りの努力を積み重ねなければならない。自然を完全に御せずとも、なにかやり方はあるはずだ。

 

■付近の県道跡

  

 県道というより「険道」と呼ぶに近い。覆道のコンクリートは風化が進み、錆びた鉄筋が露出しており、まだ潰れずに原形をとどめているのが奇跡的といえるほどの状態である。土砂崩れなどの災害で道路が不通になった場合、一般的には現位置での復旧が試みられるものだが、ここの崖はよほど危険であったらしく、県道は海上を迂回している。

 この崖にはコンクリートを吹き付けた形跡がある。そこまで対策してもなおこの状況であるから、海上迂回という妥協も仕方ないのかもしれない。

 

■現在の石部トンネル

 

 東海道本線もまた、迂回を試みた。旧石部・磯浜両トンネルの断面が小さいため、貨物輸送に大きな制約を受けることもあり、かなりの部分で掘り直すことになった。

 ときは戦時中。近くに弾丸列車計画の日本坂トンネルが通ることから、まずこれを完成させて在来線を一時的に迂回させ、しかる後に在来線トンネルを掘り直す、という手順が採られた。崩れ続ける危うい崖を避け、旧石部・磯浜両トンネルをつなげ、安全な山側を掘削し、ルートを再構成した。旧石部トンネル坑口からおよそ 150m山側のトンネルを、現在の東海道本線はたどっている。

 人間は、自然を完全に征服したわけではない。しかし、たとえ征服できずとも、危うい箇所を避けることにより、自然と人間社会は共存できるのだろう。

 

 

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